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     虜囚





香藤の目の前に、信じられない光景が広がっていた。




黒い羅紗で縁を囲んだ朱の小紋の散る布団の上に、

軽く腰をひねり、しどけなく四肢を預ける岩城。

白い襟の、朱の長襦袢姿。

ゆるんだ水色のしごきが布団に流れ、

その裾は乱れ、

軽く「く」の字に曲げた白く美しい脚。

腿の半分くらいまでが覗いている。

閉じた膝をほんの少しでも動かせば、

奥まで見えてしまいそうだ。

袷が崩れ、整った鎖骨も露によこわたる。

岩城の浮かべる表情に香藤の下半身が直撃される。

ごくっ、と喉を鳴らし香藤はその顔を見つめた。

薄く浮かべた微笑。

少し顔を背け、こちらに視線を流す。

長くけむるような睫に縁取られた、

見つめる挑戦的な濡れた瞳。

誘うように開いた紅い唇。

そこから覗く、肉感的な舌。

桜色に染まった肌がその紅さを引き立てる。

吐く息の甘さまで伝わってきそうだ。

・・・魔性・・・

そんな言葉が浮かぶ。

目をそらすことを許さない、圧倒的な色香。

香藤だけが知りうる、岩城の身の内にある情念。

それを表わすかのような朱色。

漂う妖艶さが見る者を叩きのめし、その足元に跪かせる。

その蠱惑に囚われたら、逃れるすべはない。

まるで蜘蛛の糸に絡め取られるように、

逃れようとすればするほど、自由を奪われ、

ついには全てを喰い尽くされる。

いや・・・

それは、まるで飛び虫が炎に誘われ、

その火に向かっていくような、

ある種畏怖に近い痺れるような、

甘美な官能を見るものに突きつける。

誰もがそのしなやかな腕に抱かれ、

その滑らかな肌にわが身を重ね、

その身体に己を打ち込み、

思う存分に啼かせ、

乱れさせたいと請い焦れるだろう。

自ら虜となり、その業火に飛び込み、

身も心も焼き尽くされたいと願うだろう。

・・・たとえ、身を滅ぼそうとも。

哀れなる餌食を誘う声さえ聞こえてくるようだ。

・・・さぁ・・・おいで・・・

と・・・。



立っていることが困難になるほど、身体に震えが走る。

今にも、膝がくず折れそうだ。

香藤の喉から、声にならない悲鳴が上がる。

「・・・ひぇ・・・」

昂ぶる己をもてあまして、

香藤は股間を押さえその場に蹲った。

耐えられなくなって膝をつき、

ゆるゆると手足を動かし、床を這いずった。







「ただいま。」

「おはえりらはい・・・。」

香藤が、リビングのソファにぐったりと座り、

その鼻にはティッシュが詰められていた。

「どうしたっ、香藤?!」

「ろーひらや、らいよぉ〜!らり、あれぇ〜?!」

そう言って、座ったままダイニングテーブルの上を指差した。

それに視線を向けた岩城は、顔を真っ赤にして俯いた。

それが入っていた筒が床に転がっている。

「・・・あれか・・・。」

「あれかや、らいってば!」

香藤は、鼻からティッシュを引き抜くと、くすん、と、息を吸いこんだ。

「ああ、やっと止まった。」

「大丈夫か?」

「大丈夫なわけないでしょ!」

岩城の肩を両手でがしっと掴むと、香藤は言い募った。

「なんなの、あれ!説明してよ!」

数週間前、

岩城がドラマのスチール撮影をしていたスタジオで、

アクシデントがあった。

モデルの到着が遅れると頭を抱えたカメラマンに、

顔を覗かせた岩城が捕まった。

知り合いのその彼の懇願を無碍に出来ず、

岩城はモデルが到着するまでの間、

ライトセッティングのための代わりを務めたのだ。

「だからって、あんな格好しなくたっていいじゃない?!」

「・・・ちょっと、やりすぎたか・・・。」

「ちょっとじゃないよぉ!俺、死ぬかと思ったんだから!」

「・・・すまん。」

頬を染め俯き加減に香藤の顔を、

申し訳なさそうに眉を寄せて見る岩城に、

香藤は盛大に嘆息した。

「鼻血は出るしさ!

