初雪に・・・





「岩城さんの負けぇー!」

大晦日に放映されるバラエティ番組の収録。

大勢の観客もいる。

司会はアイドルグループのリーダー中木君と,

ベテランフリーアナウンサーの徳田さん。

ほとんどが、スポーツ関係者の中で数人、

歌手や女優、俳優が出演している。

中木君は、バラエティの司会も器用にこなしている。

俳優としても、結構いい演技をすると思う。

・・・歌は聴いたことがないけど。

かるた取りの罰ゲーム。

女性が負けたら男装を、

男が負けたら女装をしなくてはならない。

・・・まさか、負けるとは思わなかった・・・。

「参ったなあ。」

「じゃあ、岩城さんには、

別室で着替えてもらいましょう!」

中木君がそう叫んで俺を送り出した。



つれて来られた部屋には、

様々な衣装やかつらが並べられていた。

「どうする、岩城さん?」

馴染みの衣装さんが笑っている。

メイクさんも、よく知ったベテランが来ていた。

大晦日、香藤は仕事だと言っていたな。

多分見られないだろう。

だからって、ひらひらのドレスは着たくないな。

「着物がありますね。」

「芸者の衣装だけど、いい?」

「いいも悪いも、負けちゃいましたからね。」

「じゃあ顔を拵えるから、座って。」

服を脱いで下着姿になり、鏡の前に座った。

前髪を上げて、かつらの下にかぶり頭を覆う、

かつら下地の羽二重布を巻く。

最初に顔全体に鬢付け油でベースを作りそのあと、

太白油で眉を潰す。

「なんか、本格的にやるんですね。」

「まあね。それに、岩城さんの芸者姿なら

余計にちゃんとしないとね。」

「そんな・・・。」

「はい、黙って。」

口を開きかけた俺を黙らせ、

水溶きのおしろいを刷毛で顔だけではなく、

胸の半分、肩、二の腕、背中の肩甲骨辺りまでを塗る。

スポンジではたき馴染ませる。

最初に、

陰影をつける薄い紅(白粉にわずかに紅を入れたもの)を

筆で塗り、刷毛で丹念にそれをぼかしていく。

薄紅のグラデーションが完成したら筆で眉を描く。

黒と赤で絵を描くようなタッチで、微妙な濃淡が描かれる。

その後で指の腹で軽く叩くような動作で

見事なボカシが出来上がる。

目元に紅を注し、唇を描く。

「綺麗だねぇ。」

衣装さんが、そう声をかけてきた。

「そんなことないですよ。」

「なあに言っちゃってんの。

岩城さん、自分のことわかってないね。」

「さあ、さあ、今度は衣装だよ。」

腰巻をつけようとしたら、衣装さんがタオルを差し出した。

「岩城さんさ、腰細すぎるからこれまいて。」

「はい。」

赤い広襟の襦袢を着て、

衣装さんが手に持って広げてくれていた着物に袖を通す。

「岩城さん、着物、着慣れてるね。」

「わかりますか?」

「わかるさ。

最近の連中は、袂を絡げようとしないもんね。」

前をあわせていて、ふ、と悪戯心が湧いた。

「すみません。お願いがあるんですが。」

「ん?なんだい?」

「着物の襟、反したいんですけど、いいですか?」

「へ?」

衣装さんが、驚いたように目を見開いた。

すぐにわかったのだろう。

にやっと笑って頷いてくれた。

黒地に扇と流水の裾模様の留袖を襟をすこし抜き気味にし、

裾を長めに引いて着る。

「よくこんな裾が引けるの、ありましたね。」

「今日のゲストがさ、でかい人が多いからね。」

帯をお太鼓結びにする。結構苦しいな。

「これくらいきつめにしないと、着崩れるからね。」

「ええ。」

日本髪のかつらを着け簪を挿す。

姿見の前に立ってみた。

「こういうのを柳腰っていうんだ。

タオル巻いてもこうなんだから。」

メイクさんと衣装さんが、二人で鏡を覗き込んで頷いた。

「香藤君、惚れ直すんじゃない?」

「いや、あいつ大晦日は仕事なんですよ。

だから、見られないでしょう。」

「なのに、襟、反したわけ?」

「お〜お。香藤君は果報者だねえ。」

「見ても意味はわからないと思いますけどね。」



セット裏の襖の前で待機する。

「岩城さんの準備が出来ましたあ!

