An everyday affair   〜香藤〜




「冬の蝉」が映画祭に出展され、

舞台挨拶のために俺たちはここに来ている。



海に面した高級リゾートホテル。

そのラウンジに、他の映画の出演者や

関係者たちが顔をそろえている。

スクリーンでしか見たことのないスターたち。

もう、夢心地。

でも、俺の岩城さんが一番輝いてる。

岩城さんの魅力って日本人以外にもわかるみたい。

おまけに、こいつらあからさまにモーションかけやがる。

気分悪っ!

岩城さんて、タッパもあるし、均整取れてるし。

今は俺の方が体格いいけど。鍛えてるからね。

岩城さんの足って、長くて綺麗なんだよね。

びっくりするくらい腰細いし、お尻小さいし、かっこいい。

それに、さ。

もう、ほんとに美人。目尻切れ長で。鼻筋通ってて。

唇なんて、口紅塗ってないのに、紅い。

おまけに、最近の岩城さんの色っぽさなんて、殺人的。

今だって、俺の方に向かって歩いてくる岩城さんを、

全員が呆けたような顔して見てる。

外国人が、だぜ。

あ、ここじゃあ俺たちのほうが外国人か。





「苗字で呼び合わないこと。」

日本を発つ前に、佐和さんに言われていた。

「日本じゃみんな何とも思わないけど向こうは違うのよ。

夫婦が名前で呼び合わないなんて、おかしなことなの。

でないと、特別の関係だと思われないで

岩城君にちょっかい出されるわよ。

岩城君も恥ずかしがらないでちゃんと答えなさいよ。」

まさに、佐和さんの言ったとおりだった。

最初のインタビュー。

俺たちがそういう関係だって資料が行ってるみたいで。

うっかり俺が「岩城さん」って言ったら

みんながすごい変な顔をした。

「彼は、仕事のときとプライベートをきっちり

分けているから。」

って、岩城さんがフォローしてくれていきなり俺、

いい奴だと思われちゃった。

で、岩城さん。

やっぱり、二人の関係について質問とか来るじゃない?

ちょっと照れながら、でもしっかり答えてた。

その照れ具合が可愛いったらなかったけど、

そう思ったのは俺だけじゃなくて。

そのインタビューの後、

それまでよりモーションかけられるようになった。

「クールビューティー」だの「オリエンタルビューティー」だの

「ミステリアスビューティー」だのって

言われて書かれてる。

「くっそ。その通りだけど、なんか、やだ。」

「は?」

新聞を広げて文句を言う俺を岩城さんが覗き込んだ。

「あ、ごめん。」

俺はまさか声に出しているとは思ってなかったから、びっくりした。

「お前、また焼餅か?」

「なんで、わかんの?」

「当たり前だ。」

岩城さんはそう言って、くすっと笑った。

「焼餅妬かれるの、いや?」

「・・・嫌なわけないだろ・・・」

真っ赤な顔で俯いた。

我慢限界。

思わず腕を引っ張って抱き寄せた。

「お前は、気付いていないみたいだが。」

「何?」

「自分が、もててるってことをだ。」

「え?」

岩城さんが俺を見上げてちょっと睨んでる。なんで?

