山茶花






シャ、シャ、シャ。

岩城が、二人分のコーヒーカップを持ってソファに戻ってきた時、

香藤の姿がそこになかった。

外から音がして、岩城はリビングから庭に顔を覗かせた。

そこに、楽しそうに歌を歌いながら、

箒をもって庭の枯葉を掃く香藤がいた。

「かきねのかきねの曲がりかどぉ・・・」

ふ、と岩城は口元をほころばせた。

「おい、香藤。コーヒーが入ったぞ。」

「あ、ありがとう、岩城さん。」

「どうしたんだ、いきなり。」

「ん?庭掃除?」

香藤は、カップに口をつけながら答え、一口飲んで口を開いた。

「うん。なんか、歌、思い出してさ。」

「歌?」

「落ち葉焚き。」

「は?」

岩城が、困惑気味に首を傾げた。

「だから、ほら、さざんかとか歌ってるやつ!」

ああ、と岩城はようやく笑って頷いた。

「さっき歌ってたやつか。あれは、焚き火って歌だ。」

「へ?そなの?ねぇ、やらない?」

「焚き火をか?」

カップをテーブルに置くと、

香藤は、にこにこと笑いながら岩城の手を引いた。

「懐かしいよねぇ・・・。」

香藤が落ち葉をかき集めて、焚き火を始めた。

庭にキャンバスチェアーを持ち出し、二人で並んで座った。

「あの歌もさ。」

「そうだな。」

「あれってさ、子供の頃を思い出すんだよね。」

「そう言えば、俺もやったな。

うちに、山茶花も咲いてたしな。でも、」

「でも?」

「俺のとこは、山茶花が咲く頃は一面雪だったからな。

焚き火どころじゃなかったぞ。」

「ふぅ〜ん・・・そっか。場所によって、違うんだね。」

「ああ。

学校じゃ歌ってたが、

みんなで可笑しいって言いあってたな。」

岩城の、ほんの少し寂しげな顔を見ていた香藤は、

ふ、と、眉をひそめた。

「ねぇ、岩城さん。さざんかって、どんな花だっけ?」

「椿に似てる。」

「椿、椿、ね・・・あのさ、さざんかって、どう書くの?」

「山のお茶の花って書くんだ。」

「なんで?」

岩城はふっと溜息をつくと、

チェアーの肘掛についた手で額を押さえた。

「なんか、呆れてない?」

「まぁな。」

「ひどいなぁ。いいじゃない。」

「お茶に似た、山に生える木のことを言ったんだ。

お茶も、山茶花も椿の仲間だよ。」

「へぇ〜〜〜!」

「山茶花のお茶もある。」

「山茶花のお茶?」

「ああ。」

冬の一日、穏やか、とはいえ風が冷たい。

焚き火も、風に煽られ始め、

二人は火の始末をすると家へ戻った。

「ふぅ。ちょっと寒くなったな。」

「でも、久しぶりの焚き火、楽しかったね、岩城さん。」




「はい、岩城さん。誕生日のプレゼント。」

香藤が差し出したのは、中国茶専門店の紙袋。

「なんだ、これは?」

「うん。お茶。」

首をかしげながら、岩城は包みを解いた。

そこから出てきたのは、中国茶の中で、

工芸茶と呼ばれるお茶とガラスの茶器。

「綺麗だよォ。

俺、飲ませてもらったけど、ポットの中に花が咲くんだ。」

クス、と岩城は笑った。

「お前、憶えてたのか?」

「山茶花のお茶、ね。」

香藤も笑って頷いた。




「綺麗でしょ?」

透明なポットの中に、花が咲いている。

「岩城さんみたいだよね、これ。」

「は?」

「花びらが透明で、まっ白で。」

「・・・お前、また寝ぼけてるのか?」

「またって、何さ?」

香藤が口を尖らせた。

「花言葉知ってる?」

「山茶花のか?いや、知らないな。」

「あのね、」

香藤はカップを両手で持ち、岩城に微笑んだ。

「困難に打ち勝つ、ひたむきさだって。

でね、白が、愛嬌、理想の恋。

桃色と赤が、理性と謙遜。ね?岩城さんでしょ?」

「・・・なに言ってんだ。

困難に打ち勝つってのは、お前の方だろう。」

心持ち頬を染めて、照れ隠しに岩城はお茶を飲み干した。

「そかな。ねぇ、岩城さん、山茶花、植えようか。」

「ん?」

「そしたら、ちゃんと歌の通りになるよ。

それで、焚き火しようよ。」

はっとして顔を上げて見つめる岩城の顔が、嬉しそうに綻んだ。

「ああ、そうだな。」




二人の間の、ガラスの中の山茶花が、ゆらゆらと揺れた。





        〜終〜





         弓



      2006年1月4日
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