Actor's Work









「ああ、もう!」

普段先に帰っていれば、

玄関を開けた途端に飛ぶように現れる香藤の姿がなかった。

まだ香藤は帰っていないのだろうと、岩城はリビングのドアを開けた。

そこへ聞こえてきた香藤の声。

見ると、台本を片手に、テーブルの上にはカセットデッキ。

「ただいま。」

「あっ、ごめんね、気が付かなくて。お帰りなさい。」

申し訳なさそうに眉を寄せる香藤に、

岩城は微笑んで、首を振ると隣に座った。

「どうした?」

「うん、これ、今度のドラマの台本なんだけどさ。

俺、大阪出身の役でさ。」

「ほう。」

「明るくて、気のいいお兄ちゃんて感じなんだけど、

実は、ラスト近くになってから事件が起きてわかるんだけど、

元やくざさんなの。」

「はははっ!お前が、か?」

「そう。わけありなわけ。」

「で、これは、方言指導のテープか?」

「うん。難しいよぉ。全然違うんだもん。参っちゃう。」

「そりゃあ、そうだ。」

「それでさ、事件のときに正体がばれるじゃない?

これがまた、言葉遣いが違うんだよねぇ。」

「まあ、そうだろうな。そういう役なら。」

ちょっと聞いて、という顔で香藤が黙ってデッキのボタンを押した。

「・・・自分、あの子のこと、好っきゃねんやろ?

そやったら、言うたらええやん。

黙ってたら、いつまでたっても埒あかんでぇ・・・」

方言指導の女性の声が流れた。

香藤が、それを真剣な顔で聞いている。

テープを止め、溜息をついた。

「ね?難しいでしょ?」

覗き込んだ台本は、香藤が書き込んだメモで真っ赤になっていた。

言葉の強弱の場所、振り仮名。

それに驚いた岩城が香藤の顔を見つめた。

「凄いな。」

「だってさ、台本どおりじゃないんだもん。」

「なにが?」

「言葉。ち、や、うって書いてあるけど、そう言わないし。」

「ああ、そうだな・・ちゃう、だな。」

岩城が、さらっと読んだことに香藤が驚いて目を見開いた。

「何で知ってんの?」

「前に俺もそういう役をやったことがあるからな。

指導を受けたことがある。」

「えっ?!やくざ?!」

「ちが〜う!出身が!」

「いつやったの、それ?俺、知らないよ。」

「当たり前だ、かなり前だからな。」

「かなり前?・・それって・・・。」

「ああ、まあな。」

「・・ね、岩城さん!」

香藤が、いきなり岩城の腕を掴んだ。

その顔に言おうとすることを察して岩城は、くすりと笑った。

「わかったよ。」

「やった!」

小躍りせんばかりに、両手を挙げて香藤が顔を輝かせ、

嬉しそうに岩城を見つめる。

「俺の言いたいこと、何でわかるの?」

「わかるさ。」

「愛、だね?」

「それはどうかな?」

大げさにがっくりと首をうな垂れる香藤の髪に、

岩城は笑ってぐしゃっと指を差し込んだ。




「うえ〜ん!」

「ほら、続けるぞ。」

「岩城さん、本気になると怖いんだもん。」

香藤が方言指導のテープと岩城のレクチャーで練習を始めた。

こういうことになると、岩城は厳しい。

正直、容赦がない。

何度目かの駄目出しに、香藤がへこみ始めた。

「仕方ないだろ?ほら、香藤。」

「は〜い・・・。」

もう一度、テープを聴き、香藤がその後を続ける。

「ほんま、えらいこっちゃ。なに考えとんねん。

阿呆ちやう・・・じゃないよね?」

「違うな。あほちゃうか、だな。」

「あほ、なの?」

「ああ、そこ漢字で書いてあるから、あほうって読んだんだろ?」

「うん。」

「う、はいらないんだ。」

「ううっ・・・。」

「お前、それは洒落か?」

ちろりと視線を向ける岩城に、

香藤は顔をしかめて見上げるように見つめた。

「そんな余裕、ないよ!」

岩城がほとんど涙目の香藤を見て、肩を揺らしながら笑いはじめた。

「岩城さんてば!俺、真剣なんだよ!」

「すまん。」

腹を抱えて笑う岩城に香藤がむくれて立ち上がり、

キッチンへ向かいビールを片手に

戻ってきても、まだ岩城はソファに突っ伏して笑っていた。

「岩城さん、笑いすぎ!」

「・・・ご、ごめん・・・。」






岩城の特訓の甲斐あってか、香藤の撮影は順調に進んだ。

それでも、家に二人がそろうときは、

岩城は香藤の台詞をチェックし始める。

「岩城さんも、台詞覚えなきゃいけないでしょ?

