捻じれたサーキット 22







「・・・あ・・・岩城さんだ・・・。」

「気がついたか。気分はどうだ?」

ベッドの上で目覚めた香藤の枕元に、岩城が座っていた。

「う〜ん・・・悪いような、良いようなって感じかな。」

「なんだ、それは。」

呆れた声を出して、岩城は香藤を見下ろした。

じっと見上げる香藤の、

額にかかる髪を手の平で撫で上げて、岩城は溜息をついた。

「肋骨に、ひびが入ってたそうだ。この前襲われたときにだろう。

まったく、無茶をする奴だな、お前は。」

「ごめん。」

ほんのりと笑う香藤に、岩城は涙の滲む瞳で笑い返した。

「お前、やっと普通に笑ったな。」

「・・・え?ああ・・・そうだね。」

「この何ヶ月か、お前・・・。」

その言葉を受けて、香藤が頷いた。

「うん。仏頂面してるの、結構大変だったよ。」

じっと見つめていた岩城の頬を、耐えていた涙が伝わる。

「泣かないでよ。終わったんだから。」

「・・・ああ・・・。」

「全部、済んだね。」

「まだだ。」

え?という顔で香藤は岩城を見上げた。

見ると、岩城の眉がきつく寄せられていた。

両手で涙を拭うと岩城は香藤を睨んだ。

「あんなキス、しやがって。

このままお前が死んだら、俺はどうなってたと思う?」

香藤が、驚いて彼を見つめた。

「目も当てられないぞ。馬鹿が。」

「ごめん。」

岩城がベッドに頬杖をついて、笑いながら上から香藤を眺めた。

「で、どうする気だ?」








「ここでいいよ。ありがとう。」

香藤が運転席に声をかけた。

「はい。じゃ、オーストラリアで待ってますから。」

岩城を促して、香藤はチームスタッフの運転する車から降りた。

第14戦の後、最終レースの第15戦、

オーストラリアGPが開催されるまで、

3週間ほどのインターバルがある。

香藤は毎年、その間の1週間ほど、自宅へ戻ることにしていた。





チッピング・カムデン。

ロンドンから西へ200キロほどのところに広がる丘陵地帯、

コッツウォルズの中でも、

「王冠の中の宝石」と称されるチッピング・カムデンは、

中世の面影がそのままに保存されている小さな村だ。

はちみつ色の石壁に茅葺屋根の家が今も残る、

まるでおとぎ話にでも登場しそうな、そんな村に、香藤の家がある。

「久しぶりだな、ここに来るのは。」

車が去り、岩城がキャリーケースを後手に転がしながら、歩き出した。

「そうだね。

なんかさ、ほんの何ヶ月か前なのに、すっごい前のような気がするね。」

香藤もバッグを肩から下げて岩城の横に並んだ。

道を行く香藤に、すれ違う村人が声をかける。

「お帰り、チャンピオン。」

「ただいま。」

「やぁ、いらっしゃい、キョウスケ。」

「こんにちは。」

村人がぞくぞくと、家から出てきて香藤を取り囲んだ。

ほっと息をついて、香藤は満面の笑みを浮かべた。

「やっとうちに帰ってきたって気がするね。」





香藤の家は、この村でも珍しくなった茅葺屋根の家だった。

道路から3段ほどの石段をあがり、玄関までアプローチが続く。

その両側を含めて家の周りを、色とりどりの花が取り囲んでいる。

はちみつ色の石壁に、渋色のドア。

その前に立ち、香藤は岩城を振り返った。

途端に、岩城の後に居並ぶ村人に驚いて声を上げた。

「なにしてんの、みんな?」

思わず、腹を抱えて笑い出した香藤に、岩城は苦笑を返した。

「仕方がないさ。みんな、もうあの事件の真相を知ってるんだ。

今までだってお前が住んでることがみんなの自慢だったんだぞ。

それに輪をかけたようなものだろう。」

「うん。いいけどね。」

笑いながら香藤は鍵を開けた。





やっとリビングのソファで寛いだ香藤は、岩城を呼んだ。

黙って隣に座った岩城を、じっと見つめた。

襲われて腫れあがっていた頬も、元に戻っている。

香藤の視線に、岩城は戸惑いを見せた。

「なんだ?」

「うん。やっと2人っきりになれたなァ、って思ってさ。」

「え・・・?」

「病室でも、2人だけにはなれなかったでしょ?

