触れもせで 第5話 ―公使閣下の禁欲政策― 「はっ?!ロケっ?!」 香藤が、箸を取り落しそうになるほど、慌てて岩城を見つめた。 「なんで?!」 「なんでって、屋外のシーンがあるからな、 オリエンタルホテルの。 風景が日本とはまるで違う。 ロケするしかないだろ。」 「ど、どこで、ロケするのさ?」 「どこって、タイに決まってるだろうが。」 「なんて顔してるんだ。」 玄関先で岩城は、笑っていた。 「だってさ。」 むくれる香藤の頭に、手を置いて岩城は微笑んだ。 「たった6時間だ。時差も2時間しかない。 電話するのも、気にしないですむだろ?」 「そういう問題じゃないよ。」 岩城は、しょうがないな、と肩をすくめて香藤の頬を両手で挟んだ。 「岩城さっ・・・」 唇を合わせ、舌を差し込む岩城を、香藤は近距離で見つめた。 一瞬の驚きのあと、あっという間に主導権を握り返し、 香藤は岩城を抱き寄せた。 「馬鹿。なんてキスするんだ。」 「へへ、したくなっちゃった?」 こつん、と香藤の頭に拳を当てて、岩城は笑った。 「バカ。心配するな。みんなと一緒だし。」 「それが心配なんだけどな。」 「まったく・・・相変わらず同じことを言うんだな。 たった1週間なんだぞ?」 「そうだけど!あの現場のスタッフ達、 みんな岩城さんの魅力知っちゃてると思うし。」 「なに言ってんだ。」 「あ〜あ・・・俺も行きたいよ。仕事がなきゃなァ・・・。」 「馬鹿なことを言ってるんじゃない。留守番頼むぞ。」 「は〜い・・・。」 香藤のふくれっ面に軽くキスをして、 岩城は清水の迎えに来た車に乗り込んだ。 やきもきするような1週間が過ぎ、岩城がロケから戻ってきた。 「お帰り、お疲れ、岩城さん。」 「ああ、ただいま。」 「ねぇ、大丈夫だった?」 玄関先で出迎えた香藤は、 岩城から鞄を受け取りながら口を開いた。 「なにがだ?」 くすり、と笑って岩城はリビングへ入っていった。 「なにがって・・・。」 「岩城さん、なんか飲む?」 「俺が入れるから、お前は座ってろ。」 「いいの?疲れてない?」 大丈夫だと、頷く岩城に、香藤は微笑んだ。 「いいロケだったみたいだね、岩城さん?」 「そう思うか?」 香藤は岩城の鞄を、胸に抱えて頷いた。 「うん、いい顔してるよ。」 その言葉に、岩城は香藤がドキリ、 とするような笑顔を浮かべた。 「じゃあ、俺、片づけしてくるから、コーヒーお願い。」 香藤は岩城の鞄から取り出した洗濯物を持って、 リビングから出て行った。 帰ってきたばかりだが、次の日からもう岩城の撮影が始まる。 洗面所から戻ってきた香藤がソファに両足を上げて、 腹の上に立てて乗せた台本を見ながら、ぶつぶつと一人ごちていた。 「想定外、ねぇ・・・。」 「なんだ?疑問か?」 「なんで、わっかんないのかなぁ・・・。」 「なにが?」 「いやさぁ、吉永ってとっくに白石に惚れてんじゃない?」 「は?」 岩城は、両手に持っていたコーヒーカップをソファテーブルに置いて、 香藤の隣に座り込んだ。 「どういう意味なんだ?」 「だってさ、姉とは婚姻関係でしょ、結婚したらさ。 白石とはそれ以上だって言ってんだよ?」 ラスト近くの吉永の台詞。 そのページを指で弾きながら、香藤は続けた。 「自分で気付いてないだけじゃない、これって?」 岩城は黙って香藤の顔を見つめていた。 その表情の中に、驚きの色を読み取って香藤は眉を上げた。 「どしたの?」 「いや、お前、凄いな。」 「え?なにがさ?」 岩城の頷く微笑みに、 香藤は岩城の言おうとすることがわかったように、 にこ、と笑い返した。 「岩城さんとよく似てるね、吉永ってさ。 岩城さんは、白石のこと俺だって言ったけど。」 「俺と?いったい、どこが?」 「そういうとこ。」 香藤は台本を捲りながら、くすくすと笑った。 