Crazy Little Thing Called Love 12










「・・・あれ、岩城さん?」

香藤が目を覚ました時、岩城は隣にいなかった。

慌ててベッドから出てガウンを羽織ると、

香藤はリビングへ向かった。

香藤が入っていくと、

岩城はソファでコーヒーを飲んでいた。

「あ、岩城さん、おはよう!」

香藤は、ほっとした顔でその隣に座ろうとした。

すると、す、と岩城がカップを持ったまま立ち上がった。

窓辺へ行き、そこで外を眺めながら、

またコーヒーを飲んだ。

香藤は、その岩城を驚いて見つめていた。

一言も喋らない。

おはよう、の言葉もない。

見れば、なにやら機嫌が悪そうなオーラが漂っている。

「岩城さん?」

香藤がソファから立ち上がって、岩城に近付いた。

「ねぇ?どうしたの?なんで怒ってるの?」

いくら声をかけても、岩城から返事が返ってこない。

どう考えても、心当たりが見当たらず、

困り果てて香藤は岩城の顔を覗き込んだ。

「ねぇ、岩城さん。なんか言って?」

目の前の香藤の声が聞こえていないはずはないのに、

岩城は香藤の顔を見ずに黙ってカ ップを飲み干して、

ソファに戻った。

「岩城さん?!」

そうなって、香藤は本気で慌てた。

おろおろとしつつも、理由のわからない香藤は、

ソファの岩城の肩を掴んで揺さぶった 。

「ねぇ、俺なんかした?言ってよ!

黙ってたら、わかんないって!」

そう言われて、岩城は香藤の顔をようやく見つめた。

眉をしかめて、明らかにむっつりとした顔で、

岩城はしばらく香藤を見ていた。

「岩城さんってば!ねぇ、俺、なんかした?」

「・・・しなかった。」

「・・・へ?」

ぽつり、と零した岩城の言葉に、

香藤はきょとんとして彼を見返した。

わけがわからず、

「・・・あの・・・。」

と言いかけて、香藤ははっとして岩城を見つめた。

「あっ!うわっ!あのっおれっ・・・昨夜?!」

「・・・しなかった!」

「う・・・うわ〜〜〜〜!

