Rhapsody in Jade 1








東京・・・・・。


約半年ぶりに、日本に帰ってきた。

秋口から早春にかけては、毎年欧米に演奏旅行に回る。

その間、日本に戻ることはない。

それ以外の時期も、暇じゃないけど。

レコーディングやら何やらで結構忙しい。

そのレコーディングさえ海外で行うことが多いから、

よほどじゃない限り帰国しない。

プロとしてデビューして以来ずっと、そんな生活だ。

日本にいる日数なんて年に数えられるくらい。

リサイタルに戻ってくるだけ。

日本にいても、楽しいことも無いしね。

今回戻ってきたのは、

所属するレコード会社主催のパーティに出席するため。

・・・まったく、うんざりするよ。




俺の名前は、香藤洋二。

現在、22歳。

職業、バイオリニスト。

不世出のって言われてたバイオリニストのたった一人の弟子。

先生以外には弾けなかった、ワン・ボウ・スタッカートで、

「ホラ・スタッカート」が弾けるのは、

先生が亡くなって、今は俺一人だけ。

ガキの頃にデビューして神童といわれた。

一応、天才って言われてる。

学業との両立は大変だったけど、なんとかこなした。

親は放任主義で、だから、今、

俺はこういう仕事が出来てるんだと思うけど、

勉強のことだけは言われたね。

年が上がるにつれて仕事が増えちゃって、

結局大学は中退したけど。

バイオリンに関しては、自信がある。

どんな難曲だって弾きこなせるし、誰にも負けない。

この世界で、ずっとトップを守ってきた自負もある。

バイオリンを弾いくことは楽しいけど、でも・・・。

なんか、物足りない気がずっとしてる。

それが、なんなのか、自分でもわからない。

好きなことをしてるはずだし、実際楽しいには違いないんだけど、

なんか、心の中に隙間がある・・・。

なんでだろう・・・。






「今日のパーティーて、なんなの?」

「レコード会社の創立記念パーティーですよ。

聞いてなかったんですか?」

空港から直行する車の中で、

ハンドルを握るマネージャーの金子が

呆れたような顔をした。

香藤は、後部座席のシートに背中を預けて、溜息をついた。

「どうしても出なきゃ駄目なの?」

「駄目です。事務所の社長へ、

直々に香藤さんあての招待状が来ちゃったんですよ?

