※注意・・・このお話は、リバです。


     L'elisir d'amore (愛の妙薬)








『・・・カズ・・・』

『・・・うるさい。』

ブラウン管の中の香藤が、薄っすらと眦に涙をため、顔を背ける。

その頬に、包み込むように男の両手が、添えられた。

ゆっくりと、男の唇が香藤のそれに近付く・・・。

画面の中の香藤が、項に唇を触れられ、頬を染めて仰け反る。


・・・ブチ・・・ッ・・・


テレビのリモコンをテーブルの上に放り出して、

ソファに四肢を投げ出し岩城は溜息をついた。

香藤の主演ドラマ。

犬猿の仲だった仕事仲間と、最後には結ばれる、

というそのシチュエーションに、

香藤がまるで自分たちのようだと笑っていた。

岩城も、終盤までいがみ合っていたその二人のやり取りを、

半ば面白がって見ていた。

・・・が。

今日放送された、最終回まで残すところあと少し、という回の場面。

喧嘩の弾みで、カズ、という役名の香藤が、相手に告白してしまう。

お互いに絶句して、見つめあい、キスをかわすそのシーン。

岩城は、途中から顔をしかめてブラウン管から目を反らし、

それでも台詞が聞こえて、テレビのスイッチを切った。




無性に、気分が悪い。

ふぅ〜っと、二度目の溜息が零れた。

「・・・香藤が、むかつく、って言うのが、わかったな・・・。」

岩城のラブシーンに、香藤はいつもぶつぶつと文句を言う。

仕事なんだから仕方ないだろ、と、呆れながら言っていたその岩城が、

香藤が男に抱かれる、というシーンに、

仕事だとわかりきっていても、こみ上げてくる嫉妬を抑えられなかった。

「・・・参ったな。見なきゃ、よかった。」

ソファの背に沈んで、額を片手で押さえ、天井を仰いだ。






***************






「たっだいまぁ〜〜!」

香藤の元気な声が聞こえた。

「お帰り。」

いつもの、二人の風景。

玄関で微笑みあい抱き合って、お帰りのキスを交わす。

「どうだ、撮影は?」

「うん、順調だよ。って言うか、喧嘩ばっかしてんだけどさ。」

食事をしながら、香藤が楽しそうに笑った。

「ほんと、最初に出合った頃の俺たちみたいだよ、岩城さん。」

「そうなのか?」

「うん・・・あ、どう、それ?」

香藤が作ったラビオリを口にした岩城に、香藤が心配げに聞いた。

「・・・ああ、美味いな。で?」

「そ?よかった・・・そう、それがさ・・・」

カズ、という香藤の役名の青年と、その仕事仲間。

お互いが、お互いを気に入らず、顔を合わせようとしない。

そのくせ、妙に相手が気になって仕方がない。

口を開けば、慇懃無礼。

時折、仕事で衝突して、喧嘩をする。

「・・・ね?」

香藤の説明に、岩城が噴出した。

「ほんとだな。昔を思い出すな。」

「でしょ?俺、台本貰って、笑っちゃったもん。」

楽しそうな顔の香藤に、

その仕事の順調さを見て喜びを隠せない岩城が、

浮かべる微笑に香藤もまた、微笑み返す。

「楽しそうだね、岩城さん。」

「ああ、お前が楽しそうだからな。」

「もう、可愛いんだから・・・。」

「・・・馬鹿・・・。」






「おいで、岩城さん。」

先に、岩城のベッドへ入っていた香藤が、

風呂から戻ってきた岩城を手招きした。

「お前なぁ・・・。」

「なにさ?」

どう見ても、すでに裸でいる香藤に、岩城が苦笑した。

「ほォら、そんなの着てないの。」

香藤が、岩城を引き寄せながら、パジャマのボタンを外し始めた。

「撮影は、どうなんだ?」

されるがままに、岩城はベッドへ座った。

「うん、順調だよ。彼さ、真面目だからね。凄く、やりやすいんだ。」

