妖魅






「あ、え、い、う、え、お、あ、お!」

玄関を開けた途端、香藤の腹の底に響く声が聞こえた。

「・・・いい声だ。」

岩城は、ふっと口元をほころばせてその声を聞いた。

少し、大きめの声で呼びかける。

「ただいま。」

ばたばたと、足音が聞こえリビングの扉が開いて、

香藤が飛び出してきた。

「お帰り!」

顔中に笑顔を咲かして、

抱きつかんばかりに駆け寄ってくる香藤に、

岩城が手を伸ばした。

それを香藤は受け止め、岩城の肩を抱いた。

「早かったんだね。」

「ああ・・・お前は発声練習か?」

「うん。俺だって、それくらいするよ。

それよりさ、今度のドラマ、凄いよね。

俺初めてだよ、こんな仕事。

ホラーだよ?!オカルトだよ?!びっくりだね。」

岩城は、香藤の嬉しそうな顔を見ながら、軽く溜息をついた。

「なに?」

「・・・いや・・・だからってなんで俺たちなんだ?

あざとくないか?」

岩城が少し眉をしかめた。

香藤は内心、また始まった、

と思いながらも宥めるような顔で岩城を見つめた。

「そういうけど、岩城さんだって受けたわけでしょ?

いやなら、断ってるはずだよ。」

「まぁ、そうなんだがな。」

「本がいいからでしょ?

俺だって、この話が来たとき、ちょっと考えたけど、

やってみたいと思ったから受けたんだ。

岩城さんとじゃなくても、受けてるよ。」

「そうだな・・・お前の言うとおりだ。」

「うん。がんばろうよ。」

香藤の笑顔に、岩城はほっと息をついた。






岩城と香藤が共演するドラマ。

設定は江戸時代。主人公は、二人の、抜け忍。千影と魅狼。

魅狼の正体が人ではなく、

地上のありとあらゆる魔物たちを統べる若長であったことで、

幼馴染として兄弟のように育った二人が戦うことになる。

自分をひとり残して何も言わずに忍びの里を出奔した魅狼を、

千影が追い、村を出る。

抜け忍として仲間からも狙われながら、千影は魅狼を探し続ける。

特殊な設定のため、CGを駆使して製作される。

その魅狼役を岩城が演じる。

岩城の美貌が、その役にぴったりだと原作者が太鼓判を押し、

千影役の香藤もまた、適任と言われた。

製作会社のスタッフたちも、

演じるのが岩城と香藤のため、力の入れようは半端ではない。






「こんなところにいたのか。」

村の外れの野原に、魅狼が何を見るでもなく座っていた。

木陰から出てきた千影は、その隣に腰を下ろした。

「何をやってるんだ?」

「別に・・・。」

魅狼は、視線を外しながら少し、座る位置を千影から外した。

それに気付いた千影は、不審げに顔を顰める。

「おい、避けることはないだろう?」

「・・・そうじゃない。」

魅狼は、困ったように溜息をついた。


赤子の頃にともに拾われ、兄弟のようにして育った。

みなし児である寂しさをお互いの温もりで癒してきた。

成長し、村でも一、二を争う忍びに成長してからも、

仲のよさは相変わらずだった。

それが、ここのところ魅狼の様子がおかしい。

こうやって、時折村から離れ一人で物思いに沈んでいる。

千影にさえ黙って。


「何が、あったんだ?

