(注意・・・これは、私が見た夢を元に書いたものです。その中で公使様はイブニングを着ておられました。ご不快に感じられる方はご遠慮ください。)






     公使閣下の深夜問答





「それは、難しいですね。」

大使に呼ばれた白石は、話を聞いて腕を組んだ。

「先方は、極秘裏にとのことだ・・・ま、当然だろうがね。」

「ですが、吉永公使は、

各国の外交官に顔を知られていますよ?

どうやって極秘裏に会うんですか?」

第三者が、協力をしてくれる。

この国の、財界を牛耳っている、

ある人物の名が大使の口から出た。

「彼が主催するパーティーが来週開かれる。

そこで、別室を借りることになっている。」

「なるほど。彼にとっても両国に恩が売れるってわけですね。

で、そのパーティーというのは?」

「正装で、とのことだ。」

「プライベートなものではないって事ですか?」

それを聞いて、白石は溜息をついた。

そんなパーティーなら、吉永は余計に目立つ。

一体どうやって極秘裏に会合が持てるというのか。

おまけに、正装でというなら、パートナーが必要だろう。

「白石君、」

それまで、無言でいた吉永が、静かに口を開いた。

「君、タキシードは持っているね?」

「ええ、ありますが・・・公使?」

「君に、同行を頼む。」

「しかし、公使、正式なパーティーですよ?

男二人ではいけませんよ!

相手はどうなさるんですか?」

「それは、私が何とかしよう。」

有無を言わさぬ口調でそう言って、

吉永は大使に向き直った。

「招待状の手配をお願いします。

私の名ではなく、白石智宏の名で。」

「ああ、わかった。」




「何とかするって、どうする気だよ!」

白石が、持っていた書類を机に叩きつけた。

「一体、なに考えてんだ!」

その剣幕に、同僚が目をしばたいて仰け反った。

「どうしたんですか?」

たまらず口を開きかけたときドアが開いて、

癇癪の相手が顔を出した。

「白石君、ちょっといいか?」

「はいっ、なんでしょうかっ?」

いささか、つっけんどんな口調にも、

吉永は顔色ひとつ変えることもなく言葉を続けた。

「来てくれ。話がある。」



「お前の部屋で着替えをするから、当日、3時頃に帰るぞ。」

「・・・まあ、公使のご自宅から出るのは、まずいでしょうね。」

「頼む。」

それだけ言って踵を返そうとする吉永に、

白石は堪りかねてその腕を掴んだ。

「・・・話って、それだけですか?」

「そうだが?」

「そうだがって・・どうするんですか?!