俺のほうはもう大丈夫だよ。

方言指導の先生に褒められたし。」

「いいさ、気にするな。俺なら大丈夫だ。」

「でもさ、岩城さん、今度の役弁護士でしょ?

専門用語ばっかりで大変じゃないの?」

そう重ねる香藤を、岩城は面白そうな顔で見上げた。

「嫌そうだな?」

「ち、違うよ!」

慌てて手を顔の前で振る香藤の腕を取ってソファに座らせると、

くしゃくしゃと頭を撫でた。

「ほら、始めろ。」

「うん。」

思いのほか嬉しそうな顔で、香藤は台本をめくった。

「えっとね・・・あんたの気持ちもわからへんことはないけど、

まあ、そない言わんと、

ここはちょっと落ち着いて話ししょうや・・・

なぁ、そないにわめかんと・・もいっぺん、聞いてみたらどないや?」

「うまいじゃないか。」

「へへっ。まあね。」

「で、なにが難しいんだ?」

「うん、あのねぇ、長い台詞って気をつけて言うでしょ?

だから案外大丈夫なんだけど、

短いのって、なんか・・・。」

「そうか。気が抜けるわけじゃないが、

短いほうがイントネーションが大変かもな。」

「そうなんだよね。訳わかんなくなっちゃうんだよ。

たとえば、これとかさ。」

そう言って、香藤は台本を指差した。

「あいつむちゃくちゃ言いよるねん。」

「うわぁ、岩城さん、うますぎ。じゃ、これは?」

「何してんねん。はよせんかい。」

「う〜ん、うまい!次、これ。」

「・・・そない言わんと、まあ、堪忍したって。」

「うわぁ〜、ほんとに上手だね、岩城さん!んじゃ、これは?」

「・・・えぇ加減にせぇよ。」

「え?そんな台詞、ないよ。」

香藤が、きょとんとして顔を上げた。

そこに、岩城の冷たい視線が合った。

「・・・あ、れ・・ひょっとして、今の・・?」

「俺にばかり言わせてどうするんだ?お前の台詞だぞ。」

「だって、岩城さんうまいんだもん。後から続けて言うからさぁ〜。

ねぇ、いいでしょ?ね?」

岩城の視線をものともせず、香藤が腕を掴んでねだる。

その顔を見ていた岩城は、苦笑しながら頷いた。

「わかったよ。」

「へへっ。岩城さん、大好き!」

「しゃあないなぁ。」

「もぉ〜、何でそんなに簡単に出てくるの?」





香藤の主演ドラマ。

ラスト近くに事件が起き、

元やくざであったことが周囲にばれる。

そのきっかけとなる人物、香藤の所属していた組のナンバー2が、

組を裏切った男を追いかけて大阪からやってくる。

その彼に恩のあった香藤が彼を助けるために行動を起こす。

その役に、岩城が起用されたことを香藤が知ったのは、

そのシーンの撮影、1週間前のことだった。

「なんでぇ〜?ねぇ、なんで言ってくれなかったの?」

「言ってくれなかったって言われてもな。

最初から決まってたわけじゃない。」

「そうなの?」

「ああ。先週だ、俺が聞いたのは。」

「ふぅ〜ん。そうなんだ・・・。」

そういいながら、

にやけた顔をする香藤に岩城が不審げな視線を向けた。

「岩城さん、かっこいいだろうなぁ・・・共演かあ・・・久しぶりに、

一緒に行けるね?」

「・・・ああ。」

一人で悦にいる香藤に、岩城は溜息をついた。

「公私混同するなよ、お前。」

「わかってるよぉ。」

「現場で、べたべたしてくるな。」

え〜っと抗議の声を上げそうになって岩城に睨まれた香藤は、

口を尖らせて頷いた。

「・・・映画のときは自分だって・・・。」

「なにか言ったか?」

「いいぇっ、なんでもありません!」