トイレで何回抜いたと思ってんの?

俺を殺す気?

あんな顔してっ!」

「って、言われてもな・・・。」

「人前で、あんな顔することないでしょっ!」

「・・・あんな顔ったって・・・まぁ、ちょっと乗せられた気はするが。」

「ちょっと乗せられたって、なにそれ?!

・・・大体さ、なんであんなことするの?!」

「お世話になってる人に、頭下げられたら、断れないだろ?」

「だからって、着ることないじゃん!」

「仕方ないだろ!

朱色が一番綺麗に見えるように、ライト決めたいって言うから。」

「だったら、服の上から着ればいいじゃん!」

香藤はそう叫んで、岩城の顔がむっとしたのを見て、

これ以上言うと明らかに岩城が

本気で怒り出しそうで、顔を背けて黙り込んだ。

沈黙が続いた。

気まずい雰囲気を何とかしようと岩城が振り返ると、

口を尖らせ涙を一杯ためた

香藤の顔があった。

「・・・香藤・・・。」

「・・・ごめん・・。」

ぐすん、と鼻を鳴らして香藤が立ち上がろうとした。

岩城は、溜息をつくとその手をとって自分のほうへ引っ張った。

「・・・悪かった。」

岩城の胸に、顔を埋めて香藤は首を振った。

「・・・岩城さん、あれ、表に出たりしないよね・・・?」

「ああ、それはくれぐれも頼んでおいたから。」

「でも、あれ、ポスターみたいになってるじゃん・・・。」

「あれは、昨日スタジオで会ったとき、

お前にあげてくれって、渡されたんだ。」

「俺にぃ?!」

「ああ。」

「・・・じゃ、あれって、世界に一枚しか、ないわけ?]

香藤が、泣いていた顔をぱぁっと綻ばせた。

その顔に、今度は岩城が嘆息した。

「・・・お前、なんでそういう考え方になるんだ?」

「だって、俺だけの岩城さんじゃん!」

「・・・まったく・・・。」






「あ、香藤君!」

スタジオの廊下で、香藤は顔見知りのカメラマンに呼び止められた。

「あ、こんにちは!」

「いやぁ、この間は助かったよ。

岩城君がいなかったら、大変だったんだ。」

「あ!ひょっとして、あれ・・・。」

「そう、でね、これ、岩城君に渡しておいてよ。」

カメラマンがB4版の大きな茶封筒を差し出しながら言った。

「取らせてもらった写真とネガ全部入ってるから。

ほんとは勿体無くて、表に出したいんだけどさ、約束したから。」

受け取る香藤に、カメラマンがしみじみとした声を出した。

「いやぁ、香藤君の気持ちわかるよ。

あれじゃあ、心配でしょうがないよね。」

「はあ?」

「参ったよ、あんなに色っぽいとは・・大変だったんだよ。

みんなこれ、欲しがっちゃってさ。」

香藤の額に青筋が立つのを見て、

カメラマンは慌てて機嫌を取るように、

胸の前で両手を振った。

「いや!俺は、そんな気ないから!

じゃ、岩城君に、渡しておいてね!」

控え室で、その封筒を開けた香藤は、

その場にへたり込みそうになった。

12枚の写真とそのネガ。

こちらに背を向け、首を捻じって後ろを振り返り、

襟が背中の半分くらいまで落ちているもの。

腹ばいになり、肘をついて少し上体を起こし、

曲げた片足が、裾から覗いているもの。

その他のどれもが、とてつもなく扇情的なポーズの、

布団の上の朱の長襦袢の岩城。

「・・・なに、これ〜〜〜・・・」




足を引きずるようにしてやって来た、

ラウンジの隅の衝立の陰で、

香藤はテーブルに突っ伏して嘆息していた。

「いやあ、参ったね。岩城さんには。」

そこへ香藤の耳に、

すぐ後ろで話しているのだろう、

スタジオのスタッフの男たちの声が届いた。

びくっとして香藤は目を見開き、耳を澄ませた。

香藤がいることに気付かず、男たちは話しはじめる。

「・・・なんだかねえ・・この前の、堪んなかったね。」

「最近、ますます色っぽくなってきてますよね。」

「綺麗ですよねえ・・・。」

「襦袢から見える足がさ!」

「ライト、きつかったじゃない?