岩城はその笑い顔を見ながら、 憮然としてコーヒーカップを取り上げた。 「だってさ、岩城さんと違って、 自覚十分って人だと思ってたけど、吉永って。」 「なんだ、俺と違ってってのは?」 口を尖らす岩城に、香藤は堪らず吹き出した。 「吉永も無自覚なんだね。岩城さんと同じでさ。」 「だから!なにが無自覚なんだ?」 真っ赤な顔で睨む岩城の頬を、香藤はそっと撫でた。 「どれだけ俺のことを好きなのか、 時々とんでもなく熱烈な言葉で言うってとことかさ。」 「・・・え?」 香藤はふ、と笑って岩城の手からカップを取り上げてテーブルに置くと、 唇を親指でなぞった。 そのまま重ねてくる唇を、 岩城は薄く唇を開き、瞳を閉じて待った。 啄ばむようなキスを繰り返して、香藤は溜息をついた。 「ほら、そういう風にするでしょ?」 「なにが、そういう風なんだ?」 「そういうね、」 香藤は言葉を続けながら、岩城の肩を掴んだ。 「なにげない仕草が、俺を煽るわけ。 岩城さんは、まるっきり考えてもいないだろうけどさ。」 「仕草?俺の?どんな?」 小首を傾げる岩城の髪を、 香藤はぐしゃぐしゃとかき回しながら笑った。 「おい!やめろ!」 香藤の手を掴もうとする岩城を、香藤は抱き込んで囁いた。 「岩城さんは、わからなくていいよ。」 「・・・なんだか、馬鹿にされてるような気がするけどな。」 「違うよ。岩城さんは、岩城さんらしくしてていいってこと。」 香藤は立ち上がり、岩城に両手を差し出した。 むっつりとしながらも、岩城はその手を掴み立ち上がった。 途端に、香藤は岩城の腰を掴んでにっ、と笑った。 「じっとしててね。」 なんだ、と聞くまもなく、香藤は岩城の腰を抱えて肩に担ぎ上げた。 「うわあっ?!」 「はい、大人しくして。」 視界が逆転して、岩城は慌てて香藤の太股を叩いた。 「降ろせ!」 「いいから。」 「いいからじゃない!香藤!なにやってんだ!」 足をバタつかせ、喚く岩城の尻を、香藤はぺチッと軽くはたいた。 「大人しくしててよ。落ちたらどうすんのさ?」 自分を担いでリビングを出て、階段を上がる香藤の声に、 岩城はそれもそうだと身体から力を抜いた。 「・・・まったく・・・。」 ぶらぶらと揺られながら、岩城は溜息をついた。 「よっ、と。」 ベッドの上に降ろされて、岩城はばたりとシーツに沈んだ。 「あのな、香藤。」 「言っとくけど、」 同時に口を開いて、岩城の方が口を閉じて香藤を睨んだ。 「俺は、岩城さんを軽んじてこういう風にしたわけじゃないからね。」 「じゃ、なんなんだ。人をまるで荷物みたいに。」 「これが一番早くベッドに行く方法、でしょ? 1週間ぶりなんだよ?」 香藤は笑って岩城に覆いかぶさった。 「馬鹿野郎。」 「うん。」 いっそ晴れやかに笑う香藤に、 岩城は呆れたように溜息をついた。 「それとも、いつもみたいにお姫様抱っこの方が良かったかなァ?」 「どっちでもいい、そんなのは。」 顔をしかめる岩城の服を、 捲り上げながら香藤は声を上げて笑った。 「嫌って言うより、恥ずかしいんでしょ?」 目元を染めて睨む岩城に、 香藤は露わになった胸に唇を落としながら囁いた。 「その顔、堪んないね。股間に来るよ。」 「・・・馬鹿。」 香藤の愛撫に、息を上げながら岩城はふと、吉永を思った。 「なぁ、香藤・・・。」 「ん?」 「お前の言うとおりだろうな。 吉永は自分で気付かなかったんだ。」 「うん?」 「あの、ラストの白石の叫び。」 香藤は、愛撫の手を止めて岩城を見上げた。 「吉永は、あれをちゃんと名前を呼ばれたって、わかったんだ。」 「うん。」 「つまり、やっと自分の気持ちに気付いたってことなんだな。」 香藤は岩城の股間に手をやりながら、ぺろりと首筋を舐めた。 「・・・んっ・・・」 「あのさ、岩城さん。」 