見返り美人







「いいんですか、岩城さん?」

「ええ。」

清水の申し訳なさそうな顔に、岩城は微笑んで頷いた。



清水が躊躇するのには、わけがあった。

世界的な有名ブランド、ヘルメスの

イメージキャラクターとして、岩城が選ばれた。

ヘルメスが日本に大型店舗を構えることになり、

所属デザイナーのトップである、コルティエ本人が来日した。

モデルを探して街に出た彼は、

岩城と香藤が主演した映画のポスターを、

あちこちで目にした。

その「冬の蝉」のポスターの岩城にコルティエが惚れこみ、

ごり押しのような形でオファーをよこした。

彼の提示した条件は、たった一つ、

ポスターは上半身裸であること。

「余計なものなど、いらない。彼の身体は、美しいはずだ。」

コルティエは、そう言いきった。



急なオファーを受け、

戸惑いながら彼の直筆の絵コンテを見た岩城は、

自分と思しき人物の首にかかるペンダントに、

目を釘付けにされた。

じっと、それを見つめている岩城に、事務所のスタッフは、

「やっぱり、だめか・・・。」

と、肩を落とした。

断るだろうと思っていた岩城の承諾の返事に、

事務所は半信半疑だった。

再度の確認に、岩城はOKの返事を返した。





あまりに急遽決まったために、

ロケに出かけている香藤に話す暇もないまま、

岩城は指定されたスタジオへ向かった。

現れた彼に、ヘルメス専属のカメラマンと、

十数人のスタッフたちから、期せずして溜息が漏れた。

ポスターから感じるよりも、

漂う日本美人的独特の色気に圧倒されている。

「・・・素晴らしい・・・」

カメラマンが、感に堪えない、といった顔で岩城を見つめた。

女性スタッフが、思わず、「なんて美しいのかしら・・・」

と声を上げる。

フランス語で交わされるその言葉の内容を、

ヘルメスの日本人スタッフが岩城と清水に伝えた。

それを聞いた岩城が、頬を染めてはにかみ、

その顔に密やかなどよめきが漏れた。

ヘルメスのスタッフの一人が、

コルティエが少し遅れてくることを告げ、

それまで待機となった。



「キョウスケ!!」

ドアを開けて入ってきたコルティエが、感に堪えない、

と両手を胸の前で合わせた。

「はじめまして。」

「会えて、嬉しいよ!」

にっこりと微笑んだ岩城の左手を取り、

コルティエが甲にキスを落とし、その手をまじまじと眺めた。

「男性の手なのに、綺麗だねぇ・・

何か、特別手入れでもしてるのかい?」

「いえ、何もしてませんよ。」

「へぇぇ・・・。」

かなりの気分屋で、気難しいと噂のコルティエが、

ニコニコとして椅子に座った。




「申し訳ありませんが、これを使わせていただけませんか?」

用意してきたペンダントを取り出そうとしたヘルメスのスタッフに、

それに気付いた岩城が声をかけた。

「え?」

スタッフが首を傾げる目の前で、

岩城はシャツの胸元からペンダントを引っ張り出した。

「まあ!購入してくださったんですか?」

日本語がわからなくとも、そのペンダントを見れば、

本国のスタッフも、岩城がなにを言ったのか、

その身振りで理解できる。

スタッフたちの喜ぶ声が響き、感激したコルティエが、

岩城に両手を広げた。

ハグされそうになって、

さすがに片手を上げて岩城は彼を止めた。

「香藤からの誕生日プレゼントなんです。」

岩城は日本人スタッフに答えた。

「あら、素敵!」

はにかんだ岩城の顔に、

ヘルメスのスタッフが日本人スタッフに説明を求めた。

「カトウ?」

「ほら!あの映画のポスターに、一緒に写ってた人よ!」

「なんで、彼から?」

コルティエが、不思議そうに岩城を振り返った。

岩城は、それを通訳され、にっこりと笑った。

「香藤は、俺の恋人なんです。」

日本人スタッフは当然知っていることで、

彼女は岩城の言葉を「夫婦なんです。」と、彼らに伝えた。

途端に、歓声が上がる。

「なんてこった!」

コルティエが残念そうに肩をすくめるのを、

