浜昼顔の昼さがり・・・






「ねぇ、岩城さん、これからドライブしない?」

香藤が、ソファでクッションを抱えこんで、岩城を見上げた。

「これから?」

「うん。せっかくのオフだし、天気いいしさ。」

香藤の言葉に、岩城は窓の外に視線を向けた。

カーテンが、そよ風に揺らいで気持ちがよさそうだ。

「そう、だな。たまには、外の空気でも吸ってくるか。」

「そうと決まったら、早く、早く。」

クッションを放り出して、香藤は岩城の背中を押した。

「わかった、わかったから。そう、慌てるな。」






香藤が、車を走らせたのは実家のある、千葉。

外房のとある海岸近くの駐車場に、車を止めた。

泳ぐには、まだ少し早いこの時期の、

平日の昼前のせいもあるのだろうか、

人の姿が見当たらない。

「ここは?」

「うん。成東町。」

岩城が小首をかしげている。

香藤はその、きょとんとした顔に思わず吹き出しそうになった。

「なんだ、香藤、その顔は?」

「だって・・・その顔、可愛いんだもん。」

「また、それを言う。」

潮の香りのする風が、岩城の髪を撫でていく。

岩城のジャケットの裾が軽くはためいた。

香藤は指を伸ばし、少し乱れた岩城の髪を梳くように撫でた。

「海岸まで、行ってみようよ。」

「ああ、そうだな。」

二人で、並んで歩く。

岩城の右手の甲と、香藤の左手の甲。

時折ぶつかるその手を、どちらからともなく、つなぎあった。






しばらく歩いて海岸へ出た。

途端に、目の前に広がった光景に、岩城が目を見張った。

海岸線沿いのはるか向こうまで、

薄いピンク色の絨毯が敷き詰められていた。

「・・・凄いな・・・。」

「綺麗でしょ?」

「ああ、本当に綺麗だ・・・これは、浜昼顔か?」

「そう!さすが、岩城さん、花のことはよく知ってるよね。」

約1ヘクタールほどの海岸線に、

薄いピンク色の花を砂浜一杯に咲かせている。

それを見つめる岩城の顔がとても嬉しそうで、

香藤の心までが嬉しくなった。






岩城が、砂浜へ降りた。

浜昼顔の傍へしゃがみ、顔を近づける。

ピンク色の花と、岩城の微笑。

その先に広がる、青い海と空。

香藤はうっとりとそれを眺めていた。

「お前、よくこんなところ、知ってたな。」

「岩城さん、俺、昔はこの辺で遊んでたんだよ。」

「ああ、そっか。」

「いつも、この時期になるとこの花が咲くんだ。

それ、思い出してさ。

岩城さん、きっと喜ぶだろうなと思って。」

その言葉に岩城が微笑んで、香藤を手招きした。

「・・・?・・・」

言葉に出さずに表情で問いかけて、

岩城の隣にしゃがんだ香藤の唇に、岩城がそっとキスをした。

「岩、城、さん・・・。」

「お礼だ。ありがとう。」

にっこりと微笑む岩城。

その少しはにかんだ顔に、香藤の喉が、ゴクリ、と上下した。

それに気付いた岩城が、呆れたように眉を上げた。

「・・・あの、な、香藤。」

「ごめん・・・。」

香藤の素直な詫びに、

くすり、と笑いを漏らして岩城は、視線を花に戻した。






ゆっくりと、花に沿って海岸を歩いた。

久しぶりの、穏やかな休日。

人っ子一人いないその浜は、

まるで二人にの為に用意されたかのようだった。

青空の下、陽の光を浴びる、岩城の姿。

黒髪が、輝く。

香藤は、目を細めてその岩城を見つめ続けた。

手をつないで歩き、もとの場所まで戻って、

二人で花の傍に腰を下ろし、

何をするでもなくじっと風に吹かれていた。

岩城は、その背を香藤の胸に預けている。

誰もいない、海。

人目を気にせずにいられる。

それが岩城から、少し恥じらいを消していた。

ゆったりと、落ち着いた気分。

背中に感じる、香藤の体温。

岩城にはその時間が嬉しかった。






香藤は、岩城を後ろから軽く抱きしめながら、

