只為汝(ただ汝のためのみ)




奈何許        (いかんせん)

天下人何限     (天下に人なんぞかぎりあらん)

慊慊只為汝     (けんけんただ汝のためのみ)





「お止めください、お上・・・!」

「なにゆえに?」

「人が・・・来ます・・・。」

「かまわぬ。朕とそなたのことは皆が知っている。何を煩う?」

「まだ・・・陽が高うございます。」

「そなたを見ていると我慢など出来ぬ。欲しい。」

「・・・あっ・・・」

無邪気な、子供のような熱情。

真っ直ぐに、私を欲して下される。

最初に告げられた、そのときからそれは変わらず・・・。

彼の君の手が、衣の前を探り差し込まれる。

加えられる愛撫と、彼の君の口付けに息が上る。

「・・・あ・・・ん・・・んん・・・」

私の下半身が震え立っていられなくなったのを見て、

彼の君は私を床に押し倒す。

「・・・あぁっ・・・あぅっ・・・」

「愛している・・・そなただけだ。」

「・・・ああっ・・・もう・・・」

羞恥に震える私の心に反して、

身体は射ち込まれる熱く滾る彼の君の楔を歓ぶ。

「呼んでくれ・・・孔明・・・。」

「・・・あんっ・・・お上・・・」

「その呼び方は、嬉しゅうない。」

「・・・・吾が・・・背・・・・・」

「おお、愛しい俺の孔明・・・。」

私の腰を両手で押さえ焦らすこともなく、

私の中の一番敏感な場所を突き上げてくる。

「・・・ひぃいっ・・・!」

彼の君にしがみつき、腰をすりつけ悶えのたうつ私を、

彼の君が容赦なく抉る。

私の上げる声が掠れ、泣き声に変わるまで、

彼の君は強く私を攻め続ける。

「・・・ああっ・・・もう・・・お願い・・・」

すすり泣く私の声を聞いて彼の君は満足げに微笑むと、

ようやく動きを早めた。

「・・・ひっ・・・あああっ・・・!・・・」


私の下半身を丁寧に拭い取り、

私の衣服を整えながら彼の君が笑う。

「美しいというのは、罪だな。」

私の頬に朱が浮かんだのを見て、

彼の君は私を抱き寄せ唇を塞ぐ。

「怒るな、事実だ。」

「・・・お戯れを・・・」

「だから、我慢出来なくなると言ったんだ。」

「・・・そんな・・・」

「はははっ、許せ、孔明。

いつでも、どこででもそなたが欲しくなる。

 どうしようもない。」

「・・・吾が背・・・」

「ん?なんだ?」

「・・・愛しております・・・私も・・・。」

「そなたがそう言うてくれるのは、久しぶりだな!」

心に染み入ってくる眩しい、微笑・・・。

私のために広げられた彼の君の袖に包まれる。

・・・私の、至福の時・・・。








・・・・・夢・・・・・?

・・・夢・・・か・・・。

そうか・・・ここは五丈原、陣幕の中だった・・・。

なぜ、今頃になってこんな夢を見るのか・・・。

腕に、胸に、背に、脚に、項に、私の中に、

お上の息、触れる手、指、唇、

お上の熱い楔がありありと蘇る・・・。

優しい囁きが、耳に、残っている・・・。

『・・・我愛你・・・』        (愛している)

お上が逝かれて、もう、何年になる・・・。

私も年を経て、今、病をえているというのに・・・。

・・・いや・・・。

それゆえか・・・。

迎えに、来てくださると・・・?

お上の、鳶色の瞳。

優しい、眩しい、太陽のような・・・。

お上はまさしくこの国を照らす太陽だった。

共に戦い、共に生き、幾たびかの困難を共に乗り越え・・・。

・・・我・・・想・・・見・・・你・・・    (逢いたい)

お上が逝き、遺言に従って御子を助けここまで来た。

でも、もう・・・。

ひとたびは、仲達を欺くことが出来よう。

したが、二度目は無い。

・・・この国は魏には勝てぬだろう。

最後までは、お守りできぬ・・・。

・・・お許しを・・・。





(・・・・孔明・・・・)

ああ・・・お上・・・?

(・・・その呼び方は嬉しゅうないと言っただろう・・・)

吾が背・・・来て下されたのか・・・?

(・・・おお。約束したはずだ・・・)

・・・嬉しい・・・。

(・・・さあ、逝こうか・・・)








「・・・え・・・?」

暗闇の中で、目を開いた。

頬につたわる涙に気付いて、拭おうと手を上げた。

ベッドサイドの灯りが燈る。

「どうしたの?」

「・・・香藤・・・」

優しい、鳶色の瞳が気遣わしげに見つめる。

「夢でも見た?」

「・・・ああ・・・」

逞しい腕に引き寄せられ、その胸に抱かれる。

・・・ほっとする・・・。

「嫌な夢だった?泣いてるけど・・・。」

「・・・いや・・・。」

「どんな夢?」

「あまり、憶えてない。」

「ふ~ん。」

「でも・・・。」

香藤の顔を見上げる。

・・・夢の中に、確かに香藤がいた。

・・・優しい、眩しい、香藤の微笑。

・・・この瞳は、憶えている・・・。

「・・・お前に、抱かれていたような気がする・・・。」

「へえっ?!ほんとに?俺、すっごい嬉しい!」

「ああ・・・とても幸せだった・・・。」

俺を包むこの温もりを憶えている。

「幸せ者だね、俺。岩城さんの夢の中にちゃんといるんだ。」

「俺もだ・・・香藤・・・。」

「ねえ、岩城さん・・・。」

・・・お前、もうその気になってるのか・・・。

「ねえ、だめ?」

その真っ直ぐな瞳で熱くねだられて、

俺が嫌だと言えると思っているのか?

「・・・ああ。」

「ほんとに?いいの?怒らない?」

「・・・ああ、早くこいよ・・・」

・・・夢に煽られたかな・・・。

・・・幸せな夢の続きを・・・。





                 ~終~
               


               2004年12月15日





只為汝・・・漢詩「読曲歌」詠人知らず
























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