スタッフたちがからかった。



彼らの前で、岩城は着ていたジャケットとシャツを脱いだ。

コルティエのプロットどおり上半身裸になり、

天井からつるされた白い布の前に腰を下ろした。

まるで彫刻のような、滑らかで、しなやかな筋肉。

ではあるが、けして人工では造りえない、

肩から鎖骨、胸へにかけての見事なライン。

引き締まった、胴。長い、腕。

その姿に、スタッフたちの熱い溜息が漏れた。

カメラマンが振り返ると、そこでコルティエも混じり、

男性スタッフたちがなにやらもめている。

岩城の髪を整えながら、女性スタッフが笑っていた。

「コンセプトの、岩城さんの顎に手を添える役を、

取り合ってるんですよ、彼ら。」

「何やってんの?!」

カメラマンの声が響いた。

呆れて近付いたカメラマンは、仕方がない、

と男性たちの左手をチェックし始めた。

「せっかくのポスターなんだから、綺麗な手じゃないとね。」

「イェイ!」

選ばれた男性スタッフは、拳を突き上げ飛び跳ねた。

その姿に、みなから笑いが漏れた。

岩城の傍に膝をついて、履いていたジーンズで手の平を擦る。

にこ、と岩城が笑い、頷く。

その顔を、ボーっとして彼は見つめていた。



す、と、岩城の表情が変わった。

ゆっくりと、カメラに背を向ける。

少し顔を上げ気味にして振り返り、ペンダントを持ち上げ、

唇に銜えた。

その顎に、スタッフの手が添えられる。

岩城のけむるような視線に、カメラの後ろに立つ男たちが、

ゴクリ、と喉を上下させた。

その顔を間近で見ているスタッフの、

岩城の顎に添えた手が、震えた。






ロケから戻ってきた香藤は、

東京駅でそのポスターを見る羽目になった。

ガクン、と顎が落ち、

持っていた旅行バッグが手から滑り落ちる。

「・・・な、何これ?!金子さんっ?!」

「え?・・僕に聞かれても・・・。」

「ちょっ・・・どういうことっ?!」

慌てて携帯を取り出す香藤の腕を、金子が引っ張った。

「とにかく、移動しましょうよ!」




テレビ局の、出演者用ラウンジ。

ほぼ満員のその中央に、岩城と清水、

局のスタッフが座っている。

周囲は時折、何気なさを装って、岩城に視線を向けていた。

「で、岩城さん、次の打ち合わせなんですけど・・・」

そこへ、盛大な声が響いた。

「岩城さ〜〜ん!!」

「香藤っ?!」

眉をしかめてテーブルの間を、大股で進んでくる香藤を、

周りが唖然として振り返った。

香藤は岩城のテーブルまで来ると、

スタッフと清水に軽く会釈をして、

テーブルに、バンッと手をついた。

「あれは、なに?!」

「香藤、なんだ、その態度は?」

「俺は、あれは何って、聞いてるの!」

岩城は香藤のその勢いに、溜息をついた。

香藤が何を指しているのかわかってはいるが、

岩城は香藤を見つめて静かに口を開いた。

「あれって、なんだ?」

「岩城さん!とぼけないでよ!なんなの、あのポスター?!」

岩城が嘆息して見上げた。

「説明して!俺以外の男が岩城さんを触るなんて、

冗談じゃないよ!」

じっと見つめる岩城の顔を、香藤は堅い顔で見返した。

「触るったって、顎だろ?」

「顎だろうが、なんだろうが、絶対にダメだよ!

それに、何、あの顔?!」

「とにかく、座れ。ここをどこだと思ってる。」

「・・・ぁ・・・。」

幽かな声を上げて、香藤がしまった、と顔を上げた。

慌てて視線をそらす周囲に、香藤は口元をゆがめた。

「・・・ごめん。」

それだけ言って岩城の隣に腰を下ろし、黙り込んだ。

「すみません。」

岩城は、清水とともに、目の前のスタッフに頭を下げた。



打ち合わせを終えたスタッフが、席を立った。

香藤も、一緒に立ち上がり詫びた。

「いいよ、気にしないで。香藤君の気持ち、わかるよ。」

「ほんと、ごめんなさい。」

飲みものがくるまで、3人は黙って座っていた。

「・・・ごめんね、岩城さん・・ウザくて・・・」

岩城は、肘をついて俯く香藤を眺めていたが、ふ、と笑った。

「言っただろ?

