アフター エマージェンシー・ドアー










「入れや、バカ」






香藤は、むっつりとしたままリビングに入ると、

どさっ、とソファに腰を下ろした。

小野塚がさっさとそのはす向かいに座り、

宮坂に続いて、岩城がリビングに入る。

香藤の隣に座りかけて、

岩城は宮坂が立ち尽くしているのに気付いた。

「・・・宮坂・・・?」

俯いて顔をしかめたまま、一点を見つめていた宮坂が、

小野塚が声を掛けたのをきっかけにして、

突然、岩城と香藤を見つめて、床に座り込んだ。

「ごめんなさい!」

床についた両手が握り締められ、震えていた。

「・・・ほんとに・・・ごめん・・・香藤、俺・・・。」

額が床につきそうになるほど、下を向いて宮坂が泣いていた。

「・・・ごめんなさい、岩城さん・・・」

じっと、その宮坂を見つめていた香藤は、肩で大きく息をつくと、

反動をつけて勢いよく立ち上がった。

宮坂の脇に立ち、二の腕を、ぐい、と掴んで引っ張り上げる。

「おら、座れよ。」

「・・・かっ・・香藤・・・」

片眉を上げて、香藤は宮坂の泣き顔を見返した。

「・・・バ〜カ・・・」

そう言って、ふん、と笑う香藤に、宮坂の顔が泣き笑いに崩れた。

「座って、宮坂君。」

岩城が、笑みを浮かべて頷く。

両手で顔をごしごしと拭いながら、宮坂は小野塚の隣に腰を下ろした。

「待ってて。」

岩城が立ち上がって、キッチンへ向かった。

その後姿を、宮坂が見つめている。

「手伝うよ、岩城さん・・・お前ら、コーヒーでいいよな?」

声をかけて、岩城の後を追う香藤の背中に、宮坂が溜息をついた。

「・・・許して・・くれたのかな・・・。」

「大丈夫なんじゃねぇの?」

小野塚が、軽い調子で答える。

「・・・そうかな・・・よく、わかんねぇ・・・」




「俺、岩城さんのこと、何にもわかってなかった・・・。」

「・・・おうよ。」

香藤が、ぽつりと零した宮坂の言葉に、こちらも、ぽつり、と返した。

岩城と小野塚は、黙ってコーヒーカップを口にしながら、

二人のやり取りを聞いている。

「・・・男、なんだよな、岩城さんて。」

「当り前だろ。」

「・・・そう、なんだけど・・・。」

「しょうがねぇじゃん、あれ見ちまったら。

岩城さんは抱かれるだけって思っちまうぜ。」

小野塚が抱えたクッションに肘をつき、拳で頬を支えて言った。

「・・・うん、まさか、香藤がさ・・・。」

「うっせえな。俺たちには、どっちが下か上かなんて、関係ないんだよ。」

「・・・なんか、」

「あ?」

宮坂が、少し赤い顔で岩城と香藤を交互に見た。

「なんだよ?」

「お前も、綺麗だったよな。」

香藤が、心持ち頬を染めて苦笑した。

自分を面白そうな顔で見つめる岩城に、

香藤がようやく堅かった顔をほころばせた。

「なに、岩城さん?」

「いや、そう思えた宮坂君は、凄いな、と思っただけだ。」

「なに、それ?」

「なに、って、言われてもな。お前、可愛いから。」

「ちょ、ちょっと!やめてよ、岩城さん!なに、言ってんの?!」

香藤が、隣に座る岩城の肩に抱きついた。

「そういやぁ、前に、岩城さんから聞いたことあるぜ。」

「なにを?!」

「お前のこと、可愛いって。」

笑いながら言う小野塚に、岩城は苦笑を浮かべた。

驚いて岩城を振り返った香藤は、

岩城の照れた表情に、顔をほころばせた。

「岩城さんのほうが、可愛いよ。」

「お前こそ、なに言ってんだ、馬鹿。」

肩を抱いたまま、香藤は岩城の頬に軽く唇を触れた。

「こっ、こらっ!人前で!」

岩城のその言葉に、香藤がくすっと笑った。

「あのさぁ・・この2人の前でそれ言ってもねぇ・・・。」

グッと、言葉に詰まった岩城は、視線を感じて顔を巡らせた。

ニヤニヤと笑いながら、こちらを見ている小野塚に、

顔を赤らめ、背ける。

その岩城を香藤はますます抱き込んだ。

「もぉ〜、可愛いんだから。」

「・・・やめろって・・・。」

岩城が、聞こえるか聞こえないか位の小さな声で、香藤に囁いた。

と、ぷっと吹き出す声が聞こえて、香藤と岩城が顔を上げた。

