風の漢(おとこ)








今では、妻の方が名が通っているが、

戦後の混乱期に、日本国憲法誕生に立会い、

「ワンマン宰相」とあだ名され、

戦後外務大臣を務め、後に総理大臣となった男の懐刀として、

GHQと一歩も引けを取らず対等に渡り合い、

GHQ高官をして「従順ならざるただ一人の日本人」、

と言わしめた男がいる。

その男の名を、白沢二郎という。






「すごい役が回ってきたな。」

「知ってるの、岩城さん、この白沢二郎って人?」

香藤が小首を傾げる。

「ああ。俺も人から教わったんだ。本、あるぞ。読むか?」

「うん。貸して。」

岩城から借りた本を、香藤は寝る前に読み始め、

朝までそのまま読みふけった。






「奥さんの和子さんは、末広涼子さんなのか。」

「そう、可愛くて、おきゃんで、物怖じしない人って。」

「ああ、結構合うだろうな。」

「それから、親友の牛島さんに小野塚。」

「・・・そうか。」

岩城の返事が少し淀んだ。が、

香藤はそれに気付かず言葉を続けた。

「大変な人だね。こんな人がいたんだ。」

「ああ。まるで、お前みたいだ。」

「なに、それ?」

香藤が不思議そうに尋ねた。

岩城は顔を綻ばせ香藤を見つめた。

「信念を貫くところがな。」

嬉しそうに、照れくさそうに、香藤は笑った。






香藤の主演ドラマ。最初の撮りはロケから始まる。

岩城が出演しているドラマと同じ局である。






昭和20年○○月。終戦後のある日。

「ちょいと、出掛けてくる。」

まるで近所にでも行くように、

白沢は軽い口調で見送りにでた妻に言う。

「はい。」

妻も心得たもので、軽く笑顔で答える。



溯ること5年前、白沢は、この戦争は負け、

いずれ食糧難がくるだろうと予測し、

一切の仕事をやめ、家族を連れて東京郊外の鶴山村に隠棲し、

5千坪の土地を買い、田畑を作り、

そこから取れる作物を友人たちに供していた。




茅葺屋根にはおよそ似つかわしくない、

ツイードのジャケットに身を包み、

オールバックにした亜麻色の髪を片手で撫で付ける。

「お帰りは、いつ?」

「さぁな。十日後か、一月後か、わからねぇよ。」

くすっと笑う妻に、子供のような無邪気な顔を向けて頷いた。

「好きなこと、してなよ。」

「言われなくとも。」

妻の言葉に明るい笑い声を上げて、

軒先に止めてあった車に乗り込んだ。




白沢は、中学を出てイギリスに渡り、ケンブリッジ大学に入学した。

彼はそこで、勉学だけではなく、英国式のマナー、思想、身のこなし、

ユーモア、自分で物事を考え、自分の発言に責任を持つという、

個人主義と自由主義を学んだ。

実家の倒産がなければ、そのまま学者になっていただろう。

寝言も英語で、実は日本語より得意だったという。

帰国後、英字新聞の記者を経て、貿易会社に取締役として勤める。

終戦時に、当時外務大臣だった以前から知り合いである、

島田茂の要請で、GHQとの折衝の矢面に立ち、

憲法制定に深く関与し、

戦後の日本の立て直しに大きな役割を果たす。

その後、島田内閣のもと貿易庁長官に就任し、

通産省の創設に尽力する。






「明日からさ、GHQの連中とやりあう場面を取るんだよ。」

香藤がソファにいる岩城に、コーヒーカップを手渡しながら言った。

岩城はそれを受け取り笑顔を向けた。

「ああ、ありがとう・・面白そうだな。」

「うん。なんかさ、痛快なんだよねこの人の台詞ってさ。

色々、本読んでるけどほんとにカッコいい人だね。

見た目も男前だけど、中身がすっごくカッコいい。

会ってみたかったな。」

「ああ。そうだな。」

「小野塚も、明日から入りなんだよ。」

「・・・そうか。」



白沢には、エピソードが数多くある。

その中の一つ。

GHQと折衝する機関である、

終戦連絡事務局の参与(後に次長)として働いていた、