この国に知り合いの女性なんていませんよ?!」

「・・・心配するな。大丈夫だ。」

唇の端だけで笑って去る吉永の背中を、

白石は歯噛みしながら見送った。



吉永が、衣装ケースと思しき大小の箱を一つずつ、

靴箱、膨れた紙袋を抱えて白石の部屋を訪れた。

「なんですか、それ?」

「着替えだ。当日まで置いておいてくれ。ここへ直行する。」

それだけ言って帰っていった、

吉永の涼しい顔を思い浮かべながら、

その中身を確認することもなく、

部屋の隅に積み上げると横目で睨みつけた。

「あの冷静さも、時々むかつくよな・・・。」




パーティの当日。

白石の部屋へ入るなり、

吉永が勝手知ったるようにクローゼットを開け、

するすると着ているものを脱ぎだした。

「・・・なに、してるんです・・・?」

「着替えるんだが?」

「なんで、素裸になる必要があるんですか?!」

吉永はクローゼットに服を仕舞うと、

部屋の隅にあった紙袋を取り上げた。

「これから、支度をするからバスルームに入るなよ。」

「吉永公使!」

抗議を無視してバスルームに消える彼に、

白石は憤然としてベッドに座り込んだ。

「・・・誰が覗くかっ!」

ほどなくバスルームから、音がし始める。

かちゃかちゃという何かがあたる音、

間が開いてシャワーを使っていると思しき音。

耳を澄ますつもりはなくても、嫌でも耳に飛び込んでくる。

『・・・なにやってんだよ・・・?』

じりじりとしながら待っていた白石は、

ドアが開く音に振り返った。

「まだだぞ。」

頭にタオルを巻いた吉永が、置いていった全ての箱を抱えて、

再びバスルームの扉を閉めた。

『・・・くそっ・・悠長にシャワーなんか浴びやがってっ・・・』



「待たせたな。」

その声に、はっとして振り返った白石の目に、

信じられないものが飛び込んできた。

「何をしてる?早く着替えろ。」

「・・・は・・・?」

立ち尽くす白石の耳に、紛れもない吉永の声が響いた。

「聞こえなかったのか?着替えろと言ったんだ。」

「あ、はいっ!」

慌ててタキシードに着替えた白石は、

再び吉永に目を向けた。

ごくっと喉が鳴るのを抑えるために、拳を強く握り締める。

徐に、吉永は白石の髪をディップで撫でつけ、

銀縁の眼鏡を手渡した。

「これは・・・?」

「お前を知っている人物がいないとも限らないからな。

用心に越したことはない。

ほんの少しのことで人の印象はずいぶん変わるものだ。」

「なら、なぜ?!そんな姿じゃ、余計目立つじゃないですか?!」

「パートナーが必要だろう?」

「公使!」

吉永は、その顔を面白そうに眺めた。

「それは、肩書きか?それとも、名前か?」

「・・・え・・・?」

「いずれにしても、その呼び方はするな。」

「じゃ、なんて・・・?」

「何でもいい。どうせ今日だけのことだ。勝手に考えてくれ。」



「ようこそ、お出で下さいました。ミスター白石。ミセス白石。

どうぞ、こちらへ。」

ぎょっとした顔で振り返る白石に、

片眉をそっと上げて頷いた吉永は、

白石の左腕に右手を添えて歩き出した。

「顔が引きつってるぞ。堂々としてろ。

今夜は、俺はお前の女房だ。」

「・・・勘弁してくださいよ。」

「招待状がそうなってる。諦めろ。」

案内された部屋へ入った途端、一斉に向けられた視線に、

白石の背筋に緊張が走った。

「これは、これは、ようこそ。」

いかにもこの国の上流階級という風情の、

恰幅のいい男が愛想よく近付いてくる。

今日の、パーティーの主催者。

「お招きいただきまして、ありとうございます。」

となりで、低く笑う吉永の声を聞いて白石は苦笑を浮かべた。

「こちらは?」

そう聞かれた白石が声を上擦らせそうになったのに気付いて、

吉永が腕にかけた手に力を入れた。

「・・・妻です。」

「おお、実にお美しい!お名前をお聞かせ願えますかな?」

「・・・トリアです・・・。」

白石の紹介に続いて、にっこりと笑って吉永が口を開いた。

