Crazy Little Thing Called Love 4









「は?」

サイモンが香藤たちのアパルトマンにやってきて申し出たことに、

香藤と岩城は唖然として口を開いたまま、彼を見返した。

「だから、パーティーをやる、って言ってるんだよ。」

「パーティー?

それって、ひょっとして披露宴ってこと?

な、なんで?」

香藤の言葉に、サイモンがソファに座りなおした。

「なんでだって?当り前だろう?

俺達の知らない間に、たった2人だけで結婚式なんて、冗談じゃない。

俺達にも、ちゃんと祝わせろよ。

オオサワが怒ってたぞ。」

香藤の苦笑に、岩城は2人を交互に見つめていた。

「オオサワって・・・?」

「指揮者の、大沢さん。」

香藤の返事に、岩城が呆然としているのを見て、サイモンが笑った。

「大変なメンバーだからね。覚悟しておいた方がいいよ。」




サイモンから、郵便で招待客のリストが届いたのは、

それから10日後のことだった。




「うわっ・・・。」

その招待客を見て、さすがの香藤も声を上げた。

「どうしたんだ、香藤?」

香藤の呆れたようなしかめ面を見て、

岩城は心配そうにその顔を覗き込んだ。

「うん、ちょっと驚いただけ。」

香藤が岩城にそのリストを見せた。

それを受け取って、岩城は首をかしげた。

その顔を見て、香藤は笑み崩れた。

「大沢さんと、サイモンしか、わからないな。」

「そうだろうね。」

香藤の笑顔に、岩城はきょとんとしたままリストを眺めた。






香藤が、オーケストラとの練習に行っている合い間に、

岩城は近くのショップに出かけた。

入っていった岩城を、客が振り返った。

まっすぐに、クラシックのコーナーへ行き、

香藤の新しいCDを手に取る岩城を、

店員達も眺めていた。

「買うのかしら?」

「そうでしょ?」

「旦那のCDを?」

そう言って、店員2人は顔を見合わせて笑った。

「バカねぇ、貰えばいいのに。」

「でも、可愛いじゃない?」

ひそひそと交わされる会話に気付かず、

ふと、隣のタグに目を止めて、岩城は目を見張った。

ずらり、と並んでいる演奏家達の名前。

そこには、サイモンから送られてきたパーティーの、

招待客のリストに載っている名前が、ずらりと並んでいた。

「凄いな・・・全員、いる。」

改めて棚に視線を巡らせて、

岩城は香藤の交友関係に驚いていた。

その岩城に、ラウールは溜息を吐いていた。

「えっと・・・。」

岩城が、香藤のCDを手にとって、首をかしげた。

「どうしました?」

声をかけたラウールを、岩城は振り仰いだ。

「このCD、1枚しかないんだけど、もっとあるかな。」

「と、仰いますと?」

「うん。兄貴に送ろうかと思って。」

「・・・は?」

ラウールの目が、点になった。

岩城はそのCDを片手に、カウンターへ向かった。

「すみません、これ、何枚か置いてありますか?」

着物姿の岩城に、にっこりと微笑まれて、店員が真っ赤になった。

「待ってて、見てきます。」

バタバタと走っていく後姿に、岩城はくす、と笑った。

