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Macthmaking





「すみませんっ!ほんっとに、すみません!」

去年、デビューした新人、ハジメ。

ドラマで共演している彼が、撮影に遅刻した。

真っ青な顔で頭を下げてまわる彼に、監督が口を開きかけた。

その時、黙って腕を組んで彼を見つめていた香藤が、声を荒げた。

「すみませんてのはなぁ、まだ済んでいませんてことなんだ!

謝ったことにはならないんだよ!」

「あっ・・ご、ごめんなさいっ!」

「そうだ。謝るってのは、そういうんだ。」

香藤は、組んでいた腕を下ろして彼に近付いた。

じっと見つめる瞳にハジメがばつが悪そうに俯きかけた。

「お前、寝てないだろ?」

「は・・・。」

「どうした?」

「はい・・ちょっと、考えごとをしていて・・。」

「話しは後で聞いてやる。その代り、NG出すなよ。」

「はいっ!」

「監督、始めましょうか。」

「ああ、そうだね。」




失敗を取り返そうと必死になったハジメと、

香藤のいつものハイテンションのお陰で、

撮影は思ったより早く終わり香藤がハジメに声をかけた。

「もう一回、みんなに謝ってこいよ。それから、メシ食いに行こう。」

「はいっ!」

マネージャーとともに全員に頭を下げて回り、

ハジメは香藤の元へ戻ってきた。

「マネージャーさん、こいつ借りるよ。」

「はい、ありがとうございます。」

「帰りはタクシーで送るから。」

「申し訳ありません。よろしくお願いします。」

「いいよ。約束したからね。」




「で、どうしたんだ?」

食事が終わり、酒を頼んだ香藤が徐に口を開いた。

「は・・ちょっと、考え込んじゃって・・・・」

「だから、なんで?」

ハジメが、少し頬を赤らめて俯いた。

その顔を見て香藤が気付いたように笑顔になった。

「・・・ひょっとして・・女か?」

「・・・は・・・。」

恥ずかしそうに顔をしかめてハジメが頷いた。

「・・・すみませ・・あ・・ごめんなさい。

そんなことで遅刻しちゃって・・・。」

「なるほどね。喧嘩でもしたのか?」

「いえっ・・実は・・まだ・・・。」

「まだ?・・・まさか、告白もしてないってんじゃないだろうな?」

「・・・はい・・・。」

消え入りそうな声で返事をするハジメに、

香藤が大げさに溜息をついて見せた。

「あ〜あ、なにやってんだよ〜。

お前ならオーケーしてくれるんじゃないのか?」

「無理ですよ!香藤さんならそうでしょうけど、俺なんか・・・。」

「俺ならってなんだよ、それ?そんなこともないぞ。」

「なに言ってんですか!香藤さん、カッコいいし・・・。」

香藤が、くすっと笑ってハジメを見つめた。

「あのなぁ、外見なんて関係ないんだよ。

それで落せるなら苦労はしない。」

「そんな!香藤さんが苦労するなんて、ありえないですよ!」

「それが、ありえたんだよな。岩城さん落とすの大変だったんだぜ。」

「へっ?!」

ハジメが頓狂な声を上げた。

その声に香藤は腹を抱えて笑いながら口を開いた。

「ほんとに、大変だったんだ。あの人、すごい人だから。」

「すごい・・・?」

「ああ・・くそ真面目で、堅物で、頑固。

その分純粋で、繊細で、傷つきやすくて。」

ハジメがそう話す香藤の顔を眩しげに見つめた。

初めて見るような香藤の、優しい顔。

「もちろん、男になんてまったく興味なかったしな。俺もだけど。」

「え?あれ?香藤さんて・・・。」

「そうだよ。岩城さんも俺も、同性愛者じゃない。今でもね。」

「そうなんですか。知らなかった・・じゃ、それが、どうして?」

好奇心丸出しの顔で尋ねるハジメに、香藤がくすりと笑った。

「俺のほうが先に好きになったんだ。可愛いって思っちゃって。」

「どうやって、告白したんですか?・・・っていうか、

どうして告白しようって思ったん

ですか?」

「どうしてって言われてもな。普通、好きなら告白しないか?」

「で、でも!男ですよ?

嫌がられるとか、嫌われるとか、考えたりしませんか?」

「全然。好きになっちゃたものはしょうがないだろ?」

「そりゃそうですけど・・・。」

「お前だって、好きになったらどうしようもないわけだろ?