出ないわけに行かないでしょう?」

「あ〜あ・・・。」

本気でいやそうに嘆息する香藤に、金子が、少し強い口調で言った。

「皆さんの前では、笑顔でいてくださいよ。」

「わかってるよぉ〜・・営業スマイルね〜。」

国外では、香藤が我儘を言おうがどうしようが天才にありがち、

と気にもされないが、日本という国はそれを許さない。

第一、芸術家に対する評価が、諸外国よりかなり低い。

少しでも我儘を言おうものなら、

たとえデビューして17年にもなる香藤であっても、

22歳と言う年齢のせいで生意気と言われ、叩かれる。

金子が心配するのも無理はなかった。

「社長は、別の車で向かってますから。

もう着いた頃かもしれません。

会場になっているホテルにお部屋をとってありますから、

今夜はそこでゆっくり休んでください。

明日の朝、迎えに行きます。

それからご自宅へ送りますよ。」

「はぁ〜い。」




「元気そうだね。」

ホテルの会場の入り口で、社長が香藤を出迎えた。

「うん。元気だよ。叔母さんも、元気?」

「香藤さん!外では社長って呼んでくださいよ。」

顔をしかめる金子に、社長が笑い声を上げた。

「仕方ないね。5歳のときから面倒見てるんだ。」

社長がそう言って、

えへへっと笑って舌を出す香藤の髪をくしゃっ、と撫でた。





華やかな会場。

着飾った女たちが行きかう。

きらびやかな、その広い会場に入ったとたん、

香藤の目にいきなり飛び込んできた姿があった。

その場にそぐわない、洋装の中のたった一人の、和服姿。

周りの人間とは違う空気に包まれているような、

背筋の伸びた凛とした立ち姿。

黒羽二重、黒の羽織、

五つ紋付に仙台平の袴に白足袋姿のその男に、

香藤はひきつけられ、目が離せなくなった。

「あの人、誰?」

香藤が、社長を振り返った。

「ああ、あれは岩城宗淡さんだよ。」

「だれ、それ?」

「茶道の先生。」

「なんでそんな人が、ここにいるの?」

社長が、くすっと笑いながら香藤を見上げた。

「あんた、ほとんど日本にいないから知らないんだね。

ここの社長の奥さんの親戚だよ。

多分、家元の代わりに来てるんじゃないのかね。

家元の息子さんだから、彼は。」

「へぇ・・・。」

香藤があまりにじっと見つめているので、

社長がからかい半分に言った。

「紹介してやろうか?」

「うん!お願い!」



「お久しぶりです。岩城さん。」

「あ、これは・・・。」

社長が、香藤を伴って岩城の傍へ近寄った。

振り返った岩城に、香藤は呆然と見惚れていた。

ぽかん、と口を開けたままの香藤を、社長が小突いた。

「あ、ご、ごめんなさい。」

「いいえ、はじめまして。岩城です。」

「こ、こちらこそ!香藤洋二といいます。」




「さっきは、ごめんなさい。じろじろ見ちゃって。」

「いえ、構いませんよ。」

岩城が、薄く微笑んだ。

見つめられることには慣れている。

弟子や生徒たちの憧れの視線、やっかみの視線。

妙な雰囲気を持った視線。

だが、香藤の瞳は、そのどれとも違う真っ直ぐなものだった。

岩城を見つめながら、

香藤は心臓が高鳴るのを押さえられなかった。

『・・・こんな綺麗な男の人って、初めて見る・・・。』

「香藤さんは、何を・・?」

「あ、俺、バイオリン弾いてます。」

「・・・そうなんですか・・・。」

岩城が、申し訳なさそうに、少し小首をかしげた。

「ごめんなさい。聴いたことがなくて・・・。」

岩城の言葉に、香藤がいきなり晴れやかな顔で笑った。

自分の失礼な返事に香藤が浮かべた、

思いもかけない陽の光のような笑顔を、

岩城は眩しげに見返した。

香藤の顔が、ぱっと、何かに気付いたように、もう一段明るくなり、

岩城の耳元に口を寄せた。

「岩城さん、抜けません?」

「え?」

「俺、こういう席、苦手なんで。」

「それは・・私も・・・。」

「だったら、行きましょ!」

香藤が、強引に岩城の手を掴んで、出入り口へ向かった。

腕を掴まれて岩城はくすり、と笑いをこぼした。

途中で社長に捕まりそうになったが、

香藤の性格を知り尽くしている彼女は、

苦笑して二人を見送った。




「どうぞ、入って。」

「この部屋は・・・?」

「俺の。今夜は、ここに泊まるんだ。」

岩城をソファに座らせ、香藤は寝室へ行くと、

ケースを片手に戻ってきた。

「岩城さん、バイオリンて、一回も聞いたことない?」

「ええ・・・あまり、クラシックは・・・。」

「じゃ、岩城さんでも知ってる曲って、なんだろう?」

岩城が、首をかしげた。

思いつかないのか、困った顔で香藤を見上げた。

その顔に、香藤の胸がドキリ、と跳ねた。

「ツィゴイネルワイゼン、って、知ってる?」

「ああ!それは、知ってます。聞いたこともあるかな。」

「じゃ、それ弾くから、聞いて?」

「よろしいんですか?」

「うん。」

香藤が、ケースからバイオリンを取り出し、弓に松脂をつけ始め、

にっこりと微笑んで徐にバイオリンを構え、静かに弾き出した。

嫋々とした、重く、深い音。

ジプシーたちの切ない想いが溢れ、岩城に迫ってくるようだ。

音に、心を鷲掴みされ、切なくなるほど揺さぶられる。

途中から、岩城の閉じた瞼に涙が盛り上がり、頬を伝った。

膝に落ちる程の涙の雫を拭うのも忘れ、

岩城は香藤の紡ぎだす音に聞き入っていた。

「大丈夫?」

弾き終わった香藤が、バイオリンをテーブルに置き、

頷く岩城の隣に座った。

香藤は岩城の肩に手をかけ、引き寄せた。

抵抗もせず香藤の肩に額を当てて、

静かに泣く岩城を、香藤は抱きしめていた。

・・・なにかを、分かり合えたような気がした。





岩城の自宅マンションをすでに訪れていた香藤を、

バイオリンを弾いてくれたお返しにと、岩城は実家へ招いた。

庭の奥にある、家族のみが使用する茶室までの露地を、

着物姿の岩城の後について歩く。

頭上を、新緑が覆い、木漏れ日が美しい。

途中にある蹲居で、手と口を濯いだ。

雫がこぼれ落ち、高い、金属音のような鈴の鳴るような、

そんな音がした。

「なに、今の?」

「ああ、その下に、水琴窟があるんだ。」

「へ?」

岩城が汲んだ水を、玉石の上に流した。

・・・ころころころ・・・

その音を聞きながら、岩城が香藤を振り返った。

「この下に、瓶を埋めてある。それに反響して、音が鳴るんだ。」

「へぇぇ、いい音だね。」

「音の専門家が言うんだから、間違いないな。

確かに、いい音だ。」

木立の中にある、瀟洒な茶室。

その手前で、岩城と香藤は別れた。

にじり口を指差し、ここから入るようにと香藤に言って、

岩城は裏手に回った。

壁の白と、柱の黒で囲まれた、清貧な4帖半ほどの狭い空間。

であるにもかかわらず、まるでその狭さが気にならない。

「岩城さん、俺、正座できないよ。」

「ああ、楽にしていていいよ。」

岩城の手伝いをしているのだろう、

女性が襖を開け、盆を手に入ってきた。

香藤の前に、菓子を置き、再び出て行く。

「ねぇ、なんで入り口、あんなに狭いの?

