これは、春抱き同盟様に展示していただいている、「An everyday affair」の岩城sideです。





     An everyday affair 〜岩城〜 








「冬の蝉」が映画祭に出品され、

舞台挨拶のために俺たちはここに来ている。




海に面した高級リゾートホテル。

そのラウンジに、

他に出品された映画の出演者や関係者たちが顔をそろえている。

スクリーンでしか見たことのない女優や男優、それに映画監督。




窓際の席に陽の光を浴びて香藤が座っている。

この煌びやかな光景の中でも、お前が何処にいるかはすぐにわかる。

俺を真っ直ぐ見つめてくれているお前の熱い、優しい視線。

立ち止まって、思わず見惚れた。

お前、自分がわかってるのか?

組んだ長い足。

綺麗に伸びた腕。

ラフなスーツの上からでもわかる、逞しい肢体。

俺より肩幅が狭いと言うが、そんなことはない。

鍛えているから、胸板が厚くなってる。

タレ目が嫌だというが、それを含めてお前は男前なんだぞ。

・・・そんなお前が俺だけを見つめてくれている。

お前の笑顔が嬉しい。

女達が、ちらちらとお前を見ている。

・・・なんだか、嫌な気分だ・・・。

最近、俺の方が独占欲が強くなってきている気がする。

お前は俺のものだとひけらかしたくて、

ゆっくりとお前を見つめながら歩く。






「苗字で呼び合わないこと。」

日本を発つ前に、佐和さんに言われていた。

「日本じゃみんな何とも思わないけど向こうは違うのよ。

夫婦が名前で呼び合わないなんて、おかしなことなの。

でないと、特別の関係だと思われないで、

岩城君にちょっかい出されるわよ。

岩城君も恥ずかしがらないでちゃんと答えなさいよ。」

まさに、佐和さんの言ったとおりだった。

最初のインタビューで香藤が、俺を「岩城さん」と呼んだ。

インタビュアーだけでなく、

スタッフまでが変な顔をした。

「彼は、仕事のときとプライベートをきっちり分けているから。」

慌ててそう言ったら、けじめのある男だと思ってくれたようだ。

佐和さんの言ったとおりだったので、

かなり恥ずかしかったが二人の関係について夫婦だと答えた。



新聞を読みながら、

ころころと顔色を変えていた香藤が文句を言っている。

「くっそ。その通りだけど、なんか、やだ。」

「お前、また焼餅か?」

「なんで、わかんの?」

驚いて俺を見返した。

わかりやすいんだよ、お前は。

「焼餅妬かれるの、いや?」

気遣わしげに俺を覗き込む香藤。

そんなこと聞かなきゃわからないのか?

俺だって、嫉妬くらいするぞ。

「お前は、気付いていないみたいだが。」

「何?」

「自分が、もててるってことをだ。」

「え?」

「お前は俺のことばかり気にしてるが、

周りの連中のお前を見る目だって・・・」

「岩城さん!嫉妬してくれたの?!」

まったく、どうしてお前はそうあからさまなんだ。

・・・体が熱くなるじゃないか。

「岩城さん。ベッド、行こ?」

思っていた言葉を聞かされて言葉に出来なくて頷いたら、

抱き上げられた。

力強い腕。

安心できるが、でも・・・。

「お前、鍛えすぎだ。」

「なんでさ?」

「こんなに、軽々と抱き上げられると、どうもな・・・。」

「いいじゃない。気にしないでよ。岩城さんを守るためだもん。」

「・・・馬鹿・・・」

長い年月一緒に暮らして、

お前のストレートな愛情表現にはずいぶん慣れた。

お前が表現してくれるように俺もそうしてやりたいと思うが、

まだ照れが抜けない。

こういうとき、自分の口下手が嫌になる。





「・・・あっ・・・」

俺の幸せの一つ。

俺の肌を探るお前の指と唇と舌。

「・・・ああっ・・・んっ・・・」

自分のものとは信じられないほどの、甘い声。

「・・・はああっん・・・あん・・・」

お前に翻弄されて、声が漏れるのをどうすることも出来ない。

「・・・か・・と・・・」

今も、俺の中を犯すお前の指に感じすぎるくらい、感じている。

・・・わざと、敏感なところを触るのを避けているだろ。

・・・お前、意地が悪いぞ。

「・・・あん・・・かとっ・・・」

お前に馴らされた体が、焦れったさに勝手に反応する。

「・・・ねえ・・・」

自分の上げた声になけなしの羞恥心が吹き飛ばされる。

俺の中から、お前の指が出て行く。

すぐに、熱いお前をそこに感じる。

「いれるよ。」

なのに・・・入ってこない。

・・・お前、俺をこのまま放っておくつもりか?