その当時、GHQ高官たちが初対面のときから白沢に対して、

複雑な顔を向けていた。

なぜなら、彼は米国人が羨望しながら持つことの出来なかったもの、

英国人としての自己を持っていたからである。

白沢の英語をはじめて聞いた高官たちは、

一様に瞠目したものだった。

白沢の英語がただのキングスイングリッシュではなく、

英国でも知識階級を表す、

オックスフォードやケンブリッジに学んだ者独特の

アクセントだったためだ。

ある時、そんな白沢に高官の一人が嫌味を言った。



香藤にたいし、GHQ高官役のアメリカ人俳優が、

椅子にふんぞり返りながら、台詞を言う。

「あなたの英語はたいしたものですね。」

すかさず白沢は笑顔で返す。

「あなたも、もう少し勉強すれば、上手になりますよ。」

言われた高官は、顔をしかめそっぽを向いた。




高官役の俳優が香藤の肩を叩いた。

「この台詞は、本気で言えるよ。」

「そう?」

「君の英語は、まさにオックスブリッジだからね。」

「ありがと。」

香藤の笑顔につられて高官役の俳優が、笑いながら頷いた。




自分の撮影の合間、岩城は控え室で悩んでいた。

香藤の撮影が気になる。

行こうか、行くまいか、考え込んでいる彼に清水が笑顔で言った。

「岩城さん、次の撮影まで時間ありますから、私、事務所へちょっと、

連絡してきますので、岩城さんもご自由になさっててください。」

「清水さん・・・。」

言い当てられたことに、少し頬を染めて岩城は清水を振り返った。

「じゃ、私、行ってきますから。」

くすくすと笑いながら清水が出て行き、

残った岩城は少しの間躊躇していたが、

思い切って椅子から立ち上がった。




「香藤さんと、小野塚さんて、仲いいんだな。」

香藤が撮影をしているスタジオへ向かって、

廊下を急いでいた岩城の耳に、

聞こえてきた言葉。

ぴたり、と立ち止まって耳をすませた。

「ああ。プライベートでも仲いいって言ってたな。」

「なんかさ、あの二人が休憩とかで喋ってるの見ると、

じゃれ合ってるみたいだよね。」

「あははっ!そりゃ言えてる。」

その後、歩き去る音が聞こえ、岩城はそっと足を進めた。

角を曲がりその二人の後姿を確認した。

ほっと息をついたその胸に、何か塊が出来はじめたように、

もやもやと落ち着かない。

それを振り切るように、岩城は、香藤のいるスタジオへ向かった。

こっそりとドアを開けた岩城に、スタッフが笑いかけ、

囁くように岩城に呼びかけ手招きをした。

「すみません。」

「いいですよ、今リハーサル中なんで、」

岩城はスタジオの隅にたち、セットにいる香藤を眺めた。



幼馴染の、島田の秘書官を勤める牛島が溜息とともに台詞を言う。

「どうやったら、二郎みたいになれるのかねぇ?」

「目を養なやぁいい。」

「どうやって?」

「一流品ばかり見てりゃいいのさ。」

「あのなぁ、うちは金持ちじゃあないんだよ。」

「なに言ってんだィ、馬鹿野郎。

一流品てなぁ、物とはかぎらねぇよ。」

そう言って笑う白沢が着ているのは、

仕立てのよい英国製のスーツである。

180を超える長身が、

見事に映えるその姿を牛島が飽きれながら見つめる。

「二郎が言うと、どうって事ないように聞こえるな。」

「どうって事ないさ・・プリンシプルに生きりゃあいい。」

「出たよ、お前の口癖。」

ドア一枚隔てた向こうは緊迫した空気の漂う場所で、

二人は、屈託のない笑顔を見せていた。




「香藤、お前、以外に似合うんだな、その格好。」

「へっへっへっ。かっこいいだろ?」

「自分で言うかよ。お前の場合は、馬子にも衣装って言うんだ。」

「うるせっ!」

セットから歩き出しながら、小野塚と笑いながら言い合う香藤を、

岩城が複雑な顔で見ていた。

白沢の姿の香藤。

同じようなスーツに身を包んだ小野塚。

親友同志であり、混乱した日本の戦後をともに担った二人を演じる。

