My Bijou −俺の宝物−





「えーっ?!俺が考えんのぉ?!」

香藤が、頓狂な声を上げた。

「頼んますよ!そこんとこ、一つ!」

岩城と香籐が共演することになった、

某宝飾メーカーのCM撮りのスタジオ。

スタッフからコンセプトの説明を受けていた香藤が、

シーン2のプレゼントを置く便箋に、

言葉を書いてくれと頼まれた。

「なに書けばいいの?」

「なかなか会えない恋人に、

プレゼントを枕元に置いて出かけるんです。

で、そのプレゼントに言葉を添える、と。」

「ふえ〜ん。どうしよ。」

「いつも書いてんじゃないんですかあ、香藤さん?」

「そんなことないよお。」

照れて頭を掻く香藤の姿に、笑い声が上がった。

「短い言葉でいいですから。」

「は〜い。」

香藤の視線の先に、ベッドルームのセットが組まれていた。

シンプルで、シックな部屋。壁は上半分が白で、

下半分がダークオークの腰板になっている。

そのベッドの上に岩城がいた。

下着姿でスタッフからレクチャーを受けている。

撮影のときはシーツに下半身を隠すため、

視聴者には全裸でいるように見えるだろう。

『それって、やばいよなあ・・・。』

じっと岩城を見つめながら指で渡されたペンを弄んでいた。

目の前に、小さめの綺麗な薄い紫の便箋がある。

「う〜ん・・・。」

こりこりと、ペンで頭を掻きながら、

考え込んでいた香藤の耳に、

岩城の撮影が開始される声が聞こえた。

はっと顔を上げてセットに目をやる。

淡い光の中、

ベッドの上で所在無げに、

シーツにくるまれた膝を抱えて岩城が座っている。

ほーっと溜息をつき、膝に頬を乗せ眉を寄せる。

「・・・!!・・・」

思わず声を出しそうになって慌てて手で口を押さえた。

『うっわあ〜!そんな顔しないでよお〜!』

あせりまくる香藤の耳に、誰かの溜息が聞こえた。

ぎょっとして辺りを見回すと、

スタッフたちが真っ赤な顔をして彼を見つめている。

『だっからやなんだよ〜。

岩城さん、色気出しすぎ!』

岩城が演技を続ける。

切ない顔。寂しい顔。

窓の方を仰ぎ見て、帰ってこない恋人を思う風情。

それを見ていた香藤がふと、真顔になった。

すっ、と便箋を引き寄せると短く何かを書き付け、

もう一枚を引き寄せ今度は長くペンを走らせる。

時折顔を上げて岩城を見つめ、

又、目を伏せ便箋に向かう。

足りなくなって、もう一枚を引き寄せた。

「はい、オッケーでーす!」

「香藤さん、書いてくれました?」

「これでい〜い?」

差し出された便箋に書かれていたのは、


   一人にしてごめんね。
   いつもありがとう。
   愛してる。


「うっは、いいっすね。」

スタッフがそれを持って撮影監督の元に走った。

セットが手直しされ、

ベッドサイドテーブルにリボンをかけた小さな包みが、

その便箋の上に置かれた。

『香藤の字だ。』

コンセプトに沿った言葉だとわかってはいるが、

自分に向けられた言葉に違いない。

じわっと目が潤みそうになったとき、香藤の声が聞こえた。

振り返えると香藤がガウンを手にして立っていた。

「ああ、すまん。」

にこっと笑って香藤は岩城の肩にガウンをかけ、

その肩を抱きしめた。

「こ、こらっ!」

顔を真っ赤にして身をよじる岩城にスタッフたちがくすくすと笑う。

「俺の番だから、ちゃんと見ててね。」

「ああ。」

岩城と交代で香藤がセットの中へ入っていく。

鍛えられた均整の取れた身体。

白いスーツの上下。

広めに襟を開けたブルーのストライプのシャツ。

映画のために、短くカットした髪がよく似合う。

セットから少しはなれたところで、

岩城はその姿に見惚れていた。



ほっと息をついて踵を返した岩城はスタジオの隅のテーブルに、

撮影に関わるスタッフ以外の全員が固まっているのを見つけた。

一種、異様な光景。

女性陣は一様に目頭を押さえ、男たちでさえ目を赤くしている。

その中の一人が、

近づいてくる岩城に気づいて声を上げた。

一斉に自分を振り返りテーブルから離れた彼らに、

不審気に眉を寄せた岩城の目に飛び込んできた、文字。

「え・・・っ?」

セットを振り返り香藤に目をやる。

窓辺に佇み、ポケットに手を入れて物思いにふけっている。

岩城は椅子に座り、

目の前にある呼びかけで始まる2枚の便箋を見つめた。




    岩城さん

 
    この想いを、どうやって伝えよう

    岩城さんが、可愛い

    岩城さんが、恋しい

    岩城さんが、愛しい

    日に日に溢れ出るこの思いを
    
    どんなに言葉を並べても、伝えきれないこの思いを
 
    岩城さんに出会えたこの喜びを

    奇跡のような、この出会いを
    
    生まれて初めて本気で愛した

    こんなに愛せる相手にめぐり会えるとは思っていなかった
    
    岩城さんは俺の心と体と魂の半分

    俺の宝物

    失ったら 俺は生きてはいけない



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    岩城さん


    俺は岩城さんの全てを受け止める

    約束する

    決して一人にはしない