この俺にも言えないことなのか?」

「・・・・・・。」


言えない、訳ではない。魅狼自身にも、わからないことなのだ。

夢を見る。

その夢の中で、魅狼は周りを囲まれている。

妖怪、亡者、化け物どもに。

襲われるわけではない。

彼らは、魅狼に向かって縋りつくような目を向けている。

手を伸ばし、救いを求める彼ら。

『・・・お助けを・・!・・』

『・・・どうか、早く・・・』

『・・・若長・・・!・・・』

その夢を見たとき、

魅狼は自分の中にどす黒い塊が頭を擡げたような気がした。

その塊が、自分の身体を中から食い荒らしていく恐怖を感じた。

それは、その夢を見るごとに大きくなっていく・・・。

それにつれて、人としての自分の心が、

少しづつ死んでいくような気がする。

自分が、自分でなくなる・・・。

なにか、禍々しいものが自分の中に、ある・・・。

それは、恐ろしいものであるはずなのに。

同時に、心が震えるような、甘美な歓びを伴っている・・・。

いつか、それに全てを食い尽くされて、

あの化け物どものほうへ行ってしまう・・・。

千影のことさえ、わからなくなって・・・。

「・・・魅狼・・・?」

眉を顰めて俯いたままの魅狼。

千影は、その肩に手を伸ばした。

びくっ、と魅狼が身体を震わせる。

「・・・俺に、触れられるのも、いやか・・・?」

「ち、違う!」

はっとしてあげた視線の先に、千影の悲しそうな顔があった。

魅狼が変わっていく。千影は気付いていた。

時折、人を見下すようなことを口にするようになった。

そんな視線を人に向けるようになった。

以前の魅狼には有り得なかったことだ。

「・・・なら、いいけど。」

おずおずと、魅狼はその肩に回された腕に凭れた。

「・・・ごめん、千影・・・。」

「いいよ、謝らなくても。」




魅狼が、姿を消した。千影に、傷を負わせて。

生死の境をさまよった千影が意識を取り戻したとき、

魅狼は破門され、村から追い出されていた。

わからなかった。

なぜ、魅狼は自分を殺そうとしたのか。

なぜ、人が変わったようになってしまったのか。

千影は、村を後にした。

魅狼を連れ戻すために。

その理由を聞くために。






「あ〜あ。」

「どうした、香藤?」

リビングのソファに、帰ってくるなり香藤がひっくり返って溜息をついた。

「なんかさぁ、せっかくの共演だってのに、一緒に演れないんだもん。」

「しょうがないだろ。

お前と俺が一緒のシーンは、最初と最後の何回かだけなんだから。」

岩城が、脹れ面の香藤の隣に腰を下ろして、宥めるように言った。

「それにしてもさ、岩城さんが目覚めちゃうシーン、凄かったね。」

放送された、そのシーン。

妖怪に殺されそうになった瞬間、

魅狼は人としての呪縛が解け、本性を現す。

化け物をふっ飛ばして、束にしていた髪がざんばらになり、うずくまる岩城の姿。

ゆっくりと顔を上げる。

目元に、朱を指したメイク。CGで合成された、紅い瞳。

抜けるような白い肌に、その瞳が妖しく映えた。

ぞっとするような物の怪の美貌。魔王に相応しかった。

「・・・綺麗だったよねぇ・・・俺、あの岩城さんだったら、喰われてもいいや。」

「なに、言ってんだ。」






海辺の村で、千影は物の怪と対峙した。

海を制する妖怪の長。その長を、千影が倒す。

その長の言葉から、千影は、陸の魔物の長のことを知る。






「な〜んかさぁ・・・。」

「ん?」

香藤が自分のベッドに座り、台本を捲りながら岩城を振り返った。

「この話って、切ないよね。」

「・・・そうだな。」

岩城は香藤のほうへ寝返りを打って口を開いた。

「魅狼は、千影のために村を出たんだよね。」

「・・・ああ。」

「そうしないと、いずれ殺してしまうから・・・。」