「久しぶりやな・・・。」

「・・・兄貴・・?!・・」

黒塗りのベンツから岩城が降り立つ。

声をかけられてその場に立ち尽くす、香藤。

ふっ、と笑って岩城が香藤を促し、車に乗り込む。

それを、家族同様に過ごしてきた隣家の親子が目撃する。

大変だ!お兄ちゃんが攫われた!と、大騒動になる。




「岩城さん、怖いよ〜。」

「なにが?」

「その格好。」

「仕方ないだろ?役が役なんだから。」

ロケバスの側面に取り付けられた、

シェードの蔭におかれたテーブルセットに、

岩城が座っている。

「かっこよすぎだよぉ、岩城さん。

クールビューティって感じだね。周り見てよ。

み〜んな引いちゃってる。」

「ふん。」

頬杖をついてそっぽを向く岩城の隣に、

コーヒーを片手に香藤が座り込んだ。

実際、岩城の姿は迫力がありすぎて、彼の舎弟役の俳優たち、

主にそういった役をよく演るベテランたちが、

岩城よりも年上なのにもかかわらず、

ある意味びびりながら彼に対応していた。

「若頭、お飲み物は?」

その舎弟役の俳優の一人がそう言って声をかけてきたのを聞いて、

香藤が思い切りコーヒーにむせ返った。

「ああ、いえ、いいですよ、気を使わないでください。」

慌てて返事を返した岩城は、苦笑して香藤を振り返った。

「俺、取ってくるよ。コーヒーでいい?」

「ああ、頼む。」

「そんな、遠慮しないでください。」

香藤の後姿を困った様に見送る彼に、

岩城が立ち上がって頭を下げた。

「いえ、遠慮ではありません。

気にしないでください。ありがとうございます。」




「はい、お待たせ。」

「ああ、すまん。ありがとう。」

「びっくりしたね。」

「ああ。役に入り込みすぎてるのかもしれないな。」

「入るだろうね、岩城さん相手じゃ。」

「なんで?」

「はまり過ぎなんだもん、すっごい迫力だよ。俺じゃなかったら、

軽口なんか叩けないって感じ。」

香藤がそう言って嘆息をついた。

仕立てのいいダークスーツに、肩にかけたトレンチコート。

綺麗に撫で付けられた髪。

秀でた額に前髪が一筋かかっている。

その下にある冴えた美貌。

役に入り込んだ鋭い視線。

小道具の高級腕時計に、

頬杖をついたしなやかな指にシルバーのデザインリング。

「なんかさあ、あっちの弁護士とはまるで別人だね。」

「当然だろ。」

「岩城さんの登場で、ホームドラマが凄いことになっちゃうね。」

「どういう意味だ、それは?」

「思いっきり、モノほんのやくざ映画みたいになりそうじゃない?」

「そうなんだよね!」

いきなり後ろから声が聞こえ、二人は驚いて振り返った。

「監督!びっくりさせないでくださいよ!」

「ごめんごめん、香藤君。

でもさ、今、君が言ったこと、本当にそうだよ。

こんなに似合うとは思ってなかったんだ。凄いよね?」

「そうですよねぇ。俺もびっくりしましたよ。」

「最近さぁ、ちゃんとこういう役が出来る若手が少なくなっちゃってて、

困ってる関係者も結構いるからさ、これから大変かもよ、岩城さん。

なんだかんだ言って香藤君も似合うしさ、二人に声、かかるんじゃない?」

監督がそう言って笑いながら離れていく。

「監督、一緒にコーヒーくらい飲みましょうよ!」

「いいよ、お邪魔虫でしょ?」

ウインクを返されて、二人は溜息をついた。

「お邪魔虫・・・。」

「声かかるって・・・って、岩城さん、反応するの、そこ?」

「・・・悪いか?」






「は〜い、オーケーで〜す!