「岩城さん!」

香藤が、隅にいる岩城を見つけ顔中をほころばせて駆け寄った。

「来てくれたの?!嬉しいよ!」

その、演技をしている時の香藤とのあまりの差に、

スタッフから笑いが零れた。

抱きついてきた香藤を、岩城が受け止めた。

いつものように、押し返されるものと思った香藤は、

ちょっと不思議そうに岩城の顔を覗き込む。

その香藤を、岩城が目を細めて見つめていた。

「なに?」

「お前、額を出すと別人になるな。」

「そ?惚れ直した?」

香藤のその言葉に、岩城がふっと笑った。

「ああ。」

「・・・えっ・・・。」

岩城の、普段では考えられない返事に香藤のほうが驚いた。

「・・・小野塚君のスーツ姿は初めて見るね。

中々、決まってるよ。」

岩城が、傍へ歩み寄った小野塚に声をかけた。

・・・香藤に抱きつかれたまま。

スーツ姿の岩城と香藤が寄り添う姿をスタッフたちが、

くすぐったそうな顔で眺めていた。

小野塚は岩城の言葉ににやっと笑いながら答えた。

「やだな、岩城さん。俺も一応、二の線なんだけど。」

「ああ、ごめんね。」

岩城が小首をかしげて詫びる、

その顔を香藤が少し不審げに眺めていた。






ここのところ、香藤は撮影のためスタジオに詰め切りになっている。

帰ってきても、岩城の寝ている間のことで、起きると出かける間際、

ということが多く岩城は寂しさを隠しきれない。

岩城自身も撮影に追われ、ほとんど話をする時間もない。

「おはよう、岩城さん!ごめん!俺もう出かけないと。」

今朝も、顔を合わせたのは玄関先。岩城はまだパジャマを着ている。

「ああ。気をつけてな。」

「うん。」

香藤が、履きかけた靴を脱いで岩城に抱きついた。

あっという間もなく唇を塞ぐ。

「・・・んっ・・・。」

ひとしきり岩城の唇を食むと、肩に顔を埋めて溜息をついた。

「馬鹿。朝っぱらから・・・。」

「・・・寂しいよぉ、岩城さん。俺、おかしくなりそう。」

「なに言ってんだ。しっかり仕事しろよ。」

「・・・もう・・・。」

不貞腐れたような顔をする香藤を無理矢理ドアから押し出し、

岩城はリビングのソファで嘆息した。

香藤のキスで熱くなってしまった体を、清水が迎えにくるまでに、

なんとか静めようと、息を整える。

「・・・まったく・・寂しいのは自分だけだと思ってるのか・・・。」






再び香藤の撮影が行われているスタジオを、岩城は訪れていた。

香藤よりも比較的撮影のスケジュールにゆとりのある岩城。

行くまい、と思っても足が向いてしまう。

頬を染めながら断りを言う岩城に、清水が笑いながら頷いた。

「気にしないでください、岩城さん。気になるのは当り前ですから。」

「すみません。」



スタジオの隅で、セットの中にいる香藤を見つめる。

「凄いな、香藤さんて。」

スタッフの囁き交わす声が、岩城の耳に入った。

ふっと、口元が綻ぶ。

香藤の評価が高いことは岩城にとっても嬉しいことに違いなく、

自然とその方へ耳が向く。

顔だけを前に向けて、岩城は何食わぬ顔で聞いていた。

「たいしたもんだ。」

「ああ、それに小野塚さんと息が合ってるから、芝居に引き込まれる。」



確かに、香藤と小野塚の息はぴったりと合っていた。

それは、岩城から見ても異論を挟む余地はなかった。

それだけに、岩城の心中は穏やかではいられなかった。

『・・・俺は、こんな、いやな人間だったのか・・・。』

『・・・嫉妬?・・香藤を、信じているくせに・・・。』

にこやかな笑顔で、声をかけてくる香藤のドラマのスタッフたちに、

返事を返していてもセットの中にいる香藤と小野塚を見る目は、

揺らいでいた。

『・・・わかり合ってる感じがするな・・・。』

俳優としての香藤、俳優としての小野塚の演技に感心しながら、

心は別の方へ向いてしまう。

複雑な顔で二人を見る岩城に、末広が声をかけた。

「お久しぶりです、岩城さん。」