「お前は俺のことばかり気にしてるが、

周りの連中のお前を見る目だって・・・」

「岩城さん!嫉妬してくれたの?!」

返事の代わりに、俺の胸に顔を伏せて隠した。

項まで真っ赤になってる・・・。

うっぎゃ〜!・・・可愛い・・・堪んない・・・。

「岩城さん。」

俺の声に何か感じたよね。

見上げた目が潤んでるもん。

「ベッド、行こ?」

頬を染めて頷く顔が色っぽすぎ。

やっぱ、それ犯罪だよ。

最近は俺が抱き上げても抵抗しなくなった。

どころか、俺の首に腕まわして寄りかかってくれる。

幸せ感じちゃうよ。

「お前、鍛えすぎだ。」

「なんでさ?」

「こんなに、軽々と抱き上げられると、どうもな・・・。」

「いいじゃない。気にしないでよ。岩城さんを守るためだもん。」

「・・・馬鹿・・・」

長い年月一緒にいると、

岩城さんの「馬鹿」に色んな意味があることがわかってくる。

今のは、ちょっぴり恥ずかしくて嬉しいっていう、「馬鹿」だよね。

もっと、嬉しい気分にさせてあげる。





「・・・あっ・・・」

岩城さんの声。俺の幸せの一つ。

AVしてた頃は、相手役の声を冷静に聞いてた。

男の上げる声なんて聞き苦しいだけだと思ってた。

でも、岩城さんの声は違う。

すごい、色っぽいし艶っぽい。そそられる。

「・・・ああっ・・・んっ・・・」

もっと、聞きたくなる、俺のことを煽るこの声。

腰にくるんだよね。ずきずきする。

「・・・はああっん・・・あん・・・」

なんでこんなに可愛いかな・・・。

「・・・か・・と・・・」

うわあっ・・・・名前呼ばないで・・・いっちゃうから。

俺の指にまとわりつく岩城さんの中。

熱くて、きつくて。

声が聞きたくてちょっと意地悪したくなる。

敏感なとこ触るのを避けてみたりして。

「・・・あん・・・かとっ・・・」

触って欲しくて腰が揺らめく。もうっ、その顔最高だよ!

「・・・ねえ・・・」

ふわああっ・・・色っぽい・・・泣きそうな顔。

堪んない。触ってあげちゃう!

「・・・あああっ・・・ああっ・・・」

仰け反る岩城さんに、俺、どうにかなりそう・・・。

・・・限界・・・。

「いれるよ。」

わかってるのかな、自分がどんなに淫らな顔してるのか。

頬染めて、瞼も上気して。

濡れた目で、俺のこと見上げて。唇半開きで。

あれっ、眉ひそめちゃった。

「香藤、早く・・・。」

「あ、ごめん。見とれてた。」

「・・・馬鹿・・・」

だ、か、ら、その「馬鹿」は色っぽいんだってばっ。

「・・・は・・あ・・・」

相変わらず、最初は緊張するんだ。

でもすぐに声が漏れる。飛び切りの甘い声。

指入れてるときなんかとは比べ物にならない、とろっとろの嬌声。

そんなに、感じる?

俺を完全に受け入れてくれてるのがわかる。体も、心も。

「・・・ああっ・・ああんっ・・ああっ・・・」

俺にしがみつく腕も、俺の腰に巻きつく脚も凄く嬉しい。

俺の下で悶えて体くねらせる。

凄いエロティックで綺麗。

もっと、もっと感じさせてあげたくなる。

狂わせてあげたくなる。

「・・・か・・と・・う・・・」

うっく・・自覚ないんだから。

頼むから、耳に息吹きかけて腰締め付けないで!

理性飛ぶ!頭ん中真っ白!

「・・・ひっ・・ああっ・・あううっ・・・」



あ〜あ、やりすぎちゃった・・・。また、怒られる。

岩城さん、生きてる?