じゃ、明日、ラストですのでよろしくお願いしま〜す!」






「兄貴、ちーと、話、おますねん。」

「ああ、なんや?」

その、冷たい美貌を香藤はじっと見つめた。

「なんや・・・?」

岩城に、見つめ返されて視線を外さないのは、

後にも先にも香藤だけだった。

それは、昔から。

真っ直ぐすぎてこの商売に向かない、と岩城は思っていた。

それとなく、足を洗うように勧めたこともあった。

その時、香藤は顔を引き締めて首を振った。

兄貴が辞めるんなら、辞める、と。

それ以来、岩城の片腕として働いてきた。

ある事情で辞めることになったとき、

兄貴の傍に居られなくなったと、泣いた。

・・・まっすぐな視線に、次第に岩城の眉間がよっていく。

この瞳は、いつもと違う。

そう感じて岩城は顔を強張らせた。

熱い、獣の雄のような瞳。

背中を汗が伝った。

「おい・・・。」

岩城の声に、弾かれたように香藤が飛びついてきた。

「なにして・・・!」

ソファに押し倒され、唇を奪われる。

あり得ないことに、岩城の思考が混乱する。

その冷酷さに誰もが恐れ、親しくよってくるものなど皆無だった。

・・・香藤を除いては。

・・・それにしてもこれは・・・。

「・・・んっ・・・。」

岩城の口内を縦横無尽に暴れまわる舌に、岩城の息が上がる。

「・・・どういうつもりや・・・。」

肩で息をつき睨みつける岩城の視線を受け止め、

臆することなく香藤は見返した。

無言で岩城のネクタイを引き抜き、シャツに手をかけた。

ボタンがはじけとび、香藤が露になった胸に吸い付いた。

「なにさらすっ・・・!」

叫びかけて、胸の飾りに這う舌に息をつめて仰け反った。

「・・・あかん・・・やめっ・・・。」

香藤の手が、下着の中へ差し込まれた。

男の手に握られた違和感は一瞬にして消え去る。

その指の動きに翻弄され、岩城の吐く息が熱く変わる。

その顔を香藤は見つめていた。

・・・どんな事態が起きても、崩れることのなかった岩城。

人の血が通っているのかとさえ疑われた彼が、

今、頬に朱を上らせ喘いでいる。

高ぶる鼓動を抑え、香藤は岩城の蕾に指を潜らせた。

「・・・ひっ・・・。」

岩城の中に入れた指をそのままに、

香藤は空いている片手で岩城の服を剥ぎ取っていき、

自分も手早く脱ぎ去る。

その間にも、岩城の上げる声は絶えることなく続いていた。

脱がされた意識もなく素裸になった岩城は、

間近にある香藤の顔に気付いた。

熱い香藤の息が頬にかかる。

触れようとした唇を避けることなく受け止めた。

「・・・ん・・ぁ・・・。」

岩城の手が香藤の髪を掴み、

進入してくる香藤の舌を迎え入れた。

「・・・ぁっ・・んっ・・・。」

貪りあう唇の合間から、岩城の鼻にかかった甘い声が漏れる。

その声に香藤は指を引き抜き、岩城の両足を抱えた。

「・・・兄貴・・・堪忍・・!・・」

「・・・ああぁっ・・・!・・・」

岩城の身体が仰け反り、甲高い悲鳴が上がった。

解しきれていない体内が無理矢理押し広げられ、擦りあげられる。

経験したことのない痛みに、岩城の顔が苦痛に歪んだ。

「・・・くぅぅっ・・・」

身体に力が入り、締め付けてくる岩城に香藤はその耳元で囁いた。

「・・・息、吐いて・・・」

「・・・無理や・・・」

「・・・わかった・・ちょっと、やめるわ・・・。」

岩城を抱えて、香藤は動きを止めた。

そうなって初めて岩城は自分の中にいる香藤の熱さに気付いた。

荒い息が触れ、岩城の身体に震えがおきた。

「・・・んっ・・・」

「・・・ええかな・・・。」

岩城の身体から力が抜けたことを察した香藤が囁き、

再び、律動を始めた彼の背に腕を回して岩城はそれを受け止めた。

「・・・あっぁっ・・んっ・・あぁっ・・・」

明らかに苦痛とは違う声が唇から零れ、

岩城は自分の上げる声にうろたえ、

視線を彷徨わせた。

その声と頬を赤く染める岩城が香藤を煽り、動きが激しさを増す。

