待ち合わせ





「ねぇ、岩城さん、晩御飯、外でしない?」

「大丈夫なのか、時間は?」

朝、香藤が出かける前にそう言った。

早めに終われそうだから、久しぶりに外で食事がしたい。

二人とも忙しくて、なかなか一緒に出かける時間がないのは事実で、

俺も久しぶりに香藤と出掛けられるのは嬉しい。

「待合わせの場所さ、○○デパートの前でいい?

見つけた店が、そこから近いんだ。」

「見つけた店?」

「うん、岩城さん、多分気に入ると思うよ。

フレンチだけど、日本風にアレンジしてあってさ。

岩城さんに食べさせてあげたいなって思って。」

香藤は、いつもそうだ。

俺のことが香藤の最優先になってる。

嬉しいけれど、時々申し訳なくもなる。

俺は香藤が俺にしてくれるほど、こまめにしてやれないから。

「・・・いつも、悪いな。」

「なにが?」

そういう香藤の顔。

ほんとに、当り前のことだよ、と思っているのが表情でわかる。

「あのさ、俺が好きで、色々探しちゃうんだよ。

岩城さんに、これ食べて欲しい、とか。これ着て欲しいとか、さ。

だから、気にしなくていいよ。

岩城さんが楽しそうにしてくれてると、俺、元気出るんだ。」

「・・・香藤・・・。」

愛しくて、嬉しくて、香藤にキスしたくなって・・・。

・・・だからって、そんなに驚かなくてもいいだろ?

俺から、キスするのが、そんなに珍しいか?

「・・・びっくりした。でも、嬉しいよ、岩城さん。」

お前の笑顔、俺の心まで笑顔になるんだ。

お前が俺にしてくれるように、俺もお前に返したい。

・・・そう、思っていた。待合わせの場所に行くまでは・・・。






「・・・なっ・・・。」

清水に送ってもらって、待合わせの場所に急いだ岩城の目に、

ウィンドウいっぱいの香藤の顔が飛び込んできた。

「・・・あの・・・馬鹿っ・・・」

約束した、デパートの前。

真っ直ぐに視線を向ける、香藤の顔。

まだ、十分に明るい日差しの中で、

岩城は周囲の視線に頬を真っ赤に染めた。

「・・・こんなとこで待ってろっていうのか・・・」

ウィンドウの中の香藤と、その前に立つ、岩城。

周囲から、忍び笑いが漏れる。

そんな、とてつもなく居心地の悪い思いで、

待っていた岩城の下へ、香藤が少し時間に遅れて、到着した。

「ごめん、岩城さん。やっぱり俺のほうが遅れたね。」

岩城は、苦虫を噛み潰したような顔で、煙草を銜えていた。

「あれ?珍しいね、煙草・・・止めたんじゃなかったっけ?」

「・・・これが、吸わずにいられるか。」

「なんで?どしたの?」

まるで何も感じていないかのような香藤の返事に、

岩城は青筋を立てた。

「どしたの、じゃない!

お前、良くこんなとこで待ち合わせしようって言えたな?!」

「へ?」

きょとん、として香藤は岩城を見返した。

ウィンドウの中の自分を見て、岩城の頬が赤い訳に気付いた。

「ああ!これ?」

「これじゃない!知ってたんだろ?!」

「なんだ、恥ずかしかったの?」

「当り前だ!」

「でもさ、岩城さんのほうが早く着くと思ってさ、

待ってる間、寂しくなかったでしょ?」

能天気な香藤の言葉に、岩城はこぶしを握り締めて睨みつけた。

「・・・そういう問題じゃない・・・。」

小さな声で、それだけ言うとサッサと歩き出す岩城に、

香藤は追いすがった。

「ねぇ、岩城さん、どこ行くの?!」

「帰る!」

「え〜〜っ!食事は?!」

「うちへ帰ってからだ!」

「そんなぁ!せっかくのデートなのに!」

「知らん!」

「怒んないでよぉ。そんな、恥ずかしがらなくったって、いいのに!」

「うるさい!お前には、羞恥心てものはないのか?!」


     2005年5月29日


             終わり
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