「ああ、末広さん、お久しぶりです。」

「香藤さんと、小野塚さんて、仲いいんですね。」

「・・・ええ、そうですね。」

末広が、岩城の声に混じる微かな戸惑いを感じて岩城を見つめた。

じっと見上げてくる末広に、岩城は首をかしげた。

「岩城さん、香藤さんは岩城さんの話ししか、しないんですよ。」

そう言って微笑む末広に、岩城はうろたえて頬を染めた。

その顔に、末広が驚いて思わず声を上げた。

「うわぁ、岩城さん、可愛い。」

「す、末広さん・・・。」

「香藤さんが、可愛いって言うの、よくわかります。」

「そ、そんな・・・。」

末広が、くすくす笑いながら頷いた。

「香藤さん、いつも岩城さんのこと皆に惚気てるんです。

羨ましいくらい。

香藤さんって岩城さんのこと、ほんとに大好きなんですね。」

「そう、かな。」

「そうですよ!」

そう言って、末広はスタッフに呼ばれて岩城から離れた。

その背を見ながら岩城は、

何気なく末広に慰められたことに気付いた。

「・・・参ったな・・まさか、顔に出てるのか・・・。」




セットの中の香藤。英国製のスーツ姿。

机の前で、部下を叱責する。

「おらぁよ、出来るか出来ねぇか、聞いてるんじゃねぇんだ。

やれっつってんだよ。」

部下の、出来ないとの即答に白沢は、声を荒げた。

「やってみねぇうちから、出来ねぇって言うな!」

「・・・は・・・。」

「そいつぁ、ただの逃げだ。面倒がいやだ、苦労したくねぇ。

だから、出来ねぇで済まそうとする。

それですむんなら、世の中楽なもんだよな。」

辺りを睥睨して、白沢は机の上にに座り込んだ。

黙って部下を睨みつける。

なまじ整った顔だけに、凄みがある。

「・・・どうなんだ。」

「申し訳ありません!やってみます。」

「おうよ・・じゃあ、俺は行ってくるから。帰ってきたら聞く。」

「どちらへ?」

コートをひょい、と肩にかけながら白沢は、面倒くさそうに答えた。

「島田の爺さんに呼びつけられたィ。

なんだか、やな気がするぜ。」

「は・・じ、爺さんですか・・・?」

大臣を爺さん呼ばわりする白沢に、部下たちが絶句する。

その彼らに、唇の端だけ歪ませて笑い、ドアを開けた。



「よう、白沢君。

俺、総裁になっちまったから、お前さんに連絡事務局頼むぜ。」

島田が入ってきた白沢に、いきなり前置きもなく告げた。

「やだよ。」

白沢の返事も、簡素なものだった。

島田は期していた返事ににやっと笑い、

傍らに控える牛島を振り返った。

牛島も、口を歪ませて笑っていた。

「俺は、政治家じゃねぇんだ。そんなの、ごめんだィ。」

「わかった、わかったよ。じゃ、今の次長のままで、頼む。」

「ああ、それなら、いい。」

やだよ、と言いながら白沢は、

GHQと国内省庁の連絡役として、忙殺されている。

一日の睡眠時間が、4時間を越えることはなかった。

島田が総理大臣に就任すると、

白沢が自宅に戻るのは月に数回となり、

彼は総理官邸に寝泊りした。






香藤が微笑を浮かべながら、

スタジオの隅の壁にいる岩城に歩み寄った。

「来てくれて、ありがと。岩城さんのほうの撮影は、どう?」

「ああ、俺のほうは順調に進んでる。」

「だから、よく来てくれるんだ。」

香藤が、満面の笑みを浮かべた。

その笑顔を眩しげに見つめ返して、

岩城は頷きかけ、ふ、と、眉をひそめた。

・・・この香りは・・・?・・・

「どしたの?」

「・・・いや、なんでもない。」

香藤が心配げに、そのしかめた岩城の顔を見つめ返した。

岩城は、何気ない風を装い、微笑んだ。

香ってきたのは、GIGOROではなかった。

再び、セットに向かった香藤の背を見つめながら、

岩城は、その香りを反芻していた。

どこかで、嗅いだことがある。

一体、どこでだったか・・・。

香藤が、違う匂いをさせている、

その事に、岩城は自分で思う以上に動揺した。