せっかく、岩城さんから返事を貰ったのに。」

仕方ないだろう、と岩城は微笑んだ。

「あの騒ぎだ、無理もないさ。

お前のお陰で命拾いしたドライバーもいるんだ。

それ以上に、F1そのものがお前に救われたんだから。」

入れ替わり立ち代り、見舞いに訪れたドライバー達や、

関係者達を思い出して、香藤は肩を竦めた。

「・・・もう、黙っててよ・・・。」

香藤の顔が近付いてきて、岩城は少し緊張しながらゆっくりと目を閉じた。

もう少しで、唇が触れ合う、という時に、いきなり玄関の呼び鈴が鳴った。

「うわ・・・誰だよ、もう!」

ドアの前にとなりの牧場の主が、にこにことして立っていた。

「お帰り。牛乳を持ってきたんだ。」

「ああ!ありがと。」

「1週間でいいんだな?」

「うん、頼むね。」

いつも、香藤がいる時に毎朝、搾りたての牛乳を届けてくれる、

その牧場主がバンバンと香藤の背を叩いて帰って行った。

香藤は冷蔵庫に牛乳を仕舞うと、ソファへ戻った。





「岩城さん・・・。」

香藤はぴったりと身体を岩城に貼り付けてソファに座り、

その髪をゆっくりと撫でた。

抱え込まれて、男にそうされる違和感を少なからず感じながら、

岩城はそれでも黙ってそれを受けた。

「・・・あのな、香藤。」

「ん?なに?」

香藤の唇が額に触れた。

ビクリ、と身体が震え、岩城は少し困った表情で、香藤を見上げた。

「お前、いったい、いつから・・・。」

その時、再び玄関の呼び鈴が鳴った。

「あ〜〜・・・。」

香藤が、天を仰いで溜息をつくのをみて、岩城は思わず吹き出した。

「もお〜〜・・・。」

「仕方ないだろ、みんなお前に会いたいんだよ。」

そう言いながら岩城はソファから立ち上がり、香藤の腕を引っ張った。

「お帰り、ヨウジ。キョウスケ。」

畑で取れた野菜を入れた大きな籠を持って、

大柄な身体の男が立っていた。

鷹揚なその笑顔に、

岩城との時間を邪魔されて剥れていた顔が、綻んだ。

「うん、ただいま、ロビン。」

「1週間だろ、いるの?また明日、その分は届けるからな。」

「ありがとう、いつも悪いね。」

「なに言ってんだ。こっちこそ、ありがとうだよ。」

勝手知ったる様子で、キッチンに向かい、ロビンは籠を床へ置いた。

「ああ、それから、ヨウジ。

アビーがいつ、掃除に来ればいいか、聞いてくれって。」

アビーとロビン夫婦。

2人は、この香藤の家の管理を引き受けて、

庭の手入れも含めてすべての面倒を見てくれている。

「あ、明日でいいよ。今日は、ちょっとゆっくりしたいんだ。」

「わかった。じゃ、キョウスケも。また明日な。」

岩城は笑顔を浮かべて頷いた。





「もう、誰も来ないことを祈るね。」

香藤が首を振りながら、ソファに戻った。

笑いながら岩城は、その後を追い香藤の隣に腰を下ろした。

「ま、2、3日は続くだろ?