「・・・ごめん・・・大丈夫?・・・」

「・・・ああ。」

止めらんないんだよね、一回じゃあ。

せっかくまる一日オフなのに。

結局、このままベッドに居っぱなしかな。

でもさ、俺だけが悪いんじゃないよね。

岩城さんのせいもあるよね。

「香藤。」

「ん?なに?」

「水、くれ。」

「あ、うん。」

ペットボトル掴んで振り返ったら、岩城さんが起き上がってた。

ゆっくり汗で濡れた前髪を掻き揚げる。

気だるそうに。潤んだ目で。

ひえ〜ん。どうしよ。感じちゃった・・・。

「お前・・・」

俺の股間見て、吹き出した。

「ごめん。」

岩城さんが、しみるような微笑を浮かべた。

受取った水を飲んで俺の肩に頭を乗せた。

・・・俺の、雄にさわった・・・。

「こいよ。」

「岩城さん・・・」

「ん?」

「愛してる。」

「ああ・・・俺もだ。」





感動的。

映画、うけた。

お陰で、俺たち外を歩けない。

仕方ないんで、ホテル内で過ごす。

映画のあの二人、俺たちの前世じゃないかと言われた。

だから、今お互いを大切に思っていて、

こんなに愛し合ってるんだと。

でも、俺は今ひとつ納得行かない。

草加は秋月さんを幸せに出来なかったじゃない。

「それは違うぞ。」

「なんで?」

「少なくとも、秋月は草加を愛していたんだ。

その一点で、俺は秋月を不幸だとは決め付けられない。」

岩城さんて、どうしてそんな風に思えるのかな。

凄いよね。俺、こういうとこ負けてる。

「買い物、する?」

ていうか、お土産ね。

ホテル内のお店に行くしかないけど。

「そうだな。」

岩城さんが、着替えてる・・・って、なんでそんなカッコなの?!

黒のタンクトップに、網々透け透けの白のニットセーター!

それ、写真集撮ったときに着てた奴!

「止めてよ、それ着んの!」

「なんで?」

「なんでって!自覚ないんだから!

襲ってくれって言ってるようなもんじゃん!」

「・・・お前以外に、襲う奴なんかいるのか?」

しれっとした顔して、何てこと言うの・・・。

「それは、そうだけどさ〜。」

「ほら、早くしろ。」

・・・まったく、もう。



ほら、やっぱり・・・。

男連中、目がハートになってる。

紫色のハートが飛びかってる。俺のこと睨んでる奴までいる。

「何にする、香藤?」

「う〜ん、女性陣には、アクセサリーなんてのは?」

「ああ、それいいな。」

って、ショップへ入ってく。

なんで、女の店員押しのけて男がくんだよ!逆だろっ、普通。

「お義母さんに、洋子ちゃん、それから、義姉さんに、

久子さんに、清水さんに、佐和さん・・・かな?」

「うぷっ、佐和さんって・・・」

「・・・一応な。」

笑っちゃう。って、笑ったら悪いか。

あの人、女だって自分で言ってたっけ、そういやあ。

憶えてるんだ、岩城さん。俺、忘れてた。

偉いよな、そういうとこ。

ブローチにした。みんなそれぞれのイメージで。

岩城さんが選んだけど。

店員、顔赤くして岩城さんを見てる。やな気分。

「ねえ、京介はなんか要らないの?」

「・・・そうだな・・・」

ムカついたから、思い切り名前で呼んでやった。

岩城さんは俺のものなの!

でも、岩城さんにはばれてる。クスッて笑われた。

ショーケース見ていく。こら、お前くっ付いていくな!