ごめん!」




「ごめん、ほんとに、ごめん!」

「・・・お前、憶えてないんだろう。」

「いやっ、あの、岩城さんが達っちゃったのは覚えてるんだけど!」

「・・・うるさい。言うな!」

「いや、だから!」

部屋を移動する岩城のあとを、

香藤はついて回った。

焦りまくって謝る香藤の声とは、

正反対の冷たい声で、

岩城はそれを聞き流していた。

「岩城さん、許してよぉ・・・ねぇ、お願いだから!」

香藤のすがるような顔を、岩城はじっと見つめた。

「いいよな、お前はぐっすり眠れて。」

「眠れなかったの?」

香藤の間抜けな質問に、岩城の眉が派手に寄せられた。

「あ、あの、何なら今からでも、すぐに・・・!」

「・・・。」

「ねえ、岩城さん!」

「・・・その手を、離せ。」

ぴりぴりと眉が上がり、

岩城は香藤に掴まれた腕を振り払い、

ぷい、と背中を向けてド アを開けた。

「うわっ・・・い、岩城さん、どこ行くの?!」

「朝食だ。」

無常に目の前で閉るドアに、香藤は頭を抱えた。

「ひぇ〜・・・どうしよ・・・。」

その香藤を、チャーリーとラウールが、気の毒そうに見ていた。






中庭のテーブルで、岩城はむっつりとしたまま、座っていた。

あとから、あたふたとやって来た香藤を見ようともせずに、

岩城はミネラルウォ ーターをがぶ飲みしていた。

後ろのテーブルにいた客が、

それを見ながら密やかに笑っている。

「どうやら俺の勝ちのようだな。」

「そうらしい。それにしても奥方、実に不機嫌だな。」

「可哀想に。山の神を怒らせるとあとが大変だ。」

「・・・一晩しなかっただけで、

ああも不機嫌になるもんかね。」

「それだけ、お盛んだってことなんだろ。」

「呆れた夫婦だな。」

「ま、あの奥方の色気を見れば、それも当然か。」

そう言って、客達が笑った。




「あの・・・岩城さん、ここ座っていい、よね?」

「・・・好きにしろ。」

突っ立ったまま尋ねる香藤を、岩城は横目で見上げ、

香藤は、おずおずと椅子を引くと 岩城の隣に座った。

チャーリーとラウールが黙ってその二人を眺め、

顔を見合わせて首を振っていた。




「ねぇ、岩城さん。何にする?」

メニューを手に、じろりと見た岩城の視線の鋭さに、

香藤は思わずひるんだ。

「え・・・っと・・・。」

「いいな、お前は食欲があって。」

「え?岩城さんはないの?大丈夫?具合悪い?」

「具合は悪くないが、大丈夫じゃない。」

「あ、あの、ごめ・・・。」

口を開きかけて、香藤は黙った。

取り付く島もない岩城を、眉の下がった顔で見つめた。

「ねぇ、怒んないでよ。」

岩城がきつい視線を向けて、香藤は思わず肩をすくめた。

「・・・怒るなっていう方が、無理だとは思わないのか?」

「や、それは、その・・・。」

ぶすっとしたまま岩城は、再び口を閉ざした。

その口を尖らせた顔を見て、

がりがりと頭をかきながら、香藤は嘆息をついた。




ウェイターが注文を取りに来て、

香藤が見繕って頼んだ朝食がテーブルに並び、

岩城は それをひたすらフォークでつついていた。

「食欲ない?」

「・・・ないわけじゃないが・・・。」

岩城がそう言って、サラダを一口食べた。

いかにも嫌そうに口を動かす岩城を、

香藤は心配そうに見つめた。

「無理して食べなくていいよ?あとでお腹すいたら、

その時に食べればいいし。」

「・・・。」

無言のまま、岩城は頷いた。

そのまま、岩城はフォークを置いて、

香藤が食べ終えるまで、コーヒーを飲んでいた。

「ごめんね、待っててもらって。」

「別に。俺が席を離れると、ラウールが食事できないだろ。」

「あ、そういう事・・・。」

香藤は、肩で溜息をついた。




香藤が岩城の手に自分の手を重ねながら、口を開きかけた。

岩城はその香藤の手を取ると、

黙ってテーブルの上に戻した。

「もう、岩城さんてば・・・。」

