−Come hell or high water−







澄み切った青空の下で、岩城は芝の上に寝転んでいた。

少し冷たい空気が、肺に心地よい。

両腕と、両脚を大きく伸ばして息を吐いた。

草を踏む足音が聞こえてはいるが、

瞳を開けないまま、くすり、と笑った。

「こんなとこにいたんだ。何してるの?」

香藤の声がして、ようやく岩城は瞼を上げた。

「寝てた。気持ちがいい。」

いかにも眠そうな声で答え、岩城は再び目を閉じた。

シルバーストーン・サーキット。

イギリスGPの行われるこのサーキットが、

マクガバン・チームのホームコースだった。

シーズンオフのこの日、

チームは新しいマシーンのテストをここで行おうとしていた。





香藤がヨーロッパF3に出場していた当時、彼を担当していたメカニックが、

香藤がマクガバンでF1デビューを果たしてから数ヵ月後、

別のF1チームへ移ってきた。

今回の事件で、チーフメカニックを失い、

早急に必要としているマクガバンのために、香藤が彼に声をかけた。

ジャンセンと同じように、

そのメカニックもまた天才、と言われるような腕を持っていた。

彼がマクガバン・チームへ移籍するために、

香藤はふたつのチームの間を取り持った。





ようやく、チームに活気が戻り、スタッフ達は、

新しいマシーンの性能を上げることに、余念がなかった。

「助かったよ、ナオタカ。まさか、君が来てくれるとは思わなかったが。」

マクガバンが、香藤のマシーンに載せるエンジンを調整する吉澄に、

後から話しかけた。

「いやぁ、またいつか、一緒に仕事したいね、って言ってたから。

俺のほうこそ、彼のマシーンをいじれるってのは、嬉しいですよ。」

「吉澄さん、どお?」

香藤がラフな普段着でピットに駆け込んできた。

「まだだよ。もうちょっと待ってて。」

「は〜い。・・・あれ?」

香藤は間延びのした返事を返すと、きょろきょろとピットの中を見回した。

「ねぇ、岩城さんは?」

「キョウスケなら、コースの上を歩いていったぞ。」

マクガバンが、そう答えると香藤は、ピットを走り出た。

「おい!どこいくんだ、ヨウジ?!テストは?!」

「岩城さんを見つけたら、すぐ戻るよ!」

その背中を見ながら、ピットの中は呆れた溜息で溢れた。

「・・・まったく、あれが世界中の憧れのヨウジ・カトウだとは、とても思えないな。」

マクガバンの呟きに、スタッフ達の爆笑が湧き起こった。





岩城は、ピットからはるか離れたコース脇の芝生で、横になっていた。

「こんなとこで、寝なくてもいいんじゃない?」

そう声をかけながら、香藤は岩城の隣に座った。

「今日は、ずっと眠かったんだ。お前のせいで。」

岩城の言葉に、香藤は苦笑して肩をすくませた。

「ごめん。つい。」

くす、と笑って岩城は香藤を見上げた。

「あれが、つい、なんていうものなのか?」

「え〜、だってさ・・・。」

「朝まで盛りやがって。馬鹿。俺を殺す気か?」

「そういうつもりは、ないけどさ・・・止まんないんだもん。」

ばつが悪そうに、苦笑する香藤に、

岩城は下から手をのばしてその頬を軽く叩いた。

「まったく、体力が違うんだ。少し、考えろ。」

「は〜い・・・。」

香藤は起き上がった岩城を、見つめた。

「でもさ・・・。」

「なんだ?」

「俺だけのせいなのかなァ・・・。」

ん?と、岩城は片眉を上げて香藤を見返した。

「岩城さんが色っぽいのも、原因じゃない?