ソファに、突っ伏すようにして笑っている小野塚に、

香藤がむくれた顔を向けた。

「なんだよ?」

「・・・だ、だってよ・・宮坂が・・・」

そう言われて、惚けた顔の宮坂をみた香藤は、

岩城を抱きこむ腕をそのままに、意地悪げに舌を出した。

「まだ、そんな顔すんのかよ。」

「・・・う、うるさいな!」





「飯、食ってけよ。」

香藤が誰に言うともなく、言った。

キッチンで、立ち働く香藤を見ながら、小野塚が笑っている。

「信じらんない、ああいう香藤って。」

「そうかい?」

「話には聞いてるけど、ほんとにやるんすね。」

「ああ。」

岩城が、笑って頷いた。

「岩城さんは、料理は?」

「俺は、レシピがあれば、やるけどね。

香藤のようには、いかないよ。

あいつ、何でもできるから。」

「へぇ・・・。」

「旨いよ、香藤の料理は。」

「なんか・・・。」

くすくすと笑い出す小野塚に、岩城は小首を傾げた。

「岩城さんも、結構、惚気キツイすよね。」

「そ、そうかな?」

頬を染めて言いよどむ岩城に、

小野塚が、笑顔のまま隣に座る宮坂に、視線を流した。

心持ち、沈んだ顔の彼に、ふっと溜息をついた。

「おい、暗れぇよ。」

苦笑する宮坂に、いきなり香藤が声をかけた。

「おい、手伝え、宮坂!」

「うわっ・・なんだよ?!」

弾かれたような立ち上がり方をして、宮坂はキッチンへ向かった。

あれやこれやと指示を出す香藤と、

キッチンの中をあたふたと動く宮坂を、

岩城と小野塚が笑って眺めていた。

「お前、人使い荒いよ!」

「うっせぇな!文句あるんなら、食わせねぇぞ!」




「飯、いるなら、言えよ。」

「へ?」

きょとん、とする小野塚に、香藤が、少し小さめのどんぶりを指差した。

「それ、茶碗蒸しじゃねぇから。うどん、入ってる。」

「うどん?!」

「小田原蒸し、って言うんだ。」

「へぇ・・・。」

「お前、本格的に料理すんだな。」

宮坂が、テーブルにつきながら香藤を見上げた。

「作ってるの見てたら、プロみてぇ。」

「まぁな。岩城さんに、美味いもの食べてもらいたいからさ。」

「やっぱ、それかよ。」

苦笑する宮坂に、香藤はふ、と笑った。

「それだけじゃないけどね。

岩城さんて、言わないとろくな物食べないから。」

「おい、なんだ、それは?」

岩城が、鰆の西京焼きを口に仕掛けて、

隣に座る香藤のほうへ首をひねった。

「だってさ、最初に岩城さんちに押しかけたとき、驚いたんだよ。

凄い適当に食事してるから。」

「・・・そう・・・だったっけ?」

「そうだよ。だから、これは俺が作って食べさせないと、って思ったんだ。」

ぽい、と岩城が鰆を口に放り込んだ。

「そっか。」

「それにさ、岩城さんほっとくと体重、落ちるし。」

その言葉に、小野塚が、にやり、と笑った。

それに気付いて、香藤が、む、と顔をしかめる。

「なんだよ?」

「岩城さんの体重が落ちるのって、お前の所為じゃん?」

「なんで?」

「・・・やり過ぎ・・・。」

岩城が、思わず噴出しそうになって噎せ返った。

「ば、馬鹿!」

香藤はその岩城の背を撫でてやりながら、

思い切り顔をしかめて、小野塚を睨んだ。

宮坂は、ずっと、その二人を見つめていた。

見たことのない、岩城の表情。

余計な力の抜けた、本当にリラックスしたその顔に、

香藤とのつながり深さを感じた。

香藤も、普段とは違う顔で岩城を見つめている。

昨日見た、二人の姿とともに、改めて宮坂にそれを気付かせた。




「これ、美味しい。」

「だな。」

宮坂と小野塚が、食事の後、

出されたコーヒーを飲み干して顔を見合わせた。

「これ、なんていう豆?」

小野塚が、岩城に顔を向けた。

「・・・ん?」

にこ、と笑って岩城が口を開きかけた。

と、香藤が顔を少ししかめて言い返した。

「なんで、岩城さんに聞くんだよ?」

「だってよ。お前、料理はするかも知んないけど、

こういうのは、知らなさそうじゃん。」

「・・・やな感じだな・・・。」

「違うかよ?」