どーぞ、入ってくださーい!」

中木君の声が聞こえ、左褄を取って襖を開けセットに入る。

「きゃ〜!」

黄色い歓声やら、溜息やら、どよめきが上がった。

やっぱり、でかいよな、俺・・・。

「うっわあ〜、岩城さん、すっげえ綺麗!!」

中木君が、そう叫んで飛びついてきた。

天真爛漫といったその笑顔を見て、ふ、と香藤を思い出した。

・・・中木君て、年、

俺とそう変わらなかったんじゃ、なかったかな・・・。

「ねえ、ねえ、岩城さん。俺の隣に座って!」

強引に俺を座らせた中木君に、

他のゲストが抗議の声をあげた。

「いいじゃない!司会者の特権!」

「そういうのを、職権乱用って言うんだよ!」

面白いな。場を盛り上げるのに長けたゲストでよかった。



結局俺は、収録が終わるまでそのままでいた。

まあ、もう一度着替える時間なんて,

取ってもらえないとは思っていたけど。

着替えに戻った俺は、中木君とゲスト数人に捕まった。

「岩城さん!写真撮っていい?!」

何処から調達してきたのか、ポラロイドカメラを持っている。

「俺にもくれるんならね。」

「いいけど?なんで?」

「馬っ鹿じゃない、中木。

香藤さんに見せてあげるんじゃん。」

「あ、そっか。」

全員と一枚に収まる。

頼んで、俺一人だけのを撮ってもらった。

「ありがとう。」

「岩城さん、今の一人の、焼き増ししていい?」

受取って胸の袷に差し込んでいる俺に、

中木君が遠慮がちに聞いてきた。

「悪いけど、それは止めてくれないかな。」

「やっぱりね。そうじゃないかなとは思ったんだけど。」

「ごめんね。これは香藤だけに渡したいんだ。」

「うっわぁ〜。ごちそうさまです!」

全員に、叫ばれてしまった。

・・・恥ずかしかったけど、

言うべきことは言わないといけない。

着替えて、写真をバッグに入れほっと息をつく。

・・・正月明けたら、見せようか。



大晦日。

香藤は、仕事でスタジオに詰めていた。

中木と徳田司会の番組。

岩城の出番は、10時頃だと聞いていたので、

無理矢理休憩を取らせてもらい休憩室のTVをつけた。

主役がこの有様ではどうにもならず、

他の共演者やスタッフたちも香藤の後ろのソファに陣取った。

「ごめんね、みんな。俺の我儘で。」

「いいよ。しょうがないでしょ、岩城さんが出るんじゃ。」

「へへっ。」

香藤の嬉しそうな顔を見てその場の全員が呆れた、

それでも暖かい苦笑を浮かべた。

かるた取りが始まり、香藤が画面に向かって叫んでいる。

「負けないでよ!やだよ、俺!」

「なんで、やなんだよ?」

「だって、罰ゲームが・・・!」

言っている間に、勝負がつき岩城がセットから送り出された。

「ひええ・・・。」

香藤が引きつった顔で頭を抱えた。

「ぎゃあああっ!」

香藤が、派手な悲鳴を上げて

テレビの前に跳ねてへたり込んだ。

中木の呼込みの後、画面左奥の襖が開き,

岩城の姿がアップになった。

黒い着物と襦袢の赤と、半分反した襟の白が仇っぽい、

左褄を取った姿。

匂い立つような色気を振り撒いている。

「岩城さぁぁ〜ん、勘弁してよおぉぉ〜!」

画面から、黄色い歓声と溜息、

どよめきが聞こえそれは香藤の後ろからも聞こえた。

「すっごい綺麗、岩城さん。」

「玉三郎も、真っ青って感じだな。」

「色っぽいねぇ・・・。」

「あっ!てめえ、中木!抱きつくな!」

香藤が、テレビの両端に手をかけ画面に向かってわめいた。

画面の中で、中木と他の出演者たちが,

岩城を取り合って応酬を始めるのを、

当の岩城は嫣然と微笑んで座っている。

特別番組のため、本物の酒が出されていた。

請われて岩城が酌をしてやっている。

向ける目線が凄まじく色っぽい。

何か余興をと言われ、岩城は辺りを見回して立ち上がり、

床の間の細棹の三味線を取り席へ戻る。

爪弾きながら糸巻きを捻り音を探る。

その所作の全てが流れるように無駄がなく、

辺りから溜息が漏れた。

画面の中で、岩城が三味線を爪弾きながら小唄を唄い始めた。


「初雪に 降りこめられて向島 二人が仲に置炬燵 

酒(ささ)の機嫌の爪弾きは好いた同志の差向かい 

嘘が浮世か浮世が実か まことくらべの胸と胸」


「凄いねえ、岩城君。色っぽい唄だよ、これ。」

香藤の後ろから感嘆の声が上がる。

「ううっ・・・。」

香藤が呻いて画面の岩城を

今にも泣き出しそうな顔で見つめた。

「まったく、岩城君も罪だねえ。

でもまあ、襟反してるし。

それにしても岩城君も大胆だね。全国ネットで。」

