触れもせで 第3話 ―公使閣下の内部交渉― 第3話の冒頭のシーンは、 思い切りはだけたワイシャツと、 下着だけを着けた姿の吉永がベッドに横たわり、 ズボンをはいた白石がその端に吉永に背を向け座っている場面。 「智宏君。いつまでそうやって頭を抱えてるつもりだ。」 フッと、吉永が笑みを浮かべる。 「やる事はしっかりやっておいて。」 「黙ってて下さい!!」 白石が顔を真っ赤にして叫ぶ。 それを聞いて、吉永が薄い笑みを浮かべて息を吐き出す。 そこへ、白石のモノローグ。 自分の遥か上官でしかも姉さんの婚約者だぞ!! その男と寝ただなんて、これ以上マズイ事なんてそうあるか!! 追い詰められて、 頭がまっ白になった・・・――― その後、白石の回想シーンとして、二人が身体を重ねるシーンが続く。 「香藤。」 「・・・なに?」 「なんで、お前、ここにいる?」 岩城が隅にいる香藤を睨んだ。 「なんでって・・・。」 「帰ったんじゃなかったのか?」 香藤が情けなく眉を寄せて、岩城を見上げた。 肩を落として嘆息する岩城に、香藤は俯きかけた。 「いいか、じっとしてろよ?騒ぐんじゃないぞ。」 「・・・わかってるよ・・・。」 撮影が始まった。 ベッドの上に押し倒して、 白石が吉永のシャツを左右に引き剥ぎ、ボタンがはじけ飛ぶ。 その白石を、吉永が目元を染めて斜め下から見上げる。 熱い息でふたたび唇を貪りながら、白石がスーツの上着を脱ぎ捨てる。 吉永が舌を差し出し、白石の歯列をなぞる。 白石が吉永のズボンに手をかけ、それを吉永が制する。 「待て。男を抱くのは初めてだろ・・・こうしたほうがいい」 自らズボンを脱いで、吉永は白石に下着をはいた尻を向ける。 「それに、どれだけ慣らせば男を喰わえこめるかなんて、 君は知らないだろう?」 そう言って、上気した頬で吉永は首をひねり、白石に流し目を送る。 白く長い吉永の2本の指が、下着を割り、秘所へ差し込まれる・・・。 「うわぁっ、やだよ岩城さん!!俺にだってそんなことしたことないのに!!」 ぴたり、と皆の動きが止まり、スタジオ内が、シーンと静まり返った。 ベッドからスーツの上着とシャツの前がはだけ、下半身は下着のみの、 しどけない姿のまま岩城がゆっくりと降り立った。 羞恥と怒りで、顔が染まっている。 香藤に近付くと、岩城はその頭を思い切りはたいた。 「痛いっ!!」 「出て行け。」 「岩城さんっ、やめてよ!」 「仕事だ。」 「で、でもっ!」 「いい加減にしろ。何度、同じことを言わせる?」 あくまでも、声は静かな岩城の姿。 前がはだけ、胸が丸見えになった岩城の全身から、 えもいわれぬ色気が漂っていた。 「俺の仕事の邪魔をしに来たのか、お前は?」 「だって・・・」 岩城の後から、息苦しげな声が聞こえた。 身体を二つに折って、小野塚がベッドの上で笑い転げていた。 「小野塚っ!お前が笑うな!」 香藤が激昂して叫んだ。 その香藤に、岩城は冷たい視線を向けた。 「お前に、小野塚君に文句をいう資格はないぞ。 迷惑だ。帰れ。」 岩城の顔をじっと見つめる香藤の目に、じわり、と浮かんだものがあった。 口を尖らせ、香藤は黙って背中を向けた。 「申し訳ありません。」 岩城が、そのままの姿で全員に頭を下げた。 「ごめんよ、小野塚君。」 「いや、いいっすよ。ちょっと、休憩しません?」 監督からも休憩の指示が出て、 岩城はキャンバスチェアに腰を下ろした。 スーツの上着と、シャツ。その下は裸の胸。 下着だけをはき、真っ直ぐな足を組んで、岩城は溜息をついた。 ざんばらな髪が顔にかかり、異様な色気が匂い立った。 その風情に小野塚でさえ、軽く喉を上下させた。 「まったく、あいつは。」 「しょうがないっすよ、岩城さん。」 「しょうがないじゃ、済まないよ。皆に迷惑ばかりかけて。」 「だって、腹立つんでしょ、あいつは。」 「なんで?」 「相手が俺だから。」 「そんなこと、仕事だろう。」 「でも、香藤にとっちゃ、仕事でのラブシーンも、やなんですよ。 言ってません?」 小野塚の言葉に、岩城は頬杖をついた。 