俺、頭ぶつけそうになっちゃったよ。」

悪びれず、無邪気に聞く香藤を、

岩城は微笑ましく思いながら口を開いた。

「にじり口で俗世を捨てるために、狭くなってるんだ。

あれを潜った内側には、身分や肩書きなんぞないんだってこと。

茶室っていうのは結界なんだ。

お茶を間にもてなす側ともてなされる側の。」

「ふぅ〜ん。」

「・・・食べていいぞ。」

「そうなの?お茶と一緒じゃないの?」

「ああ。先に食べるんだ。」

にこっと嬉しそうに微笑んで、

香藤は菓子を美味しそうにほおばった。

バイオリンを弾いているときの、

引き締まった顔つきとは、

まるで別人のような香藤を見つめながら、

岩城の頬にも笑みが浮かんだ。

「ところでさぁ・・・。」

「なんだ?」

「結界って、なに?」

岩城が、目を細めて吹き出した。

一見冷たいと感じるほどの美貌が、笑うと可愛ささえ漂う。

岩城自身は気付いていないその顔に、

香藤のほうがドキリとしていた。

「笑わないでよ。

ひどいなぁ・・岩城さん、俺のこと、馬鹿にしてるでしょ?」

「そんなことはない・・香藤には、いろいろ教えられるな。」

「嘘ばっか。」

「本当だ。」

それだけ答えて岩城は、姿勢を正した。

すっと顔つきが変わり、香藤はそれを見て口を閉ざした。

墨染めの、三津五郎格子の着物姿の岩城の横顔を、

香藤はじっと見つめた。

左手を添えた棗の蓋を右手で取り脇へ置く。

茶匙で抹茶を一匙掬い茶碗に入れ、

匙を碗の角ではたき粉を残らないよう落とす。

匙を、閉じた棗の蓋の上へ置き、

湯を杓子の半分くらい掬い、碗に注ぎいれる。

茶筅を取り、碗を左手で支え、

始めはゆっくりと、徐々に手首のみで茶筅を動かす。

茶が零れないよう、のの字を書きゆっくりと持ち上げる。

茶筅を棗の脇に置き、いったん両手を膝に収める。

そこまでの所作が、

まるで無駄がなく流れるような優美さを漂わせる。

分野は違えど、香藤だからこそわかる、隙のない、完璧な動き。

その岩城に香藤は見惚れていた。

岩城が、胡坐をかいて座っている香藤の前に、碗を置いた。

「どうぞ。」

軽く微笑んだその顔を、香藤はボーっと見つめていた。

岩城が、少し首をかしげた。

「どうしたんだ?」

「ああああぁっ、ごめんなさい!いただきます!」

岩城が、香藤の慌てぶりにくすくすと笑った。

碗を取り上げた香藤は、それを両手で包むように持ったまま、

困った顔で岩城を見つめた。

「ねぇ、俺、どうやったら良いのか、わかんないんだけど。」

「ああ、そうか。」

岩城が、立ち上がり香藤の隣へ、

同じ方向を向いて腰を下ろした。

「まず、左手に茶碗を載せて、右手を脇に添える。」

「あ、そうなの・・こう?」

「そう、それで良いよ・・・

それから、手前に2回まわして、3口半で飲むんだ。

最後の半は音を立てて吸い切るんだぞ。」

「面倒くさぁい・・・。」

「まぁな。仕方ないさ。こういうものなんだ。

でも、一番大事なのは、楽しむこと。」

「楽しむために、こういう決まりがあるわけ?」

「そういうことだ。」

岩城が、楽しそうに笑った。

「・・・ねぇ、岩城さん。宗淡って、本名?」

笑って首を振り、岩城は答えた。

「違う。それは号、だ。

師匠から与えられる、弟子としての名前だよ。

まぁ、仏弟子ってことでもあるんだがな。」

「仏弟子?!じゃ、岩城さんて、お坊さんなの?!」

香藤が、頓狂な声を上げた。

岩城はその声に笑って頷いた。

「まぁ、そういう形を取るんだ。

俺自身は、神仏を信じてるわけじゃないが。」

「本当の名前は、教えてもらえないの?」

「俺か?俺は、京介。岩城京介だ。」

「そっか、京介さんか・・なんか、照れくさいな。」

そう言って、香藤は頭をかいた。

「岩城さんで、いい?」

「お前の好きにしろ。」

香藤が小首をかしげて岩城を見つめた。

「ねぇ、岩城さんの親が、家元なんでしょ?」

「ああ、そうだ。」

「跡、継ぐんだ。」

「いや、俺は次男だから・・・。」

「へぇ・・・お兄さんがいるんだ。」

その声の中に一抹の寂しさを感じて、

岩城は香藤の顔を見返した。

「いいね、兄弟がいるって。」

「・・・そうだな。」

香藤が、黙って碗に口をつけた。

言われたとおりに「半」で、吸い込む。

「にがっ!」

碗を下ろして、思い切り顔を顰めて香藤が叫んだ。

その顔に、岩城が破顔した。

「こんな、苦いの?!」

「慣れれば、美味しいぞ。」

「信じらんない!」





「どうして、一人暮らし、してるの?」