「・・・違わねぇよ。」

ぶすっとする香藤に、くすっと岩城が笑って、

機嫌を取るようにその膝をたたきながら、答えた。

「これは、トアルコトラジャ、っていうコーヒーだよ。」

「へぇ・・・すんごい、苦味と酸味がちょうど良くって、コクが絶妙。

香りもいいし。」

「気に入ったかい?」

岩城が嬉しそうに笑った。

「ええ。おかわり、貰えますか?」

「ああ、もちろん。」

立ち上がって、岩城は宮坂を振り返った。

「宮坂君も、飲むかい?」

「あ!い、頂きます。」

「わかった。ちょっと待ってて。」

岩城が、キッチンへ向かう。

その後姿を香藤は、少し顔をしかめて見つめていた。

「なに?その顔。」

「なにが?」

小野塚が、面白そうに笑いながら香藤を揶揄した。

「やな顔してんじゃん。」

「別に。」

4人分のカップを持って戻って来た岩城から、

香藤がトレーを受け取った。

手渡しで、コーヒーカップを廻しながら香藤は、

ぶすっとした顔を崩せなかった。

「どうした?」

「別に。」

「別に、じゃないだろ?」

「いいよ。後でね。」

心配げに、見つめる岩城の表情に気付いて、

香藤は一瞬躊躇して、それでも十分、

いきなり岩城の唇を軽く、啄ばんだ。

「・・・か、香藤?!」

「気にしない。キスしたかっただけ。」

まともに言葉が出ないくらいに驚いて、呆然とする岩城を横目に、

呆れて溜息をつく宮坂に香藤は、にやり、と笑いかけた。

「・・・やな、笑い方すんなよ、香藤。」

「そうか?」

「・・・わかってるよ、もう。」

「ああ、そうらしいな、その顔は。」

宮坂が黙って香藤を見返した。

しばらく見詰め合っていた視線は、宮坂の溜息とともに外れた。

「岩城さんにとっちゃ、どこまでいっても、俺はお前の友人なんだ。」

「ああ。」

「・・・でも・・・。」

「でも?」

「それさえ、奇跡みたいなもんだよな。」

香藤が、片方の口角を上げた。

「まったくだな。」

「・・・お前が言うなよ。」

「ふん。」

岩城は、その会話を微笑んで見つめていた。

小野塚の視線に顔を綻ばせ、

小野塚はそれに肩をすくめて眉を上げて見せた。







二人が、帰る間際、出て行く背中に、香藤が「またな。」と声をかけた。

驚いて振り返る宮坂に、香藤は黙って頷いた。







「・・・なに笑ってんの?」

ずっと、笑顔を浮かべている岩城に、香藤が首を傾げた。

「・・・いや・・・。」

「そんなことよりさ。」

「ん?」

「謝りに来たけど、宮坂の岩城さん見る目、気に入らないね。」

「おい、香藤・・・まさか、お前、ひょっとして・・・」

岩城が眉を寄せた。

「そうだよ。だから、キッチンに呼んだの。

仕方ないでしょ?まるっきり、許したわけじゃない。」

深い溜息をついて、岩城は片づけをしようとキッチンに向かいかけた。

その手を掴んで、香藤は岩城をソファに引っ張った。

「それにさ、岩城さんも。宮坂にやさしすぎ!」

「やさしすぎって・・そんなこと言われても・・・。」

「まったく。笑顔なんか向けちゃって。」

「なに言い出すんだ。当り前だろう?」

「なんで?」

本気で顔をしかめる香藤に、岩城は眉を寄せて嘆息した。

「・・・なんでって、な・・・。」

じっとその顔を見つめていた香藤は、肩で息をついた。

「ごめん。」

「・・・香藤。」

「また、困らせちゃったね。」

「いや・・いい。」

「・・・まだ、ちょっと、ダメかも知んない。」

肩に額をつけて、呟くように言う香藤を、岩城は両腕に抱え込んだ。

「・・・いいさ。時間がかかっても。」

「うん・・・ねぇ・・・。」

香藤が、岩城の肩を抱いて軽く唇を喰んだ。

啄ばむように、何度かそれを繰り返すと、岩城がそれに応えた。

「・・・んっ・・・」

鼻から息が抜け、岩城の腕が香藤の首に絡んだ。

「・・・いい?」

「・・・馬鹿。いちいち、聞くな。」

「昨日は、久しぶりに抱いてもらっちゃったからね。お返ししなきゃ。」

香藤がそう言って笑うのを、岩城は呆れて見返した。

「なに言ってんだ。夕べ散々したくせに。」




