ベルベット・タッチ 2






「・・・なっ・・・」

TVスタジオのロビーで、香藤が立ち竦んでいた。

「・・・なにっ、これっ?!」

香藤の悲鳴に近い声が響いた。驚いて振り返った者達も、

画面の岩城と彼に負けない美貌の男に、

目が吸い寄せられた。

画面と香藤を交互に見て、皆がごくり、と唾を飲み込んだ。

引き攣った顔で、香藤は画面を食い入るように見つめている。

触れあいそうな唇と、二人の瞳。

あまりに挑発的なその顔に、香藤が悲鳴を上げた。

「うぁあああ!い、岩城さんっ!・・・そ、そんな馬鹿なっ?!」

香藤の後ろで、誰かが唾を飲み込んだ音が響いた。

TVの前に、腰抜かしてへたり込む香藤に、

皆が同情の視線を向けた。

たった何十秒かのCM。

ボーっと、香藤は床にへたり込んでTVを見上げていた。



・・・ガシャ〜〜・・・ン・・・!!

シーンとした食堂の中に、派手な音が響いた。

手にしたトレイを床に落として、白石は呆然とTVを見つめている。

白石だけではなく、その外務省内の食堂にいた全ての職員が、

息をつめて画面を見つめていた。

その静寂の中に、白石が落とした食器の転がる、

間抜けな音だけが聞こえた。

「なっ・・・なんだよ、これ?!」

白石の、叫び声があがった。

それをきっかけにして、その場の全員がTVの周りに殺到した。

口々に皆が騒ぎ立て、外務省内は収拾のつかない状態になった。



「おはよう。」

出勤してきた吉永を、

ロビーにいた全員が顔を真っ赤にして振り返った。

その視線を知ってか知らずか、

吉永は平然とロビーを横切り、

エレベーターホールに向かった。

「おっ、・・・はようございます・・・。」

「ああ、おはよう。」

エレベーター前で、職員が挨拶をする。

待っている間も、吉永の背をちらちらと見ながら、

職員達が何とも言えない視線を交し合った。

吉永が降りるまで、エレベーターの中は、

異様な静かさだった。

オフィスに入ってきた吉永を、

白石が捕まえ人気のない廊下へ引っ張り出した。

「なんなんだ、白石君?俺は忙しいんだ。」

「俺に焼餅焼いたくせに、なんですかあれは?!」

白石君が腕を掴んで詰め寄った。

「なにが?」

「なにがっ・・・って!」

平然として言い返す吉永に、白石はますます熱くなった。

「・・・岩城さんと、何かあったんじゃないでしょうね?!」

「あ?」

眉をひそめる吉永に、白石は歯噛みした。

「コマーシャルです!なんですか、あれは?」

「ああ、あれか。」

吉永が、くすりと笑った。

「俺と、岩城さんが何かあると思うわけか?」

「だって!」

「だって?」

ほとんど表情を変えないまま聞き返してくる吉永を,

白石は眉を寄せて見つめた。

その顔に浮ぶ嫉妬に、吉永は頬を綻ばせた。

白石は吉永の腕を掴んだまま、

浮んだ微笑に耐え切れずに口を開いた。

「色っぽ過ぎる・・・。」

「馬鹿。」

黙り込む白石の腕を吉永が外し、その手を握り返すと、

脇のドアを開けた。

誰もいないことを確認すると、そこへ白石を引っ張り込み、

後ろ手でドアを閉め鍵をかけた。

白石は力任せに吉永を抱き寄せ、

噛み付くように吉永の唇を塞いだ。

「・・・んっ・・ぁ・・・っ・・・」

貪るように吉永の唇と舌を喰み続ける白石の背を、

吉永が叩いた。

「智宏・・・まっ・・・。」

少し息をつく間も与えられず、吉永は苦しげに眉を寄せた。

吉永の口元から伝う唾液を舐めあげ、

白石の口付けが、

唇を啄ばむように繰り返す優しいものに変わった。

「智・・・宏・・・。」