香藤が口を尖らせた。

「触らせてもくれないの?」

丸っきりそれを無視して、岩城はそっぽを向いた。

チラチラと岩城に視線を送りながら、

香藤はもそもそと食事を終え、

香藤の皿が空になったのを見て、岩城は立ち上がった。

そこへ、昨日知り合った久美子と智子がやって来た。

それまでとはうって変わった笑顔を浮かべて、

岩城は声をかけた。

「おはようございます。これから、朝食ですか?」

2人は驚いて、それから頬を赤くして頷いた。

「そうです。岩城さんはもう終わられたんですか?」

「ええ。これから部屋へ戻るところです。」

「うわ〜、残念!もっと早く来ればよかった。」

智子が、そう言って久美子の背中を叩いた。

「痛いってば!」

その様子を微笑んで見ていた岩城は、

香藤が近付いて来ると、2人ににっこりと頷いた 。

「じゃ、ごゆっくり。」

久美子と智子の挨拶を受けて、岩城は歩き出した。

大股で、どすどすと歩き去る岩城のあとを、

香藤は慌てて追いかけた。

「ねぇ、岩城さん、待ってよ〜〜!」

その声が耳に入っているだろうに、

岩城は足を止めようともしなかった。

「ねぇ!もう、許してよ!」

その香藤の後を、チャーリーとラウールが続いた。

「・・・ああやって怒ってると、男の顔つきだな。」

チャーリーがこっそりとつぶやいた。

その言葉に、思わずラウールは吹き出した。

「可哀想に、ヨージ。

恐いものなしの天才が、女房には頭が上がらないんだな。」

岩城と香藤の背中を見ながら、二人は笑っていた。

一方の久美子と智子は、

立ち去る香藤と岩城を見ながら、首をかしげていた。

「どうしたんだろ?」

「喧嘩でもしたんじゃない?」

くすり、と2人は顔を見合わせた。

「喧嘩するほど仲がいいって?」

「そうそう!」






「なんか飲む?」

「いらん。」

部屋へ戻って、そう尋ねる香藤に、

岩城は素っ気無い返事を返して、ソファの上に転が った。

溜息をついて瞳を閉じる岩城に、香藤は大きく嘆息した。

「お前が、溜息をつくことはないだろ。」

「あ、うん・・・ねぇ、岩城さん。」

目を開けると、ソファに横になる岩城の前で、

香藤が床に座り込んでいた。

「お願いだから、機嫌直して?」

岩城はクッションを抱えて、くるりと香藤に背中を向けた。

「あっ・・・もう・・・。」

情けない顔をして香藤はその背中を見つめた。

仕出かしたありえない大失態に、

香藤はまた大きな溜息をついた。

その溜息に、岩城の肩がぴくりと動いた。

「ね、・・・。」

「眠れなかったんだ、俺は!」

香藤が口を開こうとしたとき、

岩城が背を向けたままそう声を荒げた。

「ごめん!」

「身体が熱くて、どうしようもなくて・・・。」

「うん、ごめん。」

「あんな状態で放り出されて。」

「うん、ごめん。」

岩城が言う度に、香藤はただ、ごめんと繰り返した。

「あのさ、自分で、始末はしなかったの?」

香藤がそう言うと、岩城は首をねじって彼を睨み付けた。

「お前がいるのにか?ばか言え!そんなこと出来るか!」

「あっ・・・ごめん!」

真っ赤な顔でそう叫ぶ岩城に、

香藤は顔が蕩けそうになるのを必死で堪えた。

「ありがと、岩城さん。ごめんね。」

「なんでありがと、なんだ?」

「うん。」

香藤はそっと岩城の額にかかる髪をかきあげて、

そこへキスを落とした。

「少し眠ったら?お昼に起こしてあげるから。」

岩城は黙って頷いた。

香藤が見守る中、ゆっくりと岩城の瞼が落ちた。






朝、まるでブリザードを背負っていたような岩城に、

チャーリーとラウールは声もかけ られずに肩をすくめていた。

香藤の、普段からは想像も付かない情けない顔に、

二人の実態を見て、笑っていた。

「二人とも日本人だし、マダムがああいう素直な人だから、

俺、誤解してた。」

ラウールがそう言って笑った。

「何を誤解してたんだ?」

「ほら、亭主関白ってヤツ?

