触れもせで 第一話 ―「公使閣下の秘密外交」― ―――外交官の 一国への赴任は 大抵2〜3年 俺達は様々な 出会いを繰り返す 例えば こんな出会いも―――・・・・・ あちらこちらに物議をもたらしそうな、岩城のドラマがクランクインした。 「ねぇ、これ、何なの〜?」 「は?これって、なんだ?」 香藤がとてつもなく不機嫌な顔で、 腰に手を当て、ソファに座る岩城を見下ろした。 「一体なに、これ?なんで小野塚なわけ?」 「なにを、わけのわからないことを言ってるんだ?」 きょとん、として岩城はその顔を見上げ、 香藤は苛立たしげに、どかっとその隣に座りこんだ。 ふと見ると、手には台本。 それを、テーブルに叩きつけるようにして香藤は言い募った。 「今度のドラマだよォ!なに、これ〜?! 外交官って言うから、 カッコいいって思ってたら、この設定、なに?!」 「・・・あの、なぁ・・・。」 「なんで、この役を小野塚がやるわけ?」 「何でって言われてもな、俺が決めたわけじゃない。」 「そうだけどさぁ!」 岩城が演じる「吉永孝司」の婚約者の弟、「白石智宏」を、 小野塚が演じる。 毛先が跳ねるようにパーマをかけた小野塚が、 セットの執務机に座る岩城に笑いかけた。 吉永役の彼はスーツを着て、 左の目元にほくろを描きこみ、少し髪を伸ばし、 長くなった前髪を分けている。 「香藤の奴、文句言ってませんか?」 岩城は少し溜息をつきながら苦笑した。 「言ってるよ。でも、仕事だからね。」 「撮影に押しかけてくるんじゃないすか?」 小野塚はそう言って笑った。 その言葉とは裏腹に、香藤はなかなか撮影に姿を現さなかった。 舞台は、在タイ王国日本大使館。 登場人物は、特命全権公使、吉永孝司と、 その婚約者の弟、白石智宏。 白石視点でドラマは進み、彼のモノローグから始まる。 重厚な内装の真ん中に、執務机がある。 そこに、涼やかな顔をして、一人の男が座っていた。 長めの前髪を少し右寄りに分け、ツーポイントの眼鏡をかけている。 吉永は片手に書類を持ち、ドアを開けて入ってきた白石智宏に、 薄い笑みを浮かべ視線を向ける。 「ああ、智宏君か。久し振りだ。 成城のお宅に結婚のお願いに伺った時以来か。」 吉永孝司は、その有能さを買われ、 異例とも言える早さで、公使にまで出世した。 外務省でも特別視される存在である。 それは仕事面に限らず、 完全な閨閥社会である外務省の中にあって、 彼程娘の結婚相手として、 上官達の熱い注目を浴びた人間はいないだろう 勿論・・・外交官として頂点を極めた、 白石の父親の閨閥に入る事によって、 彼の出世は揺るがないものとなる。 吉永と白石の台詞の応酬。 決まりきった挨拶と、社交辞令のような、 姉に対する、上面を滑る言葉。 そして、吉永が白石を試すような言葉を続けた。 「初の任地が途上国とは・・・長くなれば君のキャリアに傷がつく。」 白石は、吉永のその台詞にむっとして言葉を返す。 「俺は先進・後進の差別の概念なく、 自分の任地に誇りを持っています。 それに俺は親父の力を頼りにこの道を選んだ訳じゃない! 温い世襲外交官の様な言われ方は心外です!」 吉永の顔に、薄い笑みが浮かんだ。 「オッケー、いい答えだ。この国での君の働きに期待してるよ。」 そう言われて、黙って部屋を出た白石の顔。 むっとした表情に、白石のモノローグがかぶる。 「確かにやり手かも知れないけど・・・ヤな奴・・・!!」 「ほんと、ココまでの吉永って、やなヤツですよねぇ。」 小野塚が、台本で肩を叩きながら、 スタジオの隅で休憩する岩城に近付いた。 岩城は、キャンバスチェアーに座って、 めがねを外しながら笑い声を上げた。 「その方が、後が引き立つだろうね。」 「そうですね。すんごいギャップ。」 そう言って、その自分の台詞に小野塚はじっと岩城を見つめた。 「・・・案外、香藤は岩城さんのそこにいかれてるのかも。」 「・・・っ・・・なっ・・・。」 ぐ、と言葉につまって岩城は真っ赤な顔をしかめて、 小野塚を軽く睨んだ。 その顔に、笑って頭を掻いて、小野塚は岩城の傍を離れた。 内心で、その思いもかけない岩城の顔に驚き、 背を向けてから口笛を吹くように、 口元をすぼめた。 リビングのソファで、岩城は台本を手にしていた。 それを見ている眉間に、かすかな皺がある。 