お前がここに帰ってくると、いつもそうじゃないか。」

「そうだけど、わかっちゃいるけど今回ばかりは、去年までとは違うよ。」

「なんだ?」

「なんだ、じゃないよ。

せっかく岩城さんが俺を好きだって言ってくれて、

2人きりになれたのにさ。キスもしてないんだよ、俺達。わかってる?」

香藤の真面目な顔に、

岩城は一瞬絶句して、その顔をまじまじと見つめた。

「そっ・・・それは、そうだけどな。」

「じゃ、じっとしてて。」

香藤の指が、見る見るうちに、頬の染まる岩城の顎先に触れた。

そっと、上向かされて、岩城は香藤の顔が近付いてくるのを待った。

香藤の吐息が、唇に触れた。

岩城の手があがり、香藤の肩に添えられ、岩城は瞳を閉じた。

「おんやまぁ!あんた達は、そういう間柄だったのかい!」

「うわぁっ?!」

飛び退いた拍子に、ソファからずり落ちて床に尻餅をついた香藤と、

弾みで立ち上がった岩城の目の前に、

肩からショールをかけた小柄な老婆が、小さな籠を持って立っていた。

「マーサ!」

「びっくりさせないでよォ。心臓、止まるかと思った。」

「なに言ってんだね。命知らずな仕事してるくせして。」

マーサは、庭からリビングに入ってくると、

立ったまま真っ赤な顔をしている岩城を見上げた。

「さっき、ロビンが来たろう?これをもっていくのを忘れたんだ。

私も、あんた達の顔を見たかったんでね。散歩代わりに歩いて来たよ。」

ロビンの祖母であるマーサは、この村の最長老で、

彼女の作る数々のジャムはいつも村人を魅了していた。

「あんたの好きな、ブラックカラントのジャムだよ、キョウスケ。

イチゴと、マーマレードも持ってきといた。」

「あ!ありがとう、マーサ。」

ほらよ、とマーサは岩城に瓶のつまった籠を差し出した。

そうして、そのまま、マーサは岩城の顔をしげしげと眺めた。

「な、なに?」

心持ちうろたえて、岩城ははるか下にあるマーサの顔を見返した。

納得したかのように、マーサは頷いてソファに座った。

香藤が床から立ち上がり、

岩城と並んでソファに座るのを待って、マーサは口を開いた。

「まったく、そうならそうと最初から言っとくもんだよ。」

「え?あ、ああ・・・。」

香藤は言い難そうに頭をかいた。

「今まで、ずっと私らはあんた達の邪魔をしていたらしいねぇ。」

「そんなことないよ!来てくれるの、嬉しいよ。ほんとだよ?」

「そんなことは、言わなくたってわかってるよ。」

マーサはにこりと笑うと、岩城と香藤を眺めながら頷いた。

「ま、みんなにはもう、今日は来るなって言っといてあげるよ。」





岩城は、軽い緊張に苛まれながら、

バスルームの鏡の前に立っていた。

「どこからどう見ようが、男の身体なんだけどな・・・。」

抱きたい、そう言われて、どんな事件に出くわそうが、

冷静さを失ったことのない自分の心臓が打つ脈の速さに、

岩城は思わず苦笑していた。

身体から零れ落ちる雫をタオルで拭き、

バスローブの前をきっちりと着込んで、

岩城はきっかけを作るように、一つ大きく息をはいた。

岩城がバスルームから出てみると、

香藤が同じバスローブ姿でベッドに座り、

タオルで髪を拭きながら、くすくすと笑っていた。

その笑顔に、岩城はほっと息をついた。

「なに笑ってるんだ?」

「うん、昼間のこと、思い出してた。」

その言葉に、岩城も笑いながら香藤の隣に座った。

「参ったな、こんなにすぐにばれるなんて。」

「大丈夫だよ。」

香藤はそう言ってタオルを肩から下げた。

「俺と岩城さんがそうだからって、

差別するような人たちじゃないよ、ここの人達は。」

「ああ、そうだな。」

まだ、少し濡れている岩城の髪を、香藤はタオルで拭きはじめた。

つくねん、と岩城は膝に手を置いて、されるがままになっていた。

これまでは、岩城が香藤の面倒をみている風であったのに、

それが香藤の告白以来、逆転したかのようだった。

ごく親しい友人。

親友と言ってもいいような関係だった2人は、

意外なほどお互いのことを知らずにいたことを知った。

ことに、岩城にとっては香藤のこまめさが驚きだった。

なぜわかるのか、どこで見ているのかと思うほど、

香藤は岩城の行動を熟知していた。

髪を拭かれながら、岩城はその気持ちよさに瞳を閉じた。

「岩城さん、寝ないでよ?」

「・・・ん?」

香藤はタオルを放り出すと、岩城の肩を掴んだ。

「寝ちゃだめなんだってば。」

クス、と岩城が笑った。

肩を掴む香藤の手を取って、岩城はゆっくりと瞳を開けた。

「寝やしないさ。気持ちよかっただけだ。」

その岩城の手を、香藤はそっと握った。

ゆっくりとその手を引き寄せ、岩城の肩を両腕で抱きこんだ。

その肩に、顎を乗せて香藤は静かに話し出した。

「・・・なんかさ、」

「ん?」

「信じらんないんだよね、まだ。」

「なにがだ?」

香藤は岩城の肩から顔を上げると、じっと見つめた。

「岩城さんが、俺のこと受け入れてくれたことがさ。」

熱い瞳に映る自分を、岩城は眩しげに見返した。