眠れなくなるくらい。」

「はい・・・。」

「言っちまえよ、悩んでないで。」

「いやっ・・でも・・・。」

「いいから、言っちまえって!」

顔をゆがめて言いよどむハジメの背を、香藤がドン、と叩いた。

「いてっ・・香藤さんは、どうやって告白したんですか?」

「俺か?俺は、告白も何も、岩城さんちに押しかけたから。」

「は?」

きょとんとした顔で見返すハジメに、

ぷっと吹き出しながら香藤は片目を瞑って見せた。

「無理矢理引っ越したんだ。ま、その前に好きだとは言ったけど。」

「ひぇ・・そんな勇気、俺にはない・・・。」

「多少強引にしないと、絶対駄目だと思ったんだ、

あの人の性格を考えるとさ。

待ってたら、きっといつまでたっても、

俺のこと見てくれないと思ったし、

ドラマの共演が終わったら中々会えなくなるしね。

だから、やっちゃった。」

こともなげにそう言って笑う香藤に、ハジメは溜息をついた。

「当たって砕けろよ。言わなきゃ始まらない。」

「そうです・・けど・・・。」

「駄目元でいいじゃん。

断られることを先に考えててもしょうがないぞ。」

黙り込む彼に香藤は言葉を続けた。

「人を好きになるっていいことだろ?

たとえ相手がこっちを好きじゃなくても別にいいじゃん、

自分が好きなら。」

「それは、両思いになってるからですよ。

岩城さんと夫婦だから、言えるんじゃ・・・。」

「いんや。俺はたとえ岩城さんが俺を受け入れてくれなくても、

ずっと好きだったと思うぜ。

断られただけで諦められるんなら、それは愛じゃないだろ?」

「・・・あ・・・。」

はっとしてハジメは香藤を見つめた。

「・・・岩城さんが答えてくれるまでって、どうしてたんですか?

同居してて・・・。」

「別に、どうもしない。毎日、好きだって言い続けてただけ。」

「え?」

「あとは、岩城さんが嫌がることとか、

不愉快なこととかは一応気をつけてたけどね。」

「はぁ・・・。」

「そんなことは好きなら普通だろ?・・・でも、

俺、あんまり気にしないで突っ走ったかな。

だってさ、愛してるんだからそれを相手に伝えなくてどうするんだよ?

一生大事にするって決めたのに。」

「・・・・・。」

香藤の言葉に、ハジメが真顔になった。

その顔を見ながら香藤が頷いた。

「ぶつかってみな。弾け飛んでもいいじゃん。」

「はい。」




「お前がねぇ・・・。」

「なに、それ、岩城さん。

俺が恋のアドバイスしたら、可笑しい?」

岩城がくすくすと笑い、

香藤はその岩城のおかしそうな笑いに口を尖らせた。

「お前に相談するのはどうかと思うぞ。」

「なんでさぁ?!」

「どうせ、言っちまえしか言ってないだろ?」

「・・・なんでわかんの?」

きょとんとする香藤の顔に、岩城が吹き出しながら答える。

「わかるさ。

自分のことを引き合いに出して、なんだかんだ言ったんだろ?」

「岩城さ〜ん!なんで?どうして?」

「だから、俺にお前のことがわからないとでも思うのか?

お前だって、俺のことわかるだろ?」

岩城の穏やかな微笑を香藤は嬉しげに見つめた。

「そうだよね。そうだったね・・・俺、さ。」

「ああ。」

「自分が、岩城さんみたいな人と一緒になれたから、

だから、気持ちさえ本物なら絶対通じるって思ってるんだ。」

「・・・そうか。」

「うん。」

香藤がそう言って岩城の頬にキスをした。

「・・・あいつ、大丈夫かな。」

「大丈夫だろ。」

岩城が香藤の首に腕を回しながら言った。

「お前がアドバイスしたんだから・・・。」






「香藤さん、」

スタジオの廊下でハジメが香藤を呼び止めた。

「どうした?」

「ちょっと、ご自宅にお邪魔していいですか?・・・あいつ、連れて。」

「いいけど、なんかあったのか?」

「ええ・・・ちょっと・・・。」






「だから!なんで信じてくれないんだよ?!」

「信じられるわけないでしょ?!遊び人のくせに!」

香藤・岩城邸のリビングで、二人が立ったまま言い争っている。

家主は二人でソファに並んで座り、

それを呆れた面持ちで眺めていた。

「・・・なんだか、昔を思い出すな。」

岩城が零した言葉を、ハジメと女が聞きとがめた。

「喧嘩、なさったことあるんですか?」

「あるよ。」

「しょっちゅうだよね、俺たち。」

岩城と香藤が顔を見合わせて笑った。

岩城が、少し躊躇しながら口を開いた。

「・・・昔、俺もそうやって香藤を信じられないでいた。

遊び人だったからな。」

「あ!そういうこと言う?!」

「違ってるか?」

「・・・そりゃ・・まぁ・・・。」

香藤が苦笑して頭をかいた。ハジメと、

その告白の相手、レイコが二人の傍へ座り込んだ。

岩城が香藤の顔を見て、視線を二人に向け、

まるで独り言のように話し出した。

「・・・香藤は、俺より年下だし、

俺と違って何に対しても積極的で、それに華やかだ。

俺を好きだというが、俺は最初それを信じていなかった。」

「どうしてですか?」

レイコが、不思議そうな顔で尋ねる。

「なぜ、俺なんかをって、思ってたからだ。

今の、君みたいに、信じられなかった。」

「どうして、信じようと思ったの?

