Crazy Little Thing Called Love 11









「ねぇ、怒んないでよぉ・・・。」

「知らん!」

岩城が、ホテル・ザ・サヴォイの部屋のソファに座り込んで、

そっぽを向いていた。

朝、起きたときから、

真っ赤な顔で口を尖らせたまま、黙り込む岩城に、

香藤は困り果てていた。

ソファの上に乗り上げて、

両手をついて香藤は岩城の顔を覗き込んだ。

「ごめん。俺、調子に乗りすぎたし・・・。」

岩城が、顔を背けたまま、ずりずりとソファの端に移動する。

「ねぇ、岩城さんってば。」

香藤が追いすがって肩に手を置いた。

その手を振り払うように、岩城は肩を揺すった。

「・・・あんなとこで・・・気絶するまでやりやがって・・・。」

「うん、ごめん。」

「人前に出られないじゃないか!」

「あ、で、でも!

車からは毛布で包んで抱っこしたし、だから、見えてないよ?」

「そういう問題じゃない!」

真っ赤に染まった顔を顰めて、岩城は香藤を睨んだ。

「ね〜、機嫌直してよぉ・・・これから、ハネムーンなのにぃ・・・。」

チャーリーが車の用意ができたことを告げに来ると、

岩城はむっつりとしたまま、香藤を無視して立ち上がった。






「うわぁ、綺麗!」

香藤が、車の窓を開けて叫んだ。

地中海のコバルトブルーと、快晴の空の青が、

境目もわからないくらいに交じり合い、白い雲が、所々に浮ぶ。

港に、ヨットがずらりと並んでいる。

「やっと、ハネムーンだね!」

香藤は目尻を下げて嬉しそうに振り返った。

そこに、窓枠に頬杖をついて、

外を見ている岩城の後頭部があった。

無言のままの岩城に、

まだ彼が怒っているのだと感じて、香藤は溜息をついた。






チャーリーの運転する車で、香藤達が到着したのは、

コートダジュールの中の、

電車も通らないような小さな町、サン・トロペ。

南仏の超、が付くような高級リゾート地だ。




香藤達の乗った車は、ホテルの正面玄関に滑り込んだ。

オテル・ラ・ビブロス・サン・トロペ。

パステルカラーが印象的な、そのホテルに香藤達は滞在する。

「ようこそ、おいで下さいました。」

通常のフロントではなく、ロビーの一角に設けられたスペースで、

コンシエルジュがにこやかに岩城と香藤を出迎えた。

「お世話になります。」

岩城がにっこりと微笑み、片手を差し出した。

「こちらこそ、マダム。」

その手を、彼は恭しく捧げ持った。

ソファに座るとお茶が出され、岩城はゆっくりと手を伸ばした。

優雅に流れるようなその動きに、

コンシエルジュが見惚れていた。




差し出されたお客様カードに香藤がサインをして、

ソファに背を預けて座った。

隣に座る岩城は、黙ったままカップを手にしていた。

「・・・ねぇ、岩城さん。」

「・・・なんだ?」

低い声に、香藤は嘆息を付いた。

「機嫌、直してくれないかな?」

「別に、俺は機嫌悪くなんかないぞ?」

澄ましてそう答えて、岩城は香藤を振り返った。

眉の下がりきった顔で、自分を見つめる香藤の顔に、

岩城は思わず吹き出した。

「すまん、俺が悪かった。」

「ううん。俺が悪いんだ。ごめんね。怒られても仕方ないよ。」

「・・・怒ってたわけじゃない。」

岩城が、カップをテーブルに置くと、香藤から視線を外した。

「うん、わかってる。恥ずかしかったんだよね。ごめんね。」

「もう、そんなに謝らなくていい。」

「うん。」

香藤が、そっと岩城の肩に両手をかけた。

俯き加減の顔を上げて、

岩城は思い出して薄っすらと染まった頬を緩ませた。

その瞳が、ゆっくりと長い睫に隠れた。

そっと、香藤が唇を重ねて、閉じた岩城の目元が微笑んだ。

「愛してる、岩城さん。」

「うん。」

それを、目を丸くして他の客達が見ていた。

あちこちで、2人の名を囁き交わす、小さな声が聞こえた。






このホテルの最高級の客室、

リヴィエラ・スイートに案内された2人は、

荷物を置くと、早速ホテル内を散策し始めた。

廊下を歩きながら、自然と手がつながる。

その2人を、他の宿泊客達が振り返っていた。

中庭に出ると、そこは見事な庭園になっていて、

色とりどりの花が咲き乱れていた。

「綺麗だね、岩城さん。」

「ああ、見事だな。」

夏の日差しが照りつけるなか、2人はテーブルに腰を下ろした。

チャーリーとラウールが、別のテーブルにつき、辺りを見回す。

周囲の客からの視線をものともせず、

香藤は岩城の肩を抱き寄せた。

静かな中庭に、妙な熱気が漂っていた。

中庭で、昼食がとれることを知って、

香藤はウェイターを呼び、メニューを頼んだ。

「アペリティフは何がいい、岩城さん?」

「そうだな、俺はキールがいい。それから、ヴィッテル。」

「うん。」




オードゥブルが届いて、2人が食べ始めようとしたころ、

隣のテーブルから日本語が聞こえてきた。

「えっと・・・。」

「どうしよう?なんて言えばいいの?」

観光客と思しき、二人連れ。

ウェイターに向かって、なにやら一生懸命に話している。

拙いフランス語で、ワインを頼もうとしているようだ。

「どうしました?」

岩城が声をかけると、2人は振り返り、そのまま固まった。

「どうしたの?」

香藤が同じように身を乗り出して、隣のテーブルに視線を向けた。

「フランス語、あんまり出来なくて・・・。」

2人のうちの、1人が、おずおずとそう答えた。

岩城は彼女達の希望を聞くと、

代わりにウェイターに声をかけた。

「Un vin rouge, moins de 100 euros peut-etre, pas tres cher,

s'il vous plait ?