香藤は眉を上げて岩城を見つめた。 「なんだ?」 「仕事にプライベートは持ち込むな、でしょ?」 「それが?」 「メチャクチャ、プライベートな状態なんだよ、今。 逆もありじゃん?仕事の話はやめようよぉ。」 岩城は破顔すると、香藤の首に両腕をまわした。 「すまん。悪かった。」 「じゃ、楽しいことしよ。」 香藤はそう言いながら、岩城の茎を握りこんだ。 「・・・あっ・・・」 根元から揉み上げる香藤の手に、瞬く内に岩城の息が上がる。 「・・・あ・・・う・・・」 白い身体をくねらせて、岩城は仰け反った。 「・・・んん・・・あぁあ・・・」 岩城の両脚が、迫上がりシーツを踏みしめる。 零れ始めた岩城の蜜を掬って、香藤は岩城の蕾を撫でた。 「・・・はんっ・・・」 岩城の背が、くい、と延び、 揺らぐ腰を香藤の片腕が抱え込んだ。 蕾の周囲を指の腹でゆっくりと輪を書くように擦ると、 岩城の声が上擦った。 「・・・やっ・・・香藤ォ・・・」 息が鼻に抜けるのを、香藤はくすりと笑って聞いていた。 「・・・ふぅんっ・・・んんっ・・・」 岩城は疼きだした蕾に堪えられずに腰を揺すった。 「・・・香藤ッ・・・」 「なに?」 香藤は岩城の声を聞き流して、澄まして笑った。 蕾の周囲を撫でるだけの香藤を睨みつけて、 岩城はその指を掴むと、ずぶりと蕾に差し入れた。 「・・・んあぁっ・・・」 香藤はその岩城の行動に驚いて目を見張ったが、 崩れるような笑いをこぼすとそのまま指を根元まで沈めた。 「・・・あうんっ・・・」 顎が上がり、仰け反ったまま岩城は唇を舐めた。 ちろちろと見え隠れする岩城の舌を、香藤は唇で捕らえた。 「・・・んっ・・・ふ・・・」 香藤の舌を絡めとりながら、岩城は両脚を広げた。 「・・・はぁっんっ・・・」 指を抜き挿ししながら香藤は、襞を掻き回し、前立腺を擦りあげた。 岩城の茎から蜜が流れおち、蕾までそれがつたわる。 指を増やして蕾を抉る香藤に、岩城が顔を歪めてしがみ付いた。 「・・・香藤・・・もういいから・・・」 「うん。」 瞳を潤ませ、見上げる岩城から香藤は指を引き抜いた。 めり込んでくる香藤の熱い熱に、岩城の背が撓った。 「・・・あぁっ・・・あっ、んっ、んっ、んっ・・・」 奥まで辿り着くと、香藤は膝立ちし、岩城の腰を抱えた。 ぎりぎりまで腰を引き、岩城の息が整わない内にその奥へ打ち込んだ。 「・・・ひぁっ・・・」 岩城は後ろ手で枕を握り締め、香藤の突き上げに、固定された腰を震わせた。 「・・・かとッ・・・んんっ・・・」 香藤は抱え込んだ岩城の腰をシーツに落としながら、身体を重ねた。 「岩城さん、なんか、今日凄くない?」 「・・・はっ・・・あっ・・・」 岩城は香藤の背に腕を回して、熱い息をついた。 「お前、だからだ。 でなきゃ、こんなになるか、馬鹿ッ。」 素直でない、乱暴な言葉に香藤はくすりと笑った。 「・・・やっぱ、吉永と同じじゃん。」 「うるっ・・・さいっ・・・つべこべ言ってないで動け!」 はーい、と返事を返して香藤は、 上体を上げて岩城の膝裏を掴んだ。 「覚悟してよ、岩城さん。」 「ダメだ。」 「なに、それ?!」 「無茶はする・・・ッ・・・くッ・・・」 思い切り突き上げてきた香藤に、喉を詰まらせ岩城は仰け反った。 「煽っといて、なに言ってのさ。」 「・・・ぅんんっ・・・か、香藤!だ、だめっ・・・んああっ・・・」 「明日の朝聞くから!」 「・・・んぁあっ・・・んっふぅっ・・・」 「触れもせで」第5回は、タイ官吏とタイ経済界から客を招いて、 日本文化を紹介するシーンから始まる。 吉永が藤色の着物に濃紫の袴を穿き、茶道の手前を披露する。 「岩城さんって、和服似合いますよねぇ。」 小野塚が、スタジオの茶室のセットの脇に立つ岩城に声をかけた。 「いや、着慣れてるだけだよ。」 