満天の星








「岩城さん、なんか来てるよ。」

「ん?なんかって、なんだ?」

「うん、往復はがき。」

香藤が、そう言って手渡した。

それを受け取った岩城が、

文面に目を通して少し溜息をついた。

「どしたの?」

「ああ・・・いや・・・同窓会のお知らせだ。」

「同窓会?岩城さんの?」

「ああ、高校のときの。」

「へえ・・・はじめて?」

「いや、前回はだいぶ前だったな・・・欠席したけど。」

「ふう〜ん・・・いつやるって?」

「来月だ。お盆の前に。」

「あらら・・・。」

香藤が残念そうな声を上げた。

その時期は、毎年目の回るような忙しさになる。

去年の夏は、映画のために休むどころではなく、

結局二人が休みを取れたのは、秋も深まってからだった。

「いつまでに、返事くれって?」

「ああ、今月一杯だ。」

「じゃあさ、とりあえず置いといたら?

ひょっとするかもしれないし。」

「ああ、でもな・・・。」

微かに顔をゆがめるように言いよどんだ岩城を、

香藤が覗き込むようにした。

「どしたの?」

「そんなに親しいクラスメイトもいなかったし・・・。」

「そうなの?」

「ああ・・・なんだか、怖がられてたような記憶があるな。」

「あはは、そっか。」

「なんだ、それは?」

香藤が、睨む岩城の肩に腕を回した。

「岩城さん、高校生の頃、尖がってたからね。」

「なんでそんなことがわかるんだ?」

不審げに見つめる岩城を、肩に回した腕で引き寄せ抱きしめた。

「だってさ、写真見たらわかるよ。

高校生の頃の岩城さん、つんつん頭の。」

「うるさいな。」

「でも、可愛かったんだよねぇ、あの岩城さん。」

頬を染めて顔を背けた岩城の項に、香藤は唇を当てた。

「会いたかったなぁ、あの頃の岩城さんに。」

「無理言うな。」

「まあね。岩城さんが高校生のときって、俺、小学生だもんね。

会っても相手にされなかったよね、きっと。」

「・・・年の話はするな。」

岩城が絶句したあと、むっつりと口を開いた。

「あ、ご、ごめん・・・。」





「え、いいんですか?!」

清水が言った言葉に、岩城が驚いて声を上げた。

「ええ。去年のお彼岸もお盆もお帰りになれなかったでしょう?