「実家だと、不自由なこともあるからな。」

すでに、何度も訪れている、岩城の自宅マンション。

「それにしても、相変わらずなんもない部屋だよね。」

ソファと、テーブル、隅にテレビが置いてある。

それ以外は一つの装飾品さえないリビングを、

香藤がそう言って見渡した。

他の部屋にも、これと言った飾りや置物も見当たらない。

岩城は、拘って入れているコーヒーを、

香藤の前に置きながら隣に座った。

「余計なものを置きたくないんだ。

唯でさえ、衣装が多いし。」

「ああ、玄関脇の8帖の部屋、和箪笥で埋まってるもんね。」

香藤は、ラフなセーター姿の岩城を眺めながら、

カップに口をつけた。

岩城が2部屋しかないマンションの、

一番広い部屋を衣裳部屋にしていて、

自分はリビング脇の6帖にベッドを置いていることを、

香藤は思い出した。

「普段は着物は、着ないんだ?」

「着物は、俺にとっては仕事着だから。

普段までは、ちょっとね。」

「ここいいるときは、仕事のこと、考えたくない?」

香藤の言葉に、岩城はふっと顔を上げて、

どことなく嬉しそうに笑った。

思いのほか、可愛いその顔に香藤の胸が高鳴なった。

初めて恋をしたときのように、

知らず知らずのうちに岩城を視線で追いかけていた。

話をするにつれて、その純粋さや、繊細さがわかってくる。

言葉は少ないが、態度で示す優しさが香藤の胸に染みる。

見るたびに、その美しさに改めて驚いたりもする。

『・・・なんか、俺・・・。』





『・・・言っちゃおうかなぁ・・・』

香藤は、悩んでいた。

生まれてこの方、悩みらしい悩みなど持ったこともなく、

したがってどん底まで落ち込むなど無かった彼が、

初めて真剣に悩み、

本気で落ち込み、一日中うだうだと過ごしている。

ある意味、仕事の一部である、

バイオリンの練習にさえ身が入らない。

楽譜を前に、バイオリンを構え弾き始めては見るものの、

いつの間にか手が止まりじーっと一点を見つめて、

考え込んでしまう。

・・・なぜか。

香藤は、恋をしていた。

それに気づいてからと言うもの、ずっとこの調子なのだ。

恋をしたことは、もちろん、ある。

というより、人並み以上に経験は豊富だった。

子供の頃からプロとして華やかな世界にいたために、

他の同じ年齢の男の子たちよりもそちらの経験は早かったろう。

だが、誰かに恋して、

何も手につかなくなるなど、初めてのことだった。

気を抜くと、相手のことを考えている。

目の前に、幻が浮かぶ。

夢の中にさえ現れる。

その夢の中で、何度、彼を抱きしめただろう。

朝、目覚めて慌ててトイレに駆け込む何ぞと言う、

恥ずかしい思いもした。

今日も、練習を始めてはみたが、気持ちは別の方へ向いていた。

「どうしたんですか、香藤さん?」

金子が、心配そうに声をかけた。

「う〜ん。なんでもない。」

「なんでもないじゃないでしょう?全然、音が抜けちゃってますよ。」

「あはは・・やっぱり?」

「気を入れて、きっちり3時間以上は練習しないと、

指が動かなくなりますよ。」

「わかってるよぉ・・・。」

「先生の形見のバイオリンが泣きますよ、香藤さん。」

グァルネリ・デル・ジェス。香藤のバイオリン。

リサイタルのときはもちろんのこと、

練習のときさえ、香藤はそれを弾く。

片時も傍から離したことはない。

移動のときは自分で持ち歩き、誰にも触らせない。

マネージャーの金子にさえ。

「それ言われると、きついなぁ。」

「すみません。」

深く息を吐いて、嘆息すると、バイオリンを構えなおした。



「・・・駄目だ・・・。」

香藤が、肩で息をしてバイオリンを下ろした。

「香藤さん・・・。」

「ごめん、金子さん。俺、ちょっと出かけてくる。」

「どちらへ?!」

金子が驚いて、目を剥いた。

練習を放り出すことなど、

これまでの香藤にはなかったことだ。

「バイオリンを、ちゃんと弾くために必要なところ。」

「あ、ま、それならいいです。

帰ってきたら、ちゃんとしてくださいよ。」

「うん。わかってる。」






「ごめんね、急に来ちゃって。」

「いや、構わない。」

香藤がやってきたのは、岩城のマンション。

「何か、飲むか?」

岩城が、キッチンへ向かいながら声をかけた。

香藤は、その腕を掴んでソファまで連れて行き、

彼を座らせた。

「飲み物は、いいよ。話しがあるんだ。」

「なんだ?」

岩城は、自分の前の床に正座をして座り込んだ香藤を、

眉を寄せて見つめた。