香藤は台本をサイドテーブルに置くと、ベッドから出て岩城の隣へもぐりこんだ。

片腕を伸ばすと、岩城がごく自然にその腕をくぐり、香藤の肩に頭を乗せた。

「俺でも、そうするだろうな。」

岩城の言葉に、香藤が頷いた。

「うん。俺もそうだと思う。

自分が自分でなくなって、愛してる人を殺しちゃうなんて、やだよ。」






撮影は、中盤に入った。

子供の頃に稽古をつけてもらった別の村の忍びから、

魅狼が尋常な生まれ方をしていない、と聞かされた千影。

「・・・だから?」

「あれは人間ではない。」

「だから、俺を傷つけたと?だから、追うなって言うのか?!」

「千影!落ち着け!」




魅狼の正体が、わかっていく。

海魔の長から聞いた陸魔の長の話と、魅狼が重なる。

千影の回想シーンに、魅狼の妖しい姿が差し込まれる。

岩城が、裸体で撮影したシーン。

暗闇に浮き上がる、岩城の上半身。

白い身体に、長い黒髪が纏わりつく。

香藤が見学に来ていて、

思わず「やめようよ!」と叫んだくらいの、エロティックさだった。

「岩城さん、ほんと、やばいよ、あれ。

使わないで欲しかったな・・・。」

「馬鹿言え、そんなわけに行くか。」

「だって、さぁ・・・。」

物語の中で、千影と魅狼の関係はあくまでも兄弟のように育った幼馴染、

としてあったが、そこここに、それ以上のものを匂わせてある。

その回想シーンもその一つで、岩城が裸体で腕を差し出し、微笑んでいた。

「あんなの見ちゃったら、へんなこと考える奴が増えちゃうよ。」

「心配しすぎだ。」

「岩城さんは、そう言うけどさぁ。」

ソファで、香藤はクッションを挟んで膝を抱きかかえながら岩城を見上げている。

その顔を見ていた岩城は、くすっと笑って両手を差し出した。

「わわっ・・・。」

回想シーンと寸分違わぬその顔に香藤は思わず、ごくりと喉を鳴らした。

「お前にしか、差し出さない、俺の両手は。」

「岩城さん・・・。」

香藤は、クッションを放り出すと、その腕を取って引き寄せた。

撮影した回想シーンのラストのように・・・。



「・・・んっ・・・」

桜色に染まった頬を背けるように、岩城は仰け反った。

香藤の舌が、岩城の蕾を掠めて双果を舐め上げた。

「・・・ぁあ・・・っ・・・」

香藤は、まるで焦らすように、肝心なところを避ける。

腿の内側を、爪を立てるように撫で上げて、

岩城が仰け反るのを楽しそうに、見下ろした。

「・・・はんっ・・香藤・・っ・・・」

岩城がその香藤の顔を見上げて、恨めしそうに睨んだ。

目元が上気し、唇が熱い息で震えている。

妖しすぎるその顔に、香藤の心臓が跳ねる。

岩城の茎から滲み出る先走りを指に絡め、

ゆっくりと岩城の蕾にその指を潜りこませた。

「・・・あっ・・・んっ・・・」

岩城の声が上がり、腰が揺らぐ。

根元まで差し込むと、その指を抉るように回した。

「・・・はっ・・・ぁんっ・・・」

徐々に、岩城の両脚が大きく開いていく。

無意識により深く取り込む為にされる、

岩城のその痴態に香藤は顔を綻ばせた。

指を増やし岩城の中を解しながら、

香藤は胸の飾りを舌で弄り、片手で岩城の茎を扱き上げる。

「・・・んぁあっぁっ・・・」

岩城の茎が、あっけなく開放された。

そのことに岩城が頬を紅くして顔を背けた。

「・・・堪ってた?」

香藤の問いに、余計に頬を真っ赤にして、

うるさい、と言いかけた岩城の中を、香藤は指で抉った。

「・・・はうぅっんっ・・・」

岩城はその快感に首を左右に振って、声を上げた。

「撮影、忙しかったもんね。

CGがあるから、他のドラマより手間、かかるし。」

「・・・んっ・・香藤・・・喋ってないで・・・」

「来いって?」

香藤が笑って岩城を見つめた。

肩を揺らして熱い息をする岩城。