「ああ、そうだろうな。」

香藤の共演者。

業界でも、その仕事の対する真摯さは評判になっている。

香藤もそうで、撮影現場は、2人の熱気に引っ張られていた。

喧嘩のシーンもよくあるようで、

香藤はここのところ、いくつも痣を作って帰ってきていた。

「楽しそうだな、お前。」

くすっと香藤は笑いながら、

脱がせたパジャマの上下と下着を放り投げて、岩城を見返した。

「それ、ドラマのこと?それとも、この後のこと?」

「・・・馬鹿・・・。」

素裸になった岩城をベッドの中へ引き込んで、

香藤はその身体を抱きこんだ。

唇を重ね、舌を絡ませる。

「・・・んっ・・・」

岩城が軽く仰け反って、香藤の唇を受け止めた。

項を伝う香藤の舌。

「・・・んふっ・・・」

熱い息をはいて、岩城は薄く瞳を開いた。

胸に唇をずらしていく香藤の身体を、

うっとりと抱えて見下ろした岩城の瞳が、驚きで見開かれた。

「・・・香藤?!」

「わっ、びっくりした。なに、どしたの?」

岩城の視線が、自分のわき腹に釘付けになっているのに気付いて、

香藤は苦笑した。

「・・・ああ、これ?」

「これ、じゃないだろう!」

青と赤紫の混じった、大きな、痣。

岩城は、自分の脇腹が痛んででもいるかのような顔をして、

香藤のその痣を、そっと撫でた。

「痛いだろう?大丈夫か?」

「うん、大丈夫だよ。

見た目ほど、酷くないんだ。

骨も、大丈夫だったし。」

「どうしたんだ?」

香藤が岩城を抱いて、安心させるように微笑んだ。

「撮影中にさ、喧嘩のシーンで、足が滑って転んじゃった。」

「馬鹿!気をつけなきゃ、だめじゃないか。」

岩城が顔をしかめて、香藤の頬を挟んだ。

「うん、ごめんね。」

「ちょっと、待ってろ。」

岩城が自分に絡む香藤の腕をどかせて、

裸のまま寝室から出て行く。

香藤はその背中を、しまった、という顔で見送った。

案の定、戻ってきた岩城の手に、救急箱が抱えられていた。

「岩城さん・・・。」

「いいから。」

手際よく湿布を張り、ガーゼで覆う岩城を、

香藤は溜息をついて見つめた。

「ほら、寝ろ。」

「え〜〜?!続きは?」

「何を言ってる!」

「だめなのぉ?」

「だめだ。大人しく寝ろ。」

「ちぇ〜〜・・・そんなの、無理だよォ・・・

裸の岩城さん前にして、酷だよ、それ。」

「馬鹿なこと言ってるんじゃない。」

岩城は、香藤の頭を軽く叩いた。

「痛ったぁ・・・じゃぁ、パジャマ着てよ。目に毒だよ、その格好。」

「わかった。」

床に脱ぎ捨てられたパジャマを拾い、

ボタンをはめる岩城を見ながら、香藤は溜息をついた。

「どうした?」

「う〜〜ん。」

岩城が、小首をかしげながら、香藤を見つめた。

「そのパジャマ、着ても意味なかったかも。」

「なんで?」

「黒いパジャマって、色っぽいんだもん。」

「・・・なに言ってんだ・・・。」






「うわっちゃぁ〜〜・・・。」

香藤が台本を読みながら、声を上げた。

その声の中に、困惑を見つけて岩城は首を傾げた。

「どうした、珍しいな、お前がそんな声を上げるなんて。」

「う〜〜ん・・・だってさ・・・。」

香藤が、上目遣いに岩城を見つめた。

台本を両手で挟んで、岩城と交互に見ている彼に、

岩城はその手から台本を取り上げた。

「あっ・・・だめだよ!」

「何が、ダメなんだ?見せてみろ。」

そう言いながら、岩城は本に目を走らせた。

そこにあったのは、最終回に近い、

カズという香藤の演じる青年とその同僚のラブシーン・・・。

あろうことか、香藤が抱かれる。