日本人の夫婦って、そうだって聞くし。」

「ああ、」

チャーリーが頷いて破顔した。

「確かに、普段のヨウジはそうだな。

キョウスケも、ヨウジの言うことには逆らわない し。」

「でも・・・。」

ラウールが白い歯を見せて笑った。

「それは、全部マダムが許して、

はじめて出来てたってことなんだって、

今日わかった よ。」

チャーリーが声を上げて笑い、

二人は昼食のテーブルについている、

岩城と香藤を黙っ て眺めた。

「岩城さん、ワインどうする?」

「あ、これ美味しいよ。食べてみて?」

「バターつけてあげようか?」

まわりの客達も、あのヨージ・カトーが、

かいがいしく岩城の世話をし、

異常なほど気 を遣っているのが、

ありありとわかるその姿に驚いていた。

傍から見ればどちらが女房なのかと首を傾げるくらいに、

それを受ける岩城は堂々としていた。

無言ではいるが、ようやく岩城からとげが消えたように感じて、

香藤はほっとしていた 。

まだ、むっつりとしたまま岩城は、

香藤がなにかを言うたびに、黙って頷いた。






結局、岩城はほとんど口を開くこともないまま時間が過ぎ、

その日が暮れた。

香藤は、付いてくるなと言われながら、

岩城の後をくっついて歩いた。

夕食を終えて部屋に戻った岩城は、

チャーリーとラウールにお休みの挨拶をして、

さっさとベッドルームへ消えた。

取り残された香藤は、ぽかん、としてそれを見送った。

「ヨウジ、追っかけたほうがいいんじゃないか?」

「チャ、チャーリー・・・。」

「あれは、まだ怒ってるぞ。」

香藤はクシャリと顔を顰めると、頷いた。

「うん、そうみたい。」

ごめんね、とチャーリーとラウールに片手を挙げると、

香藤は岩城のあとを追いかけた。






「今夜は、だめだ。」

ベッドの隅っこに横になって、

岩城は素裸で入ってきた香藤に背を向けた。

「一人でも、気持ちよくなれるんだろ、お前は?」

「岩城さ〜ん・・・まだ怒ってるの?」

情けない声で、香藤は岩城の首筋に、後ろから顔を埋めた。

「あのさ、ごめんね。ほったらかしたわけじゃないんだよ?」

「・・・どうだか。」

「ほんとだよ?楽しくて、気持ちよくて、寝ちゃったんだよ?

岩城さんとハネムーンだ もん。」

「・・・お前はそうやって、いつも俺を丸め込もうとするんだな。」

「違うってば!ねぇ、こっち向いてよ?

後姿も綺麗だけど、岩城さんの顔、見たいよ。

ねぇ?岩城さんってば・・・。」

そう言いながら、香藤は片手を岩城の着ている寝巻きの裾に、

潜りこませた。

岩城の茎を握り込む香藤の手を掴んで、岩城が眉をひそめた。

「・・・うっ・・・香藤・・・その手を、離せっ・・・」

「やだ。こっち向いてくれないなら、ず〜ッと、このまんまだよ?」

「ずうっとって・・・」

首を少しひねって、岩城は困り果てた声で、香藤を見上げた。

「いいの?欲しくないの?」

「・・・かと・・・」

岩城の声に、あえやかな色が混ざった。

息を乱しながら、見上げる顔に、

香藤は耳に息を吹きかけながら、囁いた。

「ねぇ・・・俺は、欲しいよ、岩城さん。」

握りこんだ手を動かしながら、

香藤は岩城の耳たぶを軽く噛んだ。

「あっ・・・ん・・・ば、ばか、そこはっ・・・」

「ねぇ・・・?」

「お前のせい、なんだぞ・・・」

紅潮した岩城の頬に、

香藤は自分の頬を擦り付けて、微笑んだ。

「わかってるよ。

ごめんね・・・気持ちよくしたげるからさ。

挿いっていいよね?」

そう言いながら、香藤は岩城の蕾に指を潜らせた。

「っあぁ・・・かとォ・・・」

うっとりと、腕を香藤の首に絡めて、

岩城は腰を揺らした。

「うふ・・・もう、疼いてる?」

「んぅっ・・・あぁっ・・・」

さほど中を探らないうちに、

岩城の内襞が溶け出すのがわかった。

「はぁっ・・・あっんっ・・・あぁ・・・あんっん・・・」

指を増やし、香藤は岩城の蕾を押し広げた。

「・・・んあっ・・・あぁ、あっ・・・」

岩城の身体が跳ね、背中が反り上がった。

香藤がそれを見て、笑った。

「もう、我慢できないでしょ?

後ろで達っちゃうんだもんね、岩城さんは。」

途端に、ぴたり、と岩城の声がやんだ。

きっ、と香藤を睨み上げ、岩城は香藤の手を掴んで、

蕾に突っ込まれた指を引き抜き、

香藤の腕を引っ張って、押し倒した。

「い、岩城さんっ?!」

無言のまま、岩城は香藤を押さえつけて、蕾に指を添えた。

ずぶり、と岩城の指が香藤の蕾に1本、差し込まれた。

「うあっ・・・!」

香藤が思わず喉をそらして呻いた。

呆然とする香藤を見つめて、岩城が口を開いた。

「俺は昨夜、このまま放って置かれたんだぞ。

お前、わかってるのか?」

「ご、ごめんなさい!」

香藤は、そう叫んで、岩城を引きつった顔で見上げた。








   続く



    弓



  2006年8月18日
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