監督がそう呟き、香藤が不審気に顔を巡らせた。

「香藤君、心配要らないよ。男冥利に尽きるじゃない。」

「なにがですか?」

「帰ったら、岩城君に聞いてごらん。」

ぐったりと落ち込む香藤をどうにか宥めすかし収録を終え、

香藤が自宅に着いたのは正月も明けた3時過ぎだった。





「はああ・・・。」

心身ともに疲れきった香藤は玄関扉に凭れ、

自分でも驚くくらいの大きな溜息をついて、しばらく俯いていた。

「・・・お帰り。」

「岩城さん?!」

岩城が服のまま玄関に現れた。

「ど、どうし・・・」

「玄関が開いたのに、こないからどうしたのかと思った。」

「ごめんね。待っててくれたの?」

「香藤。」

リビングのソファに座り岩城が心配げに、

立ったまま自分を見つめる香藤を見上げた。

「どうした?溜息ついてたろう?」

香藤は、堪えていたものを吐き出すように岩城に抱きついた。

「なんで言ってくんなかったの!あんな格好したなんて!」

「あ?」

「昨日、俺見たんだよ!」

「・・・ああ、そうか・・・。」

「ああ、そうか、じゃなくてさ!酷いよお・・・。」

「何が酷いんだ!

いちいち仕事の内容をお前に説明する必要はないだろ?!」

「うぅ・・・。」

「なんで、泣くんだ。」

しばらく岩城の肩に顔を埋めていた香藤が、

ふ、と顔を上げて岩城を覗き込んだ。

「なんだ?」

「・・・監督がさ、襟、反してるって言って驚いてた。

岩城さん、大胆だって。どういうこと?」

「そ、それは・・・。」

岩城が真っ赤に染まった顔を背けた。

こうなると香藤のほうが優位である。

岩城を腕の中に抱えると、顔中にキスを降らせ唇を甘咬した。

「ねえ、なんなの?言ってよ。」

「だから・・・。」

「俺、凄い焼餅妬いてたら監督が心配要らないって。

ねえ、岩城さん、なんで?」

「いや・・・あの襟は・・・つまり・・・」

思い切り恥ずかしそうに胸に顔を埋めたままの岩城を、

香藤は頤に手をかけ強引に上向かせた。

「言ってくれなきゃ、意地悪するよ。」

そう言って香藤は岩城の双丘に手を伸ばし、

服の上から撫で摩った。

「・・・あ・・・」

びくっと体が震え、

すこし仰け反る岩城を覗き込んで香藤が眉を上げた。

「10日ぶりじゃない、ここんとこ俺たち忙しくて。

飢えてるのは俺だけじゃないよね。」

「こ、この・・・」

岩城がますます顔を赤らめて、香藤の胸を拳で叩くようにした。

「言ってよ。でなきゃ、あげない。」

「・・・んっ・・・」

香藤の手が体を這う感覚に堪えきれず甘い息が漏れる。

それだけで岩城の体はすでに熱く火照っていた。

「・・・芸者が襟を反すってのは・・・水揚げされた証拠だ。」

「へっ?!」

「・・・特定の旦那がついてるってことだよ!」

香藤は、がばっと岩城の肩を掴んで揺するように見つめた。

「マジでっ?!」

「ああ、本当だ。」

「うっ・・わっ・・・」

香藤の顔が照らされたように明るく綻んだ。

その笑顔を岩城は眩しげに目を瞬かせて見返した。

「嬉しい!俺、すっごい幸せ!」

そう叫んで抱きついてきた香藤の耳元に岩城が囁いた。

「意地悪は、もう止めろ。」

「うん。しない、しない。目一杯あげちゃう!」

香藤が岩城を抱えたまま立ち上がった。

「あ、ごめん。岩城さん。言い忘れてた。」

「なんだ?」

「明けましておめでとう。今年もよろしく。」

「ああ、俺の方こそ、よろしく。」



目覚めた香藤は、ベッドサイドの上に一枚のポラロイドを見つけた。

「うはっ!綺麗・・・でも、

俺の腕の中にいる岩城さんが一番綺麗かな。」

「・・・馬鹿・・・。」

眠っているのとばかり思っていた岩城の返事に、香藤が慌てた。

「岩城さん!起きてるんなら言ってよ!もう・・・。」

「・・・香藤・・・。」

岩城の声の中に、熱いものを感じて

香藤は岩城を抱き込み見下ろした。

「いいの?」

「・・・いい。きてくれ。」

「なんか、今年もこれで始まりなんだね、俺たち。」

「仕方ないだろ。くるのか、こないのか?」

「もちろん、いかせていただきます!」




                 〜終〜



2004年12月6日
    弓



小唄「初雪」詞・曲 初代清元菊寿太夫


「雪」にこれしか思い浮かばなかった・・・。
岩城さんの三味線抱えた芸者姿が見たい。
ただそれだけだったりして・・・。(笑)
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