お前に焼餅やかれなくなったら、おしまいだって。」

そう言いながら、岩城はバッグからペンダントを取り出した。

「ほら。」

「あ、うん。」

香藤はそれを受け取り、首にかけた。

「あのポスターに、使ったから。」

岩城が何気なく口を開いた。その言葉に、

ザワ、と周囲がさんざめく。

ひそひそと言葉が交わされる中、

香藤は驚いて目を見開き岩城を見つめた。

「お前のを、つけた。」

「これなの、あれ?!」

「ああ。」

見つめる香藤の顔が、見る見るうちに染まり、融け崩れた。

くすくすと笑い出す香藤に、岩城が首を傾げた。

「いつも噛んでる方が、良かったわけ?」

「なッ・・・馬鹿っ!」

ゴツン、と香藤の頭に、拳骨が落ちた。





「・・・ねぇ、ほんとに、怒ってない?」

香藤が岩城を胸に抱きながら囁いた。

「ああ、怒ってない。」

「・・・よかった・・・。」

髪に香藤の溜息を感じて、岩城はくすりと笑った。

「急なオファーだったからな。お前の携帯も通じなかったし。」

「ああ・・ごめん。山奥だったから。

連絡、してくれようとしたんだ?」

「当り前だろ?」

「うん、そうだよね。」

岩城を抱え込んで体を入れ替えた香藤は、

上から岩城を見つめた。

まだ余韻の残る、薄っすらと汗ばんだ岩城の顔に、

抱きしめる香藤の体が反応する。

「・・・お前な・・・。」

下腹部に当たる香藤の熱さに、岩城は苦笑を浮かべた。

「俺に、我慢しろって方が無理だよ。」

「まったく・・・。」

笑いながら香藤は、岩城の唇を軽く啄ばむのを繰り返した。

「ねぇ、岩城さん。」

「・・・ん・・・?・・・」

「俺さぁ・・・」

「・・・んっ・・香藤・・・なんだ・・・?・・・」

「あのポスター・・・欲しいんだけどな・・・」

ぷっと吹き出して、岩城は香藤の頬を両手に挟み込んだ。

「・・・わかった、聞いてやる。」

「ほんと?やった!」

「香藤・・・。」

両腕を首に廻し、岩城は香藤を見上げた。

「なに?」

「もう、喋るな・・・」

岩城の両脚が、香藤の腰に絡みついた。


額から瞼へ唇をずらして、キスを繰り返す香藤の首に、

ペンダントがあった。

岩城の頬に、それが当たる。

舌を伸ばして、岩城はそのペンダントを捕らえ、唇で銜えた。

「・・・何やってんの?ポスターみたいに。

それに、思い出しちゃうじゃん。」

「・・・ん?」

ペンダントを銜えたまま、嫣然と微笑む岩城に、

香藤が嘆息した。

「結婚式の後のこと。」

ふふ・・と、岩城が笑った。

ぴちゃ、とペンダントを口の中に含み、舐める音がした。

「ん、もう!!」

香藤がそう叫んで、岩城の口からペンダントを引き抜くと、

その唇に喰らいついた。

岩城の呼吸を根こそぎ奪うように、

香藤は舌を絡め岩城の口腔内を犯した。

「・・・はっ・・んっ・・んふっ・・・」

香藤は目を開いて、

苦しげに眉をしかめる岩城のその顔を、見つめた。

岩城の睫が震え、染まった瞼がゆっくりと開いた。

至近距離で、視線がぶつかる。

深い口付けを交わしたまま、二人は微笑んだ。

岩城が、じっと見つめる。

その欲情が揺らぐ瞳に、香藤の茎が脈打った。

「・・・香藤・・・」

ようやく、離れた唇が熱い息を吐いた。

「・・・ほんとに、少しは自覚したら?」

「なにをだ?」

「・・・ったく・・・」

不思議そうに小首を傾げる岩城を、

香藤は小さな声で嘆息して抱きこんだ。

項に反って、舌を這わせる。

それにあわせて、岩城の喉が反っていく。

「・・・ん・・あ・・・」

鎖骨をなぞり、腕の付け根の柔らかいところを舐める。

「・・・んんっ・・んっ・・・」

そうしながら、岩城の胸の飾りを指の先で、

触れるか触れないかのところで円を描くようにした。

「・・・はっ・・あっ・・んっ・・・」

その感覚に、岩城の肩が上がった。

