Delight









瞼を閉じていても、届いてくる眩しさに瞳を開けた。

いきなり目に飛び込んできた、目の前の胸板に驚いた。

「おはよう、岩城さん。」

びくっとした俺に、香藤の声が上から降ってきた。

「・・・あ・・・ああ・・・おはよう。」

・・・そっか・・・。

俺は、香藤の腕に抱かれて眠ってたんだ。

額に、香藤の頬が当たっている。

ふ、と、左手に違和感があって、毛布から出してみた。

・・・薬指に、指輪。

そうだ・・・夕べ、香藤がくれたんだった。

と、そう思った途端、

香藤がビデオを見ていたことまで、思い出してムカついた。

腹が立ってきて、俺は香藤の胸から起き上がった。

・・・視界に広がる、まだ目新しい、寝室。

隣に、まっさらなベッド。

なんだか、気恥ずかしくなってそれから目をそらした。

いきなり腕を掴まれて、香藤の胸の中にまた、納まった。

・・・そういえば、名前を呼ばれてたな・・・。

「もう、なんで返事してくんないの?」

「すまん。」

「どしたの?」

「いや・・・。」

「まだ、怒ってる?」

香藤が、眉を寄せた情けない顔で、俺を見下ろしていた。

その顔が、俺を抱き上げてひいひい言ってた、香藤を思い出させた。

思わず笑ってしまった俺を、香藤はその腕に抱きこんだ。

「・・・岩城さんてばぁ・・・。」

香藤の手が、笑いの止まらない俺の身体を這い出した。

「・・・こら、香藤!」

「だめ?」

「・・・あのな・・・。」

「今日、オフじゃん?」

「・・・そういう意味じゃない。」

言葉を続けながら、遠慮会釈もなく、

香藤の手が俺の身体の弱いところをついてくる。

上擦りそうになる息を抑えるのが、苦しい。

「・・・ねぇ・・・岩城さん・・・欲しいよ。」

耳を弄る香藤の舌・・・

俺の、理性を吹き飛ばす・・・

香藤のその、熱い息と声と言葉に、身体が震えた。

「・・・ねぇ・・・」

「・・・んんっ・・・」

思わず、零れた自分の声が、恥ずかしくて堪らなかった。

なのに・・・

香藤は、とてつもなく嬉しそうな顔で、俺を見返した。

「・・・いいよね・・・?」

馬鹿なこと、聞きやがって。

「・・・ねぇ?だめ?」

俺に言えって言うのか。

「ねぇ・・・岩城さんてば・・・。」

・・・もう・・・

身体が・・・言うことを聞かない・・・

・・・馬鹿・・・

「岩城さん・・・。」

「・・・来い・・香藤・・・」








結局、あの日、俺たちはベッドにいっぱなしだったんだな・・・。

香藤が今日はこの家に引っ越してきた記念日だ、なんて言うから。

思い出してしまった。

あれから、何年たったかな。

いろんなことがあった。








今も、俺は香藤の腕の中にいる。

あの頃は、香藤に抱かれて眠るのが、少し気恥ずかしかった。

でも・・・。

今は、それが当り前になっている。

この腕に囲まれて眠ることは、俺に安心をくれる。

香藤の左肩が、俺の枕。

変われば変わるもんだな・・・。

俺は、変わったけれど、香藤は変わらない。

・・・いや、変わったか・・・。

目の前にある香藤の胸。

俺の頭の下にある、香藤の肩。

俺を持ち上げて、ひいひい言ってた香藤とは比べ物にならないくらい、

筋肉がついて、一回り大きくなってる。

今の香藤は俺を抱き上げても、びくともしない。

あの頃は、年下なんだと、

はっきり意識していたのに。

今は、どっちが年上なんだか、わからない。

そういえば、香藤のご両親が言っていた。

はるかに大人になったと。

・・・短気を起こさなくなったって・・・。

確かに、俺のほうが、お前に守られてる。

・・・懐がでかくなった。

泰然自若、とでも言えばいいのか。

揺るがない。

何があろうと、お前はいつもそこにいて、

俺を見ていてくれる。

・・・どっちかというと、俺のほうが何かあるとうろたえてしまう。

そんな俺を、あやすようになったな、お前。

すべてを、お前に預けている。

預けられる。

お前の方が、年上みたいだ。

・・・諭すような言い方をされると、

ちょっと、ムカつくが・・・。








香藤の手が、俺の髪を撫でる。

