祭 岩城が同窓会に出席した、次の夜。 「行ってこいよ。」 岩城の母が亡くなって初めて、 ようやくそろってお盆に帰ってきた2人に、 兄、雅彦が心持ち視線を二人から外して、言った。 「お祭りかぁ・・・なんか、久しぶり。」 香藤が、顔をほころばせた。 久子と、冬美が二人で用意してくれた浴衣を着る。 「似合うねぇ、岩城さん。」 鉄紺の浴衣を着た、岩城。 渋いその色が、岩城の肌を際立たせている。 そう言って、見惚れる香藤の姿を、 岩城はくすぐったげに見返した。 生成りの麻の浴衣がよく似合う。 岩城に結んでもらった帯に、 団扇を後ろ手で差し込みながら、 香藤が笑った。 「いこ、岩城さん。」 二人の楽しそうな笑顔を、雅彦が眩しげに見送っていた。 「花火大会があるんでしょ?」 「ああ、それまで、屋台でも覗くか?」 「うん、いいね!」 公園の周囲に、屋台が並ぶ。 その間を浴衣姿で歩く2人に、後ろから声がかかった。 「おい、岩城じゃないか?」 振り返った二人は、 昨日同窓会の幹事をしていた3人を見つけた。 「よお。」 岩城が、ふっ、と笑った。 「来てたのか?」 「ああ、そっちは、デートかよ?」 「そ・・・」 「はい、そうです!」 香藤が岩城の言葉をさえぎって答えた。 「こ、こら!」 岩城が、真っ赤な顔をして香藤を振り返った。 「なんで?いいじゃん。」 「お前、そんな・・・」 男たちが、吹き出した。 「すまん、岩城。」 「つい・・・。」 「いや・・・いいけどね。」 岩城は苦笑して、香藤の頭を小突いた。 「ねぇ、岩城さん、これやろうよ!」 香藤が金魚掬いの前で立ち止まった。 岩城が呆れて首を振るのを、男たちが笑って見ていた。 「好きにしろ。」 香藤はその言葉に、にっこりと笑ってしゃがみ込んだ。 金を払い、ポイを受け取る。 岩城は、仕方ないな、と香藤の隣に並んで膝をおった。 元クラスメイトたちがその二人を笑いながら見下ろしている。 掬えなくて、香藤が騒ぎ出すその声に、 周囲が振り返り驚いて目を見開いた。 ざわざわとし始めるのをよそに、 香藤がふたたび声を上げた。 「ああ、もう!!なんで、捕れないわけ?!」 「下手なだけだろ?」 「あ!そういうこと、言う?!」 岩城のからかいに、香藤がますます声を上げる。 「じゃ、岩城さん、やって見せてよ!」 香藤からポイを受け取って、 岩城は金魚の側面からポイを斜めに差し入れ、 ひょい、と掬って見せた。 「・・・・・。」 どうだ、という顔で岩城は香藤を振り返った。 「・・・え〜・・・なんでぇ?」 「やってみろよ。」 その間にもしゃがみ込む二人と、 その後に立つ3人を取り囲むように、 人垣ができはじめた。 「・・・おい、岩城。」 「え・・・?」 後を振り返った岩城は、慌てて立ち上がった。 「香藤、まずい。」 「どしたの?」 香藤が岩城を振り仰いで、その人垣に気づいた。 「あちゃ・・・。」 呆然とする二人の腕を、元クラスメイトが引っ張っり、 3人で岩城と香藤を挟んで歩き出した。 人垣が揺れる。 まるでボディガードのように3人に守られて、 岩城と香藤は騒ぎ出そうとする人垣から逃れた。 近くの神社まで来て、 ようやく人ごみから離れて5人は缶コーヒーを片手に、 ほっと息をついた。 「すまん、みんな。」 「いいさ。気にすんなよ。」 岩城の申し訳なさそうな顔に、3人の男たちが頬を赤らめた。 「ごめんなさい。俺が騒いだから。」 「いいよ、香藤さん。」 