ベルベット・タッチ





「なんで、俺が・・・?」

「すみません。」

苦笑する吉永に、岩城は申し訳なさそうに頭を下げた。



岩城にオファーのあった、某毛皮メーカーのCM。

その相手役選考が、行き詰っていた。

選考条件は、岩城に負けない、美人。

たったそれだけの条件なのにも拘わらず、一向に見つかる気配もない。

困り果てたスタッフが岩城自身に相談を持ちかけ、

その話を聞いた岩城の脳裏に、ふと浮かんだ人物。

それは、以前ドラマの参考にと話を聞きに訪ねた外交官、吉永孝司。

日本に戻って来ていた彼に、岩城は連絡を取った。

「ま、面白がったのは、俺だからな。」

「あの、大丈夫ですか?省の方は?」

岩城が心配げに小首をかしげて吉永を見返した。

「ああ・・・ノーギャラだと言っておいた。

それに、この毛皮メーカーの本店がある国とは、

いい付き合いをしないといけなんでね。

ま、これも外交のうちだ。」

吉永が、口元をゆがめて上着を脱いだ。

並んで立つ岩城と吉永を、スタッフ達が呆然として見ていた。



「は?」

岩城が唖然として監督を見つめた。

「ええ、つまり、ですね・・・。」

CMのコンセプトを聞かされて、岩城は絶句した。

キャッチコピーを端的に表わすために、裸の上に毛皮を着て、

二人が絡む。

「お願いします。素肌と毛皮のコントラストを撮りたいんです。」

カメラマンをはじめ、スタッフ達が、頭を下げた。

何も着ていないほうが毛皮が引き立つ、と説明するスタッフに、

岩城は思わず吉永を振り返った。

「どうします?吉永さんは一般の方ですから、

お断りになってもかまいませんよ。」

「君はどうするんだ?」

「俺は・・・仕方ないですね。」

吉永がは、じっとその顔を見つめた。

「香藤さんは、知っているのか?」

「いえ。まさかそういうことだとは、思ってませんでしたからね。」

苦笑しながら答える岩城に、吉永はふと笑った。

「なら、俺も一緒に怒られないといけないな。」

辺りにほっとした空気が流れ、手渡された二着の毛皮。

吉永には、黒いミンクのロングコート。

岩城には、白いミンクのロングコート。

下着姿になった二人は、それに手を通し、

用意された白いジョーゼットを広げた床へ横たわり、身体を重ねた。

「白石さん、驚くでしょうね。」

岩城が吉永の胸に頬をつけて、話しかけた。

「それを言うなら、香藤さんもだろう。」



見つめる吉永の瞳に、構えるカメラマンの背筋が震える。

目を反らそうとして、失敗したことにカメラマンは気づいた。

視界に飛び込んできた、岩城の視線。

壮絶な二人の美人。

スタジオが異様な空気に包まれる。

カメラマンが、フィルムを準備しながら嘆息した。

「まったくもう、岩城さん一人でも大変なのに、堪んねぇよなぁ。

あんな美人、どっから探してきだんだ・・・。」

周囲がそれに頷く。

沈黙のまま、撮影が始まり、

ポスター用に何枚かを撮るカメラマンの後ろで、

男性スタッフ達が熱い溜息をついていた。



スチールを撮り終えたカメラマンに、

顔見知りのスタッフ達がこっそりと声をかけた。

「俺、もう撮影中、勃ちまくりだったぜ。」

「ジーパン、きつくてさぁ。参った・・・。」

それを聞いたカメラマンは、ふん、と鼻を鳴らした。

「俺は、そういう時はゆるいパンツ穿いてるよ、バレないようにな。」

「お前、さすがだな。慣れてるわけ?」

カメラマンが憤然として言った

「あったり前だ!何回、岩城さんの写真撮ってると思ってんだ!