胸が、むかつく。

動機が、激しくなる。

気がつくと、背に、いやな汗まで流れている。

岩城は、清水が迎えにくるまで、

香藤を見ず視線を下に向けて考え込んでいた。






「たっだいまぁ〜!」

香藤の大きな声が聞こえた。

岩城は、溜息をつくとソファから立ち上がり、玄関へ向かった。

「お帰り。」

「疲れたよぉ〜。やっと帰れたって感じ。

俺のスケジュールも、白沢さん並みだね。」

香藤が靴を脱ぎながら、出迎えた岩城に抱きついた。

その香藤を抱き返しながら、岩城はすっと息を吸い込んだ。

「・・・GIGOROだな。」

「え?」

その言葉に、香藤はきょとんとして岩城を見返した。

「そうだけど、どしたの?」

「・・・いや・・別に。」

「別に、って顔じゃないよ、岩城さん。またなんか隠してるでしょ?」

「隠してなんかない。」

香藤は呆れたように、岩城のそむけた顔を覗き込んだ。

「岩城さんさ、全部顔に出てるよ。

仕事のときは、思いっきり演技派だけど、

それ以外は演技するの下手だよね。」

そう言って笑う香藤を見つめ返した岩城は、

口を開きかけて黙った。

「ほら、言ってよ。駄目だよ、抱え込んでちゃ。」




結局、香藤が何を言っても答えず、

寝室に入っても岩城は話そうとしなかった。

「ねぇ、いい加減、話してよ。」

「・・・香藤・・・。」

岩城は、ベッドに座って香藤を見上げた。

香藤は岩城の腰に両手を添えて床に膝を突いた。

「岩城さ・・・」

そういいかけた香藤の唇を、岩城が口付けて塞いだ。

「んんっ?!」

岩城は両腕を香藤の首に巻きつけ、

驚く香藤の唇を強引に舌で割った。

戸惑ったのはほんの一瞬のことで、

香藤はすぐに主導権を奪い返し、

岩城をそのままベッドへ押し倒した。

オフが中々取れず、久しぶりに一緒に過ごせる。

岩城の隠し事も気にはなるが、

それより今は確かめ合うことが大事、と、

岩城の服を剥ぎ取った。




「・・・はっ・・・」

胸を探る香藤の唇に、岩城が仰け反る。

そうしながら、香藤は手を岩城の下半身に伸ばした。

「・・・あんんっ・・・」

握りこまれて堪らず声を上げる岩城を、

香藤は愛しげに見下ろしていた。

その香藤を、岩城は見つめると身体を起こして香藤の肩を掴み、

身体を反転させた。

「・・・岩城さんっ?!」

香藤はベッドに横たえられ、

香藤の両足の間で彼をくわえ込む岩城に驚いて、

思わず上半身を浮かせた。

「・・・ちょっ・・・」

「・・・いいから・・好きにさせろ。」

香藤を口に含んだまま、岩城が答えた。

有無を言わせないその口調に、

香藤は上げかけた頭を枕に落とした。

「・・・うっ・・わっ・・・」

岩城の加える愛撫に、香藤の口から感嘆の声が上がる。

「やっ・・やばいって・・出ちゃうよ・・・」

香藤がそう言って、岩城の肩を掴んだ。

「・・・構わないから・・・」

音を立てて吸われ、軽く歯を立てるようにされた香藤の茎が、

咥内へ強かに吐き出したものを、岩城は飲下した。

「・・・い、岩城さっ・・・」

香藤を見つめる岩城の淫靡な顔に香藤の茎が再び反応する。

それを目にして岩城は満足げに笑い、

ごくり、と岩城の喉が上下した。

それを見て、香藤の身体が熱くなった。

岩城は、手を伸ばして、

香藤の茎に手を添えてゆっくりと腰を下ろした。

「・・・はっ・・んんっぁっ・・・」

香藤の腹に手をつき、奥まで呑み込むと岩城は、

ほぉっと息を吐いて香藤を見下ろした。

「・・・香藤・・・」

熱い声で、囁くように名を呼ぶ岩城に、

香藤は頷いて腰を支えると、下から突き上げた。

「・・あぅんんっ・・・」

岩城の背が反り返り、声が上がった。

香藤の突き上げより、岩城が腰を上下に揺する方が激しく、

香藤は自分の動きを止めた。

「・・・んっあぁっ・・あぁっ・・んぅんっ・・・」

・・・一体、どうしたんだろう・・・