肌、ピンク色になっちゃって、すげえのなんの。」

「あの、腰!細いしさ、なんか、もう!」

「俺、ゲイじゃないんだけど岩城さんならいいかなって・・・。」

「俺も・・・。」

「岩城さんて、うちの兄貴と同い年なんだけど、信じらんないね。」

「・・・俺、岩城さん、怖い。」

「なんで?怒られたとか?」

「そういう怖さじゃなくて、なんか、

填まったら抜けらんなくなりそうで・・・」

「そう思うってこと自体、填まってるんじゃないのか?」

ベテランらしい男が溜息をついた。

皆がその言葉に同意する。別の若手がボソッと話し始めた。

「・・・俺、この前香藤さんと仕事したんですけど。」

「ああ?」

「すっげえ、惚気られちゃって。」

その言葉に、全員が笑い声を上げた。

「そんなの、いつものことじゃん。」

「そうなんですけど、話の内容がねぇ〜・・・。」

「なに?」

男たちが好奇心に目を輝かせる。

「香藤さん、岩城さんのこと、麻薬みたいなもんだって・・・。」

「麻薬、ね・・・。」

「そう。ちょっと顔見ないと禁断症状が出るって・・・。」

「はは・・・。」

「・・・なんか、ね、

昼の顔と夜の顔のギャップが堪んないんだって、言ってた・・・。」

「この前も、そうだったじゃん?

最初はスーツ姿でさ、男前でかっこよくって、で、

襦袢に着替えて出てきたときの、あの、色気!