「昼間、聞こうとしたんだけどな。」

「うん?なんだっけ?」

「お前、いつから俺を?」

香藤はにこり、と笑って岩城の頬を両手で挟んだ。

「2年前。」

「2年前?」

ぽかんとして頬を挟まれたまま、岩城は香藤を見返した。

「それは・・・最初からってことか?」

「そうだよ、俺の一目惚れ。岩城さんのことが、ずっと好きだよ。」

まっすぐな瞳と言葉に、岩城は言葉を忘れたかのように、

じっと香藤を見つめていた。

「2年前より、今のほうがもっと好きだ。」

「・・・香藤・・・。」

頬を挟まれて、身動きもできないまま、

岩城は香藤の顔をまともに見ることが出来ずに、瞳を閉じた。

それを合図にそっと、香藤の唇が重なった。

啄ばむだけのキスから、徐々に深くなっていく。

唇を挟むように舐められて、岩城の息が上がっていく。

「・・・ん・・・ぁ・・・」

洩れた声に、岩城は自分で信じられずに、目を見開いた。

香藤の方が驚いて、思わず唇を離した。

「どうしたの?」

「いやっ・・・なんでも・・・」

真っ赤に染まった顔を見て、香藤が微笑んだ。

「声、我慢しないで。感じたんなら、出していいんだから。」

「そっ・・・」

俯く岩城の顔を香藤は下から覗き込むようにした。

戸惑いを露わにして、岩城は視線をそらした。

「岩城さん。」

香藤の呼びかけに顔を上げた岩城は、

優しい笑みを浮かべた香藤に肩から力が抜けたように息を吐いた。

「脱いで、見せて。岩城さんの全部、俺に。」

「・・・え?」

岩城は一瞬の躊躇の後、すっと立ち上がると香藤の前に立った。

見つめあいながら、紐を解き、前を拡げる。

肩からそれを滑らせ、ぱさり、と足元にバスローブが落ちた。

均整の取れた身体が、灯りの下に露わになる。

香藤の視線に、岩城の肌が息づいた。

ゆっくりと、視線を岩城の足先までなぞると、香藤は大きく息を吐いた。

岩城にとってその溜息の意味は、羞恥よりも不安の方が大きかった。

「お前、男の身体に欲・・・。」

そこまで口にして、

岩城は香藤のバスローブの前が持ち上がっているのに気付いた。

「・・・情、出来るらしいな。」

「うん。ばれてる?」

「ああ。元気なもんだな。」

くすり、と岩城が笑った。

「参ったなァ・・・。」

香藤が両手を上げて自分の髪をかきむしるようにした。

「なにがだ?」

「岩城さん、凄い綺麗だ。こんなに綺麗だなんて・・・。」

「馬鹿。なに言ってんだ、お前。」

恥ずかしげに岩城は足元のバスローブを拾い上げた。

それを見て、香藤は慌てて立ち上がり、

岩城の手からバスローブを奪い取った。

「着ちゃだめだよ。ほら、来てよ。」

香藤の手に引かれるまま、岩城はベッドの上に身体を横たえた。





「岩城さんの髪。岩城さんの額。岩城さんの瞼・・・。」

一つ一つ声に出して、香藤はそこにキスを落としていった。

「・・・ん・・・。」

岩城の息が上がり始める。

キスをしながら、手を身体中に滑らせ、

香藤は染まっていく岩城の顔を見ていた。

「岩城さんの胸。」

「あっ・・・。」

「感じた?」

「ん・・・。」

にっこりと笑って香藤は岩城の乳首を口に含んだ。

「・・・ぅぁっ・・・。」

ビクリと岩城の身体が震え、小さな声が漏れた。

ぴちゃり、と音を立てて吸われ、岩城は身体を震わせた。

「か・・・香藤ッ・・・」

「ん?あに?」

乳首を舐りながら香藤は視線を上げた。

岩城がぎゅっと目を閉じて、顔を背けていた。

「ここが、感じるなんて思ってなかった?」

目を閉じたまま、頷く岩城に、香藤はくすりと笑った。

もう一度、岩城の乳首に舌を這わせ、転がした。

「・・・はっ・・・んっ・・・」





自分の身体が起こす反応に、戸惑いながらも、

岩城はそれを少しづつ受け入れ始めていた。

香藤の加える愛撫に、ふと、慣れを感じて、

岩城は香藤の顔を見つめた。

「・・・お前・・・男を抱いたことが・・・あるのか?」

「ないよ。」

「ほんと・・・かっ・・・あぁっ・・・」

いきなりペニスを扱かれて、岩城は声を上げた。

「抱いたことがなくたって、わかるよ。同じ身体だもん。」

「・・・はぁっあっ・・・」

岩城の片足を膝で押さえて香藤は、

ゆっくりと岩城のものを片手で弄り、

唇を項に、胸に這わせ愛おしげに愛撫を加えていく。

「・・・もっ・・・香藤ッ・・・」

岩城の声が切迫して弾け、香藤は迸り出たそれを手に受けた。

肩で荒い息をついて、岩城は香藤を見上げた。

微笑みながら、香藤はその指を、そっと岩城の後に添えた。

「あっ・・・ちょっ・・・」

「なに?」

岩城の顔に出た、困惑の表情に香藤は笑った。

「ここで、俺と繋がるんだよ?いきなりじゃ、痛いでしょ?」

その言葉に、岩城は絶句した。

頭でわかっているつもりではあったが、いざ言葉で聞くと、

身体が勝手に拒否反応を起こした。

思わず腰を引こうとした岩城に、香藤は首を振った。

「だめだよ。」

「香藤・・・。」

「2年、待ったんだよ?

