始まり





「パネル、買わなくっちゃね!」

香藤が壁にかかっていたカレンダーを下ろし、

3月分を剥がして、

隅のギザギザをカッターで丁寧に切り取りながら、

楽しそうに言った。

「お前、それ、飾るつもりなのか?」

「当ったり前でしょ?」

そのカレンダー。

GIGOLOの各ラインナップ商品を買うとついてくる応募券を、

決められた枚数送ると貰えるというもの。

以前、ヌードモデルの代わりにポスターに出て以来、

決まったように俺にも声がかかる。

このカレンダーも、俺と香藤のペアのものだ。

それを、香藤は月が替わって剥がすたびに、

パネルにして自分の部屋に飾っている。

・・・他の部屋には飾るなと俺が言ったからだが。

そのほかにも、一体どこから手に入れてくるのか、

俺の出たドラマや映画の番宣用のポスターやら、

どこかで売っていたらしいものまで、

額に入れたりパネルにしたもので香藤の部屋の壁は埋まっている。

飾りきれなくて、壁際に立て掛けられたままのものまであるのに・・・。

「いい加減にしろ。たかが、カレンダーだぞ。」

「なに言ってんの?!」

さも心外だというように、目を剥いて俺を睨む。

「岩城さんだよ?!

たとえ紙切れ一枚でも、俺に捨てられるわけないじゃん!」

あまりにストレートな言葉。

本気で言ってるのがわかるだけに、なおさら恥ずかしくなる。

「うわあ・・・。」

「どうした?」

「4月の岩城さん、かっこいい・・・。」

カレンダーを壁に戻しながら、にやけた顔をする。

「凛々しいよねぇ。青いシャツの岩城さん。でもさぁ・・・。」

「なんだ?」

「妙に、色っぽい顔なんだけど・・俺以外の前で、こんな顔しないでよ?」

「また、始まったな。」

「だっからぁ!」

香藤が口を尖らせるのを無視して、俺もその4月のカレンダーを見た。

・・・お前のほうが、かっこいいんじゃないのか・・・。

精悍な顔つきの、香藤。

挑むような目で、少し斜に前を見つめる。

「春ってさあ、ちょっと寂しいよね。」

香藤が、意外なことを言う。

「寂しいって、なぜだ?」

「だってさ、春って確かにスタートって気がするけど、

終わりでもあるんだよね。」

「・・・終わり?」

「そう。卒業とかも春じゃない?

3月でしょ?まあ、それがあっての4月スタートなんだけどさ。」

「へえ・・・。」

「なに?」

「いや、お前、意外にロマンチストなんだな。」

「なに、意外って?ひっど〜い、岩城さん!」

そう言って抱きついてくる香藤の重みを受け止めながら、

俺は自分にさっきの香藤の言葉を重ね合わせていた。

「確かにお前の言ったとおりだな。

でも、俺にとっての始まりは4月じゃない。」

「へ?」

「俺の人生の始まりは、お前に出会ったときだ。」

ぽかんとして俺を見ていた顔が、あっという間に崩れる。

・・・そんなだらしのない顔、外でするなよ・・・。

「お前に出会って俺の人生はスタートしたんだ。」

「もぉ〜、岩城さんてばぁ・・・。」

ぐずぐずになった顔で、俺の顔にキスの雨を降らせる。

「こ、こら!やめろ!」

くすぐったくて、でも、嬉しい感覚。

「だめぇ〜、止まんない!岩城さんがそんなこと言うからだよぉ〜!」

「・・・そんなことって言っても・・・」

「なに?!なに?!」

「・・・仕方ないだろ・・事実なんだから・・・。」

「岩城さ〜ん!」

恥ずかしくて、抱きついてきた香藤の肩に顔を埋めた俺の頬に、優しいキス。

「嬉しいよ!俺、もう、幸せ!」

・・・馬鹿。幸せなのは俺のほうだ。





「香藤。」

「うん?」

「4月のカレンダー、パネルにしたら、俺にくれ。」

「へっ?!なんで?!」

「俺の部屋に、飾るから・・・。」

「あ〜〜もぉ〜〜!俺、幸せで、死んじゃいそう・・・!」





             〜終〜




            2005年3月1日

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