岩城さんが見つけたペンダント。

グリーンのガーネットとムーンストーンの組み合わせ。

プラチナの輪の中に葉っぱの象嵌。

石が二つずつ配置されてる。

じっとそれを見つめている岩城さんの顔が嬉しそうだ。

「俺、ガーネットって、赤だと思ってた。」

「これは珍しいんだ。」

「なんか、岩城さんてなんでも知ってるね。」

「関心ついでに、もう一つ教えてやる。」

「え、なに?」

「ムーンストーンは、6月の誕生石だ。ガーネットは、1月。」

「え、それって・・・。」

嬉しそうだった岩城さんの顔が、もっとほころんだ。

「ああ、俺たちだ。」

そんな明るい笑顔見られて俺も幸せ。

「これがいい。洋二、買ってくれ。」

「うん。」

岩城さんから、滅多にないおねだり。俺、すっごく嬉しい。

岩城さんがすぐ着けるって言って店員から受取ってる。

で、店員がつけてやるって・・・見え見えじゃん。やらしい奴。

でも、岩城さんは断るもんね。

ほら、見ろ。

で、俺のところへ来て後ろ向いた、無言で。

俺も無言でペンダント受取って岩城さんの首に下げる。

俺たちには余計な言葉なんて要らないんだよね。

品物受取って、店を出る。今度は男性陣への買い物。

・・・岩城さんが腕、俺の左腕にまわしてくれた。

驚いて振り返った俺の頬に、キス・・・。

「ど、どしたの?」

「嬉しいんだ。ありがとう。」

「な、なにが?」

はにかんでる。・・・可愛い・・・。

「ペンダント。」

「いいのにそんなの。それに、なんか、いいの?」

「なにが?」

「なにがって・・・腕。」

「ああ。・・こうして歩きたい時だってある。

いつもは出来ないからな。」

「・・・うん、そうだね。」

そう、日本じゃ出来ない。

いくら認めてもらってたって、出来ないことの方が多い。

ここではこうしてても何も言われない。誰も気にしない。

ってわけでもなさそう。

・・・俺、やっぱ睨まれてるみたい。

男の嫉妬って、怖いんだよね。俺も経験ある。

「男性陣って、誰だっけ?」

「えーと、お義父さんと啓太君と、

金子さんと雪人君と親父と、兄貴と・・・。」

岩城さんがショップ街の通路を歩きながら、

俺にほとんどしな垂れかかるみたいにして腕絡めて歩いてる。

指折って数える姿が、もう可愛いくって。

このホテルほぼ映画関係者で埋まってて、

中には日本人もいるんだけど。岩城さん気にならないのかな。

旅先の開放感?

あんまり無防備なんで、普段気にしない俺の方が気になる。

こういうフェロモン出しまくりの姿で

俺にびったりくっ付いてる岩城さんを、

通り過ぎる連中が涎たらしそうな顔で振り返ってく。

見せたいような、見せたくないような。・・・なんか、複雑。

「どうしたんだ?」

「なんでもない。」

あ、クスって笑った。どーせ、お見通しなんだ。

「俺は、お前しかいらない。」

お願いだから、こういうとこでそういうこと言わないで。

そんな目で・・・この、人殺し。

「香藤、6人分何にする?」

そんなの、もう考えらんないよ。どうしよ・・・。

「定番で行くか。」

って言って店に入る。げ、アルマーニ?

絶対・・・いた。日本人。

「ねえ、雪人君にアルマーニのネクタイって・・・。」

「ああ、そうか。じゃあ、彼にはベルトにするか。」

「やあ、お二人さん。相変わらず仲いいねえ。買い物?」

顔見知りの映画関係者が声かけてきた。

「こんにちは。土産ですよ、家族へ。」

岩城さんはそう言ってネクタイを物色。

「大変だね、香藤君。」

「なんすか?」

「ほら、」

言われなくてもわかってる。

他の客の接待してる店員まで岩城さんを横目で見てる。

なんで、男の店員ばっかなわけ?

中でも、長身の奴。アルマーニのスーツがきまってる。

岩城さんを見る目が熱い・・・。

「香藤君、気をつけなよ。岩城君の格好、マジ色っぽいよ。」

「大丈夫ですよ。」

とは言ったものの、奴が近寄ってく。やばっ!

「あ、じゃ、どうも。」

「はい、はい。」

もう、この際笑われたっていいもんね。

「岩・・・京介!」

「何だ、洋二?」

後ろで、「へえ、普段は名前で呼び合ってるんだ。」って声が聞こえた。

ああ、もう!

