※このお話は、「These are the days of our lives」の、第5話で、
 香藤君と、岩城さんにインタビューをしている、ハーヴィー視点のお話です。





     The most unlikely Cinderella








That just cannot be right!

Sure, anything can happen to anybody in this world, but...

Anyone but him!!

To be perfectly honest, that’s really what I had in mind.

I mean, bloody hell...

   (そんなわけ、あるか!

   そりゃ、何が起きたっておかしかない世の中だけど。

   でも、奴にそれはありえないだろう!!

   ってのが、俺の正直なリアクションだった。

   まったく、勘弁してくれよ・・・。)






俺の名前は、ハーヴィー・コールマン。

35歳、既婚、子供なし・・・って、まあそれは、どうでもいいか。

イギリスきっての老舗モータースポーツ雑誌、『Motor Sport』のレポーターだ。

フォーミュラ・ワンの取材を始めて、そろそろ15年。

この道一筋で、記者としちゃ、そろそろ油の乗ったベテラン。

・・・だと、自分じゃ思ってる。

そのくらいの自負がなかったら、やってけないしな。

世界を年中飛び回ってて、勤務時間はメチャクチャで。

過酷なスケジュールの割には、安月給。

ホントに、よくベリンダに愛想をつかされないと思う。

そう、この仕事は、好きじゃなきゃできない。

心底F1が好きじゃなきゃ、続くもんじゃない。

あのエンジン音を聞いて熱くなれなかったら、もうこの世界にはいられない―――。




◇◆◇◆◇




最初にその噂を聞いたのは、オーストラリアGPの開幕直前だった。

「あのヨウジ・カトウに、恋人ができたらしい」

まことしやかにそう囁かれ、俺たちモータージャーナリストは色めきたった。




香藤洋二。

F1サーカスの頂点に君臨する男。

世界最高峰のレーサーで、とびきりのハンサム。

独身でもの凄い稼ぎがあって、もちろん、世界中に恐ろしい数のファンがいる。

たいていスポンサーのほうが、ヨウジのご機嫌取りに必死だ。

明るい気さくな性格で、ジャーナリストやスタッフにも評判がいい。

おまけに今年は例の事件で、文字通りヒーローになった。




俺は仕事がら、歴代のワールド・チャンピオンをずいぶん見てるから分かる。

ヨウジみたいなスター要素を持った奴は、そういるもんじゃない。

・・・それは、容姿のせいじゃないんだ。

奴には、どうしても人を惹きつける「何か」があった。

どんな女も、ヨウジの流し目ひとつで簡単になびいた。

浮いた噂はいろいろあっても、ステディな相手のいないヨウジ。

―――そう、華やかなチャンピオンの私生活は、意外にも謎に包まれていて。

それをすっぱ抜くのは、俺たちにとって、ちょっとした野望だった。




◇◆◇◆◇




「キスだあ!?」

俺は、携帯電話に向かって怒鳴った。

「マーク、んなバカなこと、俺に信じろってか?」

電話の相手は、マクガバン・チームのスタッフのひとり。

シニア・メカニックの、頑固ジジイだ。

気が向くとちょっと面白いネタをくれる、俺の情報ソース。

ま、たまにパブでパイントを奢って、与太話をする程度だけどな。

俺の応対に、マークはいたく気分を害したようだった。

『おまえが、ゴシップはないかって聞いたんだろう』

「そりゃ、そうだけどさ」

オーストラリアGPの表彰式の翌日。

今年も結局ワールド・チャンプになったヨウジの取材で、俺は忙殺されていた。

直前に迫った締め切りを前に、徹夜で今年のレースの総評を書き、

祝勝パーティーの様子をリポート。

・・・まったく、寝る暇もないってこのことだ。

「写真があれば、信じてもいいけどなあ」

『そんなもん、あるか』

そっけない口調に、俺はため息をついた。

「証拠もないのに、書けるもんか。だいたい、俺の友人だぞ?」

実際、マークのもたらしたニュースは、俺の度肝を抜いた。




昨日、表彰式の興奮冷めやらぬマクガバン・チームのピットで。

あのヨウジ・カトウが、衆人環視の中、恋人にキスをして見せたらしい。

それも腰を抱き寄せて、堂々オン・ザ・マウスだと。

今まで、女同伴で公の場に出たこともない、難攻不落のチャンプが!