岩城の髪に時折、鼻先をくっつけていた。

「・・・ん?・・・」

「・・・ううん。」

その度に岩城が聞き、香藤がそう返事をする。

交わされる言葉は、それだけ。






岩城の香りを感じながら香藤は、夕べの岩城を思い出していた。

翌日がオフで、香藤はブレーキが利かなくなっていた。

そのまえの数日間、すれ違いだったことが、

余計にそれに拍車をかけた。

その自分の求めに、岩城は最後まで応えてくれた。

シーツを掴み、悲鳴を上げる。

その声が耳に残っている。

すがり付いてくる腕が、肌に残っている。

貪欲に岩城を求め、岩城もまた、香藤を求めた。






そうやって、どれくらい座っていただろう。

香藤は、昂ぶり始めた自分を、

岩城に悟られまいとして、身体をずらした。

「行くか・・?」

岩城が、振り返らずに聞いた。

「・・・うん、そうだね。」

岩城が立ち上がり、ズボンの尻を叩いた。

香藤は、それを見上げながらゆっくりと立ち上がった。

「どうした?」

香藤のぎこちない表情に、岩城が小首を傾げた。

その顔に、内心溜息をつきながら香藤は、微笑んだ。

「ううん。行こ、岩城さん。」

そう言って、香藤は岩城に片手を差し出した。






駐車場へつき車の傍まで来ると、

香藤は握っていた岩城の手を引いた。

「おい、香藤?!」

岩城を抱き込むと、香藤はその唇に喰らいついた。

「・・・んんっ・・・」

香藤が力いっぱい抱きしめてくる。

ぐらっと、身体が揺らいで、

車のトランクの側面に岩城の腰が当たった。

岩城が、苦しげに顔を顰める。

「・・・か、かとっ・・・。」

香藤は唇を離し、岩城を見つめた。

頬が上気し、肩で息をしている。

香藤もまた、同じように息が上がっていた。

見つめ合いながら、どちらからともなく、また、唇を重ねた。

お互いの呼吸を奪うように、貪りあい、

香藤の咥内を探る舌を拒まず、岩城はそれに応えた。

「・・・あ・・・んっ・・・」

時折、ずれる唇の隙間から、岩城の声が漏れた。

抱きしめあう身体が、熱く反応しているのを、お互いが気付いた。

香藤が、岩城の両脚の間に身体を入れ、股間に自分を押し付ける。

「・・・岩城さん・・・。」

潤んだ瞳で、見つめる岩城に、

香藤はすっと手を伸ばして後部ドアを開けた。

無言のまま、岩城を抱えて、シートに押し倒した。

後ろ手でドアを閉めると、

視線は岩城に、ひた、と当てたままで、ロックをかける。

じっと見詰め合い、香藤が手を伸ばしかけた。

その手を岩城が掴んで、引き寄せた。

「・・・いいの?」

「・・・いい。」

香藤の唇が、項を這う。

「・・・あっ・・・」

岩城のシャツの前をはだけ、

その裾を引っ張り出しながら香藤がその胸に吸い付いた。

夕べ残した痕がそこにあった。

「・・・んっ・・・」

片手を下に伸ばしてズボンの前の寛げ、

香藤はその中へ手を差し込んだ。

「・・・くすっ・・・」

香藤の笑いが漏れ、岩城が瞳を開けた。

「・・・笑うな。」

「わかってるんだね?湿ってるの。

さっきのキスだけで、感じちゃった?」

「うるさい・・・いちいち言うな。」

香藤の手が岩城のズボンを引き摺り下ろした。

そのままその両脚を掴んで、

岩城の身体に押し付け、下着を口に銜えて、引っ張った。

するり、と岩城の形のよい双丘がむき出しになる。

膝にズボンが絡み、下着が半分脱げかけた中途半端な、

そのあられもない姿に、岩城が香藤を止めようとして口を開きかけた。

その言葉は、香藤が蕾に差し込んだ舌に、飲み込まれた。

「・・・あぁぁっ・・・」

「凄いね、岩城さん。

もう、ひくついてる。

昨日、あれだけやったせいかな・・・。」

香藤が、岩城の蕾を舌と指で攻め始めた。

昨日、といってももう今朝のことだろう。

余韻の残る岩城の身体は、あっというまに火がついた。