常にない、岩城の痴態。貪欲に自分を貪る岩城を、

香藤は驚きながら見つめていた。

「・・・んっんっ・・あっ・・うぅんっ・・・」

動かない香藤に岩城が抗議するように、

彼の茎を中で締め付けた。

「・・・わっ・・・」

香藤が堪らず声を上げると、

岩城はその香藤を見下ろし、にっと、笑って見せた。

「い、岩城さんっ!」

香藤は岩城のその顔に、たまらず腕を引っ張り、

抱き込んで身体を回転させた。

組み敷かれた岩城の腕が、香藤の首に絡みつく。

身体を重ね、唇を合わせながら香藤は、腰を引き突き上げた。

「・・・んんんっ・・・」

塞がれた唇の端から息を漏らし、香藤をもっと取り込もうと、

岩城は両足を身体に引き付けた。

「・・・香藤ォ・・・」

仰け反って唇が外れ、岩城が香藤を抱え込みながら腰を揺らした。

「・・・もっとっ・・もっとだ・・香藤っ・・・」

「いいよ、岩城さんの欲しいだけ、あげる。」

香藤のその言葉に、岩城の頬に笑みが浮かんだ。

その顔に、今度は香藤の喉が鳴る。

腰を抱え直し、香藤は岩城の、ポイントを焦らすこともなく突き上げた。

「・・・はあぁっ・・んうぅっ・・・」

夢中で香藤を受け入れる岩城の手が、もっと、

と自分の腰に押し付けるように香藤の双丘を両手で掴みこんだ。

「そんなに、いい?」

岩城の耳に、唇を寄せて囁く香藤に、岩城が喘ぎながら頷く。

それを頬で感じて香藤は笑いを漏らした。

「もっと、あげる。」

そう言って、香藤は岩城を抱えたまま身体を起こし、

ベッドに座り込んだ。

自分の体重で香藤の茎が深く岩城の蕾に沈み、

両足で香藤の腰をきつく挟んで、

岩城の背が弓なりに反り返った。

「・・・あぁぁっ・・かっ・・香藤っ・・・」

岩城の腰を掴んで、上下させる。

香藤の肩に縋って、岩城が悲鳴を上げた。

「・・・はぁぁっ・・あんぁっ・・ぅあぁっ・・・」

ぐい、と香藤が岩城の双丘を自身に引き下ろした。

岩城の奥までそれが届く。

「・・・ぐっ・・・」

岩城が仰け反り、喉が鳴った。

その岩城の腰を掴んで香藤は強く上下させる。

岩城の腰が沈み、上半身が撓り、

後ろへ倒れこむように胸をそらせた。

香藤の突き上げに肩から外れた岩城の両腕が縋るものを求めて、

頭の上に伸ばされ彷徨った。

「・・・あぁっあっ・・香藤ォ!・・かっ・・とぉっ・・・」

「・・・いいよっ・・岩城さっ・・すっごくっ・・・」

「・・・あぁっ・・うんぅっ・・ふぅぅっ・・・」

襲ってくる快感に顔を左右に振り、われを忘れる岩城に煽られ、

香藤も限界を感じた。

「・・・もっだめっ・・岩城さん・・・。」

岩城の甲高い悲鳴に続いて、香藤は岩城の中で果てた。



岩城の隣に寝そべり、

肘をついた手に頭を乗せて、香藤が口を開いた。

「で、どしたの?この前から、岩城さん変だよ。

なに、考えてるの?」

「・・・この前って・・・?」

「部下を怒鳴るシーン取ったとき。あの日くらいだと思うよ。」

「・・・気付いてたのか?」

「当り前でしょ?」

香藤がそう言って、微笑んだ。

岩城はその笑顔を見上げながら、嘆息した。

「・・・あの時・・・。」

「うん。」

岩城は、口を開いて香藤から視線をそらせた。

「・・・違う香りがした。」

香藤はその岩城の少し強張った顔を見つめながら、首をかしげた。

「そうなの?そんなはずはないんだけど・・・。」

「・・・あれは・・小野塚君のコロンだな。」

「へっ?!」

頓狂な声を上げる香藤を、岩城が眉を寄せて睨みつけた。

「前に、小野塚君と共演したときに、彼がつけてた。」

「えぇ〜?!俺、覚えてない・・・なんで・・・」

頭をかきながら言う香藤を、

岩城が思い切り不機嫌な顔で見つめている。

その顔を見て何かに気付いたように、

香藤は笑いながら枕に顔を伏せ、

岩城は起き上がって声を荒げた。

「何が、可笑しい?!」

「ごめん、ごめん・・岩城さん、嫉妬してくれたの?