正座が苦手なはずの香藤が、

そうやって座っていることに、まず驚いた。

「話が済んだら、すぐ帰るから。」

「わかった。」

「驚かないで、黙って、聞いて・・・

驚かないでっていっても、無理だと思うけど。」

香藤は、そう言って岩城を見上げた。

少し心配げな、不審げな岩城の顔。

生まれてはじめて男に対して綺麗だと思った、

その端正な顔をまっすぐ見つめながら、香藤は口を開いた。

「俺、岩城さんが好きだ。

今まで、男を好きになったことなんかないけど、

でも、好きになっちゃった。」

「香藤っ?!」

岩城が、腰を浮かさんばかりに驚いて叫んだ。

香藤は、慌てて両手をあげて言った。

「わかるよ、わかるけど、お願い、黙って聞いて。」

香藤の真剣な顔に、岩城は仕方なく口を閉ざした。

「俺も、自分でびっくりしてるんだ。

気がついたら、どうにもならなくなるほど、

好きになってたから。

でもね、だからって俺はそれをいやだとは思わなかった。

だって、仕方ないじゃない。

好きになっちゃんたんだもん、嫌いになんてなれないよ。」

そう言って、香藤はいったん口を閉ざし、

岩城を、少しの間見つめた。

ほっと息をつくと、再び、話し出す。

「俺さ、バイオリンが手につかないんだ。

岩城さんのことが目の前にちらつくの。

このままじゃ、どうにもならなくてさ。

嫌われるの覚悟で告白に来たんだ。

俺のこと好きになってくれとは言わない。

それは、無理でしょ?」

「香藤・・・俺は・・・。」

「いいって返事しなくて・・・二度と会えなくなったとしても、

俺は岩城さんのこと、愛してるから。

いつか、何か、誰かの助けが必要になったら、

その時は、俺のこと思い出して。

どこにいても、必ず助けに行くから。

どんなことでもいいから。

岩城さんが幸せで、いつも笑顔でいてくれること、

それが俺の幸せだから。

それを俺が出来れば最高なんだけどね。」

香藤はそこまで言って、岩城に微笑んだ。

まっすぐな、香藤の想い。

それをそのまま表した香藤の言葉。

岩城の心の中に、漣がたった。

・・・二度と、会えなくなったとしても・・・

その言葉が、岩城の頭の中を駆け巡った。

「会えなくなるって・・・?」

香藤は、ちょっと肩をすくめた。

「だって、さ。

こんな告白されちゃって、俺に会うの、やでしょ?」

岩城はそれを聞いて黙り込んだ。

『・・・会えなくなる・・香藤に・・?・・・』

「・・・岩城さん、」

はっと、顔を上げた岩城を、香藤が真剣な顔で見つめていた。

「最後にもう一回だけ言わせて。」

「・・・なんだ?」

「岩城さん、愛してる。岩城さんだけ。この先も、ずっと。」

「・・・・・。」

無言で、岩城は香藤を見返した。

嘘のない、真摯な、けしてそらされることのない瞳。

にこっと笑って、香藤は頷いた。

「聞いてくれて、ありがと。じゃ、俺、帰るから。」

そう言って、立ち上がりかけて香藤が、

どしゃっ、と横様に倒れた。

「どうした、香藤?!大丈夫か?!」

岩城が、驚いて床に座り込み、その身体に手を触れた。

香藤が、今までの態度とはまるで違う、

情けない声で呟いた。

「・・・カッコわりぃ〜〜・・せっかくキメたのに・・・」

「は?」

「・・・足、痺れちゃった・・・」

ぷっ、と岩城が吹き出し、堪らず、腹を抱えて笑い出した。

「・・・笑わないでよぉ〜〜・・・」






ここ数日、岩城はそわそわと落ち着かない。

心が浮き足立っている。

表面上は、平素と変わりなくしているつもりである。

今日、実家での稽古に来ているが、周りから、

なにも言われないので、多分大丈夫だろう。

あの日、香藤は告白した後、そのまま帰っていった。

それ以来、香藤からの連絡がない。

だからと言って、自分から連絡を取るのは気が引ける。

でも・・・。

何度も逡巡し、それでも、気になってつい、

電話に目が留まる。

その矢先、

「若先生、お電話です。」

廊下で呼び止められて、

柄にも無く期待で心臓が跳ね上がった。

「誰から?」

声が震えるのを、やっとの思いで押さえた。

「香藤さんて方です。」

受話器を受け取り、

呼び止めた相手が立ち去るのを待ってそっと、耳に当てた。

『岩城さん?ごめんね、実家に電話しちゃって。』

聞こえてきた声に、胸が高鳴る。

「・・・いや・・・。」

『マンションにかけたら、出なかったから・・・。』

「ああ、今日は、稽古があるから・・・。」

『・・・今日、行ってもいい?』

「・・・ああ。8時には帰ってる。」