「・・・ふっ・・んっ・・あっ・・・」

ソファに頬をつけて、岩城がクッションを抱えている。

後ろから蹂躙する香藤の舌に、

思わず高く上げた腰を揺らめかせた。

先走りが、滴り落ちる。

「・・・はっ・・ふぅんっ・・・」

膝裏を掴み、大きく岩城の腿を広げて、香藤は蕾を甚振っていた。

舌先を少し中へ潜り込ませ、入口を舐め上げた。

「・・・んふっ・・・かっ・・かとォ・・・」

焦らすようにしかしてこない香藤に、岩城が堪らず名を呼んだ。

「・・・なに?岩城さん。」

「・・・も・・もう・・・」

「だめ?」

含み笑いで聞いてくる香藤を、岩城は首を捻じって振り返った。

眦に浮かんだ涙が、香藤の茎を躍らせた。

「ごめん、ちょっと意地悪だったね。」

「・・・は・・早くっ・・・」

香藤は岩城を仰向かせると、

膝を掴んで両脚を胸に着くくらいに上げさせた。

ぐい、と腰を進めると、岩城の頤が反り返った。

「・・・んっぁぁっ・・・」

疼くような切なさが岩城の身体を駆け巡った。

愛撫するときには、余裕があるように見える、香藤の顔。

岩城の中へ納めてからの香藤の、顔。

・・・香藤が、愛しい・・・

上擦る息で、岩城は香藤の頭を抱え込み、唇を塞いだ。

「・・・ふんぅっ・・んっぅんっ・・・」

瞼が赤く染まった岩城の、顔。

喘ぎながら、香藤の唇を求める、岩城の顔。

・・・これ見たんじゃ、堪んないか・・・

香藤は、内心、嘆息しながら岩城の唇を貪った。

「・・・はっ・・香・・藤ォ・・もう・・・」

「うん・・・。」

起き上がり、膝をソファにつくと、香藤は岩城の最奥を穿った。

「・・・んあぁあっ・・・」

香藤の肩を掴み、岩城が仰け反った。

抱え込まれた腰を、もっと、と香藤に擦り付ける。

岩城の欲望のまま、香藤は自身を叩きつけた。

「・・・はんっ・・うぁんぅっ・・・」

香藤を取り巻く岩城の壁が、纏わりつくように蠢いていた。

「・・・いいよっ・・岩城さんっ・・・」

「・・・はっ・・あんっふっ・・・」

岩城の両脚がせり上がり、喘ぎが高まる。

それとともに、中の壁が香藤を締め付けた。

「・・・い・・いく・・かとっ・・・」

一際高い声が響いた。




「・・・なんかさぁ・・・」

「・・・ん・・・?・・・」

裸のまま、ソファで岩城の肩を抱きながら、呟くような声の香藤に、

岩城は彼の肩に頭をもたせ掛けたまま、返事を返した。

「・・・目に毒だったかなぁ・・・。」

「・・・なにが?」

「俺に抱かれてる、岩城さん。」

誰の事を指しているのか、

すぐにわかって、岩城は顔を上げて香藤を見た。

「・・・こんな岩城さん見たんじゃ、ねぇ・・・」

「お前な・・・。」

「・・・なんだかなぁ・・・」

少し溜息をつく香藤を、岩城は上から覗き込んだ。

「・・・ちょっとは落ち着こうって、言ったろうに。」

「そう、なんだけどさ。」

ふふ、と岩城が笑って香藤の胸に頬をつけた。

「・・・ひょっとして、俺のせいもある?」

「・・・どうだろうな・・・。」







「だいじょぶ?」

「ああ、なんとかな。」

朝、玄関で香藤が心配そうに岩城を見つめた。

「ごめんね、岩城さん。俺、止まんなくて・・・」

「謝ることはないさ。お前だけのせいじゃない。」

「う〜ん・・でもさ・・・」

岩城は靴に足を通しながら、軽く咳払いをした。

「・・・俺だって求めた。お互い様だな。」

「・・・もお・・・。」

くすり、と岩城が笑った。

「岩城さん、よろしいですか?」

ドアを開けて、清水が声をかける。

「はい、お待たせしました。」

「・・・岩城さん。」

「ん?」

振り返った岩城の目に、少し照れくさそうな香藤の顔があった。

「・・・小野塚に、よろしくね。」

ふわり、と笑って岩城は頷いた。

「じゃ、行ってくる。」

「うん、行ってらっしゃい。」









            〜終〜




           2005年7月8日
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