「香藤から聞いてたんですけど。」 にやっと笑う小野塚に、岩城は苦笑して見返した。 「また、ろくなことを言ってないんだろう?」 声を上げて笑いながら、小野塚は頷いた。 「着物の項が、異常にエロいって。」 「・・・まったく、あの馬鹿。」 「でもその姿見てて、まじエロいなって。」 小野塚の言葉に、岩城はますます顔を顰めた。 「小野塚君、ふざけないで。」 「やだなぁ、ふざけてませんよ、俺。 白石が、吉永の項に見とれるとこ、あるじゃないすか? あれ、告白する大事なシーンでしょ? 素で、出来そうですよ。」 そう言って、小野塚はくすくすと笑った。 多くの在外大使館には、 日本文化を紹介する為に一番手っ取り早い方法として、 茶室が備えられ、日本から茶道使節を招聘することが多い。 だが、在タイ日本大使館にはその必要はなさそうだ、 と、白石のモノローグがそれを伝える。 一企業のトップとはいえ、 営利目的のために公使を引っ張り出そうとする、 失礼な物言いを逆手にとって、 吉永はタイ政府に貸しを作った。 その駆け引きを、白石は隣で見ていた。 「白石って、あんがい食わせ物ですよね。」 次のシーンまでの休憩時間。 台本を見る岩城を眺めながら、小野塚が口を切った。 「なぜ、そう思うんだい?」 「だって、あの吉永をうろたえさせるんだもん。」 岩城は、ああ、と笑って頷いた。 「そうだね。」 白石は、供応役をつとめた吉永が茶室から出て、 ぞうりを履くのを、手を差し出す。 吉永は自然とその手をとりながら、 白石は作法をわきまえているように見える、 自分が供応役が出来るれば、外交上の優位を取れる、と話す。 その吉永を、白石は熱い瞳で見つめ、 初めて吉永に告白する。 「よく言えますよね、見惚れっぱなしだった、なんて。 しかも、真顔で。」 「本気なんだね。だから吉永はうろたえるんだろう。」 これからそのシーンを撮る、という二人が並んで座っている。 周りのスタッフ達は、岩城の着物姿に見惚れていた。 小野塚はそのスタッフ達を眺めながら、ぼそっと呟いた。 「なんていうか、凄げぇな、この役に岩城さんって考えた人。」 「どうして?」 首をかしげて尋ねる岩城に、小野塚はちょっと肩を竦めた。 「・・・なんか、俺、香藤に同情してきたかも。」 「本気で好きになってしまった様です。」 その白石を、吉永は呆然と見つめる。 吉永は、震えかける声を抑えた。 「どうしたんだいきなり・・・。」 白石は決然とした声で、取り引きじゃかなわない。 直球勝負に出ることにした、と答える。 その夜、オリエンタルホテルにテラス席をリザーブしたこと、 部屋もとってあると静かに続ける。 「来て下さい・・・待ってますから。」 その白石が、立ち去る後姿さえ見ずに、 吉永はその場に立ち尽くす。 「想定外だ・・・。」 その言葉が、吉永の気持ちを表していた。 オリエンタルホテルのテラスのシーン。 白石は吉永を待っている。 約束の8時から、すでに50分経っていた。 白石はそこで、 第1回目の吉永との出会いのシーンを思い浮かべる。 姉の婚約者出なければ、出会うこともなかったと。 『恋に落ちることもなかった・・・』 そして、第4回の吉永のトラウマのシーン。 最後のキスシーンのあとの回想が入る。 抱き合い、ソファに沈み肌を重ねる。 その痩せた身体を抱きしめながら、 白石は吉永を心底愛しい、と思ったと。 吉永が、自分を失うその時期に、一人にはしない、 と、そう心に誓って白石はそのテラスに、一人いた。 翌日、吉永は白石に空港までの車を出すように伝え、 昨晩行かなかったことに対して、 何も言わない白石に、自らそれを口にする。 それに対して、子供でないつもりだ、 と笑って答えて出て行った白石に、 吉永は溜息をつく。 「ひでぇな。