両脚を際限まで開いたその姿で、岩城は、両手を香藤に差し出した。

「・・・岩城さん・・・。」

「・・・早く・・・香藤・・・。」

香藤が蕩けそうな顔で頷いて、指を引き抜き岩城の蕾に自分を押し当てた。

「お前だって、そんなになってるじゃないか・・・。」

岩城がそう言って微笑んだ。

少しばつの悪そうな顔で、香藤は岩城を見下ろした。

「だって、岩城さん、すっごい、色っぽいんだもん。」

「・・・馬鹿・・・」

「・・・いい?」

香藤が岩城の両脚を腕に引っ掛け、岩城の返事を待たずに、ぐい、と腰を進めた。

「・・・あぁっあっ・・・」

香藤の腕を掴み、岩城は香藤がおさめきるまで耐えた。

「・・・凄い、岩城さん・・・わかる?・・・」

岩城の柔壁が、香藤を包み込んで蠢いている。

それを指して香藤は岩城の顔を覗き込んだ。

岩城は首を振って答えた。

「わかんない?・・・俺のこと、離したくないって、言ってるよ。」

そう言って、香藤は指を伸ばして岩城の蕾の縁をなぞった。

「・・・あっはっ・・・」

熱を持ち、疼くそこを弄られて岩城が声を漏らした。

「・・・香藤っ・・・」

「動くよ・・・。」

香藤が岩城を抱え込み、岩城はその首に腕を絡めた。

「・・・っんぁあっ・・・」

叩きつけるように律動する香藤に、

岩城の声があっという間に切迫していく。

絶え間ない嬌声を上げ岩城が腰を、

突き上げにあわせて擦り付けてくる。

その行為に、香藤は眩暈がするほど逆上せた。

「・・・あぁっ・・・あぁっ・・・はぁんっ・・・んふぅ・・・」

鼻に抜ける岩城の甘い声に、動きながら香藤の茎がより熱く煽られる。

「・・・もぉっ・・・なんでそんな、可愛い声だすかなぁ

・・・だから止まんなくなるんだよっ。」

思わず、そう一人ごちて香藤は岩城を突き上げた。

「・・・ひいっぃっ・・・」

いいところを抉られて、岩城の背が反り返った。

その同じ処を香藤は容赦なく攻め続けた。

岩城の腕が香藤の背に回され、我を忘れて身悶え、眦を涙が流れ落ちる。

「・・・ぁふっ・・・かっ・・・かとっ・・・もっ・・・」

「もっと?」

「・・・ああぁっ・・・」

香藤がそう言って、腰を打ちつけた。

岩城の腕が香藤の首に絡みついた。

「・・・香藤っ・・・香藤ォ・・ッ・・・」

呼ぶ声が詰まり、岩城がいきかけていることが香藤に伝わる。

「・・・いいよ、岩城さん・・・俺も、ダメッ・・・」

「・・・ああぁっ・・・んうぅっ・・・か・・・香藤ッ・・・」

二人の身体が、硬直した。

滾る時間が過ぎて少し息が戻ってきた香藤は、ゆっくりと岩城の中から離れた。

「・・・大丈夫?」

「・・・ああ。」

岩城が瞳を閉じたまま、肩で息をしている。

その唇を甘く噛んで香藤は岩城を抱きしめた。

「・・・ほんとに、俺にだけにしてよ、腕差し出すの。」

岩城は荒い息のまま、香藤の頬を両側から引っ張った。

「いひゃいっ!なにすんのっ?」

「お前が、馬鹿なことを言うからだ。」

「ごめ〜ん。」

岩城が、下から香藤の顔を見つめている。

「俺には岩城さんだけだよ。」

「俺だってそうだ。」

「うん。ごめん。」

ふっと岩城が笑った。

まだ上気したままのその顔は、

香藤のモノを熱くするには十分すぎて、

それを感じた岩城は香藤の首に腕を絡ませた。

「俺になら、喰われてもいいんだろ?」

「・・・もう・・・どうしてそういうこと言うかな・・・。」

「・・・来いよ。」

岩城が、熱い息でそう囁いて、両脚で香藤の腰を挟み込んだ。






魅狼を慕う女がいた。

旅の途中で立ち寄った村で、他の流派のくの一と道連れになった千影。

そのくの一の繭とともに魅狼を探す旅の途中、

千影は、魅狼を慕うと女とは知らず、その女に出会う。

その女は、名を琴子といった。