(100ユーロくらいの赤ワインを勧めてもらえませんか?)」

岩城のゆっくりとしたフランス語を、

耳を澄まして聞いていた2人は、

それが聞き取れたようで、顔を見合わせて頷きあっていた。

「フランス語、お上手ですね。

テレビで見てて、そう思ってましたけど。」

「ああ、」

岩城が、にっこりと笑った。

「パリに住むことになったから、話せないと困るので。」

2人の観光客と、自己紹介をし合い、

二人は、久美子と智子と名乗った。

「あの、お2人は・・・。」

「ああ、新婚旅行でね。」

岩城が、そう言ってにっこりと笑った。

「ニュースで見ました、日本で。結婚式、挙げられたって。」

「ああ、流れてたんだ。」

香藤が、くすっと笑った。

「なんだ?」

「うん、お兄さんそれ見てたのかな、と思ってさ。

いつ、流れたの?」

最後の言葉を、久美子と智子に言って、

香藤は首をかしげた。

「あ、こっちに来る前ですから、えっと。」

「3日前だよね?」

2人は顔を見合わせて頷いた。

「そっか。じゃ、みんなきっと見てるね。」

岩城がにっこりと笑った。

2人は、その笑顔に視線を向け、

改めてまじまじと見つめた。

「どうしたんだい?」

見つめ返す岩城に、2人は慌てて言葉を継いだ。

「ごめんなさい!綺麗だなって、思って・・・。」

「見惚れちゃって・・・。」

「でしょ?」

香藤がにっこりと笑った。

くす、と笑みを零す岩城の手に、香藤は自分の手を重ねた。

「なにさ?」

「いや・・・。」

「恥ずかしい?」

「もう、慣れた。」

「そ?」

香藤がそう言って岩城の頬に唇を触れた。

バカ、と言おうとして向けた岩城の唇を、

そのまま軽いキスで塞ぎ、

何度か啄ばむように繰り返した。

最後に、岩城の唇を喰むようにして香藤はやっと、顔を上げた。

「こんな美人、どこ探したっていないよね。」

香藤がそう言って、頬を撫でた。

「お前、そういうことを言うな、女性の前で。」

「あは、ごめん。」

久美子と智子だけではなく、

周囲がその2人を呆然として見ていた。

「まったく、しょうがない奴だな、お前は。」

そんな中で、岩城だけが嫣然と笑っていた。






その夜、香藤は岩城を伴なって、

ホテルの中にあるナイト・クラブ「レ・カーヴ・デュ・ロワ」に出かけた。

「申し訳ございません。お客様は、ご遠慮下さい。」

2人が歩いていくと、

入口で黒服が観光客にそう言っているのが聞こえた。

「あれれ・・・?」

香藤が上げた声が聞こえたのだろう、

黒服が視線を向け、目を見張った。

ドルチェ&ガッバーナの、黒いカジュアルスーツに、

同色のピンストライプのシャツ。

シャープな襟が、香藤に似合っていた。

その隣で、岩城がアルマーニのブラックラベルのスーツを着て、

残念そうに香藤を振り返った。

「仕方がないな、他へ行こうか?」

Tシャツにハーフパンツを着た、

断られた観光客が、その2人をぼ〜として見ていた。

「いらっしゃいませ、どうぞこちらへ。」

黒服が、片手でドアを指し示し、にっこりと笑った。

