三人吉三巴白浪






「どひゃっ?!」

「何だ、香藤。その声は?」

ダイニングテーブルの上に置かれた台本を見て、

香藤が驚きの声を上げた。

「岩城さん、舞台やんの?!」

「ああ。来春な。」

「・・・さんにん・・きち・・さん・・・?」

「あの、なあ・・・。」

岩城が呆れて吹き出した。

「さんにんきちさともえのしらなみ、って読むんだ。」

「へええっ・・・どんな話し?」


「岩城さん!それ、断って!」

「なに言ってるんだ、お前は?!」

「だって、女装するんでしょ?!

振袖着ちゃうんでしょ?!やだよ、俺!」

岩城が演じるのは、お嬢吉三。女装をした盗人である。

大晦日の番組の中で罰ゲームに負けた岩城が

芸者姿になったことが、岩城への声がかりの原因だった。

どうしてもと劇場からのたっての依頼に断れるはずもなく、

また岩城としても願ったりの仕事だった。

「そ、それに、」

「それに、なんだ?」

「この、お坊吉三とお嬢吉三って・・・」

「ああ、そういう関係だな。」

「だっ、だめっ!絶ぇ〜っ対だめっ!」

「仕事だ。」

冷たくいい放つ岩城に、香藤は縋りつくように訴えた。

「だめえっ!お坊吉三役の奴、絶対、

岩城さんをどうにかしようとするから!」

「何で、そういう思考になるんだ、お前は?!」




年が明け、香藤の訴えも空しく岩城の稽古が始まった。

和尚吉三に、中村久堂。お坊吉三に、中村幸之助。

ともに歌舞伎俳優で、テレビの時代劇にもよく出ている。

二人とも長身で久堂は体格がよく、幸之助は細身である。

歌舞伎の舞台でも、二人は二枚目を張りあう。

「よろしくお願いします。」

岩城が、そう言って幸之助に頭をさげた。

「こちらこそ、よろしくお願いします。

いやあ、岩城さん。見ましたよあれ、ビデオで。

綺麗でしたねえ。」

「そんな、やめて下さい。」

ほんのり頬を染める岩城に、

幸之助のほうが頬を染めて見つめていた。


「じゃ、本読み、始めま〜す。」


「難しいですねえ。この大川端の厄落としの台詞。」

岩城がそう言って頭をかいた。

幸之助はちょっと首をかしげて微笑むと岩城を覗き込んだ。

「ま、俺たちでも悩むところですよ。

けど、いけてますよ、岩城さん。」

「そうですかねえ。」




ここのところ、岩城は稽古から帰ってくると

ビデオに見入りテレビの前から動こうとしない。

「岩城さ〜ん。ご飯出来たよ〜。」

「ああ・・・。」

「ねえ、岩城さんてば!」

生返事をする岩城に少しばかり腹を立てて振り返った香藤は、

真剣な顔で画面に見入る岩城を見て黙り込んだ。

じっと彼を見つめていた香藤は、

ちょっと肩で溜息をつくと大き目のトレイに料理を乗せ、

リビングに運んだ。

「はい。ご飯。」

われに返った岩城は、

申し訳なさそうに香藤に手を挙げて詫びた。

「すまん。香藤。」

「いいよ。たまにはここで食べるのもいいでしょ。

なに見てるの?」

「歌舞伎のビデオだ。

お嬢吉三を尾上菊之丞さんがやってるんだ。」

「げほっ・・?!」

興味なさ気に画面を見た香藤は、

お坊吉三とお嬢吉三が「逢いたかった」と駆け寄り、

寄り添う姿に思わずむせて咳き込んだ。

「こ、こんな場面あるのっ?!」

「ああ、ある。」

「ひえぇ・・・。」

岩城は泣きそうな顔で、

画面と自分を交互に見る香藤の頬に手を触れた。

「ただの芝居だ。そんな顔するな。」

「だって・・・。」

「ラブシーンなんて、しょっちゅうあるだろ。」

「そうだけどさ、それは女相手じゃん。これは違うもん!」

そう言って画面を指差す香藤に、

少し呆れ気味に溜息をついた岩城は、

黙って箸を手に取った。