そこは、亡者の村だった。

琴子も、魂だけが生きているだけ。

化け物たちと戦い、千影はその女に助けられる。

去り際、琴子が言った。

「私は、まだ、死ねない。

この命をあの人にあげるまでは・・・。」

巨大な白蛇の身体を乗っ取り、琴子は魅狼を待つ。




村はずれの、廃屋のシーン。

繭が、千影に問う。

「・・・殺すの?」

「・・・探し出して、連れ戻すつもりだった・・・。」




パチパチと弾ける囲炉裏の火。

その音だけのシーン。

「兄弟みたいにして、育ったのに・・・俺に、魅狼が殺せるのか・・・?」

自問自答の声。

『だが、・・・妖怪だ。』

「・・・違う。魅狼は、そんな奴じゃない。」

『人間を喰らう魔物の長だ。』

千影の中で、魅狼を信じたい自分と、

何人もの人を殺した魅狼に対しての葛藤の場面。

激昂する香藤の演技。

スタジオの空気が引き締まった。

『何人もの人が死んでるんだ!』

『・・・なら、その傷はなんだ!

なぜ、魅狼は手裏剣を投げた?!』

「うるさい!黙れ!」


飛び起きる千影。自分との問答は、夢のシーン。

その千影に、魅狼からの呼び出し。

「・・・若長に伝えろ・・・早く、会いたい、とな。」






ブルーバック、というCG合成の一手法がある。

青いスクリーンの前で撮影したものを、

青を抜いたものと別に撮影したものとを合成する特殊撮影の手法だ。

その青いスクリーンの前に、岩城と香藤がいる。

千影と、魅狼の対決のシーン。

撮影の直前まで、香藤は「やだよぉ」と言い続けていた。

「岩城さんを、斬っちゃうんだよ?

すっごい、やだ。」

「仕方ないだろ?

俺は殺られるんだから。」

「それでも、やだよぉ。

俺には出来ないって!」

「馬鹿。」




魅狼が、千影を冷たい顔で見つめている。

「俺は、魅狼ではない。

身体を借りただけだ・・・こやつと一番心の近いお前を殺して、

殻を破りこの世に出ようとしただけだ。」

「・・・そ、それで、俺を殺そうと・・・」

「ふ・・・魅狼の人格がそれを邪魔した

・・・自分の中にある俺を恐れて、逃げ出しおった。」

「俺のために・・・魅狼は・・・」

魅狼が、にやり、と笑った。

「堅かったぞ、こやつの殻は・・・お前を殺すことは出来なかったが、

旅先で女を殺して俺は、完全に転生を遂げた・・・。」

魅狼は、そう言って高らかに笑った。

そして、再び千影を睨みつける。

「だが・・・お前はやはり、殺しておくべきだった。」



「うぇ〜〜ん。」

香藤が、一旦場面が変わるために入った休憩で、椅子に座るなりわめいた。

「なんだ、どうした?」

「岩城さん、怖いよ。」

「なにが?」

岩城が椅子を引き寄せ、並んで座った。

「目が。」

「ああ?」

岩城が苦笑して、香藤を見返した。

「なんだかなぁ・・・マジ入ってるよね。」

「当り前だろ。

お前こそ、人のこと言えるか。」

岩城が呆れ顔で、そっぽを向いてコーヒーカップを口にした。

その二人を、スタッフが遠巻きにしてみている。

さっき撮った言葉の応酬の場面の二人と、まるで別人のような、仲の良さ。

メリハリのある二人の態度が、スタッフたちに好感を持たれていた。

休憩中は少々、熱すぎるのが難点だったが。

共演といっても、最初と最後だけのため、

二人並んでいるのは久しぶりのことだった。

「格好いいなぁ、岩城さん。」

「どこが?」

「ど、どこが、って・・・ほんと、自覚ないんだから。」

「俺は、化け物の役だぞ。」

そう言って、岩城は自分の扮装を指差した。

岩城は、黒い甲冑を身に着けている。

目元に、メイクを施し、CGで物の怪の雰囲気がもっと加わるだろう。

これから、太刀での殺陣のシーンもある。

千影が、魅狼を倒すシーンだ。

「横薙ぎにするの?