ですから、今年のお盆はお休みにしましたから。」

「は・・・。」

「お母様のお墓参りもさせて差し上げられなくて、申し訳なくて。

今年のお彼岸も。」

「いや、それは、母もわかってくれていると思いますし。」

「でも、ご家族から、何か言われませんか?」

「いえ、大丈夫ですよ。」

清水が、にこやかに笑った。

「今年は、休んでください。社長もOKしてますから。」

「はい、ありがとうございます。」







新潟にある、とある喫茶店。

同窓会事務局と称して、

幹事を引き受けた岩城の元同級生が来ていた。

マスターもその内の一人。

「あいつは?」

「後から、来るってよ。」

その時ちょうどドアが開き、

幹事3人のうちの残りの一人が、

はがきを片手にかざしながら入ってきた。

「おい、大変だぞ!」

「どうした、そんな大声出して?」

「岩城だよ!」

「は?」

と、二人が顔を見合わせる。

「だから!岩城京介だよ!来るってよ!」

「えっ?ほんとかよ?!」

差し出されたはがきを引っ手繰るようにして、

二人はそのはがきを取り上げ見つめた。

「ほんとだ・・出席させていただきます、だって・・・。」

「う〜わっ・・女ども、大騒ぎするぜ。」

「そういやあ、墓参りもあるのか・・・。」

「そうだな。」

「・・・来るのかな・・・。」

「だから、来るんだろ?」

「そうじゃなくて、」

「え?」

「・・・香藤洋二。」

3人は、しん、として顔を見合わせた。

「そりゃ・・来るだろ。」

「だよな。」






新潟市内にある、イタリア料理で有名なホテル。

そのレストランの一室を借りて同窓会が行われる。

「ほんとに来るのぉ?!」

「ほんとだって!はがきが来てるって言ったろ?」

受付にいる言い合いをしているその男女二人に、人影が差した。

「こんにちは。久しぶり。」

「えっ?!」

振り返った二人の前に、微笑を浮かべた岩城がいた。

「おわっ・・・あ、お久しぶりです・・・。」

「敬語はやめろよ。」

薄く頬を染める岩城を、二人は、ぽかんと口を開けて見つめていた。

生成りのカジュアルスーツ。

白の薄い生地のシャツブラウス。

テレビで見るよりはるかに漂う、色気。

その芸能人オーラに圧倒される。

「どうしたんだ?」

「いやっ、べ、別に・・・。」





「今回は、二十何人だっけ?・・ま、多いほうだな。」

喫茶店のマスターが、口火を切った。

「卒業から二十年近くたつと、

中々人数が揃わないほうが多い中で、

岩城のお陰でこれだけ来てくれたってのは、

礼を言わないといけないかな。」

全員の目が集中する。岩城は少し頬を染めて苦笑した。

「なに言ってんだ。」

「いやさ、実際、今日来られなくて悔しがってる奴、

一杯いるんだよね。」

「今日来てるあたしら、みんなに自慢できるわね。」




食事が進み、酒も入る。

そのテーブルの隅で女たちの一団がこそこそと囁きあっていた。

「・・・岩城君さ、すっごい綺麗になったよねぇ?」

「そりゃそうでしょ?愛されてんだもん。」

「だよねぇ・・なんか、さ、」

「なによ?」

「ちょっとなんとも言えない気分。」

「なにが?」

「だって、あたしらと同じ立場なんよ、彼。」

その言葉に、女たちが一斉に岩城を振り返った。

しばらく、微笑を浮かべて男たちと話す岩城を見つめ、

申し合わせたように溜息をついた。




「なんかさぁ〜、同い年には見えないわよねぇ〜、あんた達。」

遠慮のない声が響いた。

その声の主の視線をたどって、他の女たちが男たちを眺め回した。

「岩城君が若いのか、あんた達が老けてるのか、どっちよ?」

「あきゃっ、そういうこと言うかよ?!」

「芸能人と一緒にするなって!」

「そうそう、俺たちが普通なの!」

「そうかしらねぇ〜。なんか所帯じみてるわ、あんた達って。」

「所帯って、岩城だって持ってんだろっ。」

もじけそう(いじけそう)だ、俺。」

岩城がその言葉にくっくっと笑っている。

「どうなんよ、岩城君は?」

「ああ・・・俺は、ある意味商品だからね。

夢を壊すようなことは出来ないだろ?」

「それだけ?」

「って、なんだ?」

「愛されてっからでしょうが?」

岩城が顔を真っ赤にして口ごもった。

その顔に男たちが呆然とする。

「イメージ変わったもん。なんか怖かったのに。

すっごい、いい顔。」

「そう・・・かな・・・?」

「そうよぉ!確かに、男前だったけどさ、全然違うわよ、ねぇ?」

「あの頃、こんな風に話しかけられなかったじゃない?」

「綺麗になっちゃってさぁ〜。」

「あ〜あ、あたし、岩城君のこと、好きだったんだけどなぁ〜。」

「何よ、それぇ!亭主持ちにいうこと?!」

「亭主持ちだから言えるんでしょうが。

女房がいたんじゃ言えないわよ。」

「あ、そっか。」

かまびすしい言葉に苦笑しながら頭をかく岩城に、

女たちが身を乗り出した。

「ねぇ、岩城君。香藤さんは来てないわけ?」

「え?」

男たちが顔をしかめて女たちを牽制した。

「止めといてやれよ、そんな質問は。」

「なんで?知りたいじゃないさ、二人のこと。」

だっけ(だから)、女ってのは・・・。」

「なによ、それ?」

言い合いになりそうな気配に、岩城が止めに入る。

「いいよ、別に。香藤なら、後で来るよ。」

「ほぉんとぉ〜?!」

女たちの歓声が上がった。

「いいよねぇ、香藤さん。かっこ良くって。」

「あたしもあんな旦那欲しいわぁ。」

「はは・・・。」

岩城が笑うより仕方ないといった顔でグラスに口をつけた。

その岩城に、男たちは複雑な顔で視線を向けていた。

女たちのようにそう簡単に割り切れるものではない。

あの、岩城が。

男と、夫婦になった。

高校時代の彼を知る男たちにとっては尚更である。

「その指輪、香藤さんから?」

「ああ、そうだよ。」

岩城の左手の薬指を見ながら気付いたように言う。

「どうなの?」

「どう、って?」

「だから、夫婦生活。」

「って、言われてもな。普通だよ、みんなと同じ。」

「でもさ、なんか違うでしょ?男同士って。」

岩城が首をかしげながら口を開いた。

「・・・いや。周りの夫婦を見てても、何も違ってる気はしないな。

喧嘩もするし・・・。」

「喧嘩すんの?」

「するよ、そりゃ。手も出るし。」

「手?!殴るの?」

「両方だ。」

ひぇ〜、と女たちが声を上げる。

男たちはぎょっとして岩城を見つめた。

「岩城君が殴られることもあるの?」

「信じらんない!ここにはそんな勇気あるのいないわよ?!」

笑いが響き、男たちが思わず頷く。

「・・・でもさ、よく許してもらえたわね?」

岩城がゆっくりと微笑んだ。

穏やかな染み入るような微笑に、

誰もがドキッとしてその顔を見つめた。

「そうだな・・・香藤のお陰だよ。」

「そうなの?」

「ああ。」

「彼が、あのおっかないあんにゃ(おにいさん)を説得したわけ?」

「ああ、そうだ。」

「そりゃ、大変だったろうなぁ・・・。」

しみじみとした声が聞こえた。

「いいわねぇ、頼りなる人で。」

「羨ましいわ。若くて頼りになる旦那って。」

「でも、困ることもあるぞ。」

岩城が笑いながら言い返した。

「突っ走りすぎることもあるしな。」

「な〜に言ってんだか!」

「なにが?」

「顔が言葉を裏切ってるって!