横目で画面を見つめていた香藤のほうが、

食事の途中からビデオに夢中になり

テレビの前の床に座り込んでいた。

「いいね、これ。なんか、感動した。」

後片づけを終えた岩城が

二人分のコーヒーカップを持ってその隣に座った。

「あ、ありがと。」

「面白いだろ?」

「うん。頭から見直してよかった。

この人、何て名前だっけ?」

「尾上菊之丞さん。」

「ふう〜ん。この人は?」

香藤が、お坊吉三を指差した。

「中村勘右衛門さん。」

「かっこいいね、この人。菊之丞さんて、綺麗だし。」

「そうだな。」

「岩城さんのほうが綺麗だけど。」

「・・・なに言ってんだ、馬鹿。」

岩城が、ふと黙り込んでビデオを巻き戻し始めた。

ストップさせたのは大川端の場の最初の部分。

流れてくる菊之丞の台詞に集中しているのがわかる。

この場の一番の見せ所の有名な台詞、

「厄落とし」と言われるその台詞回しに岩城は悩んでいた。

「俺、歌舞伎役者じゃないしな。」

「難しい?」

「ああ、七五調がね。難しいよ。」





「岩城さんて、なんかやってました?日舞とか・・・」

「ええ。まあ・・・。」

稽古の合間、幸之助が畳敷きの上に座っている

岩城の隣に腰を下ろした。

「やっぱりね。動きが、立ち回りとかの。

無駄がなくて、凄く綺麗で、舞を踊ってるみたいだから。」

「そんな。褒めすぎですよ。」

実際のところ、女性の役以外ほとんどが

歌舞伎役者で占められた配役たちは

岩城の芝居に驚いていた。

テレビの仕事などしたことのない役者たちは、

元AV男優だった岩城を最初は

色眼鏡で見ていたことを恥じいるほどだった。

「岩城さんさ、」

久堂が、岩城を挟んで座り込んだ。

「歌舞伎役者に生まれてりゃあ、良かったのに。」

「どうしてですか?」

「きっと、当代一の女形になってたろうなあ。」

「そんなこと無いですよ。」

「お疲れ様でした。」

「あれ、岩城さん、帰っちゃうの?」

飲みに行こうと誘われていた岩城は、

それを断って迎えに来た清水の車に乗り込もうとした。

「すみません。ちょっと。」

「なんか用事?」

「ええ。」

久堂と幸之助、若手の歌舞伎役者たちが

走り去る岩城の車を見送った。

「やっぱ、旦那に気ィ使ってるよな。」

「ああ。そうだな。」

「なんか、岩城さん、ビデオ見てるみたいですよ。」

後ろを歩いていた若手の言葉に、

久堂と幸之助が立ち止まって振り返った。

「菊之丞おじさんのお嬢を見てるって。」

「へえ、そうなんだ。じゃあ、お坊は勘右衛門のお兄さん?」

「ですって。」

幸之助が溜息をついて天を仰いだ。

「やだなあ。比べられちゃうじゃない。」

「お前だけじゃないよ、幸ちゃん。俺もだよ。

・・・そっか、岩城さん勉強してるんだ。」

「あの人、真面目だもんね。感心するくらい。」

「うん。いい刺激になってるよな。」

「・・・刺激ありすぎ。」

「あ?」

黙って俯いている幸之助の顔を

久堂は心配げに覗き込んだ。

「あのさあ、幸ちゃん。」

「うん。」

「やめときなよ。人のもんだぜ。」

「わかってるよ。わかってるけど、

稽古のとき浴衣姿になるじゃない?」

「うん。」

「なんか、目のやり場に困るんだよねぇ。」

「あ、それ、わかります。」

溜息交じりの幸之助の言葉に若手がそろって賛同した。

「凄いですよね。体の動きが凄い滑らかで。」

「日舞やってたって言ってたから、当然なんだけど。」

「あの浴衣姿はとんでもないっすよね。腰細いし。」

「きっと、浴衣の下も綺麗なんだろうなあ。」

「こら!お前ら調子こいて幸ちゃんを煽るな!」

「えーっ、そんなつもりないですよ!