それとも、袈裟懸けにするの?」

殺陣師と二人で、太刀をあわせタイミングを計る。

「画的には、横薙ぎのほうがいいかな。」

監督が殺陣師に注文をつける。

「了解。」




ブルーバックの前に戻り、リハーサルが始まる。

太刀を正眼に構えた、二人の睨みあい。

岩城はもとより、映画のために通った道場での修業が香藤の剣捌きに生きている。

殺陣師が、監督にそっとそう伝えた。

「大したもんだね、あの二人は。

太刀が本物に見えるよ。腰、入ってるから。」

「まったく。いい役者だね。」




「今こそ我ら一体となって、人間どもに復讐してやろうぞ!」

魅狼が、亡霊となって現れた海の長に向かって叫ぶ。

「させるかぁ!」

千影が、間に割って入り横薙ぎに払った太刀が、魅狼を倒す。




「うわぁ!やっちゃった!やっちゃったよ!」

「うるさいよ、お前。」

カットの声がかかり、途端に香藤が叫んだ。

横たわっていた岩城が、起き上がり顔を顰める。

「斬っちゃたよ、岩城さんのこと・・・。」

「なに言ってんだ。」

立ち上がって、すたすたと岩城はセットから出て行く。

香藤はまだ、首を振りながらその後を追いかけた。

「いやぁ、楽しかったけどさぁ・・・。」

「けど?」

「なんか、岩城さんと戦う役って、やだな。」

「そうか?俺は別にかまわんが。」

「お疲れ様〜!」

監督が声をかける。

「いいねぇ、息が合ってて。

あの速さで、殺陣が出来るのってなかなかないよ。」

「そうですか?ありがとうございます。」

殺陣師が、監督の言葉に笑った。

「息が合ってるって、当り前でしょ、それ。」

スタッフたちからも同意する声が聞こえ、監督も、岩城と香藤も顔を

見合わせて、笑った。






CGで、作成された海魔の長の亡霊を加えたフィルムを、

岩城と香藤も見せてもらった。

「うひゃ、怖ぇ〜。」

香藤がそれを見ながら肩をすくめている。

岩城の姿も恐ろしげで、

その演技も合わさって、まさに、魔物、だった。

「綺麗だから、余計怖いんだよね。」

「そうかな?」

「また、そういうこと言う。」

「俺には、わからん。」

香藤が、黙って画面を見ている。

岩城が振り返ると、その目に涙がたまっていた。

「・・・香藤?・・・」

ちらり、と岩城を見て香藤はごしごしと目を擦った。

「岩城さんが、殺られるのって、やっぱ、やだ。」

ふ、と、岩城は微笑んで香藤の頭を抱き寄せた。

スタッフたちはそれを、見て見ぬふりをした。






ラストシーン。

琴子から命を譲られ、魅狼は復活する。

『・・・私の命を上げるから・・・人として生きておくれね・・・。』

起き上がり、魅狼は顔を上げて歩き出す。

人、として。

千影の許へ。






「お疲れ様でした。」

「お疲れ様。」

クランクアップ。

一足先に、撮り終えていた香藤が岩城を迎えに来ていた。

「もし、さ、」

「ああ?」

「俺が、人間じゃなかったとしたら、岩城さんならどうする?」

「別に、どうもしない。」

助手席の岩城を、香藤は驚いて振り返った。

「危ない!前、見てろ!」

「ああ、ごめん!」

岩城は前を向いたまま、答えた。

「俺は、お前がなんだろうと、かまわないさ。

お前は、かまうのか?」

香藤は、にっこりと笑った。

「ううん。俺も、別にいいや。」

香藤のその笑顔に、岩城の頬に笑みが浮かんだ。

「喰われてもいいって言うくらいだからな。」

「そうだよ!今夜も、喰われたいね!ていうか、喰いたいしね!」

「ばっ・・馬鹿・・・。」








               〜終〜



              2005年5月5日
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