嬉しそうな顔しちゃってぇ!」

「そんなことないよ!」

慌てて岩城が否定するが、真っ赤な顔が皆の爆笑を誘った。




「岩城君、二次会、行く?」

「ああ、ごめん。俺はいけないよ。」

そんな会話が聞こえるほどの時間が来て、

岩城が時計に目を走らせた。

「お迎えが来るわけね?」

「ああ、まあね。」

普通を装いながら、そわそわとした時間が流れ、

扉がノックされた。

レストランの給仕が開いた扉から、香藤が顔を覗かせた。

「こんばんは。」

「こんばんは!」

女たちの歓声が上がった。

「あ、あの、はじめまして、香藤です。」

「待ってたわよ〜!」

一通りの初対面のの挨拶がすみ、

少々面食らった顔で香藤が岩城に目を向けた。

「迎えに来たよ。」

「ああ、すまん。」

岩城の華やいだ顔を見て女たちが揶揄する。

「まあ、やっぱり嬉しそうだわ。」

「そりゃねぇ〜、愛しの旦那のお迎えだもん。」

「うるさいな、お前ら。」

岩城が顔をしかめる。

「だめよぉ、もうそんな顔しても。怖くないんだから!」

香藤が現れて、男たちの岩城に向ける視線が変わった。

話には聞いていたし、

実際に会う岩城が醸し出す色気も感じていた彼らだったが、

香藤の登場がそれを増幅させ、

脳裏にありありと想像が浮かび男たちの顔を赤らめさせた。

「あ、あの、岩城さん、凄いことになってない?」

香藤が近寄って小さな声で囁いた。

「ああ、なってる。」

「やっぱ、凄いわねぇ〜。これぞ、芸能人って感じ?」

「岩城君もそうだよね。二人並ぶと壮観だわ。」

やいのやいのと言い合う女たちを横目で見て、

岩城が幹事のマスターに声をかけた。

「ごめん、俺、もう帰るから。」

「あ、ああ、わかった。」

「じゃ、お先。」

岩城が香藤の背を押すようにして歩き出した。

「香藤さん!」

「はい?」

振り返った香藤に女たちが立ち上がった。

少し緊張気味に岩城と香藤が目を向ける。

「香藤さん、岩城君のこと泣かせないでね。」

「そうよ、そんなことあたしらが許さないわよ。」

その言葉に、二人は顔を見合わせ微笑みあった。

「わかってます。一生、大切にするって決めてるから。

どうも、ありがとう。」

香藤が女たちに向かって頷いた。

「オッケー、それ忘れないでね。」

「また二人で来てね、岩城君。」

「ああ、来られるといいな・・・じゃ、また。」

二人が出て行った後、男たちの溜息が流れた。

「なに、それ、あんた達?」

「いやぁ・・・。」

「色っぽいなぁって、奴?」

女たちの呆れた声がした。

「あんた達には無理よ。」

「香藤さんに勝てるとでも思ってるわけ?」

「ま、色っぽいのはわかるけどさ。あたし達でもそう思うもの。」

「来てよかった、今日。」

「ほ〜んと!」





「なんか、凄いね。」

「まあな。」

「楽しかった、岩城さん?」

「ああ。来てよかったよ。昔より話が出来た。」

「そ?・・よかったね。」

香藤が歩きながら優しい顔で岩城の顔を覗き込んだ。

岩城の実家までそう遠くはないので、

歩いて帰ろう、と約束していた。

すっかり日が暮れても、まだ少し暑い。

たまに吹く風が頬に心地よい。

「俺、旦那呼ばわりされてたね?」

「ああ。いちいち説明するのも面倒だからな。

放っておいた。」

くすっと岩城が笑った。

「でもさ、あれって、最近、

世間では俺が旦那だと思われてるってことだよね。」

「そうらしいな。」

「ヤじゃない、岩城さん?」

岩城が香藤を見つめた。

「仕方ないだろ。」

「まあ、ね・・・そう思われるのも無理ないしね。」

「・・・なんでだ?」

岩城の不審げな顔に香藤は溜息をついた。

「・・・ほんとに、自覚ないんだから・・・。」

「何の自覚だ?」

「だから・・・。」

香藤が開きかけた口を閉ざした。

・・・言っても無駄。

諦めて、空を仰いだ。

「岩城さん。綺麗な星空だね。」

「ああ。東京じゃ滅多に見られないな。」

「ここだって、結構開けてるのに。

何が違うのかな。空気かな。」

「・・・建物の明かりだったり、かな・・・。」

立ち止まって、二人で並んで見上げた。

真夏の夜空、降り注ぐ満天の星。

「なんか・・・。」

「・・・ん?・・・」

「ずっと、こうやって二人で見られるといいね。」

「ああ、そうだな。」

「岩城さんの実家で、こうやってゆっくり出来るなんて、

夢みたいじゃない?」

「・・・ああ。」

幸せ、と香藤が囁いた。

「俺もだ。」

その背中に、幸せを映して、ゆっくりと寄り添って歩き出した。






                 〜終〜




                2005年3月18日
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