待っている間、岩城は香藤のCDを見ていた。

バイオリンを手に笑顔を浮かべているCDジャケットの香藤に、

見惚れているように見える岩城に、ラウールが肩を竦めていた。

「お待たせしました。

ありましたけど、3枚だけなんです。」

「3枚か。足りるかな。」

「もう、この後はいつ入るのかわからないって、店長が言ってます。」

そう言っていると、奥からその店長が現れて、岩城に笑いかけた。

「いらっしゃいませ、マダム。」

店長は、いかに香藤のCDが売れているか、

言葉を並べて褒めちぎった。

それを、岩城はにこにことしながら、聞いていた。

「申し訳ありません。

これが、最後で、当分は・・・。」

「いえ、これだけでもいいですよ。」

岩城は、財布からカードを出してそれを支払い、店を出た。

「・・・ねぇ、あのダイサースのプレミアムカード、旦那のだったわよ。」

「嘘ッ?!」

「ほんと。」

「・・・旦那のお金で、旦那のCD買うわけ?」

「そうみたい。」

「可愛すぎ・・・。」

2人の店員は、顔を見合わせ、思わず吹き出した。






その頃、日本では、

2人の記事が新聞やファッション誌を賑わせていた。

フランスで発行されているファッション誌が、

岩城と香藤の特集を組んだ。

天才バイオリニストの、最愛の妻。

そういう見出しの躍るその雑誌を、

清水と妻の冬美が楽しげに見ているのに、

雅彦は顔をしかめていた。

休日、たまたま見ていたテレビで、

雅彦はその雑誌の写真よりももっと、

愕然とする岩城の姿を見た。

見ただけで高価だとわかる着物を着て、

岩城がパリの大通りを歩いていた。

後に、岩城よりも背が高く体格のいい、

地味なスーツ姿の男を連れて、

岩城はゆったりと歩きながら、買い物をしていた。

「・・・な・・・。」

口をパクパクとさせながら、画面を指差す雅彦に、

冬美は口元を押さえて笑っていた。

その画面に、香藤が映った。

どうやら、カフェテラスで岩城を待っていたようだ。

画面から蕩けるような香藤の声が聞こえた。

『岩城さん、買い物、終わった?』

『ああ。あ、いや、もう一ヶ所残ってる。行ってもいいか?』

答える岩城の声に、甘える色を見つけて、雅彦は唸った。

『いいよ。俺も一緒に行くよ。』

ナレーターの声が、それを揶揄した。

『仲がいいんですねぇ。

これからどちらに行かれるんでしょう?』

『香藤のタキシードを見に行くんだ。』

岩城の、零れる笑顔に、雅彦は嘆息をついた。






それから数日後、パリから雅彦のもとへ披露宴の招待状が届いた。

「なんだ、これは?!」

声を荒げる雅彦に、重ねるように岩城から電話が入った。

「今、なんて言った?!」

『うん、あの・・・この前さ・・・』

言葉をつまらせ、しどろもどろで岩城は、やっとのことで答えた。

『あの・・・香藤とね、け、結婚式を挙げたんだ。』

「はぁっ?!」

『そ、それで、サイモン、っていう香藤の友人の指揮者が、

パーティをやってくれるっていうから。

あの、兄さん忙しいだろうけど、来てもらえないかな?

