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Anniversary







華やかなスポットライト。大きな歓声と拍手。

俳優なら誰もが憧れ、夢見るその場所へ、日本人として初めて歩きだす。

一斉にフラッシュがたかれる。

晴れやかな、陽の光そのままの笑顔で、スタンディングオベーションに

両手を挙げた。

トロフィーを受け取り、関係者への感謝を述べる。

最後に、トロフィーを天に向かって掲げた。

「岩城さん、ずっと、愛してるよ!」

割れんばかりの歓声の中、手を振ってそれに答えた。





「ふう〜っ・・・。」

ホテルへ戻った香藤に、

このホテルのオーナーからのプレゼントが届いた。

シャンパンに、グラスが二つ添えられている。

「さすが、カルロさん。わかってるね。」

受け取ったトロフィーをテーブルの上に置き、

シャンパンを注いだグラスをその前に置いた。

自分のグラスを持ち、置いたグラスに合わせる。

カチン、と、いい音がして、香藤は微笑んだ。

『・・・おめでとう・・・。』

深い、よく通る声が聞こえた。

「ありがと、うれしいよ。」

『お疲れ様。良かったな。』

「岩城さんのお陰だよ。」

『俺は、何もしていないさ・・・何も、してやれない。』

寂しそうなその声に、

香藤は少し怒ったような声で、顔を上に向けていった。

「何言ってんの?!

俺が、ここにいるのは、岩城さんがいるからだよ?!」

『・・・香藤・・・。』

染み入るような、いつもの、呼び方。

香藤が、ゆっくりと微笑んで、自分が座っているソファの隣を叩いた。

「ほら、おいで。」

『・・・ああ・・・。』

はにかんだ声が聞こえ、岩城の姿が隣に現れた。

「なんかさ、若返ってない?」

「そうか?」

「うん。まるで、三十そこそこって感じ・・・やんなっちゃうな。」

「なにが?」

「俺、岩城さんより年上になっちゃってんだよね。」

「・・・そうだな。」

そう言って、岩城は低く笑った。

その岩城を腕の中に抱き寄せ、唇を重ねた。

「岩城さんが、傍にいてくれるから俺、がんばれるんだから。

これからも、傍にいてね。」

「・・・ああ。約束したからな。」

「うん。俺が死ぬまでだよ。でないと俺、死んじゃうから。」

「わかってる・・・。」

岩城は、香藤の胸に顔を埋めて溜息をついた。

「あの時さ、びっくりしたよ。

岩城さんの傍に逝こうとしたら、いきなり腕、掴まれてさ。」

「当たり前だ。」

「久しぶりに、大喧嘩したよね。」

思い出したように、くすくすと香藤が笑った。

「俺、幽霊って、足、ないんだと思ってた。」

「馬鹿。」

苦笑して岩城は香藤の頭にこつん、と拳骨を当てた。

「ねぇ、今年、銀婚式だからさ。俺のこと、名前で呼んでよ。」

「え・・・?」

「約束したじゃん。」

岩城の頬が真っ赤に染まる。

恥ずかしそうに俯く岩城を、香藤は肩を掴んで揺さぶった。

「ねぇ、呼んでよ。自分で言ったんだよ?ね、岩城さん?」

「それは・・・そうだけどな・・・。」

「ねぇってば!」

染まった目元で、上目遣いに見つめる岩城を、

香藤はじりじりとした顔で見返した。

「その顔、可愛いんだけど・・・。」

「馬鹿・・・。」

促されて消え入りそうな声で岩城が囁いた。

「洋二・・・。」

「うん!」

「・・・お前に呼んでもらうのは、25年後だな。」

「あっという間だよ、そんなの。

今までだってあっという間だったでしょ?」

「ああ。そうだな。」

香藤が、再び岩城の唇を塞いだ。

官能を呼び覚ます深い、口付け。

岩城の頬が、羞恥とは違う色で染まる。

「ねぇ、頑張ったご褒美ちょうだい。」

「・・・ああ。」

香藤は、項まで紅色に染まった岩城を抱き上げると、寝室へ向かった。






「ほえっ・・・?」

ばちっ、と音がしそうな勢いで、香藤が目を開いた。

何度も瞬きをして、自分のいる場所を確認する。

見慣れた室内。

腕の中に人肌があるのに気付いて、そっと見下ろした。

さらさらと流れる黒髪。

綺麗な項。

形のいい、肩。

胸元にかかる寝息にほっと胸をなでおろし、

起こさないように気をつけながら、

首の後ろに手をあてて抱きかかえ、

岩城の頭を枕に落とした。

「・・・ああ、びっくりした・・・岩城さん、生きてるよね。」

「・・・ん・・・。」

岩城が身じろぎをして、香藤のほうへ寝返りを打った。

ゆっくりと、瞼が開き濡れた瞳が現れる。

目の前にある香藤の顔を、まだはっきりしない視線がなぞった。

「・・・どうした・・・?」

気だるさの漂う声で囁き、香藤の頬にそっと指を触れる。

「う〜ん、夢見ちゃって・・・。」

「・・・どんな・・・?」

「嬉しいんだけど、嬉しくないって感じ・・・。」

「・・・なんだ、それは・・・?」




「・・・お前、夕べの映画に入り込みすぎてたからな・・・。」

「ああ、あれねぇ〜。」

寝る前に見ていた映画。

亡くなった妻が、幽霊になって現れ夫の危機を救う。

それを、香藤は大泣きしながら見ていた。

「主演男優賞を取ったのは嬉しいけど、後がやだね。」

「夢だろ。」

「そうだけどさ。」

「気にするな。」

「・・・ねぇ、岩城さん。」

真剣な声で、香藤が岩城の顔を上から覗き込んだ。

「・・・なんだ?」

「健康診断、やらない?」

「・・・は?」

「人間ドックって奴。

それを俺の誕生日プレゼントにしてくれない?」

岩城は、ぽかんとして香藤の顔を眺め、ぷっと吹き出した。

「笑い事じゃないよ!俺、本気で言ってんのに!」

「ああ、悪かった。それで、お前が安心するなら。」

「ありがと。」

岩城は、香藤の首に腕を回して抱き寄せると、その耳に囁いた。

「お前も受けろよ。」

「俺?俺は健康だけど?」

「俺にも、安心をくれ。おいて逝かれたら嫌だ。」

「わかった。」

嬉しそうに笑って香藤は頷いた。

その顔が、少し悪戯そうに変わる。

「ねぇえ、岩城さん。」

「なんだ?」

「夢さ、途中だったんだよ、いいところで。」

そう言いながら、岩城の胸に手を這わせる。

飾りを爪を立てた指で軽く撫でた。

「・・・んっ・・・。」

「ねえ・・・。」

「・・・しょうがない奴だな。」

「へへっ・・・。」







後日、診断結果が届いた。

岩城も何の問題もなく、香藤はむろんのこと。

「さしずめ、健康優良児だな、お前。」

「そりゃね!・・・って、岩城さん!俺、いくつになったと思ってんのっ?!」







               〜終〜




             2005年2月19日