「香藤、早く・・・。」

「あ、ごめん。見とれてた。」

馬鹿なこと言ってないで、早く何とかしろ。

「・・・は・・あ・・・」

・・・入ってくる・・・。

熱い、猛ったお前。

俺を狂わせる、俺の欲しかったもの。

俺の理性を喰い破る・・・。

お前の腕に抱かれる幸せ。

「・・・ああっ・・ああんっ・・ああっ・・・」

何も考えられなくなる・・・。

お前だけを感じて・・・。

・・・まるで、首から下だけしかないみたいに・・・。

「・・・ひいいっ・・ああっ・・あううっ・・・」



「・・・ごめん・・・大丈夫?・・・」

「・・・ああ。」

まったく、お前の性欲は、どうにかならないのか?

今日一日オフだってのに、このままベッドに居るつもりなのか・・・。

起き上がってボーッとしていたら、香藤の股間が目に入った。

「お前・・・」

仕様のない奴。

なんでこうなんだ?

「ごめん。」

あんまり情けない顔で謝るから、可愛くなってしまう。

・・・たまには、俺から誘ってやろうか・・・。

「こいよ。」

「岩城さん・・・」

「ん?」

「愛してる。」

「ああ・・・俺もだ。」





映画は、高い評価を受け、

お陰で俺たちはホテルから出られなくなってしまった。

仕方がないのでホテル内で過ごしている。

映画のあの二人は、俺たちの前世のようだと言われた。

だから、今お互いを大切に思っていて、

こんなに愛し合っているんだと。

香藤は納得がいかない様子で文句を言う。

草加は、秋月を幸せに出来なかったと。

「それは違うぞ。」

「なんで?」

「少なくとも、秋月は草加を愛していたんだ。

その一点で、俺は秋月を不幸だとは決め付けられない。」

ちょっとびっくりして俺を見ている。

なのに、出てきた言葉はまるっきり現実感のあるもの。

「買い物、する?」

「そうだな。」

着替えていたら、

いきなり香藤が飛んできてセーターを脱がそうとした。

「止めてよ、それ着んの!」

「なんで?」

「なんでって!自覚ないんだから!

襲ってくれって言ってるようなもんじゃん!」

何をわけのわからないことを言ってるんだ?

これだって、お前が買ってきたんだろうが。

「・・・お前以外に、襲う奴なんかいるのか?」

「それは、そうだけどさ〜。」

「ほら、早くしろ。」

まったく、仕様のない奴。





「何にする、香藤?」

「う〜ん、女性陣には、アクセサリーなんてのは?」

「ああ、それいいな。」

目に付いたショップへ入った。

香藤がすこし不機嫌な顔をしている。

なぜなんだろう・・・。

「お義母さんに、洋子ちゃん、

それから、義姉さんに、久子さんに、清水さんに、

佐和さん・・・かな?」

「うぷっ、佐和さんって・・・」

「・・・一応な。」

俺に選べと言うので、ブローチにした。

「ねえ、京介はなんか要らないの?」

「・・・そうだな・・・」

そうか、店員が俺に張り付いているのが気に入らないんだな。

いきなり俺を名前で呼んだ。

・・・なんだか、照れくさいが香藤の気持ちがわかって嬉しい。

こっちへ来てから、名前で呼ぶのにすこし慣れてきた。

ショーケースを見ていたら、

グリーンのガーネットとムーンストーンの組み合わせの、

ペンダントが目に入った。

プラチナの輪の中に葉っぱの象嵌。

石が二つずつ配置されている。

気がついたことがあって見つめていたら、

香藤が傍へ寄り添った。

「俺、ガーネットって、赤だと思ってた。」

「これは珍しいんだ。」

「なんか、岩城さんてなんでも知ってるね。」

「関心ついでに、もう一つ教えてやる。」

「え、なに?」

「ムーンストーンは、6月の誕生石だ。ガーネットは、1月。」

「え、それって・・・。」

そう、お前も気がついたか?

「ああ、俺たちだ。これがいい。洋二、買ってくれ。」

「うん。」

お前の笑顔を見られて、俺も嬉しいよ。

いま着けるといった俺に、店員がつけてやると言う。

そんなつもりはないので断って香藤の前で後ろを向いた。

すぐに着けてくれる。

言葉などお前には必要ないんだな。

品物を受取って店を出る。今度は男性陣への買い物。

なんだか、いい気分だ。

たまには、俺から甘えてみようか。

いつもうまく表現できなくて寂しい思いをさせているような気がする。

お前の腕にそっと腕を絡めた。

振り返ったお前の頬にキスをした俺を、びっくりして見つめている。

そんなに、驚くことか?