俺の家族は、来ないのかって聞かれたんだよ。』

「サイモンって、あの・・・?」

『うん。』

雅彦が、余りのことに天井を仰いだ。

『あの・・・兄さん?だめならいいんだけ・・』

聞こえてこない兄の返事に、岩城が心配げに声をかけた。

「わかった。行けばいいんだろう、行けば。」

『ああ、ありがとう。』

岩城のほっとした声が聞こえて、雅彦は溜息をついた。

『それで、実はお願いがあるんだけど、頼めるかな?』






「まったく、何を頼むのかと思ったら。」

雅彦が、帰ってきた冬美に顔をしかめながら言った。

冬美は、笑いながらバッグの中から、

書類の入った分厚い袋を取り出し、雅彦に渡した。

「それと、あとは、なんでしたっけ?」

「白い紋付だと!五つ紋の。ないから持って来てくれとさ。」

「じゃ、誂えましょ。」

「それから、俺の袴を貸してくれって言ってたな。

どういうことなんだ?」

「それ、向こうの結婚式のしきたりでしょう。」

ぽかんとする雅彦に、冬美が説明をした。

「馬鹿馬鹿しい。」

吐き捨てるように言う雅彦に、冬美が言った。

「そう言わないで、おめでたいことなんだから。」

「何が目出度いもんか!」






パリ、シャルル・ド・ゴール空港で、岩城は雅彦を待っていた。

カートを押して出てきた雅彦は、

そのまま踵を返したくなるほどのありえない光景に、

その場で唸り声を零した。

瑠璃色の紬を着て、薄花色の羽織を羽織って、

岩城はにこにことしながら雅彦を見ている。

その後に、岩城よりも背の高い、ということは自分よりもでかい男が、

辺りを睥睨して立っている。

その周りの大勢の人たちが、岩城を見ながら囁きあい、

目立つことこの上ないその立ち姿に、

頭を抱えそうになっている雅彦を尻目に、

岩城は片手を上げて近寄ってきた。

周囲が自分にも注目するのを、

雅彦は鳥肌が立つような気がして、首を振った。

「兄さん、来てくれて、ありがとう。疲れてないかい?」

溜息をつきながら、雅彦は岩城を見返した。

「お前、いつも着物なのか?」

「うん。香藤が揃えてくれたんだ。」

にこやかな顔で答える岩城に、雅彦は苦笑した。






「6区のアパルトマンだって?!」

雅彦が車の後部座席で、大きな声を上げた。

「うん。最上階だよ。」

「なっ・・・。」

それを聞いて絶句する兄に、岩城は首をかしげた。

「凄いとこに住んでるな、お前達。」

「え?そうなのか?」

不思議そうに聞き返す岩城に、雅彦は嘆息した。

「まったく、お前は・・・。」

岩城と香藤の住むアパルトマンに着いた雅彦は、

岩城が最初にここを訪れた時のような反応をした。

岩城と違っていたのは、家業の海外支部に、

父の名代として度々訪れていた雅彦には、

パリの知識があったことだ。

ドアの前に立った雅彦は、

岩城に腕をつかまれて、後に2、3歩下がった。

「え?」

「確認してくれるまで、待っててくれ。」

そう言って岩城がラウールに鍵を渡した。

いつもの確認が終わって、雅彦を招き入れると、

岩城はラウールに兄を紹介した。

「彼は、ラウールだよ。

香藤のボディガードなんだ。」

「あ、いえ・・・。」

ラウールが、ためらいがちに答えた。

「俺は、マダムのボディガードでもあります。」

「マ、マダム?!」

雅彦の頓狂な声に、岩城はくすぐったそうに肩を竦めた。

「うん。みんなそう呼ぶから、いちいち否定できなくて。

あの、俺のボディガードでもあるって?」

「はい。チャーリーもです。どちらかが必ずつくようにと。」

「京介にボディガード?」

あきれ返る雅彦に、ラウールは真面目な顔で頷いた。

「はい。ヨージのマダムですから、当然、誘拐等の危険があります。

それに、彼に何かあったら、ヨージはまともでいられないし、」

「は〜・・・。」

雅彦の呆然とした顔に、ラウールが頷いた。

「マダムは、ヨージ・カトーの、この世で一番大事な・・・

えっと、日本語だと、『takaramono』?」

「宝物、ね・・・。」

雅彦が、カフェオレを飲みながら呟いた。

「はい。ヨージは、マダムに・・・え・・・」

「なに?」

岩城が、首をかしげた。

ラウールは、眉を寄せて考えていたが、

思い出したのか明るい顔で頷いた。

「そうだ、『okabore』!」

途端に、雅彦が飲んでいたカフェオレを、喉に詰まらせた。