「・・・んぁあっ・・・あぁっ・・・」

「・・・も・・あかん・・いきそや・・・」

強かに岩城の中へ自分を吐き出し、

香藤は岩城の迸らせたものを始末している。

その香藤を、岩城はソファに伸びたままされるがままに任せ、眺めていた。

「・・・どあほ・・・。」

「・・・は・・・。」

うつむいて顔を上げられない香藤に、岩城は溜息をついた。

「・・・すんません・・・。」

「・・・謝ってすむかい・・・。」

言葉をなくして裸のまま床に正座をする香藤の姿に、岩城が吹き出した。

「・・・すかたん。」

「へぇ・・・。」

「お前、いちびりやってんな。」

「ちゃいます!」

「ほたら、なんでや?」

「・・・本気です。」

その言葉に岩城は起き上がり、ソファに胡坐を掻いて座った。

睨む目付きが普段の岩城に戻っている。

「・・・そやったら、先に、言うことあるやろ。」

はっとして岩城を見上げた香藤は、唇を震わせてその顔を見つめた。

「・・・好きや・・・。」

厳しかった岩城の顔が、綻んだ。

香藤が、かつて見たこともない、花が開くような微笑。

「・・・言えるやないか・・・。」

「兄貴っ!」

香藤が岩城に飛びついた。

「危ない!こらっ!・・・おまっ・・・いらちやなぁ・・!」

思い切り抱きついた勢いで、ぐらり、とソファが揺れ、

勢いあまってそのままソファごと後ろへひっくり返った。

「うぅわっ!」




「痛ってっ!」

どさっ、と香藤は床へ倒れこんだ。

「ふえぇ〜・・・。」

腰のあたりを擦りながら辺りを見回す。

「香藤!大丈夫か?!」

細長い視界の中に心配げなそれでいてどこか、

からかうような岩城の顔が覗いている。

むくりと起き上がった香藤は、

二つのベッドの間にいる自分に頭をかいた。

「あっれぇ〜・・夢かぁ〜・・・。」

「どうせ、ろくな夢じゃなかったんだろ?」

岩城が笑いながら手を差し出した。

その手を掴んで香藤は立ち上がり、岩城の隣へもぐり込んだ。

「そんなことないよぉ〜・・岩城さん、可愛かったもん。」

「・・・あのな・・・。」

「えへへ・・。」

香藤の蕩けそうな顔に、岩城は警戒心をあらわに顔をしかめた。

「・・・ねぇ、岩城さん・・・。」

「・・・またか・・・。」

「いいじゃない。夢の続き、見させてよ。」

「・・・ほどほどにな。」

「岩城さん、大好き!」







ラストシーン。

裏切った男が、自分勝手な言い分を喚き散らす。

その彼に、一旦黙った香藤が堪りかねて再び口を開こうとするのを、

岩城は肘を掴んで止めさせる。

ゆらり、と無表情で立っているだけの岩城の足元から、

黒いオーラが立ち上っている。

それが地面を這い男の足を絡めとる。

怒鳴るだけ怒鳴って岩城を見た男は、

恐怖に次の言葉をなくし立ちすくむ。

ふと、岩城の口元だけがほころぶ。

ゆったりとした岩城の台詞。

「・・・お前、可愛(かい)らしなぁ・・・てんご言うてんと、

あんじょうしたらどないや?」

途端に、男の足がガクガクと震えだす。

顔色が変わり、ひ、と悲鳴を上げかける。

香藤が、その顔を見て、吐き捨てるように言う。

「けったくそ悪(わ)る!」

岩城が、後ろに控えている男たちを振り返り、

あくまでもゆっくりと言う。

「・・・ぼちぼち、たのむわ。」

男たちが静かに頭を下げ、

恐怖に震える男の両脇を抱えて車に押し込む。

車が去るのを見送り、岩城が煙草を銜える。

香藤が差し出したライターで火をつけながら岩城が問う。

「・・・帰ってくる気ぃ、ないんか?」

「おおきに・・けど、俺、ここ好っきゃから・・えらい、すんまへん。」

頤を少し上向きに回して、煙草を銜えたまま岩城が薄く笑う。

煙を吐き出し、煙草を指に挟んで、香藤と並んで歩き出す。

「お前、昔っから我ぁ強かったもんな・・・しゃあないなぁ・・・ま、ええわ。」

「・・・すんまへん。」

「かまへんて。」