姉を呼ぶなんざ。」 「小野塚君、俺を睨まないでくれよ。」 「そうですけど。」 白石に、諦めさせるため、キャンペーンの茶会に、 吉永は白石の姉、婚約者である美智子をタイに呼び寄せた。 青ざめる白石の耳に、 姉をオリエンタルホテルにという吉永の声が響いた。 その夜も、オリエンタルホテルのテラスに、白石はいた。 吉永と姉を思う白石の、椅子に沈んだ姿。 姉を裏切ってるのは自分のほうだ、 嫉妬なんて筋違いだとわかっている。 二人が結婚すれば、この状況が当り前となる。 『それと上手く折り合いを付けられると思ってたんだ。 ただ、俺達の関係をまわりに悟られなければそれですむと』 実の姉の不幸を望む訳じゃない、 と思いながら、でも、と両手で顔を覆ってしまう。 その白石に向かって、吉永が近付いてくる。 白石が音を立てて立ち上がる。 その白石に、吉永は頭が冷えただろう、と諭す。 だが、白石はそれに堪えられずに、叫ぶ。 絞り出すような声で、「こうしっ・・・。」と声を上げると同時に、 白石のモノローグが入る。 ――― もう姉の存在を受け入れられない・・・!! ――― 吉永は、白石の二度目の声に、それが肩書きではなく、 自分の名を呼ばれたことに、気付く。 そして、ふ、と視線を下げ、呟くように続ける。 「まったく早く大使にならないと紛らわしい事この上ない。」 現実を味わえば冷静になるだろうと思った、 だがそれが逆効果だった。 白石の反応はいつも自分の想像と微妙に違っていた、 その積み重ねがいまの現状を生んだのだと。 「・・・だが、一番想定外なのは、この期に及んで 君と婚姻以上の関係になる可能性を否定しない自分だ―――・・・」 そう言われた白石の、驚きの顔がアップになる・・・ 「やな感じ。」 「なにが?」 スタジオの隅で、香藤がむっつりとしていた。 「だってよ、吉永と白石って、 あの一回だけじゃないんじゃんか、セックスしたの。」 小野塚が、香藤のその言葉にコーヒーの入ったカップを、 口元へもって行きかけて、止めた。 「吉永がさ、ぶっ倒れた時の回想シーン。 何度も抱いた身体だからわかるって言ってんだぜ? ってことは、一回じゃなくて、何度もやってんだってことだろ?」 「あ、それね。」 「それね、じゃねぇよ。」 小野塚が、面白そうに笑って香藤に、視線を向けた。 「ま、シーンとしてあるのはあの一回だけだけど。」 くそ、と香藤がこぼした。 そこへ、岩城が清水との打ち合わせから戻ってきた。 「どうした、香藤?」 膨れっ面の香藤に、岩城は首をかしげた。 「これから先、絶対ベッドシーンあるよね?」 「ああ、あると思うが。それがどうしたんだ?」 なにも疑問に思わず、そう答える岩城の顔を見て、 香藤は深く嘆息した。 「それがどうしたってさぁ・・・。」 「いい加減にしろよ。ドラマの設定に、いちいち文句つけるな。」 二人の会話を聞きながら、小野塚は顔には出さず笑っていた。 香藤の憮然とした顔を横目で見ながら、 岩城を見上げてにっこりとした。 「俺は、楽しみですよ。岩城さんとのベッドシーン。」 「そうかい?」 睨みつける香藤の視線を無視して、小野塚は頷いた。 「だって、次って相思相愛のベッドシーンになるでしょ?」 「ああ、そうか。」 「綺麗なシーンにしたいですよね。 みんなが、よかったね、って言ってくれるような。」 岩城は小野塚のその言葉に、ゆったりと微笑んだ。 「そうだね。 吉永と白石が、やっとお互いの気持ちがわかった、 その後だからね。」 香藤は、ますます口をゆがめていた。 「・・・岩城さん、ほんと、天然。」 「は?」 意味のわからない岩城の、 きょとんとした顔を見て、香藤は再び溜息をついた。 〜続〜 2006年2月24日 |
|||
| 本棚へ | |||
| BACK | NEXT | ||