「どしたの?」 「え・・・?」 香藤が隣に座りながらその顔を覗き込んだ。 「なんか、問題ある?」 「いや・・・。」 香藤は、言葉とは裏腹な岩城の顔を見ながら、口を尖らせた。 「俺にしてみりゃ、このドラマの全部に問題、あるけどね。」 「香藤、その話は・・・。」 苦笑する岩城に、香藤はソファに背を預けて溜息をついた。 「ったく・・・誰がこんなドラマ、考えたのかな。」 岩城はそれに答えず、ふたたび台本に目を落とした。 香藤は天井を見上げたまま、口を開いた。 「・・・で、なに悩んでんのさ?」 「どうすれば色っぽく見えるんだろうな・・・。」 「はぁ?!」 頓狂な声を上げて、香藤はソファの背から身体を起こして、 岩城の顔を覗き込んだ。 「なに言ってんの・・・?」 「この役、そういう役だからな。 意識して男を誘って、相手をその気にさせるってのは・・・ どうすればできるのかと思ってな。」 吉永の髪型のまま、真剣な顔でそういう岩城を、 香藤は呆然と見つめた。 「あのな、香藤。 どうやったら、男が男に堕ちるんだ?」 絶句する香藤に、岩城は首を傾げた。 「なんだ、香藤。どうした?」 「・・・どうもしないよ。」 顔をゆがめて、香藤は思わず髪に片手を突っ込み、 ぐしゃぐしゃと頭をかいた。 「なぁ、香藤・・・。」 「なに?」 「お前は、俺のどこに堕ちたんだ?」 「ええっ?!ど、どこって・・・。」 香藤は困り果てて、視線を泳がせた。 「そりゃ・・・可愛いとことか・・・いろいろ・・・。」 「可愛い、か。 吉永にもそういうところがあるのかな・・・。」 「あのさ、岩城さん。」 そう言ってあげた顔の前に、岩城の真顔があった。 それを見ながら、香藤は憮然とした顔で答えた。 「・・・大丈夫だと思うけどね、俺は。」 「なんでだ?」 「岩城さんなら、できるよ。そのままで。」 「・・・そう、かな?」 「そうだよ。」 香藤の中に湧き起こった心配をよそに、 岩城はほっと息を吐いた。 夜の酒場のシーン。 白石が大使館の同僚を誘い、飲みに出かけた先で、 吉永公使のあらぬ姿を目撃する。 それまではきっちりとしたスーツを着て、 いかにも切れ者の外交官然とした岩城。 それが前髪を下ろし、 ラフなシャツとジーンズ姿でセットに現れたとたん、 スタジオ内に熱い溜息が拡がった。 その酒場のシーンで、岩城とキスシーンを演じる外国人俳優が、 頬を紅潮させて岩城の手を取った。 「嬉しいです。芝居でもイワキサンとキスできるなんて。」 流暢な日本語で言い、彼は岩城を見つめた。 苦笑しながら岩城は、 失礼にならないように彼に掴まれた手を、そっと外した。 スタッフが少し離れて立つ小野塚にこっそりと囁いていた。 「岩城さんて、普段、ああなんですか?」 「何で俺に聞くの?」 「や、小野塚さんて香藤さんと仲いいんでしょう?」 スタッフのその言葉に、小野塚はにやっと笑った。 「岩城さんて、無自覚なんだよな。 でも、この吉永って真逆じゃない?」 「そうっすね。」 「この役演って、岩城さん自身も自覚しちまったら、 あんなもんじゃすまないだろな。」 そう言って笑う小野塚に、 聞いていたスタッフや共演者達は、 ごくり、と生唾を飲み込んで岩城を振り返った。 「・・・うへっ・・・」 「よ、番犬。」 「なんだよ、それは?」 スタジオの片隅にいる香藤に、 小野塚が片手を挙げて近寄った。 「やっぱ、来たな。」 「うるせぇな。」 香藤は、初めて見るようにスーツ姿の小野塚を見上げた。 「あんだよ?」 「小野塚、お前、なんか印象違うな。」 「当然じゃん。」 小野塚は、ズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、 香藤を見下ろした。 「吉永公使が惚れる役だぜ?」 小野塚の笑いに、香藤は思い切り顔をしかめた。 酒場のシーンの撮影が始まった。 大使館員たちが、誘ってくれたことに礼をいう。 他愛ない会話を続け、 白石が、台詞を云いながらカウンターにいる吉永に気づく。 吉永公使?! 間違いない・・・ 髪おろして雰囲気変わってるけど・・・ ・・・ええ?! 長身の男に吉永が流し目をくれながら、 二人の唇が近付き、重なる。 途端に、かすかな音がした。 それは、マイクには拾われないほど小さな音だった。 香藤の手の中で、空になった紙コップが握りつぶされていた。 