※ これは、例の事件の前に書いたものです。




或る夜の出来事   −ROOTS−







このレストランのオーナー、元AV女優。

何度も共演したんだと、二人と・・・。

だから、岩城さんと香藤のこと、よく知ってるって。

なんだかなあ・・・。





「犬猿の仲って有名だったのよ。

 お互いに、嫌いだって公言するくらい。

 みんな知ってたわ。」



なんか、信じらんねえ・・・。

ありえないじゃん、そんなに仲悪い相手とさ。

普通に話するようになるだけでも大変なのに、

何で愛し合うとこまでいっちまうわけ?



「そうね。

 私もここで彼らが仲良く食事してる姿見るまでは、

 信じられなかったわよ。

 テレビや週刊誌で見て知ってはいたけど。」



それが、何でああなんの?

   ・・・あ、なんか、やな笑いかた・・・。



「嫌よ嫌よも好きのうちって言うでしょ?」



そういうもんか〜?



「お互い気になってたのは事実でしょうしね。」



だったらさ、友人でもいいわけじゃん?

どうして、夫婦になっちまうわけ?



「う〜ん。意識しすぎてたってことなのかもね。

 だから、嫌いだと思いこんでて。

 相手のことを知り始めたら、その反動が大きかったとか・・・。」



そうかなあ・・・。

あのさ、昔の岩城さんってどんな感じ?



「・・・そうねえ、遅刻はしないし、

 台詞を間違えるなんてことはなかったし、

 真面目は真面目だったわね。

 確かに目上の人には丁寧だったわよ。

 とりあえず言葉遣いとかは。

 ・・・でもねぇ。」



でもって何?でもって?



「なんていうのかしら、棘あるっていうか、

 険があるっていうか。

 ・・・優しくないわけじゃないんだけど、

 ちょっとした表情とか、言葉とか、態度とか、

 結構きつかったりしてね。

 怖がられてた面もあったわね。」



あの、岩城さんが?



「なんだかね、虚無的っていうのか、

 何が楽しくて生きてるのか、

 わからないってとこもあったわよ。」



信じらんねえ・・・。



「昔を知らない人には信じられないでしょうね。

 変わったもの、彼。

 ものっすごく、変わったわよ。」



そんなに?



「そう。

 香藤君も変わったけど、岩城君の変わりようは、

 それこそ昔を知ってる人間には信じられないくらいね。

 ここで見た彼は、すごく柔和な顔してたわ。

 あんな顔、はじめて見た。」



そうなんだ・・・。

俺、岩城さんて昔からああなんだと思ってた・・・。



「違うわよ。

 まあ、今だから分かるけどあれは彼の防御だったのね。」



防御?何のための?



「自分を守るための、よ。

 繊細な神経を守るためのね。

 ・・・今の彼が、本当の彼なのね。

 鎧う必要がなくなったんでしょ。」



なんで?



「そりゃあ、香藤君がいるからでしょ。

 彼が守ってくれるから自分で守る必要がないのね。

 だから素直に自分を出せるようになったのよ。

 それだけ、香藤君に愛されてて、彼を信じてるってことね。」



   それは確かだよな・・・。

   黙り込んだ俺に、彼女の不思議そうな視線。

   ・・・言えねえよなあ・・・。



「テレビのトーク番組とかで、香藤君のことになると恥ずかしくて、

 真っ赤になったりするじゃない?」



あ、ええ・・・。



「あんなはにかんだ顔をするような人じゃなかったわね、昔は。

 大体、可愛くなんかなかったわよ。」



そ、そうっすか・・・。

   ・・・今は、めっちゃくちゃ可愛いんだけどな・・・。



「彼、男前だけど、今みたいに美人って感じではなかったわ。

 それに、昔はあんなに色っぽくなかったもの。

 今の彼は、全身から色気が漂ってるって言うか。

 あれも愛されてるからでしょ。」



   何で、そんなこと言い出すんだよ・・・。

   その先の台詞、聞きたくねえ・・・。



「この上の部屋、彼らに貸したことがあるんだけど。」



は?



「部屋があるのよ。ちょっとした、ね。

 ・・・魂消たわよお。」



な、なにがっ?!



「宮坂君、あなた、二人のお友達よね。」



そ、そうっすよ!



「じゃあ、言いふらしたりしないわよね?」



しません!



「・・・もう終わったかしらと思って、

 部屋の前までいったら、

 聞こえてきちゃってね。」



はっ?!



「岩城君の声。

 もう、びっくりよ。

 あ〜んな声出すなんてね。

 そこいらのAV女優なんかよりはるかに色っぽかったわよ。」



   ・・・こんなとこでやるなよっ!バカ香藤っ!