「なんか、やっぱり、芸能人なんだなって気がしたな。」 喫茶店のマスターが、そう言って岩城を見つめた。 「お前、ほんとに変わったよな。」 「え・・・?」 「なんつぅかさ、昔はいつもむすっとしてただろ。」 マスターがそう言って笑った。 「そうだったっけ?」 「そうだよ!話しかけづれぇの何の。」 もう一人がそう言って、他の二人に同意を求めた。 「そうだよ。女どもはそれがかっこいいとか言ってたけどさ、 恐かったぜ、お前。」 苦笑する岩城の顔に、香藤がくすっと笑いをこぼした。 「・・・それがさぁ・・・。」 「なんだよ?」 いいにくそうに言葉を切る同級生に、岩城は首を傾げた。 「ん・・・まぁ・・・TVに出だしてさ、顔が変わってったよな。」 「そう、そう。香藤さんとドラマやってからだ。 どんどん変わってった。」 「そうなんですか?」 香藤が、初めてそこで口を開いた。 「そう。見てるほうはよくわかったよ。 えらい綺麗になってってさ。 最初、疑ってたんだよ、俺たち。」 「ありえねぇと思ってた。岩城が男と・・・すまん。」 顔をしかめる岩城を見て、マスターが肩をすくめた。 「・・・いや、いいさ。」 気まずい雰囲気になりかけた空気を、 香藤の声が吹き飛ばした。 「岩城さん、綺麗だよねぇ。堪んないもん。」 「ばッ・・・なに、言ってんだ!」 「なぁんでぇ?ほんとのことじゃん?」 同級生3人が、一斉に笑い出した。 「いや、岩城、ほんとだよ。」 「誰だっけ、岩城が女房だって、最初に言い出した奴?」 「女どもの中の、誰かだったな。うちの店に来ててさ、 岩城の話しになって。」 「そうだ、どっちがどっちなんだって話になったんだ。」 「で、誰かが、あれはどう見ても岩城が女房だって。」 苦笑する岩城の尻目に、香藤が口を開いた。 「綺麗になったから?」 「そう!」 マスターが、そう言って香藤を指差した。 「で、香藤さんはどんどん男っぽくなってくだろ?」 「そっかぁ・・・。」 そう言いながら香藤は岩城を振り返り、 憮然とする岩城を見てくすくすと笑い出した。 「今の姿も、そうだよな。」 「なにが?」 少々不機嫌な声で、岩城が答えた。 「お前、色っぽいんだよ。」 「ちょ、ちょっと待ってよ!」 香藤が慌てて岩城を背にした。 「香藤!」 「だってさ・・・。」 慌てる香藤に、 同級生たちは顔を見合わせてふたたび噴出した。 「心配いらないよ。 俺たちは岩城が今、幸せそうなのを喜んでるだけだよ。」 「そうだよ。」 「ほんと?」 香藤が疑わしげに、3人を見返した。 「昔の岩城は、ほとんど笑わなかったんだ。 今、テレビなんかで、岩城が笑ってるの見るとさ、 ほんとに幸せそうでさ。」 「良かったな、って思うよ。」 香藤が満面の笑みで、3人を見つめていた。 「ありがとう。」 「なんの、こっちこそ。」 振り返ると、そこに、岩城のくすぐったそうな顔があった。 その時、空気を裂くように、ひゅるっと音がした。 一斉に振り返り、空を仰いだ。 腹に響く音がして、夜空に大輪の華が開いた。 「ああ、始まったな。」 「綺麗だねぇ!」 香藤が子供のような声を上げる。 「俺たちの、祝福の花火だね、岩城さん!」 「・・・お前、能天気だな・・・。」 「あっ!なに、それ?!ひどい!」 頬を膨らませる香藤に、岩城と3人が腹を抱えて笑っていた。 〜終〜 2005年9月2日 |
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