「・・・誰が、そんな日本語を教えたんだ。」

「ヨージに教えてもらいました。俺は、マダムにokaboreだって。」

「そんなことだと思った。意味が違うよ、それは。」

そう言って、岩城は苦笑していたが、

それを見ている雅彦のほうが、もっと苦い顔をしていた。

「まぁ、ある意味当たってないこともないな。」

雅彦がそう言うと、岩城が眉を寄せた。

「まったく、弟をこういう風に、

かっさらっていく男がいるとは思わなかったよ。」

「兄さん、それは・・・。」

「ああ、悪かったよ、そんな顔するな。」

ラウールがその2人を、

何か言ってはいけないことを言ったのだろうかと、心配げに見ていた。

「あ、ごめんね、ラウール。気にしないで。」

「はい。」

返事を返しながら、ラウールは兄が香藤をまだ許せてはいないのだと、悟った。






パリ。

ガルニエのオペラ座で、

香藤のリサイタルのリハーサルが行われている。

ラウールの運転する車の中で、雅彦が瑠璃色の着物と、

薄花色の羽織を着たままの岩城を、

上から下まで眺めながら口を開いた。

「お前、家のことやってるのか?」

「え?うん、やってるよ基本的には。掃除とか、洗濯とか、買いものとかね。」

「料理もか?」

岩城は少し笑って、頷いた。

「そっちは、手伝うくらいかな。下手だからね、俺。

料理は、香藤のほうが上手い。

それと、チャーリーやラウールや、金子さんのほうがね。

家のことは、香藤にはさせてない。」

「なんでだ?やらせればいいじゃないか?」

「香藤って、ああ見えてけっこう亭主関白なんだ。

それに、俺はね、香藤に余計な神経は使わせたくないんだ。

あいつには、バイオリンのことだけに集中して欲しいから。

ただでさえ、神経を使う仕事だからね。

あいつが完璧な演奏をするために、俺はそばにいるんだ。

リサイタルの時は、必ずついて行くし。

練習の時は、家のことやって、後から行ったりするけど。」

さらっと、そう言って、岩城はにこ、と笑った。

雅彦は、言葉を失くして呆然と、その笑顔を見つめていた。

「・・・お前、茶道に未練はないのか?」

兄の言葉に、岩城は少し真顔になって頷いた。

「ごめん、兄さん。

俺は、香藤と生きるほうを選んだ。

後悔はしてないよ。」

そう言う岩城の笑顔が、一点の曇りもないことに、

雅彦は内心で感嘆していた。

「そうか。わかった。」






シャガールの天井画が描かれた、中央階段のあるホールに入り、

雅彦はその重厚な佇まいに息を飲んだ。

「・・・凄いな。」

「うん。」

隣で、岩城はのん気な笑顔を浮かべていた。

「こっちだよ、兄さん。」

歩き出そうとした2人に、

仕立てのいいスーツを着た初老の男が小走りに近寄ってきた。

「マダム、連絡を下さればお迎えに上がりましたのに。」

「いえ、今日はリハーサルですから、かまいません。

それに、彼がいるから。」

岩城はそういいながら、ラウールを振り返った。

「・・・京介、誰なんだ?」

「あ、ここの支配人だよ。」

小さな声で囁いた岩城の言葉に、

頭痛がする思いがして、雅彦は息をついた。

支配人に先導されて、2人は客席に回った。

ドアを開けた途端に聞こえてきた音に、雅彦の足が止まった。

ぴたり、と音が止んで香藤の声が響いた。

「あ〜、違うねぇ〜、いま、一個飛ばしたでしょ?」

香藤に弓で指された団員が、苦笑しながら譜面から顔を上げた。

「すまん、ヨージ。あ・・・。」

「え・・・?」

彼の視線に、居並ぶオーケストラの団員が、

顔を上げてドアを振り返った。

支配人に伴なわれて、岩城が歩いてくる。

その後から、2人のスーツ姿の男が続く。

「岩城さ〜ん、Ma cherie!(マシェリ・愛しい人)」

「こらこら、女名詞で呼ぶなよ。」

笑いながら岩城が答え、前から2列目の真ん中に座った。

「お義兄さん、いらっしゃい!疲れてませんか?」

香藤が雅彦に叫んだ。

雅彦は、それに首を振って、少しだけ笑顔を返した。

岩城の隣に、雅彦が腰を下ろし、

支配人が挨拶をして下がっていった。

ラウールは、黙って岩城の後に座ると、辺りを見回した。

香藤は、弓を左手に持ちかえると、ステージの上から、

派手に投げキスをよこした。

「バカか、あいつ。」

岩城が照れくさそうに呟いた。