「ど、どしたの?」

「嬉しいんだ。ありがとう。」

「な、なにが?」

「ペンダント。」

「いいのに、そんなの。それに、なんか、いいの?」

「なにが?」

「なにがって・・・腕。」

「ああ。・・こうして歩きたい時だってある。いつも出来ないからな。」

「・・・うん、そうだね。」

いくら認めてもらっていてもファンの手前出来ないことの方が多い。

ここではこうしてても何も言われない。誰も気にしない。




「男性陣って、誰だっけ?」

「えーと、お義父さんと啓太君と、

金子さんと雪人君と親父と、兄貴と・・・。」

そう言って見上げたら、香藤が思い切り鼻の下を伸ばしていた。

だらしのない。

旅先の開放感だろうか。

あまりに俺が腕に絡むので、

いつもは気にしない香藤のほうが、

気を使っているのがわかる。

「どうしたんだ?」

「なんでもない。」

わかりやすい奴。

「俺は、お前しかいらない。」

途端に、へらっと顔が緩んだ。・・・笑える。

「香藤、6人分何にする?」

悩んでいるようなので、手近のショップに入る。

「定番で行くか。」

「ねえ、雪人君にアルマーニのネクタイって・・・。」

「ああ、そうか。じゃあ、彼にはベルトにするか。」

「やあ、お二人さん。

相変わらず仲いいねえ。買い物?」

顔見知りの映画関係者が声をかけてきた。

入ったときから気付いてはいたが。

「こんにちは。土産ですよ、家族へ。」

「大変だね、香藤君。」

「なんすか?」

「ほら、」

ネクタイを選んでいる俺を遠目で見て、話している。

一体、何が大変なんだ?

香藤が、慌てた様子で俺に近付いてくる。

どうしたんだろう・・・。

「岩・・・京介!」

「何だ、洋二?」

「決まった?」

「どなたのをお探しですか?」

店員が、俺に話しかけたのをむっとして睨んでいる。

たかが店員にまで焼餅焼くのか、お前は?

でも、その顔が可愛くて、

お前の心配を取り除いてやりたいと思った。

「俺と夫の家族への土産をね。」

香藤が、口を開けて俺を見つめている。・・・面白い。

「ご主人、ですか?」

「そう。」

部屋を出るときにつけていた指輪を見せた。

ふと見ると香藤の指にもあった。

・・・なんだか、ほっとするな・・・。

「お前のお父さんにこれでいいか?」

「あ、うん。いいと思う。」

何か欲しいものはないかと聞いたら珍しく遠慮した。

ペンダントのお返しに何か買ってやりたいと思ったのに。

「うん。じゃあ、なんか買って。」

重ねて聞いたら、嬉しそうな顔が帰ってきた。

お前の笑顔は、俺を穏やかな気持ちにさせてくれる。

ネクタイを選んでいる。

・・・スーツ、買わないと無いんじゃなかったか?