しばらく、沈黙が続いた。

不安になって、岩城が口を開こうとしたとき、

香藤の溜息が聞こえた。

『・・・よかった。嫌われてなくて。』

その言葉に、岩城ははっとした。

「馬鹿、そんなことあるわけ無いだろう。」

『ほんと?!』

「この前、言っただろう?二度と会わないとは言うなって・・・。」

『・・・うん・・・ありがと・・・。』

『じゃ、』と言って切れた電話を、

岩城は握り締めたまま、しばらくじっと見つめていた。




「ごめんね。」

玄関を開けた岩城に、香藤はいきなり謝った。

「何がだ?」

「いや、だからさ・・・。」

「そんなとこに、ずっと突っ立ってる気か?入れ。」

心持ち眉の下がった顔で、

おずおずと靴を脱ぎ中へ向かう香藤に、

岩城は微笑みかけた。

「珍しいね。ここで着物着てるなんて。」

「・・・ああ・・・今、帰ってきたところだ。何か、飲むか?」

「・・・う・・・ん・・・。」

言いよどんで、黙り込んだ香藤を岩城は振り返って見つめた。

頬を染めて、視線をそむけている。

「どうした?」

「・・・その・・・。」

「香藤?」

小首をかしげる岩城を、

香藤はちらり、と見るとまた視線を外して、

まるで呟くように言った。

「綺麗だ、岩城さん。着物着てるの、久しぶりに見た。」

「なに・・・言ってんだ。」

言われた岩城のほうまで、頬を染めて顔を背けた。

それに気付いた香藤は、

岩城の視線が自分に向いてないのをいいことに、

彼の横顔をじっと見つめた。

岩城は、顔を背けたままキッチンへ向かった。

背中に、香藤の視線を痛いほど感じる。

・・・岩城が着物でいたのは、今帰ってきたからではなかった。

帰ってきて、香藤が来ることに気を取られ、

着替えることを忘れていたためだ。

香藤に言われて、初めて気がついた。

それほど、彼を待っていたのか、

と自分で自分の気持ちに驚いていた。

「・・・ねぇ、飲み物なら、いいよ。」

「いや・・ビールくらいしかないから。」

そう言って、缶ビールを二つ手にしてリビングへ戻った岩城を、

香藤は自分の隣に座るように手招きした。

「ごめんね、連絡しなくて。」

「・・・いや。」

テーブルに缶を置きながら、岩城は小さな声で答えた。

「レコーディングの準備に追われてて・・・っていうか、

作ろうと思えば、時間、

作れたんだけど、なんか、気が引けちゃって・・・。」

その言葉に、岩城が微笑を浮かべ、

その後、くすっと声を漏らした。

「笑わなくてもいいじゃん。」

「違う。同じだと思ったんだ。俺もそう思って・・・。」

「電話、してくれようとしたの?!」

香藤の、心底嬉しそうな顔に、岩城のほうが照れて口ごもった。

「・・・良かった、俺、電話して。

俺さ、我慢しようと思ったんだけど、やっぱり、駄目だ。」

「我慢なんか、しなくていい。」

岩城が、ぽつりと言った。

香藤はその言葉に驚いて、

視線を香藤から外して頬を染める岩城の顔を見つめ、

思わず、手を伸ばして岩城を抱き寄せた。

「か、香藤?!」

「我慢しなくていい、って言ったじゃん。」

「そうだけど!」

「ちょっとだけで、いいから。」

香藤の胸に抱かれて、聞こえてしまわないかと心配になるほど、

岩城の鼓動が高鳴った。

「・・・いい香りがする・・・。」

「え?」

「岩城さんの香り。」

じっと香藤に抱かれたままの岩城の肩に、

顔を埋めたまま香藤が囁いた。

項にかかる香藤の息が、熱かった。

「好きだ。」

目を閉じて、それを聞いた岩城は、溜息をついて答えた。

「お前・・・自分で俺を幸せにするのが、最高だと言ったな。」

「うん。」

「・・・嘘は、つくなよ。」

一瞬の沈黙の後、香藤は岩城の両肩を掴んで、その顔を見つめた。

「岩城さん?!・・・それって・・・。」

岩城が微笑んで、微かに頷いた。

驚いて見つめる香藤の顔が、輝くような笑顔に変わった。

じっと見つめ合う二人の唇が、ゆっくりと重なる。

まるで、初めてのときのように、重なるだけのキス。

お互いの体が震えているのがわかる。

「なんか、すっごいドキドキしてる。」

「ああ・・・俺もだ。そんな年でもないのにな・・。」

クスッ、と香藤が笑った。

「笑うな。失礼だぞ。」

「ごめんね・・・岩城さん、年上とは思えないくらい、可愛い・・・。」

「うるさい!可愛いとか、言うな!」

「だって・・・可愛いんだもん・・・。」

そう言いながら、香藤は岩城の唇を、もう一度塞いだ。

薄く、唇を開いて岩城はそれを受けた。

香藤は啄ばむようにキスを繰り返し、