どっちかと言うと、そのせいだと思うけど?」

ジロリ、と睨まれて香藤は慌てて、首を振った。

「いや、あのさ、」

「お前くらいのもんだ、俺を見て色っぽいなんて言うのは。」

「そうでもないんだよね、それが。」

オーストラリアGPの開催されるアデレイドで、

スタッフ達は、明らかにその前とは違う雰囲気の2人に気付いた。

香藤が岩城に纏わりつき、向ける視線の甘さに、

疑問の余地なく彼らの関係を悟った。

それ以来、岩城に向けられる目も、変化した。

それに気付いたのは、香藤だけだった。

岩城本人は、取材のためにパドックを行き来する彼を見る、

他の男たちの目付きになど、まったく無関心だった。

「なに言ってんだ。あるわけないだろう。」

呆れてまた、芝の上に横になる岩城を、香藤は溜息をついて見つめた。

気だるげに横たわり、息を吐く岩城に刺激されて、香藤はその身体に重なった。

「・・・おい・・・。」

開きかけた口を、香藤のキスが塞いだ。

じっくりと咥内を犯す香藤の舌に、岩城の身体が無条件に反応する。

その自分の変化を、岩城は躊躇なく受け入れるようになっていた。

「・・・ん・・・ふぅ・・・」

「だから、そういう声出さないでよ。」

「だったら、しなきゃいいだろ。」

「もう・・・わかってないんだから。誘わないでよ。」

香藤の手が、岩城のシャツのボタンに触れた。

「誘っちゃいないぞ、俺は。

ちょっ・・・待て、香藤。お前、本気でここでする気か?」

「うん。いけない?」

「誰か来たらどうするんだ?こんなとこで。」

「誰も来ないよ。みんな、マシーンの調整で、ピットにいるもん。」

「・・・まったく。」

岩城は、呆れて溜息をつきながら、起こした身体を芝に戻した。





「・・・んぁっ・・・」

香藤の指が、項から胸にすべり、さらにその下へ向かった。

片手がズボンの中へ潜り込み、岩城の茎を揉みしだいた。

「・・・はぁっ・・・あっ・・・」

咥内を貪りながら、身体中を弄る香藤の手に、岩城の身体が火照った。

「岩城さん、ごめん。俺、ちょっと余裕ない。」

岩城は、眉を寄せる香藤に、微笑んだ。

香藤を見上げながら、ゆっくりと腰をずらした。

さも、早く下ろせといわんばかりの、

岩城の行動に香藤は眩暈がするような思いがした。

煽られて、香藤は岩城のズボンを下着ごと引き摺り下ろした。

思い切りよくズボンを足から引き抜くと、

岩城はくるり、と身体を反転させた。

四つん這いになった岩城の、

その腰を抱えて香藤は岩城の秘所に、舌を這わせた。

「・・・あっ・・・んっ・・・」

芝を掴んで、岩城が仰け反った。

シャツを着たままの背中に、香藤が重なった。

「いい?」

「馬鹿、いちいち聞くな。」

笑って頷くと、香藤は岩城の腰に手を添えて、先端を潜り込ませた。

「・・・ふぅっ・・・」

ほんの数時間前まで、香藤をその体内に入れていた岩城のそこは、

しごくすんなりと香藤を受け入れた。

岩城の喉が鳴り、襞が引き摺られる刺激に、

岩城の身体が震え、嬌声が洩れた。

この数ヶ月の間に、岩城の見せた変化は香藤の想像を超えていた。

香藤の腕の中で、岩城は徐々に身体を開き、綻んでいった。

「・・・あはっ・・・ふっ・・・」

後から突き上げられて、岩城は腰を揺らした。

着ているシャツとジャケットが、背中から肩へずり落ちている。

露わになった背中が、うねり、震えていた。

「・・・ひぃ・・・あっんぅっ・・・」





「おっと、雲行きが怪しくないか?」

「そうですね。降り出しそうだ。ま、ここはそういうとこだから。」

吉澄の言葉に、マクガバンが笑った。

「それもそうだな。」





「・・・あぁっ・・・かっ・・・香藤ォ・・・」

腰を高く上げて仰け反り、声を上げる岩城を後から蹂躙する香藤。

その2人の上の空が、雲で覆われ始めた。

「岩城さっ・・・いいよ、すごくっ・・・」

「・・・んあっ・・・香藤ッ・・・くっ・・・」

芝生を掴んだ手に、頬を押し付けて、岩城は喘いでいた。