・・・そういえば、俺、聞いたことないね。」

香藤が岩城の顔を覗き込んだ。

その香藤に微笑みかけながら岩城は再び口を開いた。

「いつでも真っ直ぐに俺に向かってきてくれた。

お前の言葉は嘘じゃないと思った。」

「そ?愛してるからね。」

「ああ・・・その愛情だ。

俺が何も持っていなくてもお前は俺を愛してくれる。

だから、信じることにしたんだ。」

「ありがと。」

「レイコさん。まず、信じてみることだよ。そこから始まるんだ。」

ハジメが、レイコを見つめていた。

その視線を、彼女は黙って見つめ返した。

「さて、コーヒー、入れなおそうか。」

「あ、手伝うよ。」

二人がキッチンへ向かうのを、

ハジメとレイコはどちらともなく視線で追いかけた。

「岩城さん、カップ温めとく?」

「ああ、頼む。」

言葉を交わしながら、用意をする二人。

仲の良さが見ているこちらにも伝わってくる。

「なんか、いいよな。あの二人。」

「うん。話には聞いてたけど、本当に仲いいんだね。」

「香藤さんの話聞いてても、よくわかるよ。」

「ラブラブなの?」

「ああ・岩城さんのこと、ものすごく大事に思ってるって・・・」

レイコがハジメの言葉に、キッチンへ視線を戻した。

岩城の言葉が再び耳に響いた。

『・・・まず、信じてみることだよ。そこから始まるんだ・・・』





『はい。俺たちの縁結びの神は、香藤洋二さんです。』

『それから、岩城さんにも、色々と相談に乗っていただいて。』

ブラウン管の中の二人が、

そう言って頬を染めて見詰め合っている。

「まったくだよ。岩城さんにまで面倒かけちゃって。」

「いいさ。俺は気にしてない。」

香藤と岩城はソファで身体を寄せ合ってそれを見ていた。

「ずいぶんな、電撃結婚だよね。」

「まあ、いいんじゃないのか?

人を好きになるのに、時間なんて関係ないだろ?」

岩城のその言葉に、香藤が笑顔を浮かべた。

「まあね、思いたったが吉日って言うしね。

俺も岩城さんのこと好きになるの、早かったもんね。」

「ああ。お前、思いついて、いきなり引っ越してきたじゃないか?

そうだろ?」

岩城の言葉に膝を叩いて笑う、その香藤の笑顔を、

岩城は眩しげに見返した。

・・・そう、だから、今の俺たちがある・・・。

岩城の心に、深い感慨が湧いた。

香藤の気持ちを受け入れ、愛し、そして、香藤に愛される。

忘れていた大事なことを、香藤に思い出させてもらった。

「俺は、幸せだ。」

岩城がぽつりと零した。香藤が瞳を輝かせた。

「嬉しいよ、岩城さん。俺も、すっごく幸せ。」

見つめあい、自然と唇が合わさる。

その二人の耳に、TVからの声が届いた。

『俺たち、香藤さんと岩城さんみたいな夫婦になりたいんです。』

『そうなんです。あのお二人が理想です。』

「偉い!ハジメ、見直したぜ。」

「俺たちみたいな、か・・そうなのかな。」

「なに、岩城さん、それ?どゆこと?」

「傍から見ると、そういう風に映ってるんだな。」

「そうだよ!俺よく言われるもん。」

香藤が、にっこりと笑った。

岩城もつられて華のような笑顔を浮かべた。

「理想の夫婦としては、離婚は出来ないな。」

香藤が大げさに仰け反って、両手を広げた。

「あるわけないでしょ、そんなこと!

それとも、岩城さんはあると思ってるわけ?!」

「さぁ、どうだかな。」

笑いながらそう言って立ち上がり、

キッチンへ向かう岩城を香藤は慌てて追いかけた。

「ちょ、ちょっとっ、それ聞き捨てならないんだけど!」

「お前が、妙なことをしでかさないとは限らないだろ。」

「ひぇぇぇぇっ・・。」

岩城が香藤の前科を言っていることがわかって、

香藤は頭をかかえてしゃがみこんだ。

その香藤の前に、岩城は膝をおって座った。

「馬鹿、冗談だ。」

「岩城さ〜〜ん・・・。」

顔を上げた香藤の視線の先に、優しい岩城の微笑があった。

「信じてるから、香藤。お前には俺しかいない。

俺には、お前しかいない。

今のは俺が悪かったな。謝るよ。」

「岩城さん・・・。」

泣きそうな顔で抱きついてくる香藤の背を撫でながら、

岩城は彼を抱えて立ち上がった。

ゆっくりと唇が重なり、お互いの温もりを確認する。

そこへ、ハジメたちの声が聞こえた。

『香藤さんと岩城さんには、

ずっと、ラブラブでいていただきたいです。』

『目標にしますから。』

二人は顔を見合わせて吹き出した。

「言われなくたって、俺たち一生ラブラブだよね。」

「・・・周りに嫌がられそうだな・・・。」







               〜終〜



              2005年3月7日