「こっちが恥ずかしくなるくらいの声だったわ。

 あれじゃあ、香藤君、参っちゃうわけよ。

 今でも耳に残ってるわよ、岩城君のあの声。」



ははは・・・。

   ・・・言われなくても、知ってるよ・・・。



「あの、岩城君が、よ。

 400本のキャリアの。」



400本っ?!



「そうよ。

 それも、緊縛だ、陵辱だのばっかり。

 それやらせたら右に出るものはいないって人だったのよね。

 それなのに、ま〜あ、驚いたわよ。

 乱れまくっちゃって。

 香藤君だって相当のキャリアがあるのに、

 余裕なんかないって感じだったし。」



あはは・・・。

   たしかに、あん時も余裕なかったよな・・・あいつ。

   ・・・いきなり、彼女が笑い出した。

   驚いてる俺に、彼女が顔の前で手を振った。



「ごめんなさいね、ちょっと・・・。」



思い出し笑い?

それって、いやらしいよ。



「そうなの。

 ・・・香藤君て、タフだったのよ。」



   うぐっ・・・。



「一日に、2、3本平気で撮ったりしてたわけ。」



げげっ?!マジっ?!

   ・・・バケモンか、あいつっ。



「その彼を、岩城君がぜーんぶ受け止めちゃってるってことよね。」



・・・・・・・。

   ・・・岩城さんもかよ・・・。



「岩城君の方が、タフだってことね。

 あの彼を一人で引き受けられるってことは。」



・・・なんか、笑っていうこと、それ?



「あら、だって、凄いと思わない?

 あの香藤君をよ。

 私、そっちのほうが信じられないわ。」



   う・・・く・・・。



「そのせいで、岩城君は香藤君に開発されちゃったわけよね。」



か、開発ぅ?!

   ・・・香藤が・・・岩城さんを・・・当たり前か・・・。



「だってそうでしょ?

 岩城君ってゲイじゃなかったわけだし。

 後にも先にも、香藤君だけでしょ、彼を抱いたのって?

 今までもそうだし、これからもでしょ?」



そ、そうです、か、ね・・・。



「そうでしょうよ。

 岩城君が浮気するなんてありえないわ。

 彼の性格からして。」



は・・・。

   ・・・ちくしょう・・・。

   ・・・んなこと、言われなくったって、

     嫌ってほどわかってるよ・・・。



「香藤君が、今の岩城君をつくったのよ。

 あんなに、色っぽくて、綺麗なね。

 なんか、熟してるって感じ。」



じゅく・・・。



「たぶん、まだまだ綺麗に色っぽくなるんじゃない?」



・・・あれ以上?



「そう。

 だって、彼まだ30半ばでしょうに。

 これからよ。」



   うっ・・・。

   それ、勘弁して欲しい・・・。



「周りが大変ね。

 手を出したら香藤君に何されるかわからないし。」



そうっすね・・・。



「男なのにあんなになるなんて、女としちゃあ、ちょっとね。

 ま、しょうがないけど。」



は・・・。



「かつての岩城君を知ってる身としては、

 あの岩城君をああいう風に変えることが出来たってのは、

 大したもんだと思うわ、香藤君は。」



香藤、がですか・・・?



「そう。

 ・・・本当に、岩城君を愛してるんでしょうね。

 でなきゃあ、岩城君はああはならないわ。」



他の奴じゃあ、ああならなかった・・・?



「無理でしょうね。

 香藤君だから岩城君は受け入れたんでしょ。

 受け入れて、愛して、ああなった。」



香藤だから、ね・・・。



「他人につけいる隙もないくらいに、お互いは特別ってこと。

 前に記者会見で言ってたじゃない。」



ああ、そうでしたっけ、ね・・・。



「笑っちゃうわよね、香藤君って。

 テレビとか見てると惚気ばっかり。

 まあ、良くあれだけ言えるわ。」



なんか、腹立ちますよね・・・。

   ・・・マジでムカつく・・・。



「あら、そう?

 私は聞いてて楽しいわよ。」



そうですかぁ?



「あの女たらしが、尻に敷かれて喜んでるなんて面白いじゃない。」



尻に敷かれて、って・・・。



「そうでしょ?」



まあ、そうですけど・・・。



「いい女房、もらったわね。」



・・・・・・。



「美人で、色っぽくって、可愛くて、真面目で。」



ええ・・・・。



「でもって、あっちも凄い、と。」



   ぐっ・・・。

   なんつーこと言うのかなこの人・・・。

   ・・・やべ・・・マジ落ち込んできた・・・。






   帰り際、ものすごくにこやかな顔でお礼、言われた。


「二人の話できて、とっても楽しかったわ。」


あ、は・・い・・。


「二人に会ったら、また来てねって伝えてね。」


は〜い・・・。





   ・・・多分、俺、二度と来ない・・・。





                     〜終〜





                   2005年1月9日
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