息が上がる吉永の首筋に唇を這わせながら、

白石の手が吉永のズボンの中へ押し込まれた。

それを吉永が慌てて掴み、

肩で息をしたまま白石を見上げた。

「だめだ、智宏。」

「・・・孝司・・・。」

切なげに見つめる白石の唇に、吉永は軽く唇を重ねた。

「ここでは、だめだ。ホテルに帰るまで待て。」

「・・・っ・・・」

眉を顰める白石の股間に、吉永は手を当てた。

「・・・そうも言ってられないか。」

くすり、と吉永が笑った。

「す、すみませ・・・。」

真っ赤になって俯く白石に、

ニンマリと笑って,

吉永は白石のズボンのファスナーを下ろし、

下着ごとズボンを摺り下げた。

「こ、孝司っ?」

「いいから、黙ってろ。」

そのまま吉永が床に膝をついて、

白石のはち切れそうな茎に両手を添えた。

先端にキスを繰り返し、滲み出る先走りを舐め取って、

吉永はそれを頬張った。

「んぁっ・・・くっ・・・」

白石は思わず声を上げて、吉永の髪をつかんだ。

舌を絡み付け、吸い上げる吉永に白石は堪らず仰け反った。

「孝司ッ・・・」

白石が声を押し殺して、呼びかけた。

「・・・ん?・・・」

吉永は白石のものを口に含んだままで、返事を返した。

ちらり、と視線を上に上げて唇を外し、白石を見上げた。

「声、出すなよ。」

「そうじゃ、なくて。」

白石が荒い息をついて、吉永を見下ろす。

その瞳の中にある熱を見て取って、吉永は嘆息した。

「どうしてもか?」

白石はこくりと頷いた。

吉永が立ち上がり、

眼鏡を外すと胸ポケットへ仕舞い、ベルトを緩めた。

ファスナーを白石が下ろし、吉永の下着の中へ手を差し込んだ。

前を掻い潜り白石の指が後ろへ回る。

「・・・ぁ・・・」

上げかけた声を、吉永は白石にしがみ付いて、

とっさに飲み込んだ。

吉永の蕾を解しながら、白石はその項に唇を這わせた。

「・・・っ・・・もう・・・いいから・・・」

小さな声で白石の耳に息を吐いて、吉永は身体を離した。

白石が指を引き抜き、吉永を後ろ向きにさせた。

傍にあった机に両手をついて、

吉永は白石の手がズボンと下着を引き摺り下ろすのを待った。

「いい?」

「ああ。」

ぐい、と白石の手が吉永の腰を引き寄せ、

勢いに任せて突き上げた。

「・・・んぁっ・・・」

く、と吉永は声を堪えて仰け反った。

「・・・ぁっ・・・んっ・・・」

吉永は声を漏らさないように白石の律動を受けていた。

喰いしばる歯が緩み始め、

喉が鳴るのを必死で押さえていた吉永は、

首を捻じって白石を振り返った。

「ふ、塞いでくれ・・・だめだ・・・もう・・・」

「うん。」

白石の片手が、吉永の口元を押さえた。

塞がれる苦しさと、

襲ってくる快感に吉永が身体を震わせた。

白石が吉永の最奥を突き、強かに吐き出した。

「んんっ!!・・・んんんんっ・・・!!・・・」

吉永は塞がれた口から悲鳴のような息を吐いて仰け反った。

「ごめん、大丈夫?」

「・・・ああ・・・」

机に突っ伏して、吉永が肩で荒く息をついている。

白石はその下半身の始末をしてやりながら、

吉永の頬にキスを落とした。

「もう、嫉妬なんてするなよ。」

「うん。」

髪と息を整え、眼鏡をかけて吉永は

白石がズボンを履きなおすのを待った。

「いくぞ。」

「はい。」

抱き合って二人は軽く唇を重ねた。

「まったく、わがままな奴。」

目を細めて見つめる吉永に、

白石は苦笑を浮かべて頭をかいた。

くしゃ、とその頭をなでて、吉永はドアを開けた。



「なに!これっ!!

