A Cradle Song







寒い・・・。

ぞくりと身体が震えて、目が覚めた。

香藤が向こう向きで寝ていた。

むっとして、見つめた俺の目に、

背中の傷跡が飛び込んできた。

俺がつけた爪あと。

憶えのないそれを見た途端、

ぽってりと熱を持ったままのうしろに気付いた。

条件反射のようにそこが疼いて、

思わず寝返りをうって目を閉じた。





少しして、香藤が身じろぎをする気配がした。

音を立てないように、動いているのがわかる。

眠ったふりをしていたら、

香藤の腕が、俺の肩に触れた。

まるで壊れ物を扱うみたいに、

そっと、そっと、

向きを変えられ、

俺は香藤の腕に抱きこまれた。





暖かい・・・。

ほっこりと、身体が温まる。

香藤の手が俺の髪を、ゆっくりと撫でる。

なぜだか、涙が出そうになった。

額に唇が触れて、俺は瞳を開けて香藤を見上げた。

「あ、ごめん。起こしちゃったね。」

「いや。」

「目が覚めたらさ、一番に岩城さんの顔が見たいのに。

背中向けて寝ちゃってて、やでさ。」

・・・驚いた。

俺と同じことを思っている香藤が嬉しくて、

泣きそうになるのを堪えて、胸に顔を埋めた。

「誕生日、おめでとう、岩城さん。」

「お前、夜中にもう言っただろう。」

「いいじゃない、何度言ったって。」





0時過ぎ。

香藤は俺の中にいた。

抱きしめられたまま、耳元で香藤が囁いた。

『誕生日おめでとう、岩城さん。36回目。』

そのときは、それどころじゃなくて。

別に何も感じなかったが・・・。

改めて言われると、自分の歳を考える。

「い〜わきさん。」

はっとして香藤を見あげた。

どうやら、ばれているらしい。

「また、余計なこと思ってたでしょ?」

「別に。」

「嘘ばっかり。言ったげようか?」

「いらん。」

「もう、そんな歳なんだな、とか、思ってたでしょ?」

「・・・。」

「ほら、やっぱり。」

どうしてわかるんだ?

隠し事をする気はないが、こうも言い当てられると・・・。

「当り前。」

「そうか、当り前か。」





くす、と香藤が笑った。

その声に、ぞくり、と身体が震えた。

寒さとは違う、身体の震え。

俺のうしろが一層熱を持つのがわかった。

「ねぇえ、岩城さん。」

口調だけ、優しい。

射るような瞳で、俺を見る。

俺の身体の震えがどういうものなのか。

それもわかるのかと溜息をついた。

香藤の膝が俺の両脚を割った。

俺を抱いていた手が、探るように肩から下へ降りる。

その動きに、身体が反応する。

こうも簡単に息が上がるのかと、我ながら驚きだ。





「あのな、香藤。」

「ん〜〜、なに?」

香藤は俺の肩にキスをしながら、返事をする。

「いい加減にしたらどうなんだ?」

「なにを?」

能天気な返事。

・・・当り前、か。

嫌なら、本気で抵抗すればいいんだ。

ほんとに嫌がってるわけじゃない。

そう思ったら、笑えた。

「なに笑ってんの?」

「いや。素直じゃないな、と思ってな。」

「誰が?岩城さんが?」

「ああ。」

また、香藤がくすり、と笑った。

「怒るかもしれないけど・・・。」

「ああ?」

「今更、じゃない?」

今更・・・?

素直じゃないってことがか?

「・・・悪かったな。」

「ほぉら、そういうとこ、素直じゃないでしょ?

身体は素直なくせに。」

「・・・んっ・・・。」

くそっ・・・。

本当のことだけど、悔しい・・・。





香藤の腕が、嬉しい。

香藤の唇が、嬉しい。

香藤の指が、

香藤の舌が、嬉しい。

身体が、香藤を欲しがる。

それ以上に、心が香藤を欲しがる。

どうしようもなく。

抗う気もない、今更。

俺の幸せは、香藤の腕の中にある。





「・・・はっ・・・あぁっ・・・」

背中を這いずるように、湧き上がる快感。

自分で、信じられないほど、身体が熱い。

身体の奥底から、香藤が欲しいと声がする。

手を伸ばして、俺の体を弄る香藤の身体を探った。

亜麻色の柔らかい髪。

太い首。

逞しい、それでいて綺麗な筋肉のついた、肩。

俺よりごつくなった身体。

出会った頃は、まだ少年のような華奢な体だったのに。

俺のほうが、肩幅はあるらしいが、

こういう、男の身体になると、

それもわからなくなる。

現に、今、俺は香藤の腕の中にすっぽりと抱き込まれている。

「岩城さん・・・。」

熱い香藤の声に煽られて、

引き締まった香藤の腰に、両脚を絡みつかせた。

「・・・っ!・・・」

息が詰まるほどの勢いで、香藤が俺のなかに入ってきた。

絡めた脚が合図のように。

そういう意味じゃなかったんだけどな。

香藤の背に腕を回して、思い出した。

俺がつけた傷がある。

「・・・か、香藤・・・手・・・」

「なに?」

「俺の手・・・掴んでくれ・・・」

「ん?もう〜〜・・・可愛いなァ。」

香藤が、ちょっと勘違いしてる。

「ちがっ・・・お前の背中・・・もう、傷・・・」

そうしたら、ああ、って笑って頷いて、俺の頬を舐めた。

「いいよ、いくらでもつけて。」

「でも・・・痛いだろ?」

そう言った途端に、声も出ないくらい突き上げられた。

それから後は、もう、どうでもよくなって・・・

気付いたら、思い切り爪を立ててしまっていた。





「・・・んぁっ・・・ああぁっ・・・」

頭の中が、真っ白になって。

死ぬかと思った。

香藤が打ち付けてくるのに押されて、

肺の中の空気が、

全部出て行く気がする。

香藤と溶け合うこのとき。

香藤の全部が、俺の中に入ってくる。

お前で溢れて。

お前の愛で、溢れて。

「・・・んんっ・・・はっうんっ・・・」

力強い、香藤の腕の中で。

仰け反ることしかできなくて。

それでも、それが嬉しくて。

愛されて、高みに攫われて、

全てを差し出して、

どんどん貪欲になる俺を、

香藤は全部受け止めてくれる。

「・・・あぁあっ・・・かっ・・・かとぅ・・・もお・・・」





甘えるってことは、けして弱いからじゃない。

それを、香藤は教えてくれた。

強くても、時には力を抜いて、

誰かに甘えること。

ずいぶん長いこと、俺はそれを忘れていた。

我慢することが、強いことだと、勘違いして。

対等な立場で、それでも甘えて、寄りかかって。

それでいいんだと。





「岩城さん、愛してる。」

香藤・・・。

『一緒にいるよ、ずっとね。』

お前の手紙、思い出す。

嬉しかった。

「これからも、ずっと、愛してるよ。」

わかってる。

声に出したいのに。

「ごめん、ちょっと、やりすぎたみたいだね。

わかるからいいよ、喋らなくて。」

さっきは、勘違いしたくせに。

でも、香藤の手が俺の髪をなでて、

そっと、頬や額にキスを落とす。

ほっとして、香藤の腕に凭れた。

「ずっと、ずっと、そばにいるから。」

香藤の言葉。

眠りかけた俺に、子守唄のように、耳に届いた。






       終





     2006年1月27日
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