岩城は黙ってその本を見ていた。

「・・・あの、さぁ・・・。」

むっつりとした顔で、岩城が台本をテーブルに置いて、立ち上がった。

「・・・だから、ダメって言ったのに・・・。」

香藤が溜息交じりに、岩城を見上げた。

「・・・別に。仕事だろ?」

「そのわりに、しかめっ面だよ、岩城さん。」

岩城は、じろっと香藤を見て、リビングを出て行った。

「・・・参ったなぁ、もう・・・。」






***************






「・・・お帰り。」

岩城が静かに声をかけた。

いつのものように元気な声で返事を返した香藤は、

その沈んだ表情に気付いた。

『・・・あ、そっか・・・今日、放映日だ。』

岩城についてリビングに入った香藤は、

その、少し落ちた肩の後姿に、溜息をついた。

『・・・見ないでって、言っといたのに・・・。』

「・・・香藤、食事は?」

「うん、ありがと。局で食べてきた。」

「そうか・・・何か、飲むか?」

キッチンへ向かう岩城を、香藤は後から抱きしめた。

「いらない。」

岩城が、その言葉に少し顔をしかめた。

振り返り、じっと見つめる岩城の瞳にいつもとは違う光を見て、

香藤の胸が、ドキリ、とした。

たまに見る、それでも香藤のよく知る、その視線。

思い当たる理由は、ある。

自分以外の男が、香藤の身体に触れる。

例えそれが芝居であっても、岩城にとっては、いやなことには違いない。

香藤にとって、それは日常的に感じることでも、

岩城には、滅多にないことだったろう。

「香藤・・・。」

「・・・うん。」

強い岩城の声に、香藤は少し頬を染めて頷いた。






「・・・ん・・・」

胸を弄る岩城の唇に、香藤が枕に頭を擦り付けて仰け反った。

「・・・声、我慢するな・・・」

「・・・だって・・・」

躊躇する香藤に、岩城は笑った。

「お前だって、俺に声、聞かせろって言うじゃないか。」

「そりゃ!岩城さんの声、色っぽいんだもん。」

手を伸ばして、岩城は香藤の髪を撫でた。

「お前の声だって、色っぽいんだ。」

「・・・そ、かな・・・?」

香藤が首を傾げる、その仕草に岩城は、くすり、と笑った。

「・・・なに?」

「お前、自分のことを自覚しろ。俺に言うばかりじゃなくて。」

「・・・え?」

「まったく・・・」

岩城は、優しい顔で溜息をつくと、香藤の唇を捕らえた。

・・・つ、と指を香藤の身体へ滑らせる。

「・・・ふ・・・」

香藤が熱い息をはいて、シーツを握り締めた。

岩城の指と舌が、香藤の体を這う。

鍛えられた香藤の腹を岩城は愛しげに撫でた。

堅く勃つ胸の飾りを岩城の舌が転がす。

香藤は肩を竦めるようにして、染まった顔を反らせた。

「・・・あっ・・・」

「・・・可愛いな、香藤・・・。」

「・・・んんっ・・・やめてよ・・・」

「なぜ?」

「・・・恥ずかしいってば・・・」

香藤の茎を握りこみながら、岩城は笑った。

「仕方ないだろ?可愛いんだから・・・。」

「・・・あっはっ・・・」

岩城の手が香藤の茎を上下させる。

ふたたび、胸から腹へ唇を移動させながら、

岩城は香藤の茎に、舌を這わせた。

「・・・んぁっ・・・」

香藤の身体が、跳ねた。弾みで立てた香藤の腿を、

岩城は抱えこんだ。

「・・・ぁあっ・・・あっ・・・」

いつもとは違う、岩城の愛撫に香藤の腰が揺れる。

こぼれ落ちる先走りを掬い取り、岩城の指が香藤の蕾に沈んだ。

久しぶりに異物を受け入れる香藤の蕾は、

岩城の指を押し出そうとする。

「・・・んぁっ・・・い・・・岩城さ・・・」

「・・・息、吐けるか?」

「・・・うん・・・」