―――それだけでも、もちろん大事件だけど。

その相手ってのが、キョウスケ・イワキだって言うんだぜ?

あの、キョウスケ・イワキ!!

信じられる、わけがない。

キョウスケは、けっこう気の合う同業者だ。

ライバルには違いないが、歳が近いせいか、友達みたいな付き合いをしてる。

もちろん、男だ。

・・・思いっきり、男だ・・・。




「うーん」

電話を切って、俺は唸った。

「そんなわけ、ねえだろ・・・?」

俺は眉をしかめながら、脳裏にキョウスケとヨウジを並べてみた。

背格好は、たいして変わらないだろう。

どっちも日本人だけど、東洋人離れしてるよな。

「まあ、どっちもいい男だけど・・・」

二人は以前から、確かに仲がいい。

友人として、プライベートのつきあいもあるのかもしれない。

年上のキョウスケがヨウジの面倒を見てる、そんな感じがしたこともある。

「・・・素直に、羨ましく思ってたけどな」

モータージャーナリストとしちゃ、チャンプと親しいってのは最大の強みだ。

日本人同士だからなんだろうと、ずっと思っていたが―――。




「だけど・・・」

俺は脳内で、キョウスケとヨウジを寄り添わせてみた。

どっちかが、どっちかを抱く・・・んだよな、やっぱり。

キョウスケがヨウジを?

それともヨウジが、キョウスケを?

いや、そもそも、男同士のセックスって―――。

「か、考えたくないかも・・・」

ちょっと想像するのが恐ろしくて、俺はぶんぶんと首を振った。

「・・・そういう関係だから、親しかったのか?」




チャンプはともかく、俺はキョウスケを少しは知ってるつもりだ。

・・・知ってる、つもりだった。

奴がゲイだと思ったことは、一度もない。

「っていうか、確か以前は女がいたぞ・・・?」

最近は、独り身だったみたいだが。

「でも、なあ・・・」

マークは、嘘を言うような奴じゃない。

というより、あんまり突拍子もない話なので、逆に本当のような気がした。

いたずらに、思いつけるようなネタじゃないからだ。

「マジかよー」

俺は思わず、頭を抱えた。




◇◆◇◆◇




数日後、マークの言葉を信じなかったことを、俺は激しく後悔した。

『アデレイド・ポスト』が、世界に先駆けてスクープ記事を載せたからだ。


ヨウジ・カトウの知られざる私生活!

意外な「恋人」の存在!!


「・・・ちくしょうっ!!」

悔しさのあまり、俺はその新聞をデスクに叩きつけた。

―――所詮、レベルの低いタブロイド紙だ。

F1のことも知らない、もちろんヨウジに会ったこともない奴が書いたんだろう。

憶測だらけの、いい加減な記事だった。

車についてリサーチもせずに、適当にでっち上げたのは明らかだ。

「だけど・・・」

この記者は、どこかで例の噂を聞いたわけだ。

そう、そこに真実がある限り。

一瞬でも早く、発信した者勝ちだ。

・・・俺も、知ってたのに。

ちゃんと裏を取ってから、書こうと思ってたのに!