心配しちゃった?」

「・・・ばっ・・違う!」

顔を真っ赤にして背ける岩城に、

香藤は堪らず抱きつき、押し倒した。

「もうっ・・可っ愛いんだからぁ〜!」

「可愛いとか言うなって、いつも言ってるだろ?!」

「だって、可愛いんだもん、仕方ないじゃん・・・あっ。」

香藤が、岩城を抱きかかえたまま、声を上げた。

「なんだ?」

「わかったよ、小野塚のコロン。

俺、控え室で奴に、かけられたんだ。」

「え?」

「奴が、ふざけて。スプレーで。」

一瞬、ぽかんと香藤を見つめ、

今度は岩城が、ぷっ、と吹き出した。

「なにさ?」

くすくすと笑って胸に顔を埋める岩城を、

香藤は不思議そうに見下ろした。

「すまん・・自分に笑ったんだ。」

「自分にって?」

「馬鹿な焼餅やいて、末広さんに慰められた。」

「ええっ?・・それ、ほんと?」

「ああ。女性特有の、カン、ってやつかな。

それとも、顔に出てたのか、わかったらしい。」

「それは、ちょっと・・・。」

岩城が顔を上げて、苦笑した。

「ああ、ちょっと、恥ずかしいな。」

「でも、嬉しいよ、俺。岩城さんの焼餅。」

香藤の笑顔に、岩城が恥ずかしげに目をそらした。

その岩城を抱きしめながら香藤は、囁いた。

「岩城さんに、焼餅やかれなくなったら、俺もおしまいだね。」

「・・・どっかで、聞いたな、その台詞。」

二人で、顔を見合わせて、幸せそうに笑った。






香藤の撮影は順調に進んだ。

同局での岩城のドラマの撮影の方が先にクランクアップを向かえ、

岩城はスタジオ見学のためだけに来ていた。

本来なら、そんなことを頼んでも来てなどくれない岩城が、

今回は香藤の願いどおりに、香藤とともにスタジオ入りした。

朝からスタジオの隅に用意されたテーブルにいる岩城を、

入れ替わり立ち代り、スタッフたちがなんとか話しかけようと近付く。

香藤が、それを見てやきもきしていた。

「さっすが、もててんな、岩城さん。」

憮然とした顔の香藤に、小野塚が話しかけた。

香藤は、苦虫を噛み潰したような顔で、呻った。

「うるせぇな。」

笑いながら、岩城に近寄っていく小野塚を、香藤が追いかけた。

「岩城さん、退屈してませんか?」

「ああ、ありがとう、小野塚君。なんだか、皆に気を使わせてしまって・・・。」

「そんなこと、いいんですよ。皆、岩城さんと話がしたいだけなんだから。」

岩城が、傍にいたスタッフが思わず見惚れるほどの、華のような笑顔を浮かべた。

香藤は、その顔を憮然として見つめていた。

「面白くないのは、香藤だけみたいだな。」

小野塚がそう言って、香藤を振り返った。

「どうしたんだ、香藤?そんな顔して。」

「別に。」

岩城が心配げに首を傾げるのを、香藤はそっけなく答えた。

内心では、あれやこれやと思いながら。

「別にじゃないだろ?」

「言ってもいいけど・・・。」

「じゃ、言えば?」

小野塚の、揶揄するような言い方に、

カチンときて香藤は口を開いた。

「心配なの!」