「決まった?」

「どなたのをお探しですか?」

って、長身の奴が俺を無視して話しかけやがった。

むっとする俺を横目で見て岩城さんが答えた。

「俺と夫の家族への土産をね。」

ひええっ!・・・俺もびびったけど奴もびっくりしてる。

「ご主人、ですか?」

「そう。」

岩城さんが、にっこり笑って左手を顔の横にかざした。

いつの間につけたのか、薬指に指輪。

・・・良かった、俺もつけといて。

「お前のお父さんにこれでいいか?」

「あ、うん。いいと思う。」

まだ、ドキドキしてる。・・・夫、だって・・・。

後ろでさっきの知り合いが連れとざわついてる。

聞こえちゃったかな・・・。

「お前は?」

「俺?いいよ、俺は。」

「これ、買ってもらったし。」

岩城さんがそう言ってペンダントを持ち上げた。

嬉しくって仕方ない。その笑顔俺だけのものだよね。

でも、ちょっと気遣わしげな顔。

・・・そっか、俺の喜ぶ顔、見たいんだ。

「うん。じゃあ、なんか買って。」

はあ・・・華のような笑顔ってこういうのかな。

ネクタイって柄じゃないけど。でも、たまには・・・。

「じゃあ、これ。」

「ああ。お前もいい加減スーツぐらい、着ないとな。」

「着るじゃない、俺だって。」

「カジュアルしか見たことないぞ、今みたいに。」

・・・仰るとおりです。

でも、岩城さんと違って俺、かっきりスーツって

あんまり似合わないんだよね。

「きっと、似合うと思うけどな。ダークスーツも。」

うわあ、殺し文句だよ、それ。嬉しい。

「帰ったら、スーツ買いに行こう。俺が選んでやるから。」

「うん。ありがと、京介。」

あ、店員忘れてた。まだいたんだ。ボケッとして見てやがる。

「じゃあ、これ。包んでください、プレゼント用に。」

「はい、かしこまりました、マダム。」

マダムだって・・・。

でも、岩城さん、マダムって言われても、動じもしないで頷いてる。

どうしてこういう時だけ、恥ずかしがらないわけ?

「香藤君。」

うわ、来た。

「や、さっきはどーも。」

「なんですか?」

「岩城君て、・・・やっぱり奥さんだったんだね。」

「やっぱりって、なんですかそれ?」

「いや、この色っぽさはそうとしか思えなかったけど、

そんなこと聞けないじゃない。ねえ、岩城君。」

「そうですか?」

って、やたら余裕の顔。

「お待たせいたしました。こちらがご主人のものです。」

そう言って、店員が包みを分けて持ってきた。

流石の店員。教育されてるね。ちょっと見直した。

知り合いに挨拶して店を出た。

なんか、いいのかな。帰ったら騒ぎになってそう。

「ねえ、ひょっとして・・・開き直った?」

「かもな。」

「彼、日本に帰ったら言いふらすんじゃない?」

「そんなこと気にするのか?お前らしくないな。」

「いや、俺はいいけど、岩城さん困らない?」

ちょっとの間、黙ってた岩城さんがゆっくり微笑んだ。・・・綺麗だ。

「俺は、事実を言っただけだ。」

・・・まずい。困った。もよおして来た。

・・・お伺いしてみようかな・・・。

「ねえ、岩城さん。買い物、もう、終わりだよね?」

思い切り笑われた。

「わかりやすい奴だな。」

「ごめん。」

岩城さんの後姿。

透け透けのニットセーターから見える、綺麗な肩。

綺麗に伸びた腕。

歩き方が、かっこいいんだ。

まるでモデルみたい。腰で歩いてるよね。

すっすって足が出てる。

ああいう家で育つとこうなるのかな。

そういやあ、習い事色々させられたって言ってたっけ。

荷物全部持って後ろからついていく俺って、どうなんだろ。

「香藤。」

「うん?」

振り返って、小首傾げる。ねえ、挑発するのやめて。

「喉、渇かないか?」

「う・・・。」

違うこと言いそうになった。

俺きっと顔赤い。岩城さんが吹き出しそうになってるもん。

「そっちは後で、潤してやるから。」

ひええっ。本人自覚ないんだろうな、この流し目。

「その眼つき凶器だよ、岩城さん。」

「そうか?」

結局ラウンジでお茶してる。

他のテーブルの客がこっち見てひそひそ話してる。

あ、あいつ見たことある。なんか映画に出てた。

立ち上がってこっちに来る。

「はじめまして。ミスター岩城。」

「ああ、はじめまして。」

岩城さんが、立ち上がって微笑んで差し出された手を握り返した。

「Noーッ!」

「Noーッ!」

こいつっ、キスしようとしやがった。

思わず立ち上がってでかい声で叫んでた。

周りがびっくりして振り返ってる。

岩城さんも叫んで、奴の腕をすり抜けて俺の後ろに隠れた。

奴が呆れた顔して肩をすくめてる。

「ただの挨拶だよ?」

「申し訳ないけど、俺たち日本人にとってはキスは挨拶じゃないんだ。

たとえ頬でも他人には触れさせない。」

「え?冗談でしょ?」

「本当だよ。京介には指一本誰にも触らせない。解かって欲しい。」

その場にいた全員が、大きな溜息をついた。

なんなんだ、この溜息は。不愉快だな。

「日本人のカップルってのはそういうものなのか?