腰を掴んで、中を捏ねるように香藤は腰を回した。

「・・・あっひぃ・・・っ・・・」

背中がうねり、香藤の突き上げに合わせるように、腰が揺らいだ。

「・・・うあっ・・・あぁっんっ・・・」

反り返る岩城の背に、雨がぽつり、と当たった。

最初の一滴が落ちると、瞬く間に、スコールのように雨が降ってきた。

「・・・あぅんっ・・・ひ・・・うぅっ・・・」

岩城の上げる嬌声が、雨音にかき消されていく。

まるでシャワーを浴びてでもいるように、雨が岩城の背を流れ落ちた。

濡れた黒髪が額に張り付き、

白い肌が雨に濡れているのにもかかわらず、熱く色付いていた。

「・・・いいよっ・・・岩城さんっ・・・」

「・・・あぁあっ・・・くぅっ・・・」

見下ろす香藤の目に、

岩城の燃えた肌に当たった雨が蒸気となって立ち上るのが見えた。

まるで幻のような、霞の向こうの岩城に香藤のものが勢いを増した。

「・・・もぉ・・・香藤ォっ・・・」

握りしめる芝が、根元から引き抜かれた。

岩城の身体の奥深くに、香藤は思う存分吐き出した。

「・・・はっぁあんんっ・・・」

2人同時に熱を放って、叩きつける雨の中、抱き合いキスを交わした。




「なんだか、見事に俺達、ずぶ濡れだね。」

香藤が、雨の中で、髪をかきあげながら笑った。

「ずぶ濡れって言うより、泥まみれだ。」

岩城が芝の上に放りだされたズボンを掴んだ。

香藤はそれを見て、岩城を芝に座らせた。

「穿かしてあげる。

一人じゃ無理だよ、こんなぐしょぐしょのズボン穿くの。」

岩城は黙って、芝の上に座り、両脚を投げ出した。

「笑えるな。」

「なにが?」

「雨の中のセックス。まったく、見境がないのにも程がある。」

くすくすと笑う香藤に、岩城は呆れたように、ぺちり、と頭を叩いた。

「いたっ・・・岩城さんだって、喜んでたくせに。」

「なんだって?」

「なんでもないよ。」

ぶつぶつと言いながら、香藤は岩城にズボンを穿かせた。

「帰ろ、岩城さん。」

「ああ・・・大丈夫かな・・・。」

「なにが?」

「みんなに何してたのか、ばれないか。」

「ばれる訳ないじゃん。大丈夫だよ。」

岩城は一つ息を吐いて、立ち上がった。





「あ〜・・・降ってきたねぇ。」

ピットで、吉澄が空を見上げた。

あっという間に、本降りになるその空をみて、吉澄は楽しそうに笑った。

「これぞ、シルバーストーン。」

メカニックが、笑ってそれに同意した。

「ヨウジ達は、大丈夫なのかな。」

「無理だよ。逃げ場なんてないからね、ここには。」

「ナオタカ、なんだか楽しそうだな。」

「まぁね、だって、」

吉澄が言い終わらないうちに、

バシャバシャと水を跳ね散らす音がして、

香藤と岩城が、ピットに駆け込んできた。

「ひえ〜〜、降っちゃったねぇ。」

「お帰り、早く着替えておいで。風邪引くよ。」

「うん!」

香藤の勢いのよい返事に、吉澄は頷いた。

「香藤君は、スーツだよ。」

「わかってるって。マシーン、もうオーケーなの?」

吉澄は、その香藤の言葉に、にっこりと笑った。

「キョウスケ、早く着替えないと。」

マクガバンが、ジャケットの前をかき合せて立っている岩城を振り返った。

「ああ、すぐ着替えるよ。」

走ってトランスポーターに向かう二人の背を見送って、

マクガバンが吉澄を振り返った。

「そう言えば、なんか言いかけただろう?」

「ああ、この雨の中、どんなタイムが出るか楽しみだと思ってね。」

「なるほど。」

マクガバンはそう答えて、肩を竦めた。

「ヨウジには、そんなもの関係ないがね。」

吉澄と顔を見合わせて、頷きあった。

「それは言えてるね。」






「ばれてないね。」

「雨のお陰だな。」

2人は、まるで共犯者のように、

笑いながらトランスポーターのドアを開け、中に駆け込んだ。





     終わり




   2006年4月18日
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