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プレゼントは・・・






「・・・遅くなってしまったな・・・。」

静かに、玄関を開けた。

真っ暗な、家の中。

外から見たときも、どの窓にも、明かりはついていなかった。

沈みこむ気持ちのまま深く嘆息して、

音を立てないようにドアを閉める。

腕時計は、2時を指していた。

その時間を見て、再び溜息が漏れる。

約束していた時間より、はるかに過ぎてしまった。

昨日中には帰れるはずだったのに。

・・・もう、香藤は眠ってしまったのか・・・。




躊躇しながらリビングに入り、

ソファに上着とバッグを置き、キッチンへ向かう。

ペットボトルの水を口に仕掛けて、ふ、と思う。

・・・二階に行くのが、気まずいだけか・・・。

心はすでに、二階にあるのに。




意を決して、階段を上った。

途中で何度も止まりかける足を、無理矢理動かす。

そっと寝室のドアを開け、視線をめぐらせる。

こちらに背中を向けて、香藤が眠っている。

眉を寄せ、それを見つめた。




ほっと、息をつき、閉めたドアに背を当て、

しばらく動けず廊下に立ち尽くす。

何度目かの溜息をついて、

ゆるゆるとバスルームへ向かった。




そそくさと風呂に入り裸の上にローブをまとい、寝室へ戻る。

香藤は、まだ背を向けている。

その背中を見つめながら、

自分のベッドのふちに腰を下ろした。




顔をしかめて、その背中を見つめていた岩城は、

胸を押しつぶされそうな切なさに、

バスローブの前を握り締めた。

しばらく堪えていた涙が、たまらず頬へ零れ落ちた。

唇が震え、歯を食いしばっても漏れそうになる嗚咽に、

目を閉じ、胸にあてた手でバスローブを掴んだまま、

片手で口元を覆った。




「どうしたのっ?!」

突然の声に、はっと顔を上げた岩城の目に、

驚きで一杯の香藤の青い顔が飛び込んできた。

自分の乱れた息が耳を塞ぎ、

香藤が起き上がったことにすら気付かなかった。

「何があったの?!ねぇ?!岩城さん?!」

抱きしめながら、そう叫ぶ香藤の胸に、岩城は顔を埋めた。

嗚咽が、止まらない。

「岩城さん、どうしたの?!ねぇ、どうしたの?!

何があったの?!ねぇ?!」

「・・・お前の・・・誕生日なのにっ・・・。」

「え・・・?」

その、しゃくり上げながらの搾り出すような声に、

香藤は黙り込んだ。

「・・・すまんっ・・・帰って・・・これなくてっ・・・。」

「岩城さん・・・。」

「・・・お前が・・・背中向けて・・・寝てるの・・・見て・・・。」

「俺が、怒ってると思って、泣いちゃったの?」

香藤の顔が、脂下がる。

蕩けそうな笑顔で岩城をしっかりと抱きしめた。

「・・・拒絶されてる・・・みたいで・・・。」

「ごめん、岩城さん!それは、俺が悪いね。」

「香藤っ・・・。」

優しいキスをして、香藤が岩城の頬を拭った。

「怒ってなんかないよ。

だって、今日、オフにするために、

仕事つめちゃったの知ってるんだもん。

遅くなるのわかってたし。」

「・・・ほんと、か?」

岩城の背中を撫でながら香藤が頷いた。

「ほんとだよ。

帰ってくるまで起きてるつもりだったんだけど、

なんか寝ちゃったみたい。」

「・・・すまん。」

「ごめんね、岩城さん。泣かないで。」

「・・・ああ・・・。」

「もぉお〜・・・可愛いんだから〜・・・堪んないよ・・・。」

そう言いながら岩城を優しくベッドに押し倒した。

「・・・香藤、すまん・・・プレゼントを買いにいく時間もなくて・・・。」

「プレゼント?もう、貰ったよ。」

「・・・え?・・・」

「今・・・可愛い、可愛い、岩城さん。」

「馬鹿・・・香藤、何か欲しいものはないのか?

起きてから、買いに行ってもいいぞ?」

「俺の欲しいものなんて、決まってるでしょ?」

香藤の笑顔を見て、泣き濡れた岩城の頬に朱が上った。

「聞きたい?」

口を開きかけて、岩城は恥ずかしげに視線をそらした。

香藤が、そっと岩城の耳元に唇を寄せ囁く。

「俺が、欲しいのは、岩城さんだけ。他はいらない。」

岩城が幸せそうに微笑んで、香藤を見上げた。

「お前の誕生日なのに、俺がプレゼントを貰ったな。」

「いいんじゃない?」

岩城のバスローブを剥ぎ取りながら、香藤が笑った。

「岩城さん、」

「なんだ?」

「じゃ、プレゼント、頂きま〜す!」

くすっと笑って、岩城は両手を差し出した。






               〜終〜





             2005年5月3日