    俺が死ぬのは岩城さんが死んだときだけ

    それまでは生きて幸せにする

    一生 大事にする 大切にすると誓う

    生まれ変わっても必ず見つけ出して幸せにする

    どんなに姿が変わろうとも俺にはわかる

    その自信もある
    
    いつも思う

    岩城さんに相応しい男に 人間に 役者になりたい

    その為にならどんなことでも出来る

    どんなに苦しくても耐えられる

    岩城さんにはいつも笑顔でいて欲しい

    それを守るためなら俺は何でも出来る

    使い古された言葉だけれど

    愛してる

    俺の全てをかけて

 
                   香藤




岩城は便箋を見つめていた。

止めなく頬を伝う涙を拭うこともせず。

震えていた唇が歪んだ。

テーブルに両肘を突いて、組んだ手を額に当て声を堪えた。

「はーい、オーケーです!いい感じでしたよ、香藤さん。」

「ほんと?ありがと〜。」

明るい笑顔を浮かべた香藤が、岩城を振り返った。

ゆっくりとその笑顔が、もっと優しい微笑みに変わった。

どきりとしてその視線の先を見つめた彼らは、

岩城と彼を遠巻きにしているスタッフたちに眉をひそめた。

「ねえ、どうしたの?なんで彼、泣いてるの?」

こそこそと囁きあうスタッフたちを横目で見て、

香藤は岩城の隣に膝を突き、

黙って彼の肩に腕を回し抱きしめた。

岩城の手が縋りつくように香藤の首に絡みついた。

お互いの肩に顔を埋め二人は黙ったまま、

抱き合っていた。

次の指示を出すことが出来ず、

誰もが口を閉じてその二人を見つめていた。

聞こえるのは、泣き声をかみ殺した岩城が、

耐え切れなくなって吐くため息だけだった。


岩城の泣き声が止み、香藤がその涙を指で拭った。

「馬鹿・・・。」

岩城がかすれる声で小さく呟いた。

「うん。ごめん。」

「こんなこと書くな、こんなとこで。・・・恥ずかしいだろ。」

「うん。ごめんね。

でも、俺はみんなに読まれてもいいと思って。」

「なんで?」

「だって、俺が岩城さんを愛してるのはただの事実だから。」

じっと見つめあう二人に、監督が遠慮がちに声をかけた。

「あの、さ・・・。」

「うわっ、ごめんなさい。」

二人の慌てぶりに、スタッフたちの温かい笑い声が響いた。

「顔洗って、メイクし直しだな。」

「申し訳ありません。」

岩城が、真っ赤な顔をして立ち上がった。



シーン3の撮影。

シーツに下半身を隠した岩城と、

スーツで彼と向かい合って、

片腕を岩城の腰の脇につき、座る香藤。

カメラが香藤の後ろから撮影し、

彼の後頭部で岩城の顔が隠れている。

香藤の肩に置かれた岩城の左手の薬指に、

このメーカーの新発表の指輪。

幅の広い凝ったデザインの真ん中に大粒のダイヤモンド。

その手が香藤の肩を滑り、

下から掬うように髪の中に差し込まれた。

モニターに、それがアップで写る。

「オーケーでーす!」

ほっとした空気が流れる中、二人が動かない。

カメラマンがはっとして回り込み、

モニターにその映像が映し出された。

閉じた目元に微笑を浮かべた香藤と、

頬に一筋の涙を流した岩城の、そっと唇を重ねた姿。

誰かがごくりと喉を鳴らした。

ゆっくりと唇が離れ、微笑み会う二人。

岩城の涙を香藤が唇で拭い、彼の左手を取り口付ける。

もう一度啄ばむようにキスを交わし微笑んで、

コツン、と額をあわせ軽く摺り合わせる。

見つめ合ったまま香藤が、囁いた。

「愛してる。」

岩城が、頬を染めて幾分掠れた声で答える。

「ああ、俺もだ。」

その声を、しっかりとマイクが拾っていた。

周りのものさえ、幸せな気分にしてしまうその光景。

セットの中のそこだけ優しい光で包まれているようだった。

岩城の、あまりの可愛らしさに、

スタッフから大きな溜息が漏れた。

それが二人を現実に引き戻し、

慌てて離れると香藤がベッドの上から転げるように降り立った。

「ご、ごめんなさい!」

岩城が真っ赤な顔で俯きながらガウンを羽織った。

「すみません。」

「いいよ、いいよ。その代わりさ・・・。」



全国ネットのCM。

最初の予定にはなかった二人のキスシーンが流れた。

ポスターまでが、そのシーンである。

それは、大反響を巻き起こし、

貼り出される先から盗まれていった。

二人の強い、固い絆が手に取るようにわかる。

「恥ずかしい・・・。」

TVを見ていてCMが流れるたびに、

チャンネルをかえる岩城に、香藤が笑っていた。

「お前が悪い。」

「俺のせいじゃないも〜ん。」

「あんな手紙を書くからだろ!」

「だって、ほんとの事だもん。」

ニコニコとしながら自分を見つめる香藤が眩しくて、

岩城は目を逸らした。

「嬉しいくせに。素直じゃないよねえ〜。」

「・・・馬鹿。」

香藤の書いた手紙。

それは、岩城のプライベートルームの引き出しに、

大切に仕舞われていた。



   
                〜終〜



              2004年11月26日
                 弓




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