As time goes by








ダークオークの調度品に囲まれた、それほど広くはない店内。

まばらな客たちも、その雰囲気を壊さないよう、静かに言葉を交わす。

その隙間を、スタンダードジャズが埋める。

そんな空間のカウンターに、二人の男がいる。

一つ、スツールを挟んで、腰を下ろしていた。

「何、飲む?」

「・・・俺、ジントニック・・・。」

ついた肘に額をつけて、宮坂が呟くように言った。

「・・・いいのか。酔えねぇぞ?」

肩で息をついて、宮坂は顔を上げた。

「・・・いいよ、別に・・・。」

小野塚が、バーテンダーに注文をする。

「俺、モスコミュール。こいつはジントニック。」






じっと黙り込んでいた宮坂は、置かれたグラスをゆっくりと掴むと、

ぐい、とそれを煽った。

グラスが空になるまで、小野塚は宮坂を見つめていた。

「・・・すみません、おかわり下さい。」

飲み干した宮坂を見て、小野塚が注文をした。

「・・・悪りぃな。」

「いんや。」






言葉を交わさないまま、小野塚のカクテルが空になる。

カウンターの上に組んだ腕に、顎を乗せて、宮坂はボーっとしていた。

「・・・やっぱ、少しは酔った方がいいんじゃねぇの?」

「・・・いや・・・。」

宮坂が、首を振った。

「ここで酔っ払って、泣いて喚いて暴れるのって、

あの二人に失礼な気がする・・・。」

「・・・ふぅん・・・」

小野塚が、二杯目のカクテルを注文する。

「テキーラサンライズ・・・お前は?」

「俺は、これでいいよ。」

宮坂は、まだ半分以上入ったグラスを掲げた。






宮坂はカウンターに乗せた腕に、

顎を乗せたままで、時折、溜息をついた。

小野塚は背を伸ばして、ゆっくりとカクテルで唇を濡らしていた。

流れ始めた曲に、聞いたことがある、と、宮坂が少し、耳を傾けた。

聞こえてきた、ビリー・ホリディの、ふくよかな、声。



     これだけは忘れないでいてほしい

     口づけは口づけ、溜息は溜息

     恋人が囁く言葉は、いつも同じ、

     ‘ I LOVE YOU ’

     どんなに時が経とうとも、

     当たり前なことは、当たり前なことでしかない



宮坂が、搾り出すように溜息をついた。

「・・・俺、岩城さんのこと、忘れられるかな・・・。」

ちろっと、小野塚が宮坂に視線を流した。

そのまま、前を向いて口を開いた。

「別に、忘れる必要はないんじゃん?」

眉をひそめて、宮坂は小野塚を振り返った。

「人を好きになるって、悪いことじゃねぇだろ?」

「・・・そう、だけどよ・・・。」

「出会った相手が悪かったってぇ、ことじゃねぇの?」

「・・・そうだよなぁ・・・。」

宮坂は伏せていた腕から、顔を上げた。

ふ、と耳に歌詞が飛び込んでくる。



     月の光と恋の歌は、

     いつだって時代遅れにはならない

     女には男が、男には女が必要

     誰もそれは否定できない

     昔から話は少しも変わっていない



「・・・あんな人、いないよな・・・。」

「いるわけねぇじゃん。」

「だよな・・・。」

小野塚が、くすり、と笑った。

「あんだよ?」

「いやさ・・・香藤じゃなきゃ、ほんとにダメなんだな、岩城さんて。」

「ああ・・・。」

「なんであの人が、お前と香藤のこと、

何とかしようとしたのか、考えてみな。」

目を伏せて、宮坂は、じっとカウンターを見つめた。

「・・・きついな、相変わらず、お前・・・。」

「わかってるらしいな。」

ふん、と小野塚は軽く笑った。

宮坂の耳に、歌が響いた。



     どんなに時が流れても、

     いつだって世界は恋人たちを祝福している

     どんなに時が流れても・・・。



あ〜あ、と宮坂は深い嘆息を漏らした。

「・・・謝んなきゃな・・・。」

手を伸ばして、小野塚が宮坂の背を、ポン、と叩いた。

「後で、岩城さんに連絡しといてやるよ。」

「・・・お前・・・。」

スツールから、腰を落としながら小野塚が、にやり、と笑った。

「行ってやるよ。」

「恩着せがましいんだよ、お前。なんとかなんねぇのか、それ?」

声を上げて笑い、歩き出す小野塚を、宮坂が追いかけた。

「じゃ、一人で行けよ。」

思わず、顔をゆがめて立ち止まる宮坂を、小野塚は振り返った。

首をかしげて、目を眇める。

「・・・お前さぁ・・・。」

「あ?」

宮坂が、盛大に嘆息した。

「可愛くねぇんだよ。」

「お前に、可愛いなんて思われたくねぇよ。」

「それが可愛くねぇってんだよ!」

宮坂が、毒づいた。

けらけらと笑いながら、表に出た小野塚は、片手をひらひらと振った。

「じゃな、迎えに行ってやるから。」

ふぅ、と、宮坂のつく息が聞こえた。

「・・・ああ、サンキュ・・・。」








「どうしよ、えらい緊張する・・・。」

宮坂が、ドアの前で青い顔をしている。

「気合、入れろや。」

そう言って、小野塚はインターフォンを押した。

「やぁ、いらっしゃい。」

微笑んでドアを開けた岩城の後ろに、香藤の姿があった。

ギクリ、とする宮坂に香藤は顎を杓った。

「入れや、バカ」

それを聞いた岩城の、嬉しそうな顔に、宮坂はほっと息をついた。










          〜終〜




        2005年7月17日
本棚へ