だんだんと深く貪り、舌を差し込んだ。

岩城は、それにおずおずと自分の舌を差し出した。

その、年上とは思えない岩城の含羞に満ちた態度に、

香藤は堪らず抱きしめる腕に力が入った。

岩城の咥内を思う存分に犯す香藤の舌に、

岩城の思考が麻痺したように止まった。

「・・・ん・・・んっ・・・」

貪る唇の隙間から、岩城の声が漏れた。

香藤の胸に当てられていた手が、

キスが深くなるのに合わせて香藤の首に回され、

香藤の手が忙しなく岩城の帯を解き、床へ投げ捨て、

唇を貪りながら着物を剥ぎ取った。

ソファに重なり横倒しになって、

香藤の熱くなったものが襦袢越しに

岩城の腿に当たった。

それを感じて岩城の体がびくっと、動いた。

「・・・岩城さん、ごめん、やっぱりベッドへ行こう。」

荒い息をしながら、香藤が岩城を見つめた。

同じように息が上がり、肩を上下させながら岩城は、香藤を見上げた。

「初めて、岩城さんを抱くのに、ソファは、いやだ。」

「・・・香藤・・・。」

その香藤の気遣いが、嬉しかった。




香藤はベッドの上に、抱えあげた岩城をそっと下ろした。

白い襦袢姿の岩城が肘をついて起き上がり、

膝を曲げて足袋の小鉤に手をかけた。

「待って。それ、俺に外させて。」

香藤がそう言って、岩城の手を取った。

「白足袋の足首って、すっごい色っぽいね。」

「何を言ってる・・・。」

岩城が、頬を染めて顔を背けた。

その岩城の、匂い立つような色香に、

香藤の体に震えが走る。

一つずつ小鉤を外し足袋を脱がせ、

そのまま岩城に折り重なり、香藤は唇を重ねた。

「愛してる、岩城さん。」

「・・・香藤・・・。」

真摯な、思いの詰まった香藤の声。

最初に言われたときから、

同じ性を持つ相手に言われたのにもかかわらず、

驚きはしたものの嫌悪感など浮かんでは来なかった。

初めて会ったときから、

真っ直ぐに懐に飛び込んできた香藤そのままに、

その言葉も、岩城の心に真っ直ぐに届いた。

香藤は、起き上がり岩城が纏っている襦袢を脱がせた。

そこに岩城の真っ白な肌があらわれた。

引き締まった、無駄なところなど一切ない身体。

男の身体であるにもかかわらず、

香藤はその体を美しいと思った。

「綺麗だ、岩城さん・・・。」

香藤は、岩城の項に唇を触れながら、岩城の肌に手を滑らせた。

「・・・んっ・・・」

反射的に、顔を背け腰を引く岩城を、香藤は愛おしげに見つめた。

項を這う唇が胸に移動していく。

片方の指で、片方の胸の飾りを軽く指で撫でながら、

もう片方を舌で転がし、舐めあげた。

「・・・はっ・・・」

岩城が仰け反り、両手がシーツを握り締めた。

それが硬く張り詰めるまで交互に飾りに吸い付き、舌を這わせた。

岩城の頬が、徐々に赤みを増していく。

必死で声を漏らすまい、と唇を噛んで耐えている岩城に、

香藤は片手にその茎を握りこみながら、囁いた。

「唇、噛まないで、切れちゃうよ・・。」

「・・・で、でも・・・。」

「恥ずかしくないから・・・声、聞かせて。」

「・・・香藤・・・。」

「ね?・・・岩城さんが、感じてくれてるかどうか、知りたいから。」

こくり、と頷く岩城の額にキスをしながら、

香藤は握りこんだ指を動かした。

「・・・あっ・・・んっんっ・・・」

とっさに瞳を閉じて顔を背け、唇を噛み締める岩城を、

香藤は愛しげに見つめた。

岩城の肩に腕を回し、頬にキスを落とした。

見上げる岩城の唇を甘噛みし、

それを噛み締めようとするのを止めた。

そうしながら、握りこんだ指を動かし、岩城の茎を擦りあげた。

「・・・あぁっ・・・」

岩城の腰が、揺れた。

香藤はそのまま茎をそのまま摩り、岩城が熱い息を

漏らし続けるようになるまで、待った。

「・・・あぁぁっ・・・かっ・・・香藤っ・・・もっ・・・」

香藤の胸に顔を埋めていた岩城が、

堪らえきれずにシーツを握り締めていた手を外し、

香藤の腕を掴んだ。

「・・・うん・・・。」

香藤がその顔を見て、ごくり、と喉を鳴らした。

汗の滲んだ、頬が桜色に上気した、岩城の顔。

その顔が、どれほど妖艶で、色香を漂わせているのか、

本人は、わかっていないだろう。

香藤は、身体をずらして岩城の片足を肩に抱え、

股間に顔を埋め、そっと腿の奥に舌を這わせた。

「・・・あっ・・んんっ・・・」

香藤の舌が、岩城の茎を下から舐め上げた。

「・・・はぁっ・・・」

何度も、何度も、岩城の茎を舌で弄り、

双果を片手で揉みしだいた。

その都度に、岩城のあげる声が切迫していく。