もう、鳥肌立っちゃったよ。」

「俺も!おまけにあの顔ときたらさ!」

テーブルからむくりと起き上がり、

若手が男たちの顔を見回して背凭れに寄りかかった。

「香藤さんがね、例えるなら昼の顔はマリアで、

夜の顔はカルメンだって。」

「カルメン、ねえ・・ファム・ファタールだな。

男を破滅させるために、

運命が送りつけてきたかのような魅力を持つ女。

ヴァンプ、とも言うな。」

「ヴァンプ、って?」

「妖婦ってことさ。

男を狂わせる魔性の女ってこと。

傾国、傾城とも言うな。

その女のために国や城を傾けるくらいの美人。

例えば楊貴妃とか、虞美人とか・・・。」

「・・・シャンブロウってのもあるな。」

「ああ!懐かしいねぇ、それ。

ムーアのノースウェスト・スミスシリーズの奴だろ?」

「そう。」

「なるほど、ね。

シャンブロウ、か・・・まさに、岩城さんってそうだよな。」

「なんすか、それ?」

「SFだよ、昔の。シャンブロウってのは、魔女でさ。

男の精力を吸い尽くすんだよな。

外見は可愛いのにつかまったら最後、

魅了されて虜にされて、破滅に向かうって奴。」

ベテランのその言葉に、皆が押し黙った。

「なんか、例えが女ばっかですね。」

「しょうがないじゃん、そんな男の例えってないんだから。」

「香藤さん自体が、マリアだ、カルメンだって言ってんだろ。」

「香藤さんね、自分は岩城さんに狂ってるんだって。

自分でもどうすることも出来ないって。」

「なにを?」

「際限がないって。あの人を抱いてると止まらなくなるんだって。」

う、へっと男たちが肩をすくめる。

「乱れるだけ乱れさせても、

もっともっとそれ以上って思っちゃうんだそうです。」

「色っぽいだろうなあ・・・。」

「岩城さんが、そう思わせるってことだよな、それ。」

「・・・堪んないな。」

「でもさ、香藤さんが岩城さんをそうしたんだろ?」

「そうらしいっすね。」

「香藤さんて、女にゃ不自由してなかったんでしょう?」

「だろうなあ・・AVやってたわけだし。」

「それが、今じゃあ、岩城さん命。」

「岩城さんだって、最初から男OKじゃなかったわけじゃん。

あの人だってAV男優だったんだからさ。」

「それがカルメンになっちまうわけ?」

「カルメンかあ・・情熱の女ですよね。」

「でも、岩城さん、自分が色っぽいなんて思ってないらしくて。

香藤さん、笑ってましたよ。

自分が香藤さんを煽ってるなんて思ってもいないって。」

「自覚ないのか、岩城さんて?」

「そうらしいですよ。天然なんだって・・間が抜けてるくらい・・・。」

男たちが顔を見合わせた。ベテランが嘆息する。

「昼間は、マリア様みたいに穏やかで優しくて涼しげで凛々しくて、

夜はまるで娼婦のように情熱的で妖艶に乱れる。

挙げ句に天然で間が抜けてる、か・・・究極だな。」

少しの間、口を閉ざした彼は、首を振りながらつぶやいた。

「それを自分で見つけて磨き上げたってぇのは、

ある意味男の夢だよな・・・。」

一様に黙り込んで溜息をつく。

しばらく、誰も口を開かなかった。

「・・・香藤さんにはそれが出来たってことですよね。」

「まあな。いくら素質があったって、

磨く側がだめならああはならないだろ。」

「それにしてもさぁ、この前の岩城さんて、

まさに魔性って奴だったですね。」

「あんな色っぽい顔なんて、そこらの女優じゃ出来ないっすよ。」

「もう、ね。変になりそうだった、俺。」

「俺さぁ・・・思わず想像しちゃって・・・。」

「・・・お前もかよ・・・。」

「そう。撮影の途中抜け出して、トイレ、行っちゃった・・・。」

「馬鹿!・・・って言いてぇけど、俺も・・・。」

「あ〜あ、まったく何やってんだよ、お前らは!」

ベテランが嘆息して、席を立った。

「ほら、休憩は終わりだぞ。」

若手たちが、ぞろぞろとその後に続いた。