「お招き頂いてありがとうございます。」

違和感のない、声。誰も、これが男だとは信じないだろう。

注目を浴びながら、

白石は部屋の隅に置かれたテーブルに向かい、

グラスを取り上げた。

それを、吉永に手渡そうと振り返り、

今更ながら呆然とその姿を眺めた。

細い、しなやかなシルエット。

シンプルな黒いタフタの、

タイトな袖と裾の部分がマーメイドスタイルのイブニングドレス。

ボートネックの肩から喉元までを覆い隠す、

黒い細かいレースのストール。

白石と並んで、ちぐはぐにならない程度の黒いローヒール。

フルメイクが、肌の色と目元のほくろを隠していた。

口紅と同じシグナルレッドのマニキュア。

そして、アップにされたプラチナブロンドの髪に、

ターコイズブルーの瞳。

どう見ても、日本人にすら見えない。

からかう様な表情で吉永がそのグラスを受け取り、

白石に寄り添った。



「アクセサリーなどは、お付けになりませんの?」

ぶしつけな質問にもかかわらず、

吉永は人垣の中で微笑んだ。

白石が部屋の隅で、

この屋敷の使用人からなにやら耳打ちをされている。

会合の連絡だろう。

それが済み、吉永の元へ歩き始めた白石の耳に、

不遜な声が飛び込んできた。

「日本人は金があるんだから、

アクセサリーくらい買えるだろうに。」

すっ、と吉永が目を細めた。

人垣が割れ、某欧州国の大使館員が現れた。

「私が買って差し上げましょうか、マダム?」

「あなた、赴任してこられたばかりですわね?」

「ええ、そうですが?それがなにか?」

「・・・外交官にとって最も重要なことを、お忘れですね。」

その言葉に眉をひそめる男にそれ以上は言わず、

吉永は最初に質問をしてきた婦人に、

にっこりと笑いかけた。

「私、アクセサリーには興味ありませんの。」

「あら、まあ。」

「欲しかった世界一美しいものを、手に入れましたから。」

「ま、それは?」

嫣然と微笑んだ吉永は、

近付いてきていた白石の肩に手をかけた。

周囲からざわめきが起きる。

ゆっくりと白石の眼鏡を外し、

彼の髪をかき乱して、ふふふ、と、吉永は笑った。

「・・・いかが?」

ほお、と声が上がる中、

白石は苦虫を噛み潰したような顔で、

吉永の手から眼鏡を取り返し、

髪を元通りに撫で付けながら、溜息をついた。

「・・・まったく・・・。」

「あら、ごめんなさい。」

小首をかしげて詫びたそのままの姿勢で、

吉永は某国の大使に微笑み、

その傍らにいた婦人が白石に声をかけた。

「はじめまして。」

「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。

白石智宏と申します。」

「いいえ。こちらこそ。」

吉永は、白石の隣に歩み寄り膝を軽く折って挨拶をした。

「トリア、と申します、奥様。」

そういいながら、ちらりと、さっきの無礼な男に視線を回した。

明らかに、日本人とわかる婦人。

自国の大使の奥方が日本人とわかって、

男の顔色が変わっていた。

大使もその夫人も男の存在を無視して、白石に話しかける。

「お美しい奥様ですね。」

「・・・ありがとうございます・・・。」

「ご心配でしょう?」

夫人が、笑いながらからかう。

白石は苦笑しながら吉永を振り返った。

「私、彼以外には興味ございませんの。」

吉永の言葉に、大使夫妻が楽しげな声で笑った。



「白石様、お約束の品、ご用意できました。」

使用人が、声をかけてきた。

「あら、なんですの?」

周囲から、探るような視線を向けられた白石は、

困ったような顔で口を開いた。

「こちらのご主人が、柿右衛門の作品をお持ちと伺って、

拝見できないかとお願いしておりました。」

「ああ、そうですか。」

興味をなくしたように、客たちが視線を外す。

白石と吉永は目配せをすると、

そっと、その場を離れ部屋を後にした。



「・・・トリアってのは、どこから来たんだ?」

廊下を歩きながら、