「・・・言ってるよ。いつも。」 「でしょ?で、今回は、特別やなんだ。 相手俺だし、岩城さんはフェロモン出しまくりだし。」 「なにを言うんだい、小野塚君。」 苦笑して、岩城は小野塚の額を小突いた。 撮影再開。 自分の秘所を指で慣らす吉永の、 その姿に白石はますます追い込まれる。 吉永の手を乱暴に掴んで退かし、 叫んで止めようとする吉永の手を振り払い、 白石は下着を寄せて突き込む。 「痛っ―――――・・・!!」 吉永は悲鳴を上げ、白石の突き上げにシーツを握り締めた。 前髪が顔にかかり、頬を上気させ、唇を開いたまま、喘ぐ。 その顔が、モニターにアップになった途端、 スタッフ達の喉が、ごくり、と鳴った。 ここで、場面は最初に戻る。 ベッドに横たわる吉永。 スーツの上着は脱ぎ去り、シャツだけを着ている。 黙ったままの吉永に、白石が震える声で口を開く。 「誤解しないで下さい・・・別に吉永公使の事・・・ 好きとかそんなんじゃ・・・」 ふ、と白石の背中に視線を止め、吉永は静かに答える。 「成程?あくまで俺の身体を調べる為か。 それじゃもう、用件は終わったな。帰らせて貰う。」 起き上がり、吉永はベッドから降り立ち、つっけんどんに答える。 リビングとの間仕切りのパイプに手をかけて、吉永は片足を上げ、 下着を脱ぎながら言葉を続ける。 「それで?調べると言って君は何を調べたんだ? 指で触ってもみないで。」 はっとして振り返る白石に、 「演技でないと言い切れるのか?」 そう言って吉永は口角を上げてにっと笑う。 妖艶な笑み。 白石はそれを、鳥肌の立つ思いで見つめる。 吉永は、まるで見透かすように白石に言葉を続ける。 俺を抱いてしまった以上は、もう、俺のやる事に否とは言えない筈だと。 「車で送ってくれ、智宏。」 取り澄まして吉永はそういい、吉永はバスルームに消える。 その背を見ながら、白石は頭を枕に埋め、呻く。 「ふぅ・・・。」 岩城が溜息をつきながら、玄関ドアを開けた。 そこに、香藤が正座をしてうな垂れて待っていた。 「あの・・・岩城さん・・・。」 「・・・ただいま。」 「あ・・・うん・・・お帰りなさい。」 黙って靴を脱ぎ、岩城はリビングへ向かった。 香藤はその後姿に、恐る恐る声をかけた。 「・・・したの・・・小野塚と・・・?・・・」 「お前、馬鹿か?するわけにないだろ!演技だ!」 振り返った岩城の前に、潤んだ香藤の瞳があった。 うんざりとした顔で、岩城はリビングのソファに座った。 扉のところで立ち尽くす香藤に、岩城は手を伸ばした。 「座れ。」 「・・・うん。」 しばらく、無言で隣り合って座っていた岩城が、香藤の頭を抱えた。 「馬鹿。」 「ごめん・・・。」 「お前の嫉妬は嬉しいがな。限度がある。」 「うん。」 香藤は岩城の肩に顔を埋めて頷いた。 「お前の仕事を、俺がそうやって邪魔したら、お前だって嫌だろう?」 はっと顔を上げて、香藤は岩城を見つめた。 そこに、微笑んだ岩城の顔を見て香藤はようやく、ほっと息をついた。 「うん。ごめんね。」 「分かればいい。」 「でも、岩城さん本気みたいな気がして。指入れてるし・・・。」 「入れるわけ無いだろ。」 「そうなんだけどさぁ・・・。」 情けない香藤の顔に、岩城はくすりと笑った。 「2階に行くか?」 「いいの?」 「馬鹿。確認するな、そんなこと。」 頬を染めた岩城を、香藤は抱き上げた。 「香藤、これはドラマだ。現実じゃない。」 「わかってるけど。」 岩城を腕の中に抱きこみながら、香藤は嘆息した。 「今まで、こんなドラマ、なかったじゃない。だから、つい。」 岩城は、ぷ、と噴出して香藤の頬を両手で挟んだ。 「お前、忘れてるぞ。」 「なにを?」 「お前と俺、一体どんなドラマで共演したんだ?」 「あ・・・。」 思い出して、口を開けたまま見つめる香藤を、 岩城は面白げに見上げた。 「お前くらいなもんだろ。本番中に本気でやるのは。」 「うわっ・・・ごめん!」 顔を顰めて抱きついてくる香藤を、 岩城は声を上げて笑いながら抱きしめた。 「よ〜う。」 