久堂お兄さん、ほんとのこと言っただけだもの。」

「そうですよ。立ち回りとかで裾、乱れたりなんかしたら、

もう、大変。」

「馬鹿野郎ども!いい加減にしろ!」

周りのやり取りが耳に入っていないように

夜空を見上げていた幸之助は、

ふーっと溜息をつき歩き始めた。

「ちょ、ちょっと、幸ちゃん!」

「わかってるよ。岩城さんには、香藤さんがいるんだから。」

「香藤さんねえ・・・。」

若手のその声の中に

少し揶揄する色が混じっていることに気付いて、

久堂は眉をひそめた。

「なんだい?」

「あんな人のどこがいいのかな、と思って。

軽いし、なんかお茶ら気ててさ。」

「ほんと。そこんところだけ、岩城さんのことわかんないね。」

「お止し。人の旦那の悪口は。」

「え〜っ!久堂お兄さんはそうは思わないんですか?」

「思わないよ。」

「なんで?」

幸之助が顔を上げて久堂を見つめた。

その視線の中に昏いものを見た気がして

久堂はどきりとした。

「なんでって、あの岩城さんが惚れた男だぜ。

軽いだけじゃないだろうさ。」

「あ、そっか。」

若手があっさりと納得するのに反して、

沈んだ表情のままの幸之助の本心をつかめないまま、

久堂は黙って肩を並べて歩いた。



「岩城さんてさあ、」

幸之助が、行きつけのバーのカウンターに

突っ伏したままで喋り始めた。

隣で、久堂がグラスを口につけながら

横目で幸之助に返事をする。

「ああ?」

「色っぽいよねえ・・・。」

「そうだな。」

「今日さあ、八百屋お七の衣装と、

かつらつけて稽古したじゃない?

顔、拵えてないのに、綺麗だったよねえ。」

「うん。」

むくっと顔を上げた幸之助は久堂を不思議そうに眺めた。

「久ちゃんは、そう思ってないみたいだね。」

「なんで?」

「だって、ちゃんと返事してくれないんだもん。」

「耳たこだよ。お前の岩城さん賛辞は。聞き飽きた。」

「そんなこと言ったってさあ。しょうがないじゃない。

久ちゃんはなんとも感じないの?」

「感じてるよ。岩城さんがすごい人だってのは。」

「でしょう?・・・いいよねぇ、あの人。

綺麗だし、色っぽいし、褒めるとすぐ照れるんだ。

・・・可愛いよねえ・・・。」

うっとりと、両手で顎を支えながら言う幸之助に、

久堂が顔をしかめた。

「あのなあ、年上に向かって可愛いはないだろ。」

「だって、頬染めてさあ、俯いちゃうんだぜ。

それが又、色っぽいこと!・・堪んないよ。」

「幸ちゃん、」

「なあに?」

「香藤さんがいるんだよ、あの人には。」

「んな、こたぁわかってるよ。

・・・俺、香藤さんより先に知り合いたかったな・・・。」

「はあ?!」

「俺たち、香藤さんよりは年上じゃない。

さきに知り合ってたらひょっとして俺にも望み、

あったかなあって。」

「無いだろ、そんなの。」

「なあんでえ?!」

幸之助が、スツールごと体をぐるっと回して久堂を睨んだ。

「お前さ、テレビ局とかに出入りしてる割に知らないんだな。

岩城さんは香藤さんじゃなきゃだめなんだよ。

みんなそう言ってるぞ。」

「そうかなあ。・・・俺さ、岩城さんのAV持ってんだよね。

あの頃、ファンレターでも出しときゃあよかったかな・・・。」

「馬鹿か、お前。」

「酷いなあ。馬鹿は無いでしょ、馬鹿は?」

幸之助が、むくれた顔でグラスの酒を一気に呷った。

だが、機嫌が悪かったのはほんの一時の事で、

すぐに顔が緩んでくる。

その顔を久堂は呆れながら見ていた。

「・・・岩城さんてさ、夜、どんな風になるのかな・・・?」

ほとんど独り言のような言葉に、

久堂は苦笑して幸之助の頭を軽くはたいた。

「痛たッ・・・何すんだよぉ?」

「お前、ろくなこと考えてないな。」

「何が、さ?」

「今、助平な想像しただろ?」

「え・・?・・・へへっ、解る?」

「当たり前だ。」

「だってさあ、興味あるじゃない?