吉永は、周囲に聞こえないように小さな声で囁いた。

「いえ・・なんとなく・・・すみません。」

「まあ、いい。この会合には相応しいだろう。」

「え?」

不審げな白石に、吉永は不敵な笑みを見せた。

「トリア。ビクトリアの愛称だな。」

「ビクトリア・・・え・・・あ!・・・。」

・・・ビクトリア・・・ビクトリー(勝利)の女性名形・・・。

「さて、この名が吉と出るか、凶と出るか・・・。」

白石は、今度こそごくりと喉を鳴らし、

低く笑う吉永を見つめた。




さっきまでの深閑とした熱い闘いが嘘のように、

穏やかな空気が部屋を満たしていた。

本題が取り敢えず終わり、

某国公使が改めて吉永を見つめる。

その感嘆の表情に白石が憮然とした顔を向けていた。

「驚きましたね。あなたとは以前にお会いしておりますが、

お声をお聞きするまでは、とても信じられませんでしたよ。」

「そうでしょうね。」

「入ってこられたときは、何かの間違いだと。」

吉永は笑って白石を振り返った。

そこに不機嫌な顔を見つけて、吉永が小首をかしげた。

「どうした?」

「いえ、なんでもありません。」

「そうか。」

吉永を見つめていた某公使が、静かに口を開いた。

「今度、ぜひ、個人的にお会いしたいものですね。」

ねっとりとしたその声と顔つきに、

ぐっ、と白石の顔に力が入ったのを横目で見て、

吉永は鷹揚たる笑顔を見せた。

化粧のせいで、その表情から本心は読み取れない。

「白石が、同行いたしますが?」

「・・・・・。」

今度は、彼が言葉に詰まる番だった。

名指しされた白石は、

取り澄ました表情を浮かべ、前を向いた。

「それは・・・?」

「彼は、私のお目付け役なもので。」

そう言って、吉永は立ち上がった。

それを期に双方が席を立ち目立たぬように、部屋を去った。




「くそっ・・・!」

白石は自宅へ戻ってくるなり、

タキシードのジャケットをソファに叩きつけた。

「援助、援助、援助って、それしか言えないのかよ!」

「まあ、そう怒るな。」

そう言って薄く笑い、吉永はコンタクトレンズを外し、

バッグからケースを取り出して仕舞い込んだ。

「怒るなって言われても、無理ですよ!

嫌みったらしいこと言いやがって!」

眼鏡をソファに投げて、白石は口を尖らせた。

「仕方ないだろう。

ODAってのは均等に供与されているわけじゃないからな。

外交政策上の優先的な課題や、

重点地域に偏って供給されてるんだ。

そんなこと、向こうだって承知の上だ。」

「そりゃあね、政治的にも経済的にも、

日本との関係が深いアジア諸国に対して、

より配分されてることくらい知ってますよ。

今回、改定された大綱でも、

アジアは重点地域って位置づけられてる。けど・・・。」

「先方の情報網が、馬鹿にならないってことだろう。

最近は、平和構築に相当の量が向けられていることくらい、

調べがついてるってことだ。」

そう言いながら、吉永はバッグをテーブルに置き、

ヒールを脱ぐとベッドの上に足を投げ出して座り込んだ。

「今回の件、へたをすれば問題が起きる可能性がありますよ。」

白石が、暗澹たる顔で吉永を見つめた。

「ああ・・・原則にあるだろう。核実験の実施や、

各種クーデターによる政府の転覆、

人権の侵害などの事態が見られた場合には、

相手国に対して事態の改善を求める働きかけを行い、

状況を総合的に判断の上、相手国に対して、

援助の停止も含め適切な措置を講じるってね。」

「大体、今のODAは危機に面してるじゃないですか。

量的に問題だし。」

「そうだな。同時多発テロ以来、

世界の主要国が一斉に大幅増額を表明しているのに、

流れから完全に取り残されてる。

実績は第2位だが、アメリカの半分だ。」

「あげくに、予算削減、借款回収額の増大、

今に追い抜かれますよ。」

白石は、いらいらと腰に手をあてて、

歩き回りながら口を開いた。

「国際社会への発言力や外交力に

深刻な影響を及ぼしかねないでしょう?