ジャーナリストにとって、スクープを抜かれるほど悔しいことはない。

「・・・バカ野郎!」

俺は自分の甘さを呪った。




ヨウジのオフィスは、すっぱ抜き記事を否定しなかった。

それがさらに、俺のショックに輪をかけた。

『不正確な報道が多いので、いずれインタビューではっきりさせる』

チャンプの公式コメントは、それだけ。

俺はただ、忸怩たる思いに苛まれた。




◇◆◇◆◇




時代錯誤とでも、偏見主義者とでも、呼んでくれ。

こんな業界にいるからには、ゲイだって噂のジャーナリストくらい知ってるさ。

そうだと公言してる奴と、仲間づきあいだってしてる。

でもそれは所詮、俺には縁のない別世界だ。

ゲイとか、クルージングとか、オールド・コンプトン・ストリートとか。

そういうのって、対岸の火事だと思ってた。

『Queer as Folk』とかの、ドラマの世界と一緒。

―――だって俺は、普通だから。

ごく普通の、平凡な、一般的な小市民だからさ。

「でも・・・」

キョウスケと、ヨウジ。

それが本当なら、関係ない世界だとは、言ってられなくなる。

俺が長年追っかけてるチャンプと、俺の親しい同僚。

「ベリンダにも紹介したぞ、俺・・・」

家族ぐるみのつきあい、ってことだ。

ゲイの友人?

ゲイの、F1ワールド・チャンピオン・・・?

「あり得ねえ・・・!」

俺はがっくりと、肩を落とした。

―――世の中、不可解なことが多すぎる。




それは、晴天の霹靂だった。

「俺が、行くんすか!?」

ようやくオーストラリアから戻ってきて、1週間。

真夏の南半球から冬のロンドンに戻ってきて、やっと肌が馴染んできた頃だった。

「・・・嬉しそうだな、ハーヴィー」

携帯電話の向こうで、編集長が咳払いした。

この手のイヤミにかけては、この男の右に出る者はいない。

俺は心の中で、悪態をついた。

編集長が、俺とマークの会話を知ってたら、この程度のイヤミでは済まないだろう。

「君ならヨウジも信頼してるし、キョウスケとも親しい。

これ以上の適任は、いないと思うが?」

「・・・そりゃ、もちろん、仕事なら行きますがねー」

「当然だ」

「・・・はいはい。で、誰がそのインタビュー、セットアップしてるんすか?」

聞きながら、俺はヨウジのPRエージェントを思い浮かべた。

今年最後のGPの後、奴はさっさと逃げ出したはずだ。

F1サーカスに関わってる人間にとって、今が春先までが、唯一のホリデー。

今頃きっとカリブ海の孤島で、日光浴でもしてるだろう―――。

「自宅でいいと、聞いてる。あとは自分で、手配してくれ」

「・・・はあ?」

「キョウスケの連絡先くらい、知ってるんだろう?」

「・・・はあ」

俺は呆れて、心底間抜けな声を出した。

・・・やれと言われれば、もちろんやるが。

ワールド・チャンプにインタビューするのに、直接交渉しろって?

オフィスやエージェントを、根こそぎスルーして?