じっとセットの中を見つめる眉間に、派手な皺が寄っていた。 「白石さん?」 はっとして、白石は立ち上がる。 「ごめん!急用を思い出した!また、場を儲けるから!!」 慌てて白石は、男の腕の中の吉永に詰め寄る。 「吉永公使!!」 男の肩越しに、吉永は青い顔で眼を見開いた。 場面が変わるため、セットが組まれているスタジオの隅で、 岩城は香藤と小野塚、 それに相手役を演じた俳優に囲まれていた。 「お前、帰れよ。」 香藤は背もたれを抱えて椅子に座り、その男優を睨んだ。 「なぜ?」 憮然とする香藤に、小野塚が笑いをかみ殺していた。 「あんたの出番は終わったんだろ?」 「香藤、彼に失礼だろう?」 岩城のたしなめる声をものともせず、香藤は男優を見返した。 「いいだろう?彼ともっと話したいんだ。」 「話すことなんか、ないぜ。」 「君がなんで、そんなことを言うんだい?」 挑戦的に視線を上から投げてくる男に、香藤は片眉を上げた。 「お前、日本で俳優やってるくせに、知らないのか? 俺達は夫婦なんだよ。」 髪を掻き揚げる手を、ぴたり、と止めて男は香藤を見つめ返した。 「・・・あ、そ・・・。」 鼻白らんだ男に、香藤は、シッシッと片手を振った。 「あの、ごめんね。」 「いや、どう致しまして。」 岩城が香藤をしかる声を背にして去っていく男に、 小野塚が声をかけた。 「ご愁傷様ぁ。」 「すみません、ちょっと時間かかりそうなので、 楽屋へ下がってらしていいですよ。」 スタッフの申し訳なさそうな顔に、岩城は微笑んで首を振った。 その間に、打ち合わせをと岩城と清水が席を立った。 その背を見ながら、小野塚が小声で口を開いた。 「お前が、岩城さん色っぽいって言うの、やっとわかったぜ。」 ガタン、と座る椅子が音を立てるくらいに、 ぎょっとして香藤は小野塚を見返した。 「馬ッ・・・!いい!わからなくていいから!!」 その香藤に、小野塚は涼しい顔で続けた。 「すっげぇ、肌、綺麗だよな。」 「なっ・・いつ、見たんだよ、お前?!」 ちらり、と視線を向けて小野塚は、紙コップに口をつけた。 「さっき、楽屋で。」 「ふざっ・・・何で岩城さんの楽屋に?!」 「いいじゃん、別に。」 「よかねぇよ!」 ほとんど、青い、といった顔色に変わった香藤を、 小野塚はくすくすと笑いながら 眺めていた。 「大体、何でお前この仕事うけたんだ?」 「何でって?」 「とぼけんな!相手役、岩城さんだってわかってて・・・。」 小野塚は、黙って紙コップを空にすると、ニヤリ、と笑った。 「いいじゃん。演りたかったんだからさ。 俺にとっちゃ、いいキャリアができるぜ。 それに、岩城さんと仕事するのって、なんか、楽しい。」 眉間に皺を寄せたまま、香藤はむっつりと黙り込んだ。 「お前、いい加減に焼餅やくのやめろや。 岩城さんに怒られちまうぜ。」 「うるせぇな。とっくに怒られてるよ。」 「あ、やっぱり?」 白石のマンションのセット。 高級マンション、といっていい、内装。 吉永が、台詞を言いながら、歩き、部屋を見回す。 「・・・引っ越したばかりだろうに、綺麗にしてるね。」 自分が白石に捕まった状況を、 まるで気にもしていないような吉永の淡々とした声と 言葉に、白石は釣られて話し出し、 途中で気付いて声を上げた。 「そうじゃないでしょ!!」 至って静かに、ベッドへ歩み寄る吉永を追って、 白石はきつい声をつのらせた。 大使館職員も来店するような店で、 見知らぬ男を誘いキスを交わしていた吉永に、 白石は詰め寄る。 「こんな醜聞、内外に知れたらあなた自身の破滅じゃ済まない!!」 吉永が、ベッドへ腰掛けながら父親に注進するのか、と問う。 白石は、顔をしかめながらそれに対して、否定の言葉で答える。 「だいいち姉が泣く。」 その後、少し言いよどんだ白石に吉永はベッドの上に身体を伸ばし、 片手を頭の下に差し入れて、彼を見上げる。 「姉思いなんだな・・・その姉の幸せを願う心は・・・ 男あさりをする様な人間との結婚を許すのか?」 霞むような瞳で見上げられた白石は、内心、ドキリ、とした。 かすかに、顔を赤らめて白石が台詞を続ける。 「吉永公使のこれからのお考えによります。 今日を限りでこんなバカげた行動を控えてくださるなら、 俺の胸に仕舞っておきます。」 その言葉に、吉永は少し沈黙する。 