「・・・あふぅっ・・あんっ・・あはぁっ・・か、香藤ォ・・・」

狭いシートの上で、二つ折りにされた岩城の腰が揺れる。

「・・・あっ・・・やっ・・・かとっ・・・あっぁっ・・・」

絶え間ない岩城の声が、香藤が舐めるたびに起つ、

ピチャピチャという音と一緒に、狭い車の中に響いた。

香藤は、片腕を上げて岩城の腿にあてて抑えると、

蕾にその指を潜らせ、

そうしながら、脱げかけの下着から覗く双果と、

茎の根元に舌を這わせた。

「・・・はんんっ・・・あっ・・・んふっ・・・」

香藤の指の動きに合わせて、岩城の腰が上下し始める。

掴むところを探して、

岩城の手が彷徨い前の座席の背を引っかいた。

「・・・か、香藤っ・・・もっ・・・」

「・・・ん?・・・なに?・・・」

香藤がちろちろと舌先で蕾をつつきながら、岩城を見た。

濡れた瞳で、縋るように香藤に視線をあてる。

目元に熱を浮かべるその顔に、香藤の身体が一段と熱くなった。

「ねぇ、なに?」

香藤がそういいながら、蕾に入れた指をひねった。

「・・・んうぅっ・・・そこっ・・・」

声を上げて、岩城の体がシートの上で伸び上がった。

途端に先走りが溢れ下着が濡れて、

隠れていた岩城の茎のシルエットが、

はっきりと下着の上から見えた。 

「びしょびしょだね。」

くすくすと笑いながら言う香藤の言葉に、岩城が顔を真っ赤に染めた。

「可愛い・・・。」

「・・・香藤。」

岩城が熱い息で呼び、手を伸ばした。

「欲しいんだね・・・いいよ、あげる。」

香藤は、蕾から指を引き抜き、岩城のズボンと下着を脱がせた。

岩城の両脚を、岩城の胸につけるように押さえ、ゆっくりと腰を沈めた。

「・・・んっ・・・くっ・・・」

納めきる前に、香藤が腰を引き突き上げた。

「・・・ああぁっ・・・」

岩城が、咄嗟に香藤の着ているシャツの肩を握り締めて、仰け反った。

叩きつけるような、香藤の動き。

柔壁が擦り上げられ、全身に疼きが広がっていく。

「・・・はぅっ・・・んあっあっ・・・あぅんっ・・・」

「・・・岩城さん、岩城さんっ・・・」

香藤が名を呼び続ける。

いつも名を呼ばれるたびに、岩城の身体に熱い想いが湧き上がる。

それだけで身体が余計に感じるような気がした。

岩城も無意識に香藤の名を呼ぶ。

それが高まった証であることを香藤だけが知っていた。

「・・・あんぁっ・・・あふっ・・・か・・・香藤っ・・・」

「・・・いいよ、・・・岩城さん・・・すごくっ・・・」

シートに横たわり身体を二つ折りにされ、

息ができない苦しさに岩城が喘いだ。

それに気付いて香藤が岩城の両脚を拡げさせた。

片足をシートの背もたれの上に乗せ、もう片方の足を脇に抱える。

「だいじょぶ?」

「・・・ああ・・・香藤・・・もう・・・」

岩城が荒い息で、香藤を見つめた。

香藤は両手で岩城の双丘を掴んで、

岩城の感じるポイントを抉った。

「・・・ひっぃっ・・・」

岩城が腰を擦り付け、その柔襞が収縮して香藤を締め付ける。

「うわっ!い、岩城さっ・・・まだっ!」

「・・・かとっ・・・香藤ォっ・・・」

「ちょっ・・・岩城さんっ・・・!」

香藤は、その締め付けに逆らって動いた。

「・・・あはっあぁっ・・・んんぅっ・・・」

跳ね上がった岩城の足が、リアウィンドウにぶつかった。

岩城の声が掠れ、眦に涙が浮かんでいる。

上げる声が切迫し、懇願に変わった。

「・・・香藤っ・・・は・・・早くっ・・・」

「うん・・・一緒にいこうね。」

「・・・んぁあぁっ・・・」

岩城が香藤に縋り付いて仰け反り、白濁を飛ばした。

香藤もまた最後の岩城の締め付けに、最奥に自分を叩きつけた。



後部シートに、重なって寝そべりながら、

香藤は岩城の髪を撫でていた。

開けた窓から吹き込む風が、火照った身体に心地よい。

「なんか、岩城さん、すごかったね。」