他局のラウンジで、小野塚が香藤を見つけて手を振った。 「元気か?この前、怒られたべ?」 「うっせぇ。」 小野塚が並んですわり、真顔で前を見つめた。 「俺、岩城さんて好きじゃねえって思ってたけどさ。 あの時の演技してる岩城さんって、結構、堪んねぇなあ・・・」 「ぬぁにおぉ?!」 香藤が、真っ赤な顔で立ち上がった。 「ほんと、お前って、お約束な反応するやつだな。」 小野塚が、声を立てて笑った。 が、笑いこけた後の顔が、真顔に戻っている。 真意の確認が取れないまま、 小野塚をマネージャーが迎えに来て、 香藤は小野塚にからかわれたのか、 それとも本気なのか、真剣に悩んだ。 在タイ中国大使館で、楊中国大使と、 青木大使の会談に白石は通訳として、同席した。 その年、タイで予定されているASEANと日中韓首脳会議に便乗して、 個別の会談を行い、両国の絆を確認したい、という思惑があった。 親中派の青木大使としては、これ以上ない晴れ舞台だった。 にもかかわらず、完全に中国側に足元を見られていた。 白石自身も、通訳としての出番のないまま、 会談は終わろうとしていた。 ふと、吉永の言葉が蘇る。 『国の為にまだ何もなしてないひよっ子にそれを言う資格はない。』 愕然とする白石のモノローグ。 ・・・そうですね、吉永公使・・・ 通訳としてこの場にいながら、必要ともされない俺は、伝書鳩以下・・・ 白石は膝にあてた手を握り締めた。 「お、白石くん、おかえり。どうだった?中国側。」 「全然です。」 疲れたような顔で、白石は先輩職員の篠崎に答える。 吉永のようで車を出すという篠崎に、 質問をしようとしたその時、吉永の靴音が聞こえる。 「なんだ、篠崎君はまだ仕事中なのか。白石君は?」 ドキッとして吉永を振り返る白石の顔を、 吉永がちらり、と視線を向けた。 「いえ、本日は特にもう予定はありません。」 ふ、と吉永が視線をはずして歩き出した。 「いや、やはり篠崎君に頼もう。」 吉永の表情が気になって、 白石は篠崎が戻ってくるまで、誰もいない部屋で待っていた。 「あれ?白石くんまだ帰ってなかったの?」 「篠崎先輩っ、公使をどちらに送られましたか?!家?」 中国大使館近くの店。公務かと聞く白石に、篠崎は笑った。 「な訳ないでしょ。オフもアリって店に。」 それを聞いて、白石は顔色を変える。 「公使もあの顔で普通ーの男の遊びしちゃうから、 びっくりしちゃ・・・って、白石くん!?」 篠崎をそこに残し、白石は部屋を飛び出す。 知らず知らずに吉永に惹かれていく白石。 白石の脳裏に、シャツを引き剥がした時の吉永の、 エロティックな顔が浮かんだ。 あんな姿を 今度は誰に見せるつもりですか 吉永公使!! 場面は、クラブ「ビクトリア」にかわる。 ホステス達を間に、 吉永がある中国人と思しき男性と、にこやかに話をする。 反日デモの話を振り、その中国人、実は在タイ中国大使、楊氏は、 それは一部の人間の激情の現れだと、物静かに答える。 「少なくとも私の声は穏やかだ。」 「それを伺って、安心しました。」 「そういえば、この店でよくお会いするが、 この辺の企業にお勤めですかな?」 吉永は、人当たりの良さそうな顔でにっこりと笑う。 「いえ、しかし、このような場所で、 素性を明かすのは無粋というものでしょう。」 そこへ、白石が駆け込んでくる。 「吉永公使!!」 「智宏くん・・・」 はっとして顔を上げる吉永に、 中国人の男性が気付いたように白石に視線を当てた。 「君は確か日本大使館の・・・。」 驚いて振り返る楊大使に、吉永だけが、冷静に口を開く。 「今までの非礼をお詫びします。申し遅れました。 私は、日本国特命全権公使、吉永孝司と申します。」 楊大使が思わず立ち上がり、激昂する。 「お待ち下さい。」 ゆっくりと、吉永は続けた。 「素性を隠していた事は謝罪します。 しかし、私は公人としてではなく、 楊大使の個人的意見をお聞きしたかった。 あれが本心であったならと願うばかりです。」 キリリ、とした顔で吉永は楊大使を見上げる。 「勿論、先程の事は私個人としての見解だ。 