「あの写真、欲しかったなあ・・・。」

「馬鹿言え。

そんなことしたら岩城さんには嫌われるし、

香藤さんには殺されるぞ。」

「そうっすよねぇ・・・。」

香藤は、自分の惚気は棚に上げて、頭を抱えて嘆いていた。

「・・・岩城さ〜〜ん・・・ほんとに勘弁してよぉ〜〜・・・」






香藤から、あと1時間ほどで帰ると、メールが入っていた。

一足先に帰ってきた岩城は、

風呂へ入ろうと着替えを取りに寝室へ入り、

そこで信じられないものを目にした。

パジャマの代わりに置いてあったのは、

朱の長襦袢と水色のしごき・・・。

岩城は頭をかかえてその場に座り込んだ。

「・・・なに考えてんだ、あいつは・・・。」

深い嘆息が、寝室に響いた。




玄関ドアを開け、2階に上がろうとした耳に微かな音が聞こえ、

香藤は慌てて踵を返した。

リビングで岩城が朱の長襦袢を着て、ソファでコーヒーを飲んでいた。

「お帰り。」

「岩城さん、綺麗・・すごい、似合う・・・。」

そういいながら、香藤は惚けた顔で岩城の隣に座り込んだ。

「なに言ってんだ。」

「着てくれたんだ・・・嬉しい・・・。」

「仕方ないだろ!パジャマが見あたらなかったんだから!」

「へへっ。」

香藤の悪戯そうな顔を見て、岩城が思い切り顔をしかめた。

「お前、まさか・・・。」

「うん。俺が持ってるもん。」

「この、馬鹿っ!」

ガツン、と岩城の拳が香藤の脳天に下ろされた。

香藤は頭を抱え、ソファから床へ滑り落ちた。

「痛〜〜い〜〜!ひどぉ〜〜い、岩城さん!」

「なにが、ひどいだ?!俺のパジャマ、早く返せ!」

「やだっ!」

岩城が奪おうとしたバッグを掴むと、香藤はそれを胸に抱きこんだ。

「一体なに考えてんだ、お前は?!」

「え?岩城さんのこと?」

バッグをかかえて床へしゃがみ込みながら、

見上げる香藤の腕を引っ張りあげ、

ソファに座らせると、岩城はその顔を覗き込んだ。

「あのなぁ・・・わざわざ俺のパジャマを持ち出さなくてもいいだろ?」

「だって・・・言っても着てくれないじゃん・・・。」

「当り前だ、馬鹿!」

「だって、見たかったんだもん!」

「・・・お前なぁ・・・。」

岩城はその情けない顔を見て、苦笑しながら溜息をついた。

香藤は、その顔から怒りが薄れたことに気付いて、

伺うように岩城の腰に腕を回した。

「・・・ほんと、岩城さん、綺麗だ・・・。」

「お前、いい忘れてることがあるぞ。」

「え?・・・あ、ごめんなさい・・・ただいま。」

「ああ。お帰り。」

「怒ってない?」

香藤の眉の下がった情けない顔を見ながら、岩城は溜息をついた。

「そんなもの、通り越した。」

「そんなぁ〜〜。」

泣きそうに顔をゆがめる香藤に、

岩城はぷっと吹き出すと彼の頬を両手で挟んだ。

「もう、わかったから。」

「ほんと?」

「ああ。」

「じゃ、その姿の岩城さん抱かせて?」

「それがしたかったのか?」

「うん!」

呆れるほど正直に頷く香藤を、

岩城は苦笑しながら愛しげに抱きしめた。

「・・・馬鹿・・・。」

「・・・俺以外の前で、あんな色っぽい顔、しちゃ駄目だよ。」

真剣な顔で言う香藤に、岩城はふっと笑った。

「・・・あの時、お前のことを考えてた。」

「へっ?!」

うっすらと染まった顔で、岩城は香藤を見つめていた。

「・・・多分、そのせいだ・・・。」

「い、岩城さ・・・ん・・・。」

香藤は蕩けそうな顔で岩城に抱きつき、

岩城の手を取って立ち上がった。






「・・・あぁっ・・・ぁはっ・・・んぅっ・・!・・・」

煌々とした寝室の灯りの中に、

岩城の、桜色に染まった肢体が浮き上がっている。

髪を振り乱し、濡れた唇から絶え間ない甘い声が漏れる。

香藤の体の両脇に手を突き、

朱の襦袢から覗く両足で香藤の腰を挟みつけ、

彼の突き上げに自ら腰を上下し貪る様は、

恐ろしく扇情的で、見上げる香藤を翻弄する。