どう見たって、やってるようにしか見えないよっ!」

TVを指差しながら、

香藤はリビングで岩城に向かって叫んだ。

コマーシャルが流れている。それを見ながら、

岩城は顔を顰めた。

「やってるわけないだろう?」

「でも、膝の上に乗っかってて!」

「だから、そういうコンセプトだって、説明しただろう?」

うんざりとした顔で、岩城はソファに背を預けて腕を組んだ。

「裸がコンセプトだっていうわけ?冗談じゃないよ!」

香藤はそこまで言って、急に声を落とした。

「あんな顔、しなくたって・・・。」

「香藤。」

黙ってリビングを出て行く背中に、岩城は天を仰いだ。



「香藤。」

岩城が香藤を追って寝室へ入った。

ベッドに座って俯く香藤に、少し溜息をついてその隣に座った。

「あのな・・・。」

岩城の言葉をさえぎるように、

香藤は岩城をベッドへ押し倒した。

「ちょッ・・・待てッ・・・香藤!!」

「待てない!!」

噛み付くように唇を塞ぐ香藤の背に、

岩城の腕が回された。

「わかったから、ちょっとだけ待ってくれ。」

「いやだ。」

「下着履いてたんだ、あれは。」

「え?」

間抜けな顔で見下ろすその顔を見つめて、

岩城は微笑んだ。

「お前以外、誰が抱くか、馬鹿。」

「だって・・・」

岩城は、ふと溜息をつくと香藤の身体を押しのけ、

起き上がった。

「岩城さん・・・怒った?」

情けない顔の香藤に、

黙って視線を向けると、岩城は服を脱ぎ始めた。

ぽかんとして見つめる香藤の前で、

岩城は一糸纏わぬ全裸になって立った。

慌てて香藤は起き上がり、

目の前に立つ岩城を見上げた。

「香藤。」

「うん・・・」

ゴクリ、と香藤の喉が上下した。

「俺の身体に、こんな痕を残せるのは、

お前だけなんだぞ?」

白い肌のそこここに、濃い赤い痕や、

薄れかけた点が幾つも浮いている。

「うん。」

「・・・恥ずかしくはあるが・・・」

岩城は、鎖骨のそばにある点の一つに、

そっと手を触れ、香藤を見つめた。

「嬉しいものでもある。」

「い、岩城さん・・・」

香藤は、手を伸ばして岩城を抱き寄せた。

腰を抱え、顔を伏せる香藤の頭を立ったまま

胸に抱きこんだ岩城は、その髪を撫でた。

「お前が疑うな。俺をこうしたのはお前だろう。」

「うん、そうだよね。ごめんね。」

岩城がゆっくりと膝を折り、香藤の前にしゃがんだ。

香藤の首に腕を絡ませて、岩城は唇を重ねた。

「・・・んっ・・・」

香藤の手が背中を滑り、岩城の双丘をその両手に掴み込んだ。

そのまま揉みしだくと、岩城の鼻から息が漏れた。

唇を離して、岩城は香藤の前にそっと手を触れた。

そのままズボンの中へ手を差し込んで、

香藤を見上げると、に、と口角を上げた。

「うわっ・・・」

「俺は、これ以外、欲しくない。」

恐ろしく妖艶な顔に、堪らず香藤は岩城を抱えると、

ベッドの上に押し倒した。

「もう!なんて顔すんの!」

「なにがだ?」

「何がじゃないってば!」

喰らいつくように唇を塞ぐ香藤の身体を、岩城は両腕に抱きこんだ。

侵入してくる香藤の舌を、躊躇なく絡め取り、

岩城はそれを受けた。



「・・・はんっ・・・あぁっ・・・」

両脚を大きく拡げ、岩城は香藤を受け止めていた。

「・・・香藤ッ・・・もっ・・・」

「もっと?」

香藤は岩城の腰を抱えたまま、起き上がった。

「・・・んっ・・・くっ・・・」

深々と刺さった圧迫感に、岩城は息を詰まらせ仰け反った。

濡れた瞳で香藤を見つめ、自ら唇を重ねた。

舌を絡ませながら、岩城は腰を振り、香藤を貪り始めた。

「・・・んぁっ・・・はぅっ・・・」

香藤はその岩城の腰を掴むと、

合わせるように下から突き上げた。

「・・・んぁあっ・・・ふっぅぅっ・・・んんっ・・・」

いつになく顔を左右に振り、岩城は狂態を見せていた。

「いい顔・・・岩城さん・・・もっと見せて。」

「・・・はっ・・・あっ・・・んぅうっ・・・」

岩城の肩が、ぎゅっと窄まり、嬌声を上げて仰け反った。

合わさった腹の間に、岩城の吐き出したものを感じて、

香藤は満足げに頬を緩ませた。