戦略性とか、効率性とか、質的な改革はもちろん必要だし、

少なくとも量の底打ちを図るべきでしょう?」

「ふん。」

「なんなんですか、ふん、て?」

「国民からの信頼もないしな。

国内の経済状況が良くないし、

ODAそのものが不透明だし。

十分な成果が上がっていない、と見ているだろう。

国内だけじゃないな。

諸外国や国際機関といった外部からも見えていない。

だから、ああいう嫌味が出る。」

「何でですかね。」

「・・・情報発信の問題だろう・・・札束や物資による援助は、

優越や屈辱の関係を生みやすい。

ましてや、借金してGDPを維持し、

さらに援助しようというのは、

十分考慮すべきだな。

しかも、まともな生活ができない国民が増えるとすれば、

予算を縮小するのは自然な成り行きだろう。

だから、あの国に対して援助を切ろうとしているんだ。」

「なんだかなぁ・・・。」

「日本の役人は、前例主義だからな。

内閣なんざ、極論すれば官僚の言うなりに動く。

いずれにせよ、限られた予算をいかに有効に使うかは、

国の戦略によるんだ。

戦略無しに、惰性でODA援助を続けるのは、

日本の破綻に繋がる。」

皮肉な笑いを見せる吉永に、

白石は溜息をついた。

「・・・よく、そんな格好で、あんなところで、

こんにゃく問答なんかできますね。」

「俺も、役人だからな。

あんなところで言質を取られるわけにはいかないさ。」

白石は声を上げて笑う吉永を、呆れた顔で眺めた。

「公使!笑い事じゃありませんよ!