叶えられるなんて思ってなかった、それが叶うんだ。

もう、待てないよ。」

まっすぐな、熱い瞳に岩城は引きかけた腰を戻した。

香藤の胸に顔を埋めて、

岩城は目を閉じたまま羞恥を殺して自ら膝を開いた。

太腿を滑った指が、つぷ、と、そこへ沈んでいった。

「・・・う・・・」

「痛い?」

「いや・・・痛くはないが・・・」

「が?」

「・・・なんだか・・・はぅっ・・・」

岩城の顎が跳ねた。

「あ、ここなんだ。」

「・・・んぅっ・・・くっ・・・」

指で探ったその場所を、香藤の指が弄り、

岩城の息がつまるように、喉が鳴った。

中を探る香藤の手を掴み込み、その感覚に唇を噛んだ。

「我慢しないでって言ったでしょ?」

「・・・かっ・・・香藤ォ・・・」

これ以上はないと思うほど丁寧に中を解し、香藤はその間中、

岩城の熱い声と吐息の洩れる唇を、喰み続けた。

「・・・んっふっ・・・」

「もう、いいかな。」

香藤は起き上がると、指を引き抜いた。

肩で息をする岩城を見ると、

香藤を見つめる潤んだ瞳が揺らいでいた。

「行くよ?いい?」

香藤の熱い言葉に、岩城は黙って頷いた。

岩城の両脚を抱えて、香藤はその間に入り込んだ。

その体勢に、岩城は目が眩むような思いで、香藤を見上げた。

「どうしたの?」

岩城の顔に浮ぶ表情を見て、香藤が思わず動きを止めた。

「いや・・・なんでもない。」

「嫌なら、よす?」

香藤の心配げな顔に、岩城は首を振った。

あえて、自分から香藤のペニスを握ると、薄っすらと笑った。

「これで、やめられるのか、お前?」

くすり、と香藤が笑い返した。

岩城の腰を抱えたままの姿勢で、

香藤は岩城の手を取って、その甲にキスをした。

「無理だね。挿いるよ。」

そう言って、香藤は岩城の腰を抱え直し、

ゆっくりと、岩城の秘所へ茎を埋めていった。

「・・・あぁっ・・・くっ・・・」

眉がきつく寄せられ、岩城の身体が、

香藤が侵入してくるのに合わせるように、背が反っていく。

「・・・うっ・・・」

「大丈夫?痛い?」

「あ、当り前だっ・・・」

岩城がシーツを握り締めて、

香藤が自分の中へ最後まで満ちるのを堪えた。

「堪んない・・・」

香藤が大きく息を吐くと同時に、岩城もつめていた息を吐き出した。

「・・・あぅっ・・・っ・・・うご、くなっ・・・」

「はいぃ??」

驚いて岩城を見ると、苦痛の浮ぶその顔に、

心配げに香藤は顔を寄せた。

「さすがに、きついね。」

「・・・少し、待ってくれ。」

うん、と返事をして香藤は、岩城の頬に頬をつけて抱きしめた。





香藤は、時折顔を上げて岩城を覗き込んでいた

耳にかかる岩城の息が、変わった気がして顔を上げた。

その閉じられた瞼に浮かぶ紅を見て、

香藤は岩城の頬にキスを落とした。

「いい?」

こくり、と岩城が頷いた。

抱きしめたまま、香藤は腰を引いた。

「・・・あっ・・・」

とっさに岩城は香藤の腕を掴み、声を上げた。

次の瞬間、香藤が奥まで打付け、岩城の全身に衝撃が走った。

「・・・んあっ・・・ああっ・・・くっ・・・」

ゆっくりと香藤は動き出し、岩城の襞を、満遍なく擦り、掻き回した。

引き摺られる襞が、悲鳴を上げながら震えた。

「・・・ひぅっうんっ・・・」

「まだ、痛い?」

「・・・はっ・・・っあ、くっ・・・」

答えられずに、岩城はただ、首を振った。





香藤の動きにつれて、顰められていた岩城の眉が下がり始めた。

頬が染まり、明らかに、苦痛だけではないものを感じているのが伝わる。

薄っすらと岩城が目を開いた。

香藤を見返す瞳に、欲情を感じて香藤は嬉しげに微笑んだ。