・・・今頃きっと、香藤さんの腕ん中なんだ。」

「お前なあ・・・ほんっとに馬鹿だな。」

久堂が、そう溜息をついて席を立った。

「ちょっと、どこ行くのさ?」

「帰るんだよ。付き合ってられねぇ。」

「うわっ、待ってよ。俺も帰るから!」





稽古場での最終稽古が終わり、舞台での稽古となった。

全スタッフも参加しての稽古。

衣装や化粧、小道具など本番通りのものを使用する。

仕込を終えた、装置、照明、効果なども合わせ、

全ての要素がそろった稽古である。

「うわあ、岩城さん。別嬪だねえ。」

お嬢吉三の拵えで袖から現れた岩城に、

一斉に溜息が漏れた。

「やだあ、岩城さん。私より綺麗!」

おとせ役が声を上げて岩城に走りよった。

「いや、そんなことは・・・。」

照れる岩城に幸之助が微笑んだ。

「いいんだよ、岩城さん。そうじゃなきゃあ困るんだから。」


稽古が始まった。


序幕、大川端庚申塚の場から、
二幕目、割下水伝吉内の場、お竹蔵の場とよどみなく進み、
三幕目、巣鴨吉祥院の場。和尚吉三の住む吉祥院。
追っ手を逃れて和尚を訪ねてきたお坊から、
身の上話を聞いて和尚は自分の父親こそ、
お坊吉三の親の敵だと気づく。
そこへ十三郎とおとせがやってきたので、お坊は隠れるが
話しを聞くうちに和尚の父親を殺したのは自分だという事を知る。和尚がおとせと十三郎を裏の墓場に連れて行った間に、お坊は死のうと決心する。その時本堂の欄間のところに隠れていたお嬢吉三も自分が金を奪った相手は和尚の妹のおとせだったという事を知り二人で一緒に死のうと決心をする。


お嬢が、隠れていた欄間から現れ、お坊に駆け寄って、

「逢いたかった。」

と言う。

『グえっ・・・み、見たくないっ!』

いつの間に来ていたのか、

客席の一番後ろに座っていた香藤が、

思わず顔を両手で隠した。

・・・が、どうにも気になり指の間から舞台を覗き見る。

濃密なからみ。二人の作り出す世界は、

一瞬にして荒寺を極彩色に変える。

『あっちゃあ・・・見なきゃよかった・・・。』


大詰、本郷火の見櫓の場。
あちらこちらから追っ手がかかって行き場のなくなった三人吉三。とうとう町の木戸は三人吉三がつかまったという合図の、火の見櫓の太鼓が鳴らない限り開けてはならない、というお触れが出る。追い詰められたお坊とお嬢はある雪の降る日、閉められた木戸をはさんで再会する。


木戸を間に、お嬢とお坊の寄り添う姿に、香藤が呻いていた。

『・・・本気じゃないよね、まさか・・・。』

稽古は大詰めの大詰めを迎え、

捕り物のシーンが展開される。

『綺麗だなあ・・・。』

香藤は見ているうちに、

嫉妬したことなど忘れ芝居に引き込まれていた。



「すっごぉ〜いっ!最高ッ!」

香藤が大きな声を上げながら舞台下まで走ってきた。

「香藤ッ?!」

「すごいよ!岩城さん!すっごく綺麗だった!