「俺も、いかせて貰うね。」

香藤は再び荒い息をつく岩城をベッドへ横たえると、

ぎりぎりまで引き出し、突き込んだ。

「・・・あああっ・・・」

岩城の背が浮き上がるほど、強く腰を使い、

香藤は岩城を攻めた。

「ああっ!あっ!・・・かっ・・・香藤!・・・やっ・・・」

「・・・いいよっ・・・岩城さんもいってっ・・・」

あっという間に、岩城の茎も立ち上がり、

蜜をこぼし始めた。

「・・・香藤ォっ・・・!」

殆ど同時に昇りつめて、香藤が岩城の両脇に手をついて、

体重をかけないように気をつけながら、その上に重なった。

ゆっくりと香藤の手が、岩城の髪を撫で、頬を撫でた。

「疑ったりして、ごめんね。」

汗にまみれ、頬を上気させて、岩城は香藤を見つめた。

唇が、ふと綻び、潤んだ瞳が細められた。

極上の笑みを浮かべる岩城を、香藤は陶然と見ていた。

「・・・岩城さん・・・愛してる。」

「そんなこと、わかってる。」

岩城はそう言って、くすりと笑った。



何日かして、CMを製作した会社から、

一本のビデオテープが送られてきた。

CMを撮影していた間の、

いわゆるメイキングビデオだった。

記念に二人にだけ、と、送られてきたそれに、

岩城も吉永もさほど興味を示さなかった。

「見ていいですか?」

白石は、ホテルのサイドボードの上に、

無造作に置かれたテープを手に、吉永を振り返った。

「ああ、これから俺は出かけるから勝手に見てろ。」

「はい。・・・あ、俺、一緒に出かけましょうか?」

「お偉方との会食だぞ?来るか?」

白石は顔を顰めると、首を振った。

「それなら、やめときます。」



「これ、これ。」

テレビの下のラックにあるテープを見つけて、

香藤はテープをケースから取り出した。

「岩城さん、全然見る気ないんだもんなァ。

せっかく、くれたのに。」

オフで一人でいる香藤は、

あのコマーシャルを思い出しながら、

それをデッキにセットした。



笑って見ていた白石の顔が、引き攣り始める。



「げっ・・・?!」

香藤の声がリビングに響く。



画面の中で、岩城と吉永が身体を弄るようにしている。

こそこそと何かを囁き会い、岩城が頬を染めている。

つ、と、吉永の手が岩城の左膝を掲げて、立たせ、

岩城が眉を寄せた。



ぶつっ!

と、映像が途切れた。

白石と香藤は、リモコンを握り締め、床に座り込んだ。



「「勘弁してよぉ〜〜〜〜??!!」」



「はぁ〜〜〜・・・」

白石が、カウンターにグラスを置いて、嘆息した。

その声に、入って来た客が立ち止まった。

「あれ?白石さん?」

「香藤さんっ?!」

「なんか、暗いよ。」

「香藤さんだって。」

隅の席に移って白石と香藤は溜息をついた。

「あの・・・。」

「あの・・・。」

躊躇いがちに二人は同時に口を開いた。

「なんでしょうか?」

白石の、沈んだ顔を見て、香藤は溜息をついた。

「VTR、送られてきたんだろ?」

「香藤さんとこもですか?」

そう言って、二人は顔を見合わせた。

「・・・違うって、言うんですけど。」

「ああ、岩城さんもだ。信じちゃいるけど、」

「ええ・・・。」

言葉少なに答える白石に、香藤は肩を竦めた。

「いつの間に、あんな顔して話すようになったんでしょうか?」

「吉永さんが?」

「はい。楽しそうだった、すごく。」

俯いたまま答えた白石は、顔を上げて香藤を見つめた。

「なんか、変だよな、あの二人・・・。」

そう言いかけて香藤は思わず固まった。

二人のいる席から、こともあろうに先の通路を、

吉永と岩城が通り過ぎるのが見えた。

笑いながら二人は、何事かを話している。

「げっ?!」

香藤の視線を追って、白石も呆然として

その二人が店を出るのを見送った。

顔を見合わせて、二人は慌てて勘定を済ませると

その後を追いかけた。

「ちょっと!岩城さん!」

「孝司!」

「いったい、どうなってんのっ?!」

「説明してください!」







2006年1月2日
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