「・・・あっ・・・はっ・・・」

熱い息を吐く岩城の唇を、香藤は噛み付くように吸い上げた。

岩城の腕が、香藤の首に絡みつき、それを岩城の舌が迎えた。

「・・・んぅ・・・っんあん・・・」

キスを受ける間に岩城の腰が揺らぎ始め、

香藤はそれを感じて全身に震えが走った。

「いいよ、岩城さん。最高だよ・・・」

白い身体がうねり、上気して、小刻みに震えた。

香藤が追い上げを始めると、漏れていた声に媚態が見え隠れした。

上擦る声に岩城が戸惑い、それを押し殺そうとするのがわかって、

香藤は動きながら囁いた。

「いいんだよ、感じて。恥ずかしくなんか、ないんだから。」

「・・・香、藤・・・んあぁっ・・・」

「い、岩城さ・・・っ・・・」

香藤の岩城を抱きしめる腕に力が入った。

叩きつける腰に、それが最後の追い上げだと、岩城にもわかった。

「・・・あぅっ・・・あぁあっ・・・」

襲ってくる衝撃に、

岩城は香藤の腕の中で身動きもとれずに喘ぎ、仰け反った。

「・・・ひっ・・・ぃっ・・・んっくっ・・・」

「岩城さんっ・・・」

香藤が、岩城の中で弾けた。

襞に当たる感触に岩城は熱い息をつめ、

香藤がいった顔を見て、岩城はほっと溜息をもらした。





そのまま、香藤は岩城を抱きしめていた。

岩城を労わるように、手が肌を滑っていく。

香藤を身体の奥深くに挿れたまま、

岩城もまた、その香藤の背を、撫でていた。

「大丈夫?」

「・・・ああ。」

岩城が、溜息と一緒に答えた。

途端に、中にいる香藤がどくん、と反応した。

「あっ・・・ばっ・・・」

「ごめん!」

香藤が顔を上げて、岩城の顔を見下ろし、ばつが悪そうに苦笑した。

その顔を見て、岩城は思わずぷっと吹き出した。

「笑わないで、岩城さん!」

「いや、そうじゃなくて・・・。」

「違うよ!笑うと、岩城さんの中が、締まる・・・。」

岩城の顔が、見る見るうちに真っ赤になった。

「なに言って・・・」

言葉を失くして岩城は、香藤を見上げた。

「うん。でも、そうなんだからしょうがないじゃん。」

そう言いながら、香藤は腰を揺らした。

「こっ、こら!動くな!」

「いいじゃん、感じる?」

「仕様のない奴だな。」

睨みあげる岩城の顔に、香藤は再びドキリ、とした。

途端に、岩城は中で熱くなる香藤に、溜息をついた。

「したいのか?」

「うん、したい!」

仕方ないな、と岩城は頷いた。

「このまましてもいい?」

ふ、と岩城は笑った。香藤はそっと唇を寄せて囁いた。

「愛してる、岩城さん。」

それに答えるかのように、岩城は香藤の首に腕を回すと、

両脚で香藤の腰を挟みこんだ。

「いつ、言うのかと思ってたよ。」

岩城のからかうような顔に、香藤は笑った。

「岩城さんが言って欲しいなら、何回でも、言ってあげる。」

「・・・馬鹿。」







「お前、本気でオーストラリアGPに出る気なのか?」

「うん。出るよ。」

香藤がベッドの上に座り、新聞を広げていた。

その隣で、岩城は香藤の肩に顎を乗せて新聞を覗き込んだ。

その紙面に、事件に関する見出しが躍っている。

「レースは続くんだ。

俺は引退したわけじゃないからね。それに・・・。」

「それに?」

香藤は幾分厳しい顔で、前を見つめた。

「こんなことがあって、ファンをがっかりさせたからね。

俺が出ないと、余計だめでしょ?」

黙って、岩城は香藤を見つめた。

ふ、と笑うと、岩城は香藤の肩に頭を乗せた。

「ワールドチャンプまで、欠場となったら、

そりゃ、火が消えたようになるな。

確かに、お前が入院中で前回のGPはそうだったよ。