もう、唇を噛んで声を堪えることなど出来なくなっていた。

「・・・あぁっ・・・んんぅ・・・はんっ・・・」

「・・・いい声・・・。」

香藤の下半身が、その声に煽られ熱が集まっていく。

岩城の茎から先走りが漏れ始め、

香藤はそれを指に掬い取ると、

岩城の蕾に指を当てた。

びくっ、と岩城の身体が震えた。

「・・・かっ・・・香藤・・・っ・・・」

岩城の身体が仰け反り、腰が引かれ、

香藤の指が、ぷつっと蕾に沈んだ。

「・・・あっ・・・やっ・・・」

ずり上がろうとする岩城を、

香藤は指を入れたままその隣に体を横たえ、

腰に腕を回して押さえた。

「慣らさないと、辛いから。」

「・・・はっ・・あぁっ・・・」

岩城が、香藤の肩に真っ赤な顔を埋めて、

中を探る香藤の指の動きに腰を揺すった。

指を増やして、出し入れを繰り返しながら、

香藤はその岩城の顔を見つめていた。

半開きの岩城の唇から熱い声が漏れ続けるようになり、

香藤は指を引き抜き岩城の膝を掴んで、大きく開かせた。

岩城が、自分さえ目にしたことのないその秘所を、

香藤の視線にさらすその取らされた姿勢に、

恥ずかしげに、顔を背けた。

「綺麗だ、岩城さん。」

香藤はそう呟いて、蕾に唇を触れた。

「あっ・・・!」

中を探るように、差し込まれた香藤の舌の動きに、

岩城の腰の奥が疼いた。

「・・・香藤っ・・・」

「・・・もう、大丈夫そうだね・・・俺も、限界・・・。」

起き上がって、香藤は岩城の腰を掴むと、

自身を岩城の蕾に押し当てた。

「いい?入るよ。」

岩城が、微かに頷いた。

「・・・ああぁっ!・・・」

指とは比べ物にならない、圧迫感。

押しひろげられるにつれて、

まるで、身体が裂けるような痛みが腰から背筋を走った。

「い・・痛いっ・・香藤っ・・・」

「岩城さん、力、抜いてっ」

全身を硬直させ、体を震わせる岩城に、香藤が声をかけた。

「岩城さん、息吐いて。」

言われるまま、岩城がゆっくりと息を吐く。

目を開いて、そこに香藤の顔を見つけた。

欲情をあらわにした、それでも、

岩城に対する愛情に満ちた顔を、岩城は見つめた。

自分を欲しい、と素直に言い、自分を労わろうとする香藤を、

岩城はその身内に受け入れたい、と思った。

「・・・愛してる・・・。」

香藤が囁いた。

その言葉を聴いて、岩城の体から余計な力が抜けた。

それに気付いて、香藤は腰を進めた。

「・・・んうぅっ・・・くぅっ・・」

「全部、入ったよ。わかる?」

香藤がそういいながら、岩城を抱きしめた。

香藤の肩に腕を回して、岩城は頷いた。

「痛い?」

「・・・きつい・・・」

「少し、このままでいるよ。」

じっと抱き合っているうちに岩城の腰の奥から、じわり、と、

痛み以外の感覚が湧き上がってきた。

息を詰めていた岩城が、

熱い息を漏らし始め香藤にそれが伝わる。

「香藤・・・」

「・・・いい?」

「ああ・・・動いてくれ。」

ゆっくりと、香藤はぎりぎりまで腰を引いた。

「・・・はぅっうんっ・・・」

岩城の声が、高まった。

香藤の律動に合わせ、腰を揺すり、擦り付ける。

「・・・あぅうんっ・・香藤っ・・香藤ォ・・あぁっ・・・」

香藤の動きが激しくなるにつれ、

岩城の両足が香藤の腰に絡みつき、

きつく締め付けた。

全身で、香藤に縋り彼を受け入れようとする岩城が愛おしくて、

香藤は深く岩城を抉った。

「・・・ひっうんっ・・・んんぅっ・・・」

「岩城さんっ・・・いいよ・・・すごくっ・・・」

「・・・香藤・・・か・・・とうっ・・・もう・・・」

「うん。」

「・・・ああぁっ・・・」

叩きつけるように、岩城の中へ香藤は自分を解放した。

香藤の首に、きつく腕を絡みつけたまま岩城は、

肩で荒い息をついていた。

腕の中で香藤の胸が上下して、

項に同じように大きく息をする香藤の熱い吐息がかかる。

それを岩城は、幸せだと感じていた。

「・・・大丈夫?」

「・・・ああ・・・。」

「あ、は・・・堪んない・・・。」

香藤が岩城の肩に顔を埋め、

思わず、と言った風に呟いた。

「・・・香藤・・・。」

香藤が、岩城の頬に唇を触れた。

その方へ岩城は顔を向け自分から香藤の唇を求め、

二人は深いキスを交わした。








                  〜続〜



                 2005年4月7日
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