指輪のつぶやき






私は、指輪・・・・。

ファッションリングではなくて、マリッジリング。

お店にいるときには、そういう風に言われてた。

けど、私の持ち主の岩城さんは、

ちゃんと日本語で「結婚指輪」って言ってくれる。

・・・私も、そのほうが嬉しい。




岩城さんは、仕事のときとか、

どこかへ「ロケ」とやらに出かけるときも、

綺麗な柔らかい布に私を包んで、

バッグに入れてくれる。

大きなのではなくて、

いつも持ち歩くセカンドバッグに、

大事に入れてくれる。

たまに、黒いお洋服を着たペンダントさんと一緒に、

岩城さんの胸元にいることもある。

・・・岩城さんて、とっても、いい匂いがする。




岩城さんは、仕事の途中で、時々、私を取り出して、

眺めたり、優しく撫でてくれたりする。

とっても、柔らかい表情で。

嬉しそうにして。

そんな時、岩城さんは独り言を言うことがある。


「・・・香藤は、どんな顔してこの指輪を買ったんだろうな・・・。」


って。

私が言葉を話せたら、岩城さんに伝えてあげられるのに!

香藤が、私を見つけてくれたとき、どんな顔をしてたか・・・。

そりゃあ、もう、嬉しそうだったの。

あ、香藤って言うのは、岩城さんの旦那さん。

つまり、私を買って、岩城さんに贈った人。

岩城さんも、香藤も、男の人なんだけど。

・・・香藤、って呼び捨てなのは、岩城さんがそう呼ぶから。

・・・いけないかしらね?




香藤がお店に入ってきたとき、

いつもは静かなお店の中が、ざわついた。

結構、高級店なのよ。

なのに、店員さんたちが小声で大騒ぎをしていた。

私は、まだ香藤を知らなかったから、

なぜ皆が騒ぐのか、わからなかった。

でも、若くて、格好良くって、ニコニコしてて、

ハンサムだからかな、って思ってた。

店員さんの話が聞こえて、凄く有名人なんだって知った。

岩城さんもそうだったんだね。

それから、二人が恋人同士だってことも、みんな知ってて。

だから、香藤が私たち「結婚指輪」のショーケースのところに来ても、

誰もそれは変に思わなくて。香藤を接客した店員さんが、

「香藤さん、岩城さんにですか?」

って、聞いて。

そこで初めて、岩城さんと香藤の名前を知ったの。

香藤は、

「うん、そうだよ。」

って、笑った。

その顔が、物凄く嬉しそうで。

「岩城さん」って人への愛情が凄く伝わってきた。

それから、香藤は真剣な顔で、私たちを見てたの。

こんな風に、結婚相手のために指輪を選ぶ人の、

その相手なら、きっと私を大事にしてくれると思った。

だから、私を選んでって、思ってたんだけど。

きっと、他の皆もそう思ってたんだろうな。

そしたら、香藤が私を見てくれて、ぱあって顔が綻んで。

店員さんが、私をケースから出して、香藤さんの前に置いたの。

「岩城さんに、似合いそうだ。」

って、キラキラした目をして、私を掌に乗せて、じっと見つめてた。

優しい瞳で。

ほんとに、その岩城さんて人が好きなんだなぁって、

私も嬉しくなっちゃった。




それで、香藤は私を連れて帰ってくれて。

バスローブ、っていうの?

あれを着て、香藤は私をケースから出して、言ったの。

「岩城さん、喜んでくれるかな・・・?」

って。

心配そうだったよ。

怒られないかな、なんて言ってた。

それで、私はポケットに入れられて、どこかへ香藤は歩いてった。

私がポケットから外へ出たのは、それから少ししてからで。

最初は香藤の掌の中にいて、それから、岩城さんの指に納まったの。

・・・ちょっと、びっくりした。

岩城さんて、女の人だとばっかり思ってたから。

でも、見上げた岩城さんは、とっても綺麗な人だった。

岩城さんは、私を見て、私よりびっくりしてた。

でも、凄く嬉しそうで、来てよかった、って思ったの。




岩城さんは、「オフ」の前の夜になると、

必ず、私を薬指にはめてくれる。

休みの間中、絶対に、外さないの。

だから、水をかぶったり、土まみれになったりするけど、

岩城さんはちゃんとその後、綺麗にお手入れしてくれる。

それから、オフの前の夜って、

岩城さん、いつもと違うボディソープとか、ローションを使うの。

香藤がいつも使ってる奴。

それが、なんか、恥ずかしそうに使うんだよね。

その顔って、凄く可愛いの。

香藤が、岩城さんを可愛いって言うの、よくわかる。




岩城さんは、私にキスをしてくれることがある。

必ず、香藤がお出かけしてるとき。

きっと、香藤のことを思い出してるんだろうな。

私のこと、撫でながら嬉しそうだけど、ちょっぴり寂しそう。

だから、香藤が帰ってくると岩城さんは物凄く嬉しそうに笑う。

玄関まで、急いでいって、香藤は岩城さんを必ず抱き寄せて。

・・・私、香藤の髪に突っ込まれちゃうんだけど。

でも、二人が幸せそうだから、いいやって。

香藤は、私が岩城さんの薬指にあると、とっても嬉しそうに笑うの。

それで、香藤も私にキスしてくれる。

香藤のキスは、岩城さんのキスよりも、もっと優しい。

岩城さんのこと、本当に好きなんだね。




岩城さんと香藤って、時々、喧嘩する。

それって、相手のことを思いすぎて喧嘩になってるみたい。

聞いてると、ただの惚気なんだもん。

だから、仲直りも早くて。

・・・二人って、昼も夜も関係ないみたい。

いいんだけど。

・・・でも、ちょっと恥ずかしい・・・。




岩城さんは、仕事に行く朝、私を外して、バッグに入れる。

・・・なんだか、私のほうが悲しくなるくらい、

少しの間私を握り締めてるの。

大丈夫だよ。

どこへも行かないよって、言ってあげたくなっちゃう。






今、私は少し、生まれたときと形が変わってる。

真ん丸じゃなくって、岩城さんの指の形になってるの。

それって、凄く嬉しいことなんだよね。

岩城さんは、香藤のことが大好きで、

香藤も、岩城さんのことが大好きで。

見ていて、わかる。

どれだけ、二人が愛し合ってるか。

だから、その絆の証として、

岩城さんの指にいることを、誇りに思ってる。




あ、そうそう。岩城さんのセカンドバッグの中の、モノたち。

みんな、岩城さんのことが大好きなの。

皆で、岩城さんが幸せでいてくれること、祈ってるから。

これ、言わないと皆に叱られちゃう。




   〜終わり〜





     弓




   2005年6月3日
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