「・・・岩城さんっ・・・綺麗・・・すっごい綺麗っ・・・」

その声に、仰け反っていた岩城が肩を窄ませ、香藤を見下ろした。

濡れた瞳の中にたぎる欲情を見て、香藤が思わず喉を鳴らす。

岩城の薄く開いた唇から熱い息が零れ、

紅い舌がのぞき、ゆっくりと唇を舐めた。

「い、岩城さ・・・っ!」

あまりに淫靡なその顔を見せ付けられた香藤が、

ごくりと喉を鳴らし岩城の肩を掴み

引き寄せざま、身体を反転させた。

「・・・んぁあっ・・・いぃっ・・・か・・・とう・・っ・・・」

朱の襦袢から覗く白い脚が、香藤の腰に絡まる。

岩城の肌を引き立てるその色に負けないほど、

染まった胸の飾りが、

香藤の動きに揺すられるたびに、

襦袢の白い襟から顔を覗かせる。

堪らずにその襟に手をかけ、

袷を広げると香藤はその飾りを吸い上げた。

「・・・あふっ・・・あぅんんっ・・・」

収縮を繰り返し、

香藤が腰を引くたびに岩城の肉壁は香藤を逃すまいと、

ねっとりと纏わりつく。

それを無理に引き動かし、また突き上げる。

その都度に岩城の喘ぎ声が高まっていく。

「・・・あっはぁっ・・・あっあぁっ・・・んんぁっ・・・」

「・・・岩城さ・・・すごっ・・・」

香藤の腕に固定された腰を支点に、岩城の上半身がのたうつ。

朱を身に纏うその姿が見下ろす香藤をより熱く煽る。

叩きつけるように律動し始めた香藤に、

身体が跳ね、シーツを握り締めて岩城はそれを受け止めた。

「・・・んあぁっ・・・あんんぅっ・・・か・・・とぉっ・・!・・・」

「・・・岩城さんっ・・・きつっ・・・締めないでっ・・・」

その声が耳に届いたのか、

岩城の瞼がうっすらと開き香藤を見上げた。

全身を波打たせ浅い息をつく。

嫣然とした微笑が浮かび、濡れた瞳が香藤を射抜く。

思わず、香藤は動くのを忘れその瞳に見入った。

「・・・香藤・・・。」

「なに・・・?」

「・・・愛してる・・・。」

「い、岩城さ・・・。」

岩城の中の香藤が、ずくりと熱く反応した。

「・・・んっふっ・・・」

余計に押し広げられたきつさに岩城が、眉を寄せて声を漏らした。

「ご、ごめっ・・・。」

慌てて謝る香藤の首に腕を絡めて引き寄せ、岩城は熱い息で囁いた。

「・・・香藤・・・お前だけだ・・・愛してる・・・。」

「嬉しいよっ、岩城さん!」

香藤が、岩城を抱きしめ再び動き始める。

「もうっ・・・最高だよっ・・」

「・・・あぁっ・・・ぁはっ・・・かとぉっ・・・」

大きく腿を開き身体に引き付け、

突き上げてくるのにあわせて香藤を求め、腰が揺らめく。

「岩城さんっ!愛してる!・・・愛してるっ!」

「・・・もっとっ・・・かとっ・・・」

「いいけどっ、俺っ、止まんなくなるよっ!」

「・・・いいっ・・・お前になら・・・なにをされてもっ・・・」

「岩城さんっ?!」

抱きしめて動きながら、香藤は目を見開いて岩城の顔を見つめた。

「・・・あっ・・・うんぅぅん・・・かとっ・・・か・・・とぉ・・・」

汗にまみれた上気した頬と目元。

きつく寄せられた眉。眦を伝う涙。

開いた濡れた唇。そこから覗く震える舌。

頬へ零れる唾液。

香藤は、喘ぎ声の合間に時折薄く開かれる、

焦点の合わない瞳に気付いた。

・・・今、口走ったこと、わかってない?・・・

・・・無意識に、言ったの?・・・

香藤の胸に、言い様のない感動が湧き上がった。

岩城を抱きしめる腕に力を込め、岩城の中のポイントを抉った。

「・・・んあっあぁっ・・・」

途端に、岩城の体が弓形に反り返った。

繰り返しその場所を攻められ際限なく漏れる声が、部屋中に響いた。

「俺・・・も・・・いきそ・・・岩城さ・・・」

「・・・ひっいぃっ・・・いっ・・・かとっ・・・」

香藤の最後の突き上げに岩城は体中を震わせて仰け反り、

掠れた悲鳴をあげ香藤の背に回した手が爪を立てた。