バカやろ!」

スタッフ達が、改めて二人を振り返った。

毛皮を羽織り、前を掻き合わせるように座っている。

「参ったなぁ・・・岩城さんてあんなに色っぽかったんだ。」

「まぁな。知らねぇ奴は知らねぇさ。普段は、男っぽいからな。」

カメラマンが溜息をつきながら、岩城を見つめた。

「俺も、撮影で会うまでは思ってもなかったぜ。

香藤さんが受けだと思ってた。」

「俺も。でも、あれ見ると違うよな?」

「違うね。世間も、知らねぇんじゃねぇの。」

「多分。」

「にしても、あの人、一体誰なんだろ?」

スタッフが吉永を、視線で示した。

「さぁ。岩城さんが連れて来たんだってよ。」

「なんつぅか、とんでもないね、ありゃ。」

「二人ともな。」

「なんかもう、男でもいいやって気になるよな。」

「止めとけ。

岩城さんもあの人も、お前らの手に負える人たちじゃないよ。」

スタッフ達と彼らに釘をさしたカメラマンが、

じっと二人を見つめ、ほとんど同時に嘆息した。

「ほんとに誰なんだ、あれは?」

そこへ、情報を仕入れて来たアシスタントが、

心持ち慌てたように駆け寄ってきた。

「あの人さ・・・。」

彼の説明に、どよめきが上がった。

「いいのかよ、そんな立場で?」

「どうも、あの人は結構なポジションらしくてさ。

すんなり、とは行かなくてもOKがでたらしい。」

「へぇぇ〜〜。それにしても、お役人には見えないよな。」

「ああ。あんな色っぽい役人なんて、いるんだな。」

そう言って、全員が吉永を振り返った。



スチール撮影の時よりも、CM用の撮影に入り、

周囲を煽る二人の色香がますます助長された。

絡み合う、二人の身体。

「結構、肌、綺麗なんだな。」

「吉永さんもですよ。」

周囲には聞こえない、小さな声で吉永が囁いた。

岩城も同様に囁き返し、スタッフの指示を受けた吉永が

岩城の上に乗り、ふ、と視線を下におろした。

岩城の左脚の内側に、紅い花が咲いている。

それを見つけて、吉永は岩城の耳に唇を寄せた。

「ついてるぞ。」

「えっ?・・・あの、馬鹿。」

「隠してやるよ。」

「すみません。」

恥ずかしげに少し顔をしかめて、岩城は苦笑した。

吉永が、自然な動きで岩城の膝に手をかけ、立たせた。

毛皮から岩城の膝が覗き、それを吉永はゆっくりと撫でた。

岩城の頬が染まる。

「吉永さん・・・。」

「すまん。なんだか、楽しくなってきた。」

岩城の顔を見ながら、吉永がくすり、と笑った。

二人が、こそこそと話をしながら横たわる姿は、

スタッフ達から見ると異様な光景で、

香藤のつけた痕を隠す為の行為が、

余計に二人の動きを際どくした。

岩城が、お返し、とばかり吉永の項に手を這わせる。

黒い毛皮がずれ、吉永の背が少し露わになった。

「おい、おい。」

くすくすと岩城は笑い、吉永もつられて笑った。

スタジオ内は、異様な熱気が篭っていた。

スタッフ達が、あからさまに喉を鳴らす。

それを、カメラの前にいる二人は気付いていなかった。

「何だよ、あれはっ?!」

スタッフが、声を潜めて呟いた。

「岩城さんて、香藤さんと夫婦じゃなかったのかよッ?!」

「おかしいぜ、あの二人。絶対、変だよ。」

「まさかな・・・。」

ひそひそとスタッフ達が一塊になって、密かに騒いでいた。

それを横目で見ながら、カメラマンが苦笑していた。



「なかなか、やるな。真面目で大人しいだけかと思ってたよ。」

吉永がニヤリと笑った。

「ご存じないでしょうが、俺は昔、AVやってたんです。」

その吉永に、岩城も、にやり、と笑い返し、

ほ、と吉永が岩城を見返した。

「こういうのは、慣れてるわけか。」

「お陰さまで。でも、吉永さんも、」

岩城の胸に頬をつけて吉永が笑った。口の端だけを上げ、

顔を上げて岩城を見下ろし、片眉を上げて見せた。

「俺にも、素質はありそうだな。これから、役者でもやろうか?」

「困りますね、それは。ライバルが増える。」



くすくすと二人は笑い、カメラはそれを舐めるようにとらえた。

指示を受けて、岩城は吉永を抱えて体を入れ替えた。

あとは好きなように、と言われて岩城は吉永を抱き起こし、

吉永が岩城の両脚を跨ぐような格好になった。

「なんだか、見られちゃまずい格好だな。」

吉永は笑いながら胡坐を掻いた岩城の上に座り、

岩城の肩に手を置いた。

「そうですね。」

笑いながら答える岩城の腰に、吉永は両足を絡ませた。

つ・・・と、吉永が岩城の唇を指でなぞった。

その指を岩城が、ペロリと舐め、ニンマリと笑った。

くすくすと笑いながら、吉永が岩城の背に腕を回した。

最後のシーンは、頬をつけてカメラに視線を向け、

妖艶な微笑を浮かべて挑発する二人。

見つめあい、顎先をつけて、唇が薄く開かれる。

それが触れ合う寸前に、コピーが入り、画面が止まる。



・・・ベルベット・タッチ・・・禁断の肌触りを、どうぞ・・・



「結構、楽しいもんだな。」

吉永が、ネクタイを締めながら笑った。

「これがくせになって、役者ってのは辞められないんだろう?」

「そうかもしれませんね。」

岩城も着替えながら、笑って頷いた。

撮影後、二人だけがごく普通に笑い、雑談をしている。

スタッフ達とカメラマンたちは、

真っ赤な顔でその二人を遠巻きにしていた。







続く





2006年1月2日


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