どうするんです?!」

「とりあえずはそのまま伝える。

この件に関しては、俺には決定権はない。」

「ですが、公使・・・!」

「・・・智宏。」

まだ言い募ろうとする言葉をさえぎるように、

吉永が彼の名を呼び、

肩と喉元を隠していたショールをゆっくりと外した。

形のよい、肩と鎖骨、すらりと伸びた喉元が露になる。

「その案件、今は先送りする気はないのか・・・?」

「・・・っ・・・。」

そう言って微笑む吉永を、

白石は言葉をなくし息をつめて見つめた。

「それとも、彼の誘いを受けてもかまわないか・・・?」

「・・・くっそっ・・・。」

白石は男の下卑たいやらしげな顔を思い出しながら、

そう漏らすとベッドの上に上がりこんだ。

「・・・誘ったのは、孝司ですよっ!」

「それは、名前のほうか?」

「そうですっ!」

そう叫んで、押し倒してくる白石の重さを、

吉永は声を上げて笑いながら受け止めた。

髪を止めていたピンを外し、

エクステンションを床へ放り投げる。

「これ、染めたんですか?」

「ああ。」

「かつらじゃなかったんだ・・・化粧、落とす?」

「嫌なら、落とすぞ。」

「落として・・・。」

わかった、と返事をして起き上がろうとした吉永を、

白石は引き止めた。

「ちょっと待って。」

そう言って腕を引き、唇を重ねた。

それが深くなりなじめて吉永は無理矢理その唇を離した。

「なんで?!」

「このままじゃ、化粧を落とす間がない。」

吉永は白石にティッシュの箱を投げ、

「口紅が付いてる。」と言いすてて、バスルームへ入った。



「ふうっ・・・。」

タオルで顔を拭きながら出てきた吉永に白石は抱きつき、

両手でその頬を挟んで見つめた。

化粧の下に隠れていた目元のほくろが見える。

そのほくろに、白石はキスを落とした。

「今夜は、余裕があるみたいだな。」

目を細めて囁く吉永に、白石は顔を赤らめた。

「・・・意地悪言わないでよ・・・。」



「・・・んっ・・・あぁ・・・」

大きく開かれた吉永の両足の間に顔を埋め、

その股間を貪ぼる白石の髪を、細い指が愛しげに撫でる。

口紅で飾るより、尚、

官能的な濡れた唇から甘い声が零れていた。

たくし上げられたイブニングが腰に絡まり、

上半身もほとんど脱げかけ、

肩から落ちた袖が両肘に引っかかっただけの状態で

ベッドに横たわる吉永の姿は、

ひどくエロティックで白石の加虐心を煽る。

白石が、腿に手を添えて、吉永の蕾へ舌を滑らせた。

「・・・あぁっ・・・んんぅっ・・・」

びくんっ、と吉永の身体が跳ね、

内壁を探る動きに自分の両手で膝を押さえ、

もっと深くと腰が揺らめいた。

白石はひとしきり蕾をなぶり、

顔を上げ起き上がった。

吉永が、白石の指を捉え、にぃっと笑ってそれを銜えた。

音を立てて舐め、舌を絡ませる。

その卑猥さに、白石の下半身がより熱く力を持ちはじめた。

十分に潤した白石の指から唇を離すと、

吉永は自ら下へ導いた。

「・・・んっぁっ・・・」

潜り込んでくる感覚に、吉永の喉が鳴る。

ゆっくりと抜き差しをする白石に、

吉永が焦れた声を上げた。

「・・・もっと、奥っ・・・」

「こう・・・?」

ずぶりと差し込まれた指に、

吉永の声と腰が跳ね上がった。

「・・・あぁっ・・・そこっ・・・」

とっさに掴んだ白石の腕にすがって、腰がグラインドする。

そのまま、白石はその場所を弄くり回した。

「・・・もっと・・・入れて・・・」

熱い声で囁かれ白石は言われるまま、

指を二本、三本と増やし中を探る。

「・・・ああぁっ・・・んんっ・・・んぁあっ・・・」

抜き差しを繰り返すにつれて、

じっとりと濡れた内壁が白石の指に絡みつく。

「智宏・・・!」

切羽詰った声が上がり、

吉永が手を伸ばして白石のベルトを外し前をくつろげた。

握りこんだ白石のものが硬く怒張していることに、

満足げに微笑むと彼の顔を見上げた。

その淫靡な顔に白石の身体にぞくりと震えが走る。

ごくりと唾を飲み込んで、

白石は吉永の両膝を押さえ一気に腰を進めた。

「・・・ぁはぁっ・・・あぁっ・・・」

熱い声が止まらない。白石の突き上げに、

髪を振り乱し、腰を使い、貪欲に貪る。

「・・・んぅっ・・・あぁっ・・・んぁんっ・・・」

着ているシャツが邪魔になり、

白石はそれを脱ぎ捨てようともがいた。