だが必ずしも国家の総意ではない。」 「成程、国家の大任を預かる以上、 個人的な感情を殺しているという訳ですね? しかし、少なくとも楊大使個人としては日中の友好は必要とお考えだ。」 楊大使が、はっとして吉永を見つめた。 白石が目を見開いて、吉永を見つめている。 個人としては、身元も明らかでない日本人とも友好的であるのに、 対国となった途端、溝が生じる。それを正常かと問う吉永。 溝が深まればまた不幸が起こりかねない。 と、吉永が、真剣な眼差しで楊大使を見上げている。 「我々外交官の言葉は、本来争う為のものでなく、 理解のための対話に使われるべきものの筈。 その言葉を正常に行使し、先人達が築いた日中国交正常化、 その継続は我々の責務です。」 そこまでを、吉永は流れるような中国語で話した。 と、突然、吉永は日本語に切り替えて言葉を続けた。 「首脳会談の実現に向けて、楊大使のお力を是非ともお貸しください。」 吉永は楊大使を見つめながら、白石に片手を上げた。 「白石くん、通訳を頼む。」 白石は、震えるような感動を覚えながら、それを楊大使に伝えた。 それを通訳する白石を、吉永が満足そうに見上げた。 店の前での二人の会話。 白石が不明を詫び、その落ち込んだ顔に、 吉永は気が付いたように続ける。 「あぁ、いや、来てくれたお蔭で助かったよ。 素性を隠して接触するには限界だった。 いくら、カウンターパートナーでないとはいえ、 ASEAN首脳会議では顔を合わせることになるからね。」 はっとして白石は吉永を見返した。 「まさか・・・初めから俺が来ることは、 折り込み済みだったんですか!?」 「そういう事になるな。」 取り澄ました顔で、吉永が答える。 「もし、俺が来なかったらどうするつもりだったんですか?!」 「別にどうもしない。来なければ別の手段を考えた。」 くれば白石の気持ちも分かるだろう。 来たときには、状況を把握してない方が、 単独行動だと楊大使に印象づけられる、 と涼しい顔で、そう言ってのける吉永に、 白石は鳥肌の立つような思いがした。 白石のモノローグが被る。 頭が切れるとかそんなの通り越して、これじゃ性悪だ 来ても来なくても、どうもしない・・・ その程度の気軽さで、 俺の気持ちを引き出そうとするなんて・・・!! 「しかし智宏君が来てくれて、俺も嬉しくないと言ったら嘘になる。」 「えっ・・・!!」 「送ってくれた篠崎君を帰してしまった以上、 帰りの足に困るところだった。 タイのタクシーは、乱暴で苦手なんだ。」 「あ・・・。」 頬を染めた白石に、冷水をぶっ掛けるようなことを言ってのけて、 白石の傷ついたような顔に、吉永はくす、と笑った。 「何か甘い言葉でも期待したか?残念だったな。」 そう言って吉永は白石に背を向けた。 「さんざん俺の上で大暴れしたくせに、 俺を好きじゃないと言った罰だ。」 その背を見ながら、白石は苦笑していた。 ―――好きだと言った所で・・・ どうにかなるもんじゃないでしょ・・・? だから、あの時、言えなかったのに・・・ 公使、そこまで分かってますか・・・? 後日、中国側から、 首脳会談の交渉のテーブルにつくと、連絡が入った。 職員達の歓声と、吉永の薄く微笑を浮かべた顔が流れた。 その吉永の顔のアップに、白石のモノローグ。 それこそ、俺達の中に感情として存在すれば 力関係は成立すると思った 口に出さなくても―――・・・ 「拗ねてるじゃん、これ!絶対拗ねてるよ! 俺のことを好きじゃないって言った罰だなんて、 白石のこと、好きなんじゃん!」 「なに言ってんだ、お前?」 リビングでソファに座り、 香藤が岩城の台本を見ながら、ぶつぶつと文句を並べた。 「もう・・・ベッドシーンなんて、ないよね?!」 香藤の縋るような顔を見ながら、岩城は冷たく突き放した。 「そんなことは、わからん。」 「やだよぉ、もお〜・・・!」 〜続〜 2005年9月24日 |
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