「・・・すでに一個人としてでなく、一外交官としての意見だな・・・ 惻心の情より、国益か・・・末恐ろしい話だ」 沈黙したまま、吉永は片腕を額にあてる。 「・・・でもそうだな。平の外交官ですら、この暮らし振りだ。 こんな旨みもある地位を一瞬の快楽と天秤にかけるなんて、 バカげてる話だ・・・」 じっと見つめる白石に注意も払わず、 吉永が自嘲気味の独白を続ける。 「・・・なのに危うい所に身を置きたくなる・・・ 何の不満もない今の状況を壊したい訳じゃないのに。 名誉と破滅を同時に求める自分がいるんだ・・・ 出世を求める自分が本当は嫌なのかもな。」 「・・・出世じゃないと思いますよ! 公使はスリルを求めてるんだ。 髪の根がギリギリ引き締まる様な外交の場に、 身を置きたいんだと思う。」 額に腕をおいた、そのままの姿勢で、 吉永は白石を黙って見返す。 「この国の様に安定した途上国でなく、 自分の言葉で国の途方が変わる様な先進国で、 仕事がしたいんだ。 それは出世欲と同義に捉えられがちだけど、 中身は全然違う。 仕事へのやり甲斐でしょ? もし、自分の気持ちがわからないなら、 そういう事にしておいた方が気持ちが楽だと思います。」 白石が台詞を言うにつれて、吉永の顔に驚きが広がる。 ゆっくりとベッドから身体を起こす。 「・・・外交官になりたてのひよっこに、諭されるとはな。 まったく、白石大使は外交官としてだけでなく、 教育者としても才能がおありらしい。」 白石の正面に立ち上がり、吉永は白石を見つめる。 ゆっくりと白石に、顔を寄せていく。 「君の言う様にバカげた行動は今日限りにしよう。」 驚く白石を尻目に、吉永の唇が白石の唇に近付く。 「そう決めた以上、今夜の事を君に話されては困る。」 吉永が白石の首に、腕を絡ませる。 「未来の義弟に、一つ秘密を持ってもらおう。」 そう言って、吉永は固まる白石の唇をキスで塞ぐ。 カメラの後で、椅子に座る香藤は、 口を塞がれてジタバタとしていた。 「は〜い、オッケーでぇ〜す!」 「なにすんのっ?!金子さん、ひどいよ!!」 喚く香藤を、隣に立つ清水がくすくすと笑って見ている。 「仕方ないでしょう?! 香藤さんのせいで、NGになったらどうするんですか?!」 「や・・そっ・・それは・・・」 「塞がないと、叫んでたでしょう?」 「・・・・う・・・・。」 むっつりと、香藤は金子を見上げた。 「だってさ・・・・。」 「香藤さん、岩城さんのこのお仕事、始まったばかりなんですよ?」 「それは、わかってるよ・・・。」 落ち込む香藤を見ながら、金子は溜息をついた。 「ベッドシーンだってあるんだよな・・・。」 盛大に嘆息をついて、香藤は椅子に両脚を乗せ膝を抱えた。 先が思いやられる、と、金子と清水は顔を見合わせた。 第1回のラストシーン。 大使館のエレベーターの前で、吉永と白石はすれ違う。 めがねをかけ、髪を分けたスーツ姿の吉永。 ちらり、と白石に視線を向ける。 無言で、頭を下げる白石。 そこへ、白石のモノローグがかぶる。 ―――外交はカードを伏せて行う ゲームのようなものだ 相手の情報を探って秘密を握り 相手の譲歩を引き出す為に――― あえてそのカードは伏せられ 自分の中だけに眠り続ける そのカードを最大に生かせる その時を待って――― 「はぁぁ・・・・・。」 「どうした、香藤?」 近づいて来ていた岩城に気付かず溜息をついた香藤は、 見上げたそこにある顔をじっと見つめた。 左目もとのホクロが、異様な色気を醸し出している。 「・・・今度の撮影って・・・。」 「・・・ん?」 「・・・なんでもなぁい・・・。」 第2回の撮影・・・。 吉永にあおられた白石が、彼を押し倒す。 そして、その後は・・・。 香藤は、そのまま頭を抱えた。 「どうした?」 「ねぇ、岩城さん、お願い・・・ 今からでもいいから・・・この仕事断って・・・」 「なに言ってんだ、お前はっ!」 「だって・・・。」 「だって、なんなんだ?!」 香藤はほとんど泣きそうな顔で岩城を見上げた。 「・・・小野塚と・・・。」 「また、それか・・・。」 金子と清水の苦笑を前に、岩城は嘆息して肩を落とした。 〜続〜 2005年9月19日 |
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