そのせいで動きが止まり、吉永が不満の声を上げた。

「・・・なに・・・して・・・?」

「・・・待って・・・」

白石がシャツの袖から腕を抜きながら答えた。

繋がったまま全てを脱ぎ去ると、

白石は吉永の着ているイブニングの袖を掴んで、

引っ張り上げた。

「脱いで。」

「・・・ああ・・・」

吉永が腕を伸ばし、それを助ける。

ドレスを取り去り後ろへ投げ捨てた白石は、

ようやく裸体を晒した吉永を抱きこみ、

深く口付けながら腰を動かし始めた。

舌を絡ませ、吸い上げるその合間に、声が漏れ始める。

「・・・んんぅ・・・ぁ・・・んん・・・」

重ねていた唇を外した途端、吉永の声が響いた。

首に腕を絡ませ、白石を強く引き寄せる。

「・・・もっとっ・・・智宏っ・・・」

吉永の腕を首から外すと、

白石は起き上がり枕を吉永の腰の下へ差し入れた。

そのまま、腰を掴んで前のめりに突きこむ。

「・・・あぁぁっ!・・・」

悲鳴が上がり、縋るものを求めて吉永の腕が彷徨い、

頭の上に上げた両手が触れた間仕切りのパイプを握りこんだ。

「・・あんぁっ、あぁあっ、んあぁっ・・」

身体を捩り、身悶え、

有らん限りの声を上げる吉永を容赦なく突き上げ、

その狂態に煽られて、白石の動きが激しくなる。

身体が揺すられるたびに、吉永の茎から零れる雫が、

そこいら中に跳ね飛んだ。

腰を抱え直し白石が吉永のポイントを抉った。

「・・・ぁぐっ・・・。」

吉永が反り返り、喉が鳴った。

声も上げられないほどの強い快感が全身を貫く。

それを見て、白石はなおいっそう深く、その場所を攻めた。

「・・・ひっぃっ・・・あぅんっ・・・」

パイプを握り締める指が白くなり、腕が突っ張る。

吉永は反り返ったまま、

顔を左右に振って襲ってくる快感に身をゆだね、

叫ぶ声と、求める腰が白石をより熱く煽った。

「・・・んあぁっ・・・いいぃっ・・・とも、ひろぉっ・・・」

目を開けている余裕もなく腰を打ち付けていた白石は、

その叫ぶ声にはっとして吉永を見つめた。

眉をきつく寄せ、開いたままの唇から紅い舌が覗く。

引き締まった肢体。胸から、

鳩尾にかけてのラインが艶かしくくねる。

額に珠のような汗が浮かび、

染めた髪が張り付き、溢れてくる唾液が頤に落ち、

シーツに滲んでいる。

ぼろぼろと、堅く閉じられた吉永の瞼から、

涙がこぼれ落ちていた。

自分の半身が吉永の中にあるというのに、

白石はその姿に改めてときめいた。

「・・・んあぁっ・・・んんふぅ・・・くぅぅ・・っ・・・」

上げ続けていた嬌声にすすり泣く声が混じる。

「・・・もっ・・・やめっ・・・ともひ・・・」

白石の抜き差しに合わせて、

吉永の体内が蹂躙するものを貪欲に求めて、

蠢き、絡みつく。

がくがくと身体を震わせ、

泣きながら懇願する吉永の痴態に、

白石の胸に締め付けられるような想いが湧き上がった。

・・・この姿を、俺以外の男が知ってる・・・

・・・俺以外の男が、この身体を・・・

かっと、頭に血が上る。

その想いが、白石の身体を余計に熱くし、

苦しいほどの追い上げに吉永が悲鳴を上げた。

「・・・もっ・・・いか・・・せっ・・・んぁぅっ・・・」

「・・・いわれ・・・なくても・・・も・・・限界っ・・」

突き上げて、強かに吉永の奥壁に、

白石は自分を吐き出した。

「・・・んあぁぁっ・・・」

最後の一突きに吉永が身体を硬直させ、

甲高い啼き声を引きずって、白濁を間に飛ばした。

弓なりになっていた吉永の身体がシーツに沈み、

突っ張っていた両足が長々と伸びた。

荒い息をついていた白石が、

気がついたようにパイプを掴む吉永の指を、

優しく絡め取った。

「・・・大丈夫?」

声を出すことが出来ず吉永は頷いた。

息が上がり胸が大きく上下している。

「待ってて。」

白石がそう声をかけてベッドから降り、

グラスを片手に戻ってきた。

「飲める?」

無言で首を振る吉永を抱え上げ、

口移しで飲ませた水がなくなっても、

白石は吉永の舌をきつく吸い上げた。

絡み合ったままベッドへ倒れこみ吉永が、

かすれた声で呟いた。

「・・・死ぬかと思った・・・。」

「・・・ごめん・・・。」

そう言って目を逸らした白石の、向けられた背中に、

吉永がフッ、と笑いを浮かべた。

「また、そうやって背を向けるのか?