「・・・痛っ・・・てっ・・・。」




「・・・香藤・・・。」

「ん?」

「・・・悪かったな・・・。」

「なに?岩城さんが謝ることなんて何もないじゃん。」

「そうだけどな。一応、ああいう格好をしたことは・・・」

香藤の穏やかな顔に、言いかけて岩城はほっと息をついた。

「でもさ、この格好の岩城さんを抱けるのは、俺だけだもんね。」

「ああ。」

「これから着てもいいけど、俺のこと思い出しちゃ駄目だよ。」

「わかった。」

岩城は、香藤の腕に囲まれて頷いた。

「嬉しいよ。俺、全部聞いちゃったもん。」

「なにを?」

「久しぶりに、俺に愛してるって言ってくれたし。」

「そ、そうだったか?」

真っ赤な顔で見上げる岩城を、

香藤はしっかりとその腕に抱き直した。

「そうだよ。岩城さん、めったに言ってくれないじゃない?」

「そうだっけ・・・。」

「そうだよ。それに、さ・・・。」

くすくすと笑いはじめた香藤の首に腕を回して、

岩城は小首をかしげた。

「なんだ?」

「背中に爪立てるほど、良かった?」

「えっ?!」

慌てて起き上がり香藤の背を覗き込んだ岩城を見て、

香藤は思い切りの笑顔を向けた。

「す、すまんっ!大丈夫か?」

「うん。明日は脱ぐとこないから。」

「痛くないか?!」

「痛いよ。」

あっさりと答える香藤に、岩城は思わず絶句した。

「でもさ、俺には嬉しい痛みだから、気にしなくていいよ。」

「香藤・・・。」

腕を引かれて岩城は香藤の胸に倒れこんだ。

その耳に香藤が囁いた。

「嬉しかったよ、岩城さん。

俺にはなにをされてもいいって、言ってくれて。」

「えっ?!」

岩城の呆然とした顔を見て、香藤が爆笑した。

「やっぱり、憶えてないんだ?!じゃあ、余計嬉しいよ!」

「俺、そんなこと言ったのか・・?」

見る見るうちに岩城の頬に、

着ている襦袢に負けないくらいの朱が上る。

香藤の笑顔を見ていられなくて顔を背ける岩城を、

たまらず香藤は抱き込んだ。

「・・・可愛い・・・岩城さん・・・。」

「・・・可愛いって言うな・・・。」

「だって、可愛いんだもん。

俺に全部を預けてくれてるってわかって、

俺、すっごく嬉しい。」

「当たり前だ、お前以外に誰がいる。」

「うん。心も、身体も、全部俺だけの岩城さんだもんね。」

「香藤・・・。」

岩城が香藤の胸に頬を摺り寄せた。

その岩城を香藤が優しい瞳で見つめていた。

「・・・お前は、俺以上に俺を理解してくれてる。

俺さえ知らなかった俺自身を・・・。」

「そう?」

「ああ。俺の身体も・・・。」

「それはね、当然でしょ?」

「ああ。そうだな。」

「岩城さんって、体に黒子も染みもないと思ってるでしょ?」

香藤の、妙な笑いに岩城が警戒心を込めた顔で見返した。

「黒子なんてないぞ・・・?」

「へへっ!あるんだよねぇ、それが。教えてあげよっか?」

その言葉に、

ふっと笑って首をふる岩城に香藤が不思議そうな顔を向けた。

「なんで?」

「お前だけが、知っていればいい。」

蕩けそうな顔で香藤が岩城を抱きしめた。

「もお〜、それ殺し文句〜。」

「いつもは、俺が殺されてるんだ。それくらい、いいだろ。」

「なに言ってんの〜、

いつだって岩城さんにやられてんのは俺のほうだよ〜。」

「・・・馬鹿。」






「うわっ?!」

その声に振り返ると、担当の衣装さんが、

真っ赤な顔で固まっていた。

「どうし・・・。」

香藤は彼の視線が、

着替え中の裸の背中に向けられているのに気づいた。

・・・あ、そっか・・・。

「内緒にしといてね。」

「はは・・・。」

衣装さんの引きつり笑いに、

悪戯小僧のような顔で笑うと、香藤は片目を瞑って

見せた。



「香藤さん、お願いします!」

「はい!」







               〜終〜




              2005年3月21日