Frolic







「もう、いい加減にしろ!」

「岩城さんてばっ!」

久し振りの喧嘩。

原因はいつものこと。

香藤の心配と焼餅。

言い過ぎて、滅多に本気で香藤に対して怒らない岩城が、

さすがにうんざりして声を荒げた。

「だって、あいつ、変な目で岩城さんを見てたよ!」

「だから、彼はちゃんと結婚してるって言ってるだろ?!」

「そんなの、関係ないじゃん!」

「香藤っ!!」

岩城の、一際大きな声に、香藤はびくっとして押し黙った。

「ほんとに、もう、いい加減にしてくれ。

そういちいち、疑われてちゃ、俺だっていやになる。」

「・・・・・・・。」

口を尖らせて見返す香藤に、

岩城は溜息をつくとリビングから出て行った。






怒っていたにもかかわらず、岩城は落ち込んでいた。

香藤の焼餅は、今に始まったことじゃない。

それだけ、大事に思われてるって証拠だし、

自分だって香藤の周りにいる女優や男優に対して、

心配し、嫉妬もしている。

なのに・・・。

ベッドへ入って、岩城は悶々としていた。

『・・・ひどい言い方をした・・香藤が来たら謝らないと・・・。』

そう思いながら、岩城はドアを見つめていた。






その岩城よりも、香藤のほうがもっと落ち込んでいた。

岩城を怒らせた。

本気で嫌がっていることが伝わってくる、ものの言い方だった。

昔、一緒に暮らし始めた頃にはあまり見られなかった、

岩城の正直な、本音をさらけ出す姿。

それはそれで嬉しいが、怒らせたのでは嬉しさも半減する。

ソファに沈み込んで、香藤は嘆息した。

「・・・どうしよう・・あんなに怒ったの、久し振りだよね・・・

俺、どうしてこうなんだろ・・・。」

眉を寄せた、岩城の顔。

その顔も、綺麗だよね、などと言う不埒な考えが浮かび、

香藤は自分に首を振った。

「・・・それでも、心配なんだよ〜〜・・・岩城さん、わかってよ・・・。」








気がつくと、岩城は香藤を待っているうちに眠ってしまっていた。

寝室が、カーテンの隙間から差し込む光で、薄明るい。

隣のベッドを見ると、寝た形跡がない。

慌てて、飛び起きて時計を見る。

「・・・あいつ、今日の予定は9時だったはずだな・・・。」

パジャマ姿のまま、リビングへ向かった。

知らず知らず走るようになっている。




飛び込んだリビングにも、香藤の姿はなかった。

ドキン、と、岩城の心臓が跳ねる。

身体中に鳥肌が立つ思いで、

きょろきょろとあたりに視線を彷徨わせた。

・・・と、テーブルの上にメモがあるのが目に入った。



     「おはよう、岩城さん。

      急に予定が変わって、

      朝、早く出なくちゃいけなくなっちゃった。

      朝食は、作っといたから、食べてね。

      じゃ、行ってきます。

      帰りは、多分、俺のほうが早いと思うから、

      晩御飯は俺が作るよ。

                               香藤 」



昨日のことなど、何もなかったかのような、

いつもの香藤の手紙。

岩城はそのメモを、思わず胸に抱きしめた。








「お疲れ様でした。」

「ああ、香藤さん、今日は申し訳なかったです。」

「いいよォ、気にしないで。よくあることじゃない。」

撮影が終わり、香藤は番組の控え室に入った。

そのテーブルの上に、

見たこともない木の枝が、一抱え置いてあった。