不特定多数、じゃないわけか?」

「他人のことは知らない。俺は、京介しか愛せない。」

「君は?」

岩城さんは俺を見て微笑んだ。

「俺に触れていいのは洋二だけだ。

他の誰にも、触れさせるわけにはいかない。」

・・・うわ・・・岩城さんのこんな顔初めて見た。本気の視線・・・。

岩城さんの真顔に奴がぞくっと体を震わせた。

それ以上は、奴を無視して岩城さんが椅子に座った。

俺も黙って隣に座る。

岩城さんが感動したままの俺の肩に額当てた。

「俺、すんごい嬉しい。ねえ、キスしていい?」

片眉を上げて俺を見返した岩城さんは、諦めたように頷いた。

「まあ、ここは日本じゃないしな。あの会話の後だ。

そのほうが効き目があるか。」

「でしょ、でしょ?キス以外は、部屋に帰ってからにするから。」

「当たり前だ、馬鹿。」





案の定、帰ってきたら大騒ぎになってた。

ショップ街で、俺と岩城さんが腕組んでびったりくっ付いてる写真。

しかも、思い切り岩城さんが俺にしな垂れかかってる奴。

一体誰が撮ったのか週刊誌に載ってる。「マダム」の記事も。

それと、ラウンジでのハプニングの記事。

そのときのキスの写真つき。おいおい。

まあ、かなり好意的な感動したって内容だからいいけど。

「今日、スタジオで見せてくれって言われたぞ。」

「なにを?」

「ペンダントだよ、お前が買ってくれた。」

「そんなことまで流れてるの?」

笑って頷いてるけどさ。なんか、調子狂う。

「どうした?」

「恥ずかしくないわけ?」

「お前は恥ずかしいのか?」

「・・・そうじゃないけど。」

「けど、なんだ?」

そう言って、俺の隣に座った。

・・・ぴったり体くっつけてくれた。・・・嬉しい。

「あの・・・いつもは恥ずかしがるじゃない、些細なことで。

だけど、今回は・・・」

「恥ずかしがらないから、変だって言うのか?」

「う・・・ん。」

岩城さんが俺を見つめてる。綺麗な目。

睫、長い・・・何てことを思ってたら、岩城さんが唇重ねてきた。

「ど、どうし・・・。」

「お前を愛していることは恥ずかしいことじゃないだろ。」

「い、岩城さん!」

「痛っ・・・お前、力入れすぎだ!」

ごめん。目一杯抱きしめちゃった。

「ねえ・・・」

あ、顔真っ赤になった。わかった?

「岩城さん。今夜は寝かせてあげないから、覚悟してて。」

「・・・俺は明日午前中から仕事だ。」

「そんなこと、知らない。」

「おい、香藤!」

「聞かない!知らない!」

抵抗する岩城さんを俺は抱き上げた。我慢出来るわけないじゃん。

あんな言葉聞かせておいて。

「ずるいよ、岩城さん。」

「なにが?!」

「俺のこと煽っておいて、お預けなんてやだよ!」

「あおるって、お前・・・。俺は何も・・・」

俺の胸でますます真っ赤になってる。

だから、それが煽ってるんだってば!

「いつも岩城さんに悩殺されてるからね。今夜は俺が殺してあげる。」

「よくそんな恥ずかしいことが言えるな?!」

「そお?岩城さんのこと愛してるのって、恥ずかしいことじゃないでしょ?」

「・・・馬鹿・・・」

うへ・・・言ってるそばからこの顔。自覚ないって、怖いよね。

「香藤。」

「なに?」

「お前、明日仕事は?」

ふっふっふ。良くぞ聞いてくれました。

「俺さ、明日・・・」

岩城さんが、やな顔した。

「オフ!」

あ、ねえ、お願い。頭抱えないで。

岩城さんてば!





             〜終〜



2004年11月29日





勝手に映画祭に出品してしまった。
ま、カルロさんが出資したならそういうこともあるだろうってことで、
ご勘弁を。



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春抱き同盟様の某所に、投稿したものです。
再掲載:2012年10月20日