ぷっ、と小野塚やスタッフたちが吹き出した。

その彼らに香藤は、言い募った。

「岩城さんは、俺のなんだからね!」

岩城が、顔を真っ赤に染めて、

香藤の口を塞ごうと慌てて立ち上がった。

「ちょ・・香藤!恥ずかしいから、やめろ!」

「なんで?!恥ずかしいことなんて、ないでしょ?!

ほんとのことなんだから!」

「わかった、わかったから!やめろって!」

「大体ね、岩城さんは自分のこと、

わかってなさすぎるんだよ・・・。」

喚く香藤の腕を引っ張り、

岩城が赤い顔を顰めて人のいないほうへ引きずっていく。

その二人の背に、その場の全員の爆笑が響いた。






セットの中の香藤。ラストシーンの撮影が始まっている。

「本当に、お辞めになるんですか?」

「ああ。もう、いいだろ。」

白沢が、こともなげに答えた。

部下たちが彼を囲み、見上げる。

「なんだよ、まるで葬式みてぇな顔して。」

「次長・・・。」

清清した顔で答える白沢に、部下が縋るような目をした。

「俺のやることは、もう、終わったのさ。」

扉を開けて、牛島が入ってくる。

「よう、迎えに来たぞ。」

「なんでぇ、トモ。頼んでねィよ。」

「まあ、そう言うなよ。」



「ほんとに、辞めるんだな。」

牛島が、廊下を歩きながらぽつり、とこぼした。

「ああ。俺ぁ、元々政治には向いてねぇから。」

「・・・嘘ばっかこけ。」

明るい笑い声を上げて、白沢は牛島の肩を叩いた。

「いいじゃねィか。俺ぁ、俺で、やることがあんだよ。」

「財界で、か?」

「ふふん・・・。」

玄関の扉が、大きく開かれ、陽の光が差し込む。

その中へ、白沢は歩みだす。

「やんなきゃならねぇことは、何も政治だけじゃねィよ。

これからのこの国にはな。」

牛島の目に、きらきらと輝く子供のような、白沢の瞳が眩しかった。



「は〜い!OKで〜す!」

「お疲れした〜〜!」



「ご苦労さん。」

「うわぁ、岩城さ〜ん!やっと帰れる・・・。」

「馬鹿。」

ラストシーンそのままの、香藤の笑顔。

その顔を見つめる岩城を、香藤が抱きしめた。

「こ、こらっ・・!」

「相変わらずっすね。」

いつの間にか近寄ってきていた小野塚が、笑っていた。

「今回は、お前にちょっと、感謝するぜ。」

「は?」

香藤の言葉に、小野塚が首を傾げた。

岩城が、その香藤の脇腹を小突いた。

「やめろ、香藤。」

「いいじゃん!・・・岩城さんに、焼餅、焼いてもらえたんだもん。」

後の言葉は、真っ赤な顔で俯く岩城を、両腕に抱きしめたまま、

その耳に囁いて、香藤が笑った。









                  〜終〜




                 2005年3月31日
                    





このお話しに登場する人物に関して、モデルはおりますが、個人名等は、私の創作であることを明記しておきます。
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