俺は皆に捕まって、質問攻めにあった。」

「うふふ・・・そうだろうね。」

岩城が溜息をついて、毛布の中へ身体を伸ばした。

その上に重なりながら香藤が首を傾げた。

「岩城さん、これからどうするの?」

「なにが?」

「仕事だよ。」

香藤の背に腕を廻しながら、岩城は頷いた。

「辞めたよ。」

「へ?それって・・・警察?」

「ああ。アドバイザーはやるが、これからはペン一本で仕事するさ。」

「よかった。」

香藤が笑った。

喜色満面、といったその顔に岩城は首を傾げた。

「だってさ、解決したら岩城さん、もう、俺の傍にはいてくれないじゃん。

それに、危険な仕事だし。だから、辞めてって言おうかと思ってた。」

「わかってるさ、それくらい。」

「そうなんだ!」

香藤は、にっこりと笑って岩城の唇を喰んだ。

ひとしきり唇を貪りあい、岩城は香藤を見上げた。

その顔に、意外な真剣さを見て、香藤は首を傾げた。

「自分が警察官である以上、時には命がけの仕事になる。

そんな時に、お前に何かあったら、俺にはどうすることもできない。

だったら、世間的には俺はジャーナリストで通ってるわけだから、

それを本業にしたほうがいい、そう思った。」

「岩城さん・・・。」

「お前が、たとえポールポジションを取ろうが、なんだろうが、

スターティンググリッドから飛び出してって、

毎周回ごとに、ちゃんとメインスタンドの前に戻ってくるのか、

何十周もあるレースを、神経をすり減らす思いで見ていた。

この2年、実を言えば、ずっとそうだった。

F1ドライバーを恋人に持ったら、こっちの命が磨り減る思いがするな。」

香藤は岩城を抱きしめ、

背や髪や腕を撫でながら、その言葉を聞いていた。

「でも、」

「・・・でも?」

岩城は香藤を見つめて、目を細めるように笑った。

「お前が、それにすべてを賭けていることも知ってる。

天からの贈り物のようなお前の才能も、知ってる。

お前の好きなだけ、走ればいい。

俺は、ずっとピットで待ってるから。

そのかわり、必ず俺のところに帰ってこい。

必ず、生きて帰ってこいよ。」

「俺・・・。」

「・・・何も、言わなくていい。お前の支えになれるのなら、それで。」

香藤は黙ったまま、微笑んだ。

口を開くと泣きそうになるのを堪えて、

岩城の唇を再び塞ぎ、シーツに沈んだ。









オーストラリアGP。

そのパドックの中に、記者会見場が設けられていた。

傷ついて、それでも続いていく、GP。

穏やかで、静かな時間が流れていた。

マイクの前に、香藤がいる。

今回の事件に関して、

並んで座る警察関係者の報告によってもたらされた、

香藤の果たした役割に、記者たちから大きなどよめきが起きた。

「なぜ、そこまで?」

「俺は、F1を愛しているから。」

微笑んで香藤は、そう答えた。

そして、その視線の先に、岩城が腕組みをして立っている。

微笑みあい、岩城が頷いた。

「F1ドライバーを続けられますよね?」

「もちろん、続けるよ。俺には、これしか出来ないからね。」





立ち上がりかけた香藤に、地元の記者が声をかけた。

「今日という日を迎えられて、良かったですね。今のご気分はどうです?」

香藤はその言葉に、にやり、と笑って片目をつぶって見せた。

「グッダイ!(Good Day)」

オーストラリア訛りの香藤の返事に、パドック中に笑いが起きた。









          終わり




         2006年4月16日
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