「え?」

驚く岩城と香藤に、

黒服はにこやかに開けたドアを押さえて、道を開けた。

そのドアに吸い込まれていく2人を、

観光客がぽけっと見送った。




ウェイターに案内されて、岩城と香藤はフロアを横切っていった。

静かな店内が、尚更静かになった。

年齢層の高い客達の中で、二人の姿はかなり目立っていた。

ソファに並んで座り、オーダーをして香藤は岩城の手を握った。

「お前、どこか触ってないといられないのか?」

「うん。」

あっさりとそう答える香藤に、

岩城は苦笑しながらも、

掴まれた手を外そうとはしなかった。




他の客達が、そわそわと2人に視線を送っていた。

彼らにとっては、香藤はアイドルのようなもので、

はしたなく大騒ぎをするようなことはなかったが、

奢り、と称して二人のテーブルに、

ワインやシャンパンが届けられた。

そのテーブルの主をウェイターから示されて、

香藤と岩城はにっこりと笑って挨拶を送った。

それを受けた2人に、我も我もとグラスが届けられ、

岩城は困って首を振っていた。

楽しそうに飲み、顔を寄せて話す2人を見ながら、

客達がこちらもこっそりと会話を交わしていた。

「ずいぶんと、前とは違ってるようだな。」

「噂では、首っ丈らしいぞ、奥方に。」

「遊んでいたのが、嘘のようだな。」

「毎日お盛ん、らしいぞ。」

「ほほぉ・・・・。」

調子に乗ってグラスを傾ける香藤を見ながら、

皆が呆れた笑いを漏らしていた。

「あれで、今夜できると思うか?」

「いや・・・無理だろ」

「しかし、ヨージだぞ?」

「俺は、できると思うね。」

「賭けるか?」

「いいね。」

そんな金持ちのお遊びの対象にされているとも知らず、

香藤は久しぶりにリラックスしてグラスを空けていた。

「飲みすぎだぞ、香藤。」

「だいじょ〜ぶ、大丈夫。岩城さんも、飲んで?」

「俺はもう、十分飲んでるよ。」




「大丈夫か、香藤?」

酔っ払って岩城に抱きつくようにして戻ってきた香藤を、

岩城はスーツを脱がせてベッドに寝かしつけた。

「おいで〜、岩城さ〜ん。」

巨大なベッドの上で、

香藤が、素裸になってもぐり込んで来た、

岩城の腰を抱き寄せた。

くすくすと笑う香藤の首に、岩城の腕が絡んだ。

「なんだ、思い出し笑いなんかして?」

「うん、最初に、岩城さんがうしろで達っちゃった時のこと、

思い出してた。」

「あの、なぁ・・・。」

岩城の頬に手を触れて、香藤はくすり、とまた笑った。

「うふふ、びっくりしてたよね、あの時の岩城さん・・・

恥ずかしがって真っ赤になっちゃって、可愛かったな〜。」

「・・・ばか。」

「ここで達っちゃうって、知らなかったんだよね、俺達・・・。」

香藤が岩城の蕾に指をあてて、

思い出すように、うっとりとして岩城を見つめた。

「俺は、嬉しかったけど。」

「・・・そうなのか?」

「うん。」

そう言って香藤は岩城の唇をそっと舐めた。

「だって、岩城さんがすっかり、

俺を受け入れてくれたってことじゃない?」