もう、最高!俺、感動して泣いちゃったよ!」

「お前っ、何やってんだ、こんなとこでっ?!」

「何って、見にきたんじゃない!」

舞台の縁に手をかけてぶら下がるようにしている香藤に、

幸之助が吹き出した。

「香藤さん、上がってきていいですよ。」

「ありがとう!」

舞台に上がった香藤は、

両手を広げて振袖姿の岩城に駆け寄り抱きついた。

「綺麗だ、岩城さん。」

「ばっ、馬鹿ッ、人前でっ!」

「いいじゃない、冷たいこと言わないでよ。」

岩城が身をよじって香藤から離れ、

香藤は脇に立っていた幸之助に気づいて、

彼の手を取って振り回した。

「幸之助さん!かっこいい!俺、惚れちゃいそう!」

「香藤ッ?!」

香藤の言葉に、岩城が先に反応した。

「ち、違うから!そういう意味じゃないから!」

目元に、怒りを浮かべて香藤を睨む岩城に

幸之助が笑っていた。

「香藤さん。岩城さんを怒らせちゃあ、だめじゃないですか。」

「いや、だから・・・。」

そう言って、岩城を振り返った香藤は

その姿に見惚れ言葉を無くした。

白梅の立ち枝模様の紅い振袖を着たお嬢の姿の、

紅を引いた目元が上気している。

少しきつめに合わされた紅で描いた唇。

「うわあ・・・岩城さん・・・怒った顔まで綺麗・・・」

白塗りの上からわかるほど

顔を真っ赤に染めた岩城が顔を背けた。

「早く帰れ!」

「そんなこと言わないで一緒に帰ろうよ。

俺、もう仕事終わったんだ。待ってるからさ。」

幸之助が、二人をくすくすと笑いながら見ていた。

「幸之助さん。すみません、こいつ。」

「いいですよ、気にしないで。仲が良くっていいですねえ。」

周りからも笑い声が聞こえ、岩城と香藤は苦笑して頭を下げた。


「凄いねえ、岩城さんて。」

幸之助が、本気の声で言った。

「あの、厄落とし、大したもんですよ。」

化粧を落とし着替えた久堂、幸之助、

岩城と香藤が客席に座っていた。

「前にも言ったけど、」

久堂が上体を倒して幸之助の隣に座る岩城を覗き込んだ。

「本当に歌舞伎役者に生まれりゃあ、良かったのに。」

「いやあ、そんな・・・。」

「きっとこれが終わったら、

他の芝居の依頼も来るんじゃないですか?」

「無理ですよ、俺には。それに、まだ始まってもいないのに。」

「お軽勘平なんか、いいよねえ。あ、もちろん勘平は俺ね。」

幸之助が腕を組んで想像を巡らせていた。

「梅川忠兵衛は?俺、忠兵衛やりたい。」

久堂までが名乗りを上げる。

「揚巻もいいね。きっとすごいぜ。」

「助六、誰がやんだよ?」

幸之助が久堂を横目で睨んだ。

「俺に決まってんじゃん!」

「お前には、意休が似合いだよ。」

「うるっせえなあ。」

自分をねたに言い合う二人に

岩城が照れながら笑顔を向けている。

香藤はその岩城を気が気でない心境で見つめていた。

「さ、て。」

幸之助が、香藤をちらと見ながら立ち上がった。

「岩城さん、長丁場ですけど、よろしくお願いします。」

「いえ、こちらこそ、よろしくお願いします。」

「香藤さん。」

「あ、はい。」

「ぜひ、見に来てくださいね。」

「ええ。必ず見に来ます。」

そう言って、香藤は差し出された幸之助の手を握った。

握り返してきた手に妙に力が入っていることに、

香藤は気付いた。







     2004年1月5日

        弓





 三人吉三巴白浪・・・歌舞伎の演目、河竹黙阿弥作

 お軽勘平・・・・・・歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」に登場するカップル
            お軽と早野勘平のこと

 梅川忠兵衛・・・・・歌舞伎「恋飛脚大和往来」の主人公たち、
            遊女・梅川とその恋人忠兵衛

 揚巻・・・・・・・・・・歌舞伎「助六由縁江戸桜」に登場する
            吉原の花魁、助六の恋人
 助六・・・・・・・・・・同、主人公
 意休・・・・・・・・・・同、敵役

 じわ・・・・・・・・観客が見せ場に反応する状況の一種で、
          劇や演技が最高潮に達した時、
          あるいは人気俳優が登場した一瞬、
          観客のために息に似た感嘆の波が
          場内いっぱいに広がり、
          無言のどよめきの状態になることをいう。
          こうした状態をじわがくるという。

 大向こう・・・・・・役者が舞台の上で見得をした瞬間などに、
           3階・4階からお客が声を掛ける。
           その客のこと。
           もともと舞台からもっとも遠い位置にある
           観客席という意味。
           役者のひいき筋、後援者、
           歌舞伎通などが陣取ったところ。      

   
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