・・・今度は一体、何を悩んでる?」

「・・・悩んでるわけじゃない。」

「じゃあ、なんなんだ?」

「・・・顔見たら・・・止まらなくなりそうで・・・。」

まだ整わない息の混じる、

低い笑い声に白石の琴線が震えた。

振り返って、喰らい付きたい衝動を抑えようとした白石の背に、

緊張が走った。

それに気付いた吉永が、

上半身を上げその肩口に唇を当てた。

「我慢など、必要があるのか?」

「・・・俺っ・・・。」

「ん?」

見上げたその先に、ブロンドに縁取られた吉永の、

上気した汗まみれの顔があった。

「・・・誘わないでよ・・・そんな顔で・・・」

「ほう・・・どんな顔だ?」

そう言って、嫣然と微笑む。

唇を震わせてそれを見ていた白石は、

泣きそうに顔をしかめて吉永を組敷いた。

「・・・まるで、姐己(だっき)だ。」

絞り出すようにいう白石の声と、

例えられた名に吉永は声を上げて笑った。

「せめて、嫦娥(じょうが)と言え。」

「・・・ちくしょうっ・・・酷いこと言いそうだから、我慢したのにっ!」

「なにをだ?」

白石が、吉永の肩に顔を埋めたまま黙り込んだ。

荒い息が吉永の項にかかった。

「・・・言いたくない・・・。」

「なぜ?お前が言い出したんだぞ。」

「・・・だって・・・。」

「どうした?」

「・・・悔しい・・・。」

歯を食いしばるような声に、吉永が目を見開いた。

白石の背を撫でながら、吉永の頬が皮肉に歪んだ。

「・・・俺・・・嫉妬してる・・・。」

「・・・俺を抱いたほかの男にか?」

声に出さずはっきりと頷く白石の耳を、

吉永の忍び笑いがくすぐった。

「・・・もう、馬鹿げたことはしないと言ったはずだ。」

「わかってるっ・・・わかってるけど・・・。」

吉永が視線を合わせるよう白石の頬を両手で抱えた。

「智宏。」

目を細めて囁き、白石の唇を吉永の紅い舌がぺろりと舐めた。

「・・・孝司・・・っ」

「どうも、その呼び方は紛らわしいな。どっちだ?」

「こんな時に、なに言ってるのっ?!」

叫ぶように言って白石は唇を塞いだ。

吉永の舌が白石のそれを捕らえ絡めとる。

何度も角度を変え息が止まりそうなほど貪り、

呑みきれない唾液が頬を伝った。

「悔しかったら、俺をお前の色に染めてみろ。」

そう言って、見上げる吉永の顔。

今まで抱いてきたどの女たちより、

綺麗で扇情的なその顔に白石の背筋が震えた。

欲情に染まった淫らな顔さえ美しい。

白石が吉永の膝を両手で掴み、

挿れようとして躊躇した彼に吉永は両手を差し出した。

「構わない。そのまま、来い。」

ごくっと、白石の喉が鳴る。

「でも・・・。」

「大丈夫だ。散々したろうが。解さなくてもはいる。」

さあ、と促されて白石はとば口に自身を押し当てた。

それでも、傷つけはしないかと顔を見る白石に、

吉永は手を伸ばして彼の肩を掴んだ。

「いつまで、待たせる気だ。

俺がこんなに欲しがってるのに。」

その言葉に、激情を露に白石は一気に奥まで腰を進めた。

「・・・んっぁっ・・・あぁっ・・・んうぅっ・・・」

しがみ付いて腰を揺らす吉永を見ながら、白石は思った。

・・・もう・・・逃げられない・・・。





「白石君、車を出してくれ。」

「はい。」

バックミラーに移る自分の姿を、

ちらちらと眺めるその視線に気付いて、

吉永が目元だけを綻ばせて口を開いた。

「なんだ?」

「・・・いえ、何でもありません。」

「おかしな奴だな。

言いたいことがあるなら、はっきり言え。」

白石は嘆息しながら、まるで独り言のように呟いた。

「どれが本当の公使なのかと、思っただけです。」

「・・・ん?」

「見事な外交手腕、隙のないスーツ姿、イブニング、それに・・・。」

「お前の腕の中の俺、か。」

「・・・はい・・・。」

「どれも、俺だ。」

吉永はそう言って低く笑った。

白石の溜息が聞こえ、

吉永は後ろの座席で足を組みなおした。

「白石君・・・向こうについたら、そのまま来てくれ。

通訳を頼む。」

「はい、わかりました、公使。」

「忙しくなるぞ。覚悟しておけよ。」

「はい。息つく暇もありませんね。」

そう言って別の溜息をつく白石に、

吉永がからかうような声で言った。

「いいさ。息抜きはお前の腕の中でさせてもらう。」

「・・・っ・・・公使っ!運転中に止めてくださいっ!」

真っ赤になって慌てふためく白石に、

吉永の上げる笑い声が車内に響いた。







               〜終〜





              2005年2月18日
                 弓




姐己(だっき)・・・・殷王朝・紂王の愛妃。仙女。毒婦といわれる。
           殷の滅亡の原因。
嫦娥(じょうが)・・・古代中国の神話の天の神の妻。夫を裏切る。
           月に例えられる。
           ともに、絶世の美女。


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