不思議な香りのするその花に、香藤は首をかしげた。

「ねぇ、これ、なんて花?」

「ああ、これですか?」

スタッフが、妙な笑いを浮かべた。

「イランイラン、って言うんです。」

「へ?なに、それ?」

「ん〜〜と、ねぇ・・・。」

スタッフが、言いよどんで、香藤の顔を見た。

「ま、香藤さんだから、いいかな。

これ、催淫効果があるんですよ。」

「え?ほんと?」

「ええ。凄いらしいですよ。」

「へぇ・・・。」

スタッフが、その木の枝の束を大きな紙袋につめながら答えた。

「それ、どうするの?」

「あ、もういらないんです。だから、捨てようかと。」

「ふう〜〜ん。」

黙ってみていた香藤は、ちょっと躊躇して、

それでもスタッフに声をかけた。

「ねぇ、それ、貰えない?」

「え・・・?」

スタッフが、香藤を振り返って、くすり、と笑った。

「いいですよ。」








「お帰り、岩城さん。」

「・・・ああ・・ただいま・・・。」

岩城が、香藤と視線をあわせ辛そうにしながら、靴を脱いだ。

「岩城さん、昨日はごめんね。」

はっとして見上げた香藤の顔に、岩城は自分を恥じて俯いた。

「・・・俺のほうこそ、すまん。」

「いいよ、俺が悪いもん。」

「そんなこと、ない。俺だって・・・」

「うん。仲直り、しよ?」

「ああ。」

岩城は、やっと笑って香藤の顔を見つめた。

「じゃ、お帰りのキスさせて?」

「ああ・・・。」

岩城の腕が、香藤の首に絡んだ。

「・・・お帰りのキスにしては、これはちょっと違うぞ。」

「いいじゃない。食事、出来てるよ。」






寝室に入った岩城は、サイドテーブルに置かれた花瓶の花に驚いた。

「これは?」

「うん。今日、テレビ局で貰ってきたんだ。

捨てるって言うから、勿体無いでしょ?」

「そうだな・・・見たことないな、これは。」

「ね?不思議な花でしょ?香りも、不思議な感じ。」

「うん。」

岩城はベッドに座ってその花に、顔を近づけた。

「俺、シャワー浴びてくるから、待ってて。」

「ああ、わかった。」






香藤が寝室に戻ってきたとき、

岩城はパジャマの前を握り締めていた。

「・・・どしたの、岩城さん?」

「香藤・・・。」

肩で息をしながら、岩城は香藤を見上げた。

瞳が濡れ、頬と唇が紅く染まっている。

その唇が、何かを言いたげに震えた。

「・・・あ・・・香藤・・・。」

「・・・ん?・・なに?・・・」

香藤は、岩城の隣に座り、肩に腕を回した。

その香藤の胸に顔を埋めて岩城が、囁いた。

「・・・香藤・・・身体が熱いんだ・・・

欲しい・・・抱いてくれ・・・もう・・・」

「岩城さん・・・。」

岩城の腕を引き寄せ、香藤はゆっくりとベッドに横たえた。

「・・・んんっ・・・。」

塞ぐ香藤の唇を、岩城は自ら吸い上げた。

「・・・ぁ・・んっんっ・・・」

岩城の手が、香藤のバスローブを引き剥がすように脱がしていく。

香藤が、岩城のパジャマのボタンを外した。

岩城は自分から袖を抜き、香藤がズボンを掴むと、腰を上げる。

肩で息をしながら、岩城は香藤を押さえ込んだ。

「ちょ、待って!待ってよ、岩城さん!」

「うるさい、好きにさせろ。俺が待てないんだ。」

「あ、あのね、岩城さん・・・。」

岩城は、香藤の両脚の間に体を入れ、彼の茎を銜えこんだ。

「お・・・わっ・・・。」

岩城の舌と歯で、擦られ、吸い上げられて、

香藤はあっという間に熱を持ち勃ち上がった。

「だから、待ってって!