肩で息をついて、香藤がゆっくりと呼吸する。

岩城の労わるような指の動きに、

徐々に、香藤の唇から熱い息が漏れ始めた。

「・・・あぁ・・・んっ・・・」

頬を染めて瞳を閉じた香藤の顔を、岩城は起き上がり見つめた。

「・・・香藤・・・」

指を抜き差ししながら、岩城は愛しげに香藤の顔にキスを降らせた。

「・・・岩城さん・・・」

瞳を開いて、香藤は岩城を見上げた。

その、切なげな顔に岩城の茎が反応する。

「・・・いいか?」

「うん。」

香藤の両膝を掴んで、岩城は香藤の中へ自身を進めた。

「・・・う・・・」

眉をしかめる香藤に、岩城は途中で一旦動きを止めた。

香藤の身体から、力が抜けるのを待って最奥まで挿れると、

岩城はそのまま香藤の頬に、頬をつけて抱きしめた。

「・・・大丈夫か・・・?」

「・・・うん・・動いて・・・岩城さん・・・」

香藤が岩城の首に、腕をからめた。

ああ、と返事をして、岩城は腰を引いた。

「・・・あぁっ・・・」

普段の香藤からは想像もつかない、

岩城だけが知っている艶かしさ。

引き締まった身体を揺らし、

岩城を受け入れる香藤の姿に、岩城の茎が一段と熱くなった。

「・・・あぁあっ・・・んあぁっ・・・」

「・・・香藤・・・香藤・・・」

岩城の囁きが香藤の耳に届く。

自分を受け入れる時も、自分を抱く時も香藤の名を呼ぶ岩城。

香藤の身体中が満たされていく。

「・・・もう・・・岩城さっ・・・」

岩城の熱い迸りが香藤の奥を叩いた。

香藤の体が弓なりに反り帰り、熱い声が寝室に響いた。




「雄の気分の岩城さんて、メチャクチャ男前だよね。」

「なんだ、そりゃ?」

「だって、かっこいいよォ。惚れ直すね。」

香藤が岩城を横から抱きしめながら、笑った。

「俺、ホント、いつだって勝てないんだ。

抱いてる時も、抱いてもらう時も。」

「・・・馬鹿。そんなことに、勝ち負けなんかないだろ?」

こつん、と岩城が香藤の額に拳をあてた。

「うん。いいんだ。俺、勝とうと思ってないから。」

岩城は少し眉を寄せて香藤の顔を見つめた。

その顔に香藤はわかってるよ、と頷いた。

「役者としては、別だよ?

勝負じゃないけど、岩城さんと並んで、

恥ずかしくない役者になりたいからね。」

岩城が染みるような笑顔を浮かべた。

香藤が笑いながらその岩城の身体を抱きこんで、上から見つめた。

「でも、今回は俺のほうに軍配が上がったかな?」

「なんでだ?」

不思議そうな岩城の顔に、香藤はニヤリと頬を崩した。

「だって、岩城さんに焼餅、焼かせて、雄の気分にさせたんだもん。」

「なっ・・・。」

「俺のこと、カズって、呼んでみる?」

「なに言ってんだ。」

真っ赤になった顔を背ける岩城の頬に、

香藤は音を立ててキスを落とした。

「可愛い・・・岩城さん・・・。」

「香藤・・・。」

「抱いてくれたお返し、させて?」

香藤の蕩けるような顔に、岩城の腕がその首にからんだ。

「抱いてもらえるんだから、たまにはああいう仕事もいいかも・・・。」

その言葉に、岩城が苦笑した。

「馬鹿。」

「え?だめ?」

「だめとか、そういうことじゃない。」

「でもさ、俺だって岩城さんのラブシーン、やなんだもん。」

「・・・だから?」

「だから、お返し。」

そう言って笑う香藤に岩城はもう一度、

溜息をついて苦笑を浮かべた。






    〜終〜




     弓




   2005年8月26日
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二度と書けないリバ・・・これが最初で最後です(笑)