異常事態だろ、それ。

自宅に招待されるってのは、破格の待遇・・・と、言えないこともないが。

「なんだ、情けない声を出すな、ハーヴィー。

せっかくの独占インタビューなんだ、しっかり話を聞いてきてくれよ?」

はいはい、わかりました。

「了解・・・!」

俺はため息をついて、電話を切った。




◇◆◇◆◇




これも仕事のうち。

これも仕事のうち。

これも仕事のうち・・・。




俺はそう念じて、キョウスケのフラットに電話をかけた。

そう、これは仕事だ。

『アデレイド・ポスト』みたいな、低俗なゴシップじゃなくて。

モータージャーナリストの意地にかけて、いい記事を書いてみせる。

―――チャンプの私生活を覗ける、めったにないチャンスじゃないか。

「・・・あれ?」

『The number you have dialled is not recognised...』

この電話番号は、現在使われておりません。

そう告げられて、俺は慌てて番号を確認した。

ブラックベリーのコンタクト・リストにある、キョウスケの電話番号。

「間違って、ないよな・・・」

午後11時―――この時間なら絶対、自宅にいると思ったのだが。

仕方なく、俺はキョウスケの携帯電話の番号をプッシュした。

緊急連絡用だから普段は使うな、と言われてたが。

この場合、やむを得ないだろう。

今度はあっさり、電話は繋がった。

「頼む、出てくれよ・・・」

呼び出し音が、5回、6回と鳴り続ける。

俺が痺れを切らした頃、ようやく人の声が聞こえた―――。




『Hello...?』

背筋がそそけ立つような、色っぽい掠れたトーン。

俺は思わず、息を呑んだ。

「・・・キョウスケか?」

『そうだが・・・?』

低い声が、甘く掠れていた。

「俺だよ、ハーヴィー・コールマン」

『ああ、ハーヴィー。・・・久しぶりだな』

キョウスケが、小さく咳払いした。

なぜだろう、情事を思わせる気だるげな響き―――。

クシャリ、と小さな衣擦れの音。

首をかしげた途端に、受話器の向こうで押し殺した会話が聞こえた。

『・・・おい、よせ・・・』

『・・・』

『・・・仕事の・・・ちょっ・・・放せって・・・』

瞬時に、俺の頭に血が上った。

―――相手の声は、途切れ途切れで聞こえないが。

キョウスケのいる場所のすぐ近くに、誰かがいるのは明白だった。

もちろん、その誰かってのは・・・。

『ハーヴィー?』

「ああ、夜分、済まないな・・・」

柄にもなく、俺はしどろもどろになった。

「アールズ・コートに電話したんだけど、繋がらなかったから」

『ああ、そうか』

キョウスケが、低く笑った。

『引越ししたんだ。知らせなくて、悪かったな』

さらりと言われて、俺は面食らった。

「・・・そりゃまた、ずいぶん突然・・・」

理由を尋ねかけて、はたと気づいた。

チャンプの恋人であることが発覚して、大騒ぎになった直後だ。

まさかとは、思うが―――。

「ひょっとして、ヨウジと・・・?」

『ああ、そうだよ。オーストラリアから帰国したその足で、こっちに越して来たんだ』

これっぽちの躊躇いもなく、キョウスケはあっさり認めた。

どうせ知ってるんだろう、そんな口調で。

「こっちって・・・チャンプの家って、コッツウォルズだったよな?」

『ああ、うん。北のほうの、チッピング・カムデン・・・んぁ・・・っ』

キョウスケの吐息が急に、忙しなくなった。

にわかに遠ざかる声と、さわさわとした音・・・布地の擦れる感じ。

『・・・こら・・・待っ・・・』

ベッドの中で、焦れた恋人が悪戯をしてる―――というわけか。

そのビジュアルを想像しそうになって、俺はぎゅっと目を瞑った。

『すまん、ハーヴィー・・・』

苦笑を滲ませた声で、キョウスケが俺を呼んだ。

「ヨウジ、いるんだ?」

『ああ。さっきから、邪魔ばかりして・・・』

受話器の向こうで、キョウスケは忍び笑いをした。

少しも困ってないのがわかる、甘い口調。

・・・ま、一緒に暮らし始めたばかりのカップルだもんな。

俺は苦笑して、用件を切り出した。

「実は、例の代表取材の件なんだ。

俺が行くことになったから、都合を聞こうと思って」

『ああ、そうか。ちょっと待ってくれるか・・・』

電話の向こうで、再び小さな会話がなされていた。

二言、三言、交わされただけ。

『来週は、特に外出の予定はないから。いつでもいいそうだ』

穏やかなキョウスケの声。

こういう話をしてると、今までの彼と何も変わらない、と思う。

―――ベッドの中にチャンプがいるって、知らなければの話だが。

「そうか、じゃあ・・・来週水曜日の午後でもいいかな」

『ああ、構わない。前日に、確認のコールを頼むよ』

「わかった」

じゃあな、と短く言って、俺はそそくさと電話を切った。




「ひえー・・・」

・・・マジかよ。

あの二人って、本当にそういう関係なのか。

まざまざと見せつけられて、俺は一気に脱力した。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

続く・・・らしい(笑)


藤乃めい

2006年11月30日


タイトルは、「こんなシンデレラ姫がいてたまるか」というような意味です(笑)。


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