時々、俺の額に唇をあてる。

気持ちが良くて、自然に笑いが漏れる。

「・・・ん?なに?」

「・・・いや・・・思い出してた。」

「なにを?」

「ここに引っ越してきた時のことだ。」

「うえっ?!」

「なんだ、その声は?」

香藤が苦笑する声が聞こえた。

「だってさ・・・。」

「ん?」

俺は少し身体を起こして、香藤の顔を覗き込んだ。

「なに、思い出したの?」

「お前が、俺を抱き上げてよたついてたこととか、いろいろ。」

「ふぅ〜ん・・・俺が一番覚えてるのは、指輪を贈ったことだね。

それと、岩城さんが初めて、俺の上に乗っかってくれたこと!」

「なっ・・・!馬鹿っ!」

なんてこと言うんだ、こいつは?!

「岩城さん、顔、真っ赤。」

「うるさいっ!」

逃れようとしたのに、あっさり捉まった。

まったく、なんて馬鹿力なんだ・・・。

・・・せっかく、大人になったって、思ってやったのに。







重なってくる、香藤の重み。

俺の身体を巻き込む、香藤の太い腕。

それだけのことなのに、息が上がる。

・・・変われば変わるもんだ。

声を上げることも、足を開くことも、恥ずかしいとも思わなくなった。

それは、お前だから・・・。

「大好き。」

お前の言葉が、俺の身体を煽る。








・・・はいってくる音がする・・・。

身体がふたつに裂けそうなくらいの、重量感。

奥まで、届く・・・。

「・・・ま・・・待ってくれ・・・。」

「うん、いいよ。」

俺の中に、きっちりと納まるお前。

動かなくても、湧き上がってくる疼きに、身体中が震える。

お前と一つになる、喜び。

自然と、腰が動き出す。

お前が欲しい。

もっと。

もっと。

もっと。

しがみ付く俺を、しっかりと抱きしめて、動き出す。

途端に、身体を捩るくらいの快感が走る。

自分でも、どうしようもないくらいに、感じる。

理性など、香藤の前では意味をなさない。

「・・・岩城さん・・・岩城さんっ・・・。」

お前の声が、切迫してくる。

それと同時に、俺の身体を電流が駆け巡る。

叫んでも、叫んでも、止まらない。

・・・ああ・・・もう・・・

・・・とけ・・・る・・・








「大丈夫?」

・・・声が、出ない。

「・・・ああ・・・。」

辛うじて出た声は、叫びすぎて掠れていた。

「ごめん、岩城さん。」

馬鹿。

謝るな。

「・・・ねえ・・・。」

「・・・情けない顔だな。」

「だって・・・声・・・ひどいよ?」

大丈夫だって言うのに。

心配そうな、香藤の顔に俺は思わず笑ってしまった。

むくれる香藤が、愛しくて・・・。

お前に抱かれて、思い切り感じて、思い切り叫んで。

それは、俺にとって幸せなんだ。

「・・・香藤・・・。」

「なに?」

「そんな顔、するな。」

啄ばむように、香藤の唇にキスした。

深くなる香藤のキス。

根こそぎ、俺の息を攫っていく。

腰に、来る。

溢れ出る唾液を、香藤が全部吸い上げた。

「あはっ・・・。」

自分の上げた声に、さすがに恥ずかしくなる。

案の定だ。

香藤が、にやっと笑った。

「キスだけで、感じちゃった?」

「・・・悪いか?」

・・・蕩けそうな、香藤の顔。

「ううん。悪くないよ。嬉しいよ。」

ほんとに、嬉しそうだな。

そんな顔を、可愛いと思う。

俺にだけ見せる、お前の顔。

俺だけを求めてくれる、お前の顔。

・・・俺だって、嬉しい。

「香藤・・・。」

「ん?」

「・・・来い。」

「うん。」



・・・んっ・・・あぁ・・・








また、香藤の腕の中で目覚めた。

いつものこと。

今朝は、俺のほうが早かったな。

俺を、抱きしめたまま眠っている。

身動きも出来ないくらいに。

目の前の、精悍な顔。

・・・でも、どこかまだ幼さが残っている。

綺麗だ。

お前が目覚めるまで、このままでいよう。

おはようを、言いたいから。











         〜終〜





        2005年9月2日
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