ちらりと岩城を見て、今度は唇で同じことを繰り返した。

「・・・んぁっ・・あっ・・か・・かとうッ・・・」

まるで弄るような愛撫の仕方に、

岩城が焦れて香藤の腕を掴んだ。

「ふふ・・敏感だよね。」

言い返そうとする岩城の口を封じるように、

香藤はその立ち上がりかけた飾りを吸い上げた。

「・・・あぁっ・・はんっ・・・」

音を立てて舐め、もう片方を指で捏ねる。

それだけで、岩城の腰が蠢いた。

腰をシーツに擦り付け、声を上げる。

膝が立ち、爪先がシーツを踏みしめた。

その乱れ方に、香藤はくすくすと笑いを零した。

「ほら、敏感じゃない?」

「・・・うるさいっ・・・」

「・・・何回もしたからね。もう、疼いてる、ここ?」

そう言って香藤は、岩城のつぼみを軽く撫でた。

「・・・んぁっ・・・」

岩城が腰を引いて仰け反った。

「そ、そんな、恥ずかしいこと、言うな!」

真っ赤に染まった顔を背けて、

喘ぎながら文句を言う岩城の腰を、

香藤は笑いながら抱え込み、

自分の茎の先端で岩城の蕾を擦った。

「・・・ひっ・・・」

「だってさ、俺だってそうだもん。」

獲物を狙うような強い光を宿す瞳の、

香藤の雄の顔を見て、岩城の喉が、ごくり、と動いた。

岩城が香藤の腰を両脚で挟んだ。

「・・・香藤・・・早く・・・」

言いながら、岩城は腰を揺らした。

身体の間で岩城の漏らした先走りが擦られて音を立てた。

煽られて、香藤が身体を起こし腰に絡んだ岩城の脚を外した。

ぐい、とその両膝を掴んで拡げる。

香藤を求めて蠢く岩城の蕾を見て、顔が蕩けた。

「・・・ひっ・・んぁああっ・・・」

いきなり奥まで突き上げられて、岩城が悲鳴を上げた。

「・・・あっ・・んぁっ・・んんっ・・・」

シーツに膝をつき、

岩城の膝の裏を押さえてぎりぎりまで茎を引き出すと、

香藤は再び、岩城の最奥を突いた。

「・・・んくっ・・・」

息をつめるように鳴る喉をさらして仰け反り、

岩城の体が跳ねた。

岩城の柔壁が香藤の茎を締め付けようとする前に、

香藤は自身を引き出し、突き上げる。

「・・・はうんっ・・んっふぅっ・・あんぁっ・・・」

「・・・岩城さっ・・いいよ・・凄くッ・・・」

髪を振り乱し、香藤の律動に声を上げる。

握り締められたシーツが、軋んだ音を立てる。

ぐい、と香藤が腰をひねり岩城の中を捏ねた。

「・・・ひぃ・・・」

引き攣った声が岩城の唇から漏れる。

岩城の茎が果て、その快感に香藤の茎を

巻き込む壁が激しく収縮した。

「・・・ああぁっ・・か・・香藤ォ・・・」

「・・・も・・ダメッ・・・」

香藤の唇から荒い息遣いが漏れ、

吐き出した精が岩城の奥で跳ねた。

どさり、と香藤は岩城の上へ身体を伏せ、

その背に岩城は愛おしげに手を這わせる。

ゆっくりと、脈打つ香藤の筋肉を、岩城の手が撫でた。

「・・・愛してる・・岩城さん・・・」

ああ、と、岩城が溜息で答えた。

「ごめん、俺、焼餅ばっかりで・・・。」

情けない顔で上から見下ろす香藤を見上げた岩城は、

微笑んで首を振った。

「ロケで離れてて、帰ってきていきなり、

あんなの見ちゃって・・・。」

「・・・このペンダントじゃなかったら、

俺は受けてない、この仕事は。」

「岩城さん?」

香藤が驚いて、岩城を見つめた。

「俺にとって、これは特別なんだ。」

「嬉しいよ・・・。」

「お前に焼餅を焼かせるくらいだったんだ。

いい仕事が出来たってことだな。」

「やめてよ、それ。俺がもたないよ。」

顔をしかめる香藤を抱えて、岩城が楽しそうに笑った。








それから何日かして、香藤の部屋の壁に、

もう一つ、パネルが増えた。






          〜終わり〜
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