「まぁ、そうだけどな。」

薄っすらと頬を染めて見上げる岩城に、香藤が目を細めた。

「可愛い・・・岩城さん。」

「ば・・・ぁ・・・ん・・・」

当てられていた香藤の指が、くい、と中にめり込んだ。

「・・・あっ・・・あぁっぁ・・・」

岩城の背が、シーツから浮き上がった。

熱い襞を香藤の指が擦りあげる。

いつもよりゆっくりと中を進んでいく指に、

岩城の両脚が泳いだ。

「・・・は・・・んぁっ・・・」

仰け反る岩城を抱き込んで、

香藤は項から胸に唇を這わせた。

既に充血して硬くなった乳首を、

舌を絡めて吸い上げた。

「・・・んぁあっ・・・」

じん、と岩城の腰の奥が疼く。

その反応は、香藤の指に絡んだ襞で伝わった。

「・・・あっ、やっ・・・んっんっんっ・・・」

痕が残るほど乳首を吸って、

香藤は岩城の両脚の間に沈んだ。

反り返る岩城の茎の下に、震える蕾が見えた。

「・・・んぅっ・・・か、とォッ・・・」

指を入れたまま、香藤はそこへ舌を差し込んだ。

音を立てて襞を舐めると、岩城の腿がせり上がった。

その腿を押さえて、香藤は執拗にそこを攻めた。

「・・・あうぅんっ・・・はぁっ・・・」

じゅく、と岩城の茎から先走りが洩れた。

ぼたぼたと下腹に落ちるそれを見て、

香藤は指を増やして蕾を広げると、

舌先をめり込ませた。

広げた指で襞を引っ掻き、襞を舌で擦った。

「ひっあぁっ・・・あぁっ・・・」

シーツを握り締め、

岩城は顔を左右に振って香藤に訴えた。

「・・・やめっ・・・もうっ・・・」

「あんで?」

蕾に舌を入れたまま、香藤が岩城を見上げた。

「・・・いやだっ・・・やぁっ・・・」

切迫した岩城の声が聞こえ、

腿がびくり、と香藤の腕の中で硬直した。

「あ、あ、あ・・・あはっぁあんぅっ・・・」

「え・・・岩城さん、達っちゃったの・・・?

俺まだ、入れてないよ?」

「・・・香藤・・・」

朦朧とした岩城の手が、さし伸ばされた。

「香藤・・・どこだ・・・」

「どしたの?」

香藤が起き上がって、岩城を抱きしめた。

揺らぐ瞳が、香藤を見上げた。

肩で息をして、岩城は香藤にしっかりと腕を回した。

「お前の・・・顔、見ないで、いく・・・のは、いやだ・・・」

眉の下がった泣きそうな顔に、

香藤は驚き、それから、蕩けるように笑った。

「うん。ごめんね。」

そっと手を伸ばして岩城の濡れた前髪をかきあげ、

香藤はそこへキスを落とした。

そのまま、香藤は頬へ、項へと唇を這わせていった。

「・・・んっ・・・」

軽く仰け反った岩城の項に顔を埋めた香藤が、

ぴたり、と動かなくなった。

ふ、と眉を潜めた岩城は、香藤を見下ろした。

岩城を抱きしめたまま、

す〜す〜と気持ち良さそうに寝息を立てる香藤を、

岩城は呆然として見つめた。

「・・・うそ、だろ・・・?」






     続く



     弓



   2006年8月12日
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