「じゃあ、これ。」

「ああ。お前もいい加減スーツぐらい、着ないとな。」

「着るじゃない、俺だって。」

「カジュアルしか見たことないぞ、今みたいに。

きっと、似合うと思うけどなダークスーツも。 

帰ったらスーツ買いに行こう。

俺が選んでやるから。」

「うん。ありがと、京介。」

「じゃあ、これ。包んでください、プレゼント用に。」

「はい、かしこまりました、マダム。」

マダム、ときたか・・・。

仕方ない。そう呼ばれるだろうなとは思っていた。

さっき声をかけてきた映画関係者が又近寄ってきた。

「岩城君て、・・・やっぱり奥さんだったんだね。」

「やっぱりって、なんですかそれ。」

「いや、この色っぽさはそうとしか思えなかったけど、

そんなこと聞けないじゃない。

ねえ、岩城君。」

「そうですか?」

何を言うかと思えば・・・そんなことか。

俺たちには、夫だとか妻だとか、そんな区別は無いんだがな。

・・・ま、いいか。

挨拶をして店を出てから、

香藤が、ちょっと困った顔で俺を覗き込んだ。

「ねえ、ひょっとして・・・開き直った?」

「かもな。」

「彼、日本に帰ったら言いふらすんじゃない?」

「そんなこと気にするのか?お前らしくないな。」

「いや、俺はいいけど、岩城さん困らない?」

俺に対するお前の優しい気遣いはいつもありがたいと思う。

「俺は、事実を言っただけだ。」

そう言って微笑んだら、香藤の喉が動いた。

・・・まったく。

「ねえ、岩城さん。買い物、もう、終わりだよね?」

案の定の言葉に思わず笑ってしまう。

「わかりやすい奴だな。」

「ごめん。」

荷物を全部持って後ろからついて来る香藤。

・・・周りから見たら、

我儘な女房の買い物に付き合わされる亭主、ってとこか。

空調のせいだろうか、少し喉が渇いた。

振り返って聞いてみたら、真っ赤な顔をしている。

「う・・・。」

ふと、下を見たら香藤の股間がちょっと主張し始めていた。

恥ずかしそうに顔を俯ける香藤が可愛くて・・・。

「そっちは後で、潤してやるから。」

「その眼つき凶器だよ、岩城さん。」

「そうか?」

ラウンジでコーヒーを飲んでいたら、

どこかで見たような顔が立ち上がって近付いてきた。

「はじめまして。ミスター岩城。」

「ああ、はじめまして。」

差し出された手を握り返したら、いきなり引き寄せられた。

「Noーッ!」

「Noーッ!」

思わず叫んでいた。香藤も。

彼の腕を避けて香藤の後ろに隠れた。

「ただの挨拶だよ?」

彼がそう呆れている。香藤が、俺を庇いながら言った。

「申し訳ないけど、俺たち日本人にとってはキスは挨拶じゃないんだ。

たとえ頬でも他人には触れさせない。」

「え?冗談でしょ?」

「本当だよ。京介には指一本誰にも触らせない。

解かって欲しい。」

「日本人のカップルってのはそういうものなのか?

不特定多数、じゃないわけか?」

「他人のことは知らない。俺は、京介しか愛せない。」

「君は?」

香藤の言葉がとても嬉しくて、俺もちゃんと答えなければと思う。

「俺に触れていいのは洋二だけだ。

他の誰にも、触れさせるわけにはいかない。」

真剣に答えてしまった。事実は事実だから。

それ以上口を開くと涙が出そうだったので黙って椅子に座った。

香藤も泣き出しそうな顔で俺を見ている。

「俺、すんごい嬉しい。ねえ、キスしていい?」

こんなとこでか、と思ったが・・・。

「まあ、ここは日本じゃないしな。

あの会話の後だ。そのほうが効き目があるか。」

「でしょ、でしょ?キス以外は、部屋に帰ってからにするから。」

「当たり前だ、馬鹿。」





案の定、帰ってきたら大騒ぎになっていた。

週刊誌にショップ街で腕組んで歩いている写真。

「マダム」の記事と、ラウンジでのハプニングの記事。

その時のキスの写真まで。

一体誰が撮ったんだ。

「今日、スタジオで見せてくれって言われたぞ。」

「なにを?」

「ペンダントだよ、お前が買ってくれた。」

「そんなことまで流れてるの?」

そう言って、黙って俺の顔を見つめている。

「どうした?」

「恥ずかしくないわけ?」

「お前は恥ずかしいのか?」

「・・・そうじゃないけど。」

「けど、なんだ?」

言いよどむ香藤の隣に座ったら、おずおずと話し始める。

「あの・・・いつもは恥ずかしがるじゃない。

些細なことで。だけど、今回は・・・」

「恥ずかしがらないから、変だって言うのか?」

「う・・・ん。」

言いにくそうだな。俺を気遣いながら、でも俺の言葉を待ってる。

そう思ったら俺からキスをしてやりたくなった。

「ど、どうし・・・。」

「お前を愛していることは恥ずかしいことじゃないだろ。」

「い、岩城さん!」

「痛っ・・・お前、力入れすぎだ!」

「ねえ・・・」

お前の「ねえ」はストレートに意味がわかる。

恥ずかしいくらいに。

「岩城さん。今夜は寝かせてあげないから、覚悟してて。」

「・・・俺は明日午前中から仕事だ。」

「そんなこと、知らない。」

「おい、香藤!」

「聞かない!知らない!」

香藤が顔振って叫んで、抵抗するまもなく抱き上げられた。

顔を真っ赤にして俺を睨むな。

「ずるいよ、岩城さん。」

「なにが?!」

「俺のこと煽っておいて、お預けなんてやだよ!」

「あおるって、お前・・・。俺は何も・・・」

俺が何をしたって言うんだ?

「いつも岩城さんに悩殺されてるからね。

今夜は俺が殺してあげる。」

「良くそんな恥ずかしいこと言えるな?!」

「そお?

岩城さんのこと愛してるのって、恥ずかしいことじゃないでしょ?」

「・・・馬鹿・・・」

まったく、さっきのお返しか。

「香藤。」

「なに?」

「お前、明日仕事は?」

「俺さ、明日・・・」

この、笑顔・・・なんだか嫌な予感がする。

「オフ!」

ああ、やっぱり・・・。








                〜終〜



              2004年12月2日
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