岩城の涙を拭いながら、香藤は微笑んだ。

「そ、そんなことない。」

「こういうとこでやったからかな?興奮した?」

岩城が、真っ赤な顔で俯いている。

「なんか、刺激的だよね。青空の下でってさ。車の中だけど。」

その岩城の染まった顔を見て、香藤がくすくすと笑った。

「・・・笑うな。」

「ごめん。足、大丈夫だった?」

「え?」

香藤は不思議そうに聞き返す岩城に、笑って左脚をさすった。

「ぶつけたんだよ、憶えてない?」

「やっ・・・全然・・・。」

赤く染まった頬を、香藤は撫でキスを落とした。

「帰ろっか?」

「ああ。」

「岩城さん、ここで寝てていいよ。起こしたげるから。」

香藤は、岩城の額にキスをして、服を調えるとドアを開けた。

岩城の目に入る青空が、自分のいる場所を思い出させた。

恥ずかしさに、身体中から火の出るような思いがして、耳まで熱くなる。

「香藤!」

「な、なに?!」

「・・・俺の下着、どこだ?」

「あ、待って、前に投げちゃった。」

香藤が運転席のドアを開けるより早く、

岩城が身体を起こして助手席にあるズボンと下着を掴んだ。

「でもさ、履けないよ、それ、ぐちょぐちょで・・・。」

運転席に座り、シートベルトをしながら香藤が笑った。

「うるさいっ。」

と、言っては見たものの、

香藤の言うとおりの有様の下着に、岩城が顔を顰めた。

「いいじゃない、後は帰るだけだもん。

そのままズボン履いちゃえば?」

むっとした顔のまま、岩城がごそごそと、

皺だらけになったズボンに脚を通した。

「なに、むくれてんの?」

「・・・こんなとこで・・・」

「恥ずかしくなっちゃった?」

「お前が悪い・・・。」

岩城の小さな声に、クスッ、と香藤が笑いを漏らした。

「なにが、おかしい?」


・・・自分だって、盛り上がったくせに・・・。


とは口には出さず、香藤は笑いながら、

あやすような口調で応えた。

「いいえ、何でもありません。」

「笑うな。」

「はい、はい。」

ハンドルに顔を伏せたまま、

肩を震わせ、笑いの止まらない香藤に、

岩城は顔を真っ赤にして助手席にもぐり込み、彼を睨んだ。

「いいよ、後ろで寝てて。」

「・・・いいっ!」

「もう、拗ねちゃって、可愛いんだから。」

「可愛いとか、言うな!」

香藤が手を伸ばして、岩城の肩を引き寄せた。

「そんな顔してると、またやっちゃうよ。」

熱のこもった香藤の囁きに、岩城の頬がカッと染まった。

「続きは、帰ってからね。」

「・・・いやだ。」

拗ねたように言う岩城の頬に、香藤はキスを落とした。

「・・・そんなんで、誤魔化されないからな。」

「いいよ。誤魔化すつもり、ないもん。」

肌に直接当たるズボンの生地に、

居心地悪そうに岩城がもぞもぞとしている。

「早く帰ろうね。」

むすっとした顔で頷く岩城に、

内心溜息をつきながら微笑んだ。


まったく、手が掛かるんだから・・・

・・・そんなとこも可愛いんだなんて言ったら、怒るだろうけど。


香藤の頬から、笑みが消えないのを見て、岩城はほっと息をつく。

「・・・香藤。」

「ん?」

「その・・・。」

岩城が、言いにくそうに口ごもった。

上目遣いに見る岩城の目元の染まったその顔に、香藤が嘆息した。

「ほんっとに、もう・・・。」

「なんだ?」

「帰ってから、言うよ。」

思い切りのストライクをかまされた香藤は、

無事に家に帰りつけるかどうか、

内心心配しながら、エンジンをかけた。






昼下がりの二人。

浜昼顔が、一層ピンクに染まった。






                 〜終〜



                2005年7月21日


                   弓
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