いっちゃったら、岩城さんだって困るでしょ?!」

「お前、戻るの早いじゃないか・・・」

「な、な、な、何てこと言うの・・・。」

岩城が香藤の胸に片手をついて腹を跨いだ。

香藤の茎に手を添えて、ゆっくりと腰を下ろしていく。

「・・・んぅっ・・・」

「・・・うわっ・・・熱い・・・。」

香藤を取り巻く岩城の中が、異常に熱く滾っていた。

「・・・すごっ・・・。」

岩城は腰を落とし終えて、

グラインドさせ香藤をより深く取り込もうとする。

「・・・あぁっ・・・か・・・香藤っ・・・」

体を起こしていられずに、香藤に重なって岩城は自ら動いた。

香藤の肩を掴み、腰を上下させる。

香藤の顔に、岩城の喘ぐ息がかかる。

岩城の、甘い香りの混じる熱い、息。

香藤を、思い切り煽った。

「・・・んぁあっ・・・あぅんっ・・・んんっ・・・」

岩城の手が、香藤の髪を探った。

そのまま、唇を求め、岩城は襲ってくる快感に、

思わず香藤の髪をつかんだ。

「・・・いてっ・・・」

髪を引っ張られるのにつられて、

仰け反った香藤の首筋に、岩城が歯を立てた。

「・・・うわっ・・・」

香藤が驚いて、岩城の顔を見つめた。

真っ赤に染まった、岩城の顔。

いつもよりも、大胆な岩城の痴態。

「・・・岩城さっ・・・岩城さんっ・・・」

香藤が堪らず岩城を抱え込んで、組み敷いた。

体を起こして、岩城の腰を掴み、思い切り突き上げる。

「・・・あぁぁっひぃっ・・・」

「・・・と・・・止まんない・・・」

香藤までが、体の奥から湧いてくる力に、翻弄される。

「・・・やべっ・・・」

「・・・ああっ・・・はっ・・・香藤・・っ!・・・」

重なった香藤の身体が浮くほど、岩城の身体が仰け反った。

「・・・香藤ッ・・・香藤っ・・・」

岩城が悲鳴のように香藤の名を呼んだ。

「・・・もうっ・・・い・・・いかせ・・・」

搾り出すように、岩城が喘いだ。

「・・・うん・・・」

香藤は岩城の腰を抱えなおすと、動きを早めた。

「・・・あぁっ・・・んああぁっ・・・」





香藤は岩城の身体を丁寧に拭うと、

急いでサイドテーブルの上に置いてあった花瓶を抱えて、廊下に置いた。

「・・・どうしたんだ?」

「・・・うん、あれ、効き過ぎ・・・。」

「・・・は?・・・」

岩城の顔に、「?」が浮かんだ。

「・・・ごめん、あれ、やばい花なんだ。」

「・・・どういうことだ?」

岩城が、片眉を上げて香藤を見つめた。

その顔に、香藤はばつが悪そうに言いよどんだ。

「香藤?」

岩城は、じっと香藤を見つめた。

その視線に、香藤は追い詰められて、ベッドに手をついた。

「ごめんなさい!」

「・・・香藤、俺は謝れとは言ってない。」

「・・・ごめんね、あれ、催淫効果があるって・・・」

「なに?」

岩城の顔が、すっと真顔になる。

香藤はびびりながら言葉を続けた。

「喧嘩したから・・・仲直りしたくて・・・つい・・・」

「つい、じゃない!」

岩城の額に、青筋が立った。

「ご、ごめん!」

「・・・あのな、香藤。」

「うん・・・。」

岩城は真顔のまま香藤を見つめた。

「俺たちはあんなものを使わなきゃ、仲直りできないような、

そんな薄っぺらい仲なのか?」

はっとして香藤は岩城の顔を見つめた。

「・・・岩城さ・・・。」

「そうなのか?」

「ち、違う!違うよ!ごめん!」

岩城は、染み入るような微笑を浮かべた。

「・・・それに・・・。」

「・・・それに?・・・」

少し頬を染めて、岩城は香藤から視線をそらした。

その顔に、香藤の喉が上下する。

「・・・あんなもの、なくったって、俺はお前が欲しいと思う・・・」

呆然と、香藤は岩城の顔を見つめた。

滅多に口にしない、岩城の想い。

それを口にするときは、本人には、まるで自覚がないまま、

必ず香藤が驚くような熱い言葉が紡ぎだされる。

「・・・もう・・・参っちゃうな・・・。」

「なにがだ?」

「・・・また・・・俺、やられちゃった・・・。」

香藤が蕩けそうな、半分泣きそうな顔で岩城を抱きしめた。

「ごめんね。」

「・・・わかってくれれば、それでいいから・・・。」

「うん・・・ねぇ・・・。」

「・・・ん?・・・」

「やり直していい?あんなものを使わないで・・・。」

「・・・ああ・・・。」

岩城の腕が、遠慮がちな香藤の首に絡んだ。

「どうした?・・・早く、来いよ。」

「・・・好き・・・岩城さん・・・。」

「ああ・・・香藤、俺も、お前が好きだ。」

「・・・ありがと。」








           〜終〜




         2005年7月10日
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