岩城が、香藤の頭を軽く叩いた。

香藤の帰りを心配して外で待っていた隣の家族に、

岩城が頭を下げる。

「こいつのこと、よろしゅう頼みます。」

「兄貴?!」

驚く香藤の肩を、ポン、と叩いて岩城が微笑する。

「・・・ほな、な・・・。」






「岩城さん!凄すぎ!」

香藤が、帰り道のロケバスの中で叫んでいる。

「もう、俺、隣にいてほんとにびびってたよ!怖いったらないの!」

「止めろって、香藤。うるさいよ。」

「だってさ!すっごい迫力なんだもん!俺、ちびるかと思った!」

「バ〜カ。お前の啖呵も迫力あったぞ。」

「なに言ってんのぉ〜!

岩城さんの微笑みながらの台詞のほうが怖いよ!」

バスの中の誰もが溜息をつきながら思っていた。

二人ともだろ、と。

香藤の捲くし立てるような、バリバリの大阪弁の啖呵。

岩城の、ゆっくりとした台詞。

・・・こんな二人が、夫婦なんだよなぁ・・・。

・・・その内、大御所とか言われるんだ・・・。

・・・ま、この先も、楽しみだよな・・・。

・・・に、したって、熱すぎる・・・。

・・・ま、しょうがないか・・・。

若手きっての演技派といわれる二人は、

キャリアをまた一つ、増やした。

「ねえ岩城さん、正反対だね。

あっちでは、弁護士で、こっちはやくざの若頭って。」

「お前だってそうだろ。次のは、美容師の卵じゃないか。」

「まぁね。」

「それが、俺たちの仕事だろ?」

「うん。だから、面白いんだよね。色んな人間をやれるんだ。」

「ああ。」

「だから、止められないんだよね。疑似体験って言うかさ、

やくざなんて俺、なりたいとも思わないけど、

芝居ならやりたいって思うもん。」

「そうだな。弁護士も、美容師も、外交官も、実際は出来ないからな。」

「外交官?次の仕事?」

香藤が、隣に座る岩城の顔を覗き込んだ。

「まだ、本決まりじゃないけどな。話は来てる。」

「へぇぇっ!・・・まぁた、岩城さんにぴったりじゃん!かっこいい〜!」

香藤が、惚れ惚れと岩城を見つめる。

その視線に頬を赤く染め、岩城は窓の外を眺めた。

「よかったね。」

「ん?」

なにやらしみじみとした香藤の声に、岩城は振り返った。

そこに香藤の優しい笑顔があった。

「俺たち、好きな仕事が出来て、ほんとに良かったね。」

「ああ。」

「俺さ、凄い幸せ。やりたいことがちゃんと出来てて、岩城さんがいて。

その岩城さんも、やりたいことが出来てて、これって最高じゃない?」

「そうだな。」

微笑をかわす二人に、

通路を挟んだ隣の席にいた監督が思わず声をかけた。

「お願いだから、そこでキスしないでね。目に毒だから。」

「わっ?!なに言ってんですか?!」

香藤が飛び上がらんばかりに叫んだ。

いっせいに、バス内に爆笑が響く。

岩城が顔を真っ赤にして俯いた。

「仲がいいのはわかってるけどさぁ、惚気きついよ、二人とも。」

「すいませ〜ん。」

「まあ、芸能界を背負って立つ二人だから、いいんだけどね。」

「そんなことないですよ!俺たちなんて、まだまだ!ねぇ、岩城さん?」

「ああ、これからだな。」

「うん!人生、意気に感ずって、やつだね!」

岩城が、それを聞いて少しからかうような顔をした。

「・・・お前の場合、点の場所が違ってるな。」

「・・・へっ?!・・点の場所って・・?」

香藤が、視線を上に向けながら、考え込んでいる。

何かに気付いて、はっとした顔で岩城を見返し、

今にも吹き出しそうな岩城に気付いて、

見る見るうちに香藤の顔が真っ赤になった。

「酷いよっ、岩城さん!」

「わかったか?」

「わかるよっ!もう!」






              〜終〜




            2005年2月13日






レイ様に、大阪弁の監修をお願いしました。
ありがとうございました。
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