オケのメンバーが、冷やかしに盛大に音を鳴らし、口笛が飛んだ。

「あ〜、はいはい、静かに!」

指揮台の上にいた、カーリーヘアの後姿が、声を上げた。

それに気づいた雅彦が、小さな声を上げたまま、動きを止めた。

「かわいこちゃん、ヨージなんか捨てて、俺と結婚して!」

大きな声がして、岩城が真っ赤になった。

「ちょ、ちょっと待ってよ!なに、それ?!」

見ると、フォルクハルトが、彼にしては珍しく、にやりと笑っていた。

バイオリンを左手持って真面目腐った顔で、香藤を見上げた。

「いいじゃないか。プロポーズの権利は誰にでもある。」

「ちょっと、待った!」

隣に座るライナーが、手に持った弓でフォルクハルトの胸を叩いた。

「なら、俺にもあるってことだよな?」

「ほぉ、ライバル登場だな。」

そのやり取りを、当の岩城はにこにことしながら見ている。

雅彦は、目の前で繰り広げられる光景を、信じられない思いで、

ぽかんとしたまま眺めていた。

クラシック界で知らぬもののない、オーケストラ。

その中でも、バイオリニストとしても、

超がつくような有名なメンバー達が、

弟を取り合うような言葉を交わしている。

そこへ、追い討ちをかけるように、

サイモンが指揮棒で、フォルクハルトとライナーを指した。

「ぬけがけは許さないよ?

だいたい、俺のほうが先にキョウスケと会ったんだ。」

「そんなこと、関係ないだろう?!」

指揮台の上から、くるり、と客席を向くと、サイモンは岩城に叫んだ。

「キョウスケ、この間のデートの約束、忘れてないよね?」

それまで、呆れて眺めていた香藤が、

驚いて交互に二人に視線を向けた。

岩城が、きょとんとするのを見て、

サイモンが大げさに肩をすくめて見せた。

「おやおや、、忘れちゃったのかい?」

「ちょ、ちょっと! 岩城さん、それほんと?!」

「え・・・いや・・・。」

「今度ヨウジがウィーンに行ったときならいいって、言ってくれただろう?」

「え・・・あ・・・。」

「岩城さんってば!」

「ち、ちがっ・・・。」

「あ〜あ、つれないなァ。」

軽くウィンクをして、サイモンが笑った。

「あとでゆっくり、話ししようか?」

ステージの上から、岩城のいる客席へ、

今にも飛んで降りていきそうな香藤を見て、

サイモンがすまして指揮棒を振った。

「さ、始めようか。」

「え、あ、うん。」

練習が再開された。

香藤が弾き始め、途端にサイモンと岩城の口から、同時に「あ。」と、声が漏れた。

「はい、スト〜ップ!」

サイモンが指揮棒を振り、岩城が立ち上がった。

ステージの端に設けられた小さな階段を、

岩城は裾を翻して、とっとと昇っていく。

わけがわからず、雅彦が眺めていると、

香藤に近寄った岩城とサイモンが、笑顔をかわしていた。

「ほら、香藤、来い。」

岩城の腕が香藤を抱き込んだ。

ゆっくりとその背をなで、

香藤のバイオリンと弓を持ったままの腕が、岩城の背に回った。

「わかりやすい奴だな、お前。」

「だって・・・サイモンと、デートするの?」

溜息をついて、岩城は香藤の背をポン、ポンと叩いた。

「そんなわけないだろ。」

「うん・・・。」

輝くような笑顔で、岩城は香藤を見つめた。

その頬を両手で挟むと、岩城は香藤の唇にそっと触れた。

「岩城さん・・・。」

「バカ。これくらいのことで動揺して、音がぶれててどうするんだ?

天才の名が泣くぞ。」

「うん。わかっちゃった?」

「当り前だ。俺に、お前の音が聞き分けられないとでも思ってるのか?」

「そうだね。」

そういうと、香藤は笑顔を見せた。

「まったく、からかい甲斐があるよ、ヨウジは。」

サイモンがそう言うと、団員達から笑い声が上がった。

「ひっでぇなぁ。」






「さて、明日のリサイタルが終わったら、明後日はパーティだな。」

バックステージに設えられたカフェで、サイモンが口を開いた。

「うん。早いね、もう明後日なんだ。」

香藤が、岩城の持ってきた、

洋菓子店・ラデュレのマカロンを頬張りながら、頷いた。

「全員、来るのかなァ。」

香藤の呟きに、サイモンが笑った。

「当り前だろう。みんなから出席の返事をもらってる。

これないのは、ほんの数人だけだったぞ。」

「うへっ・・・。」

その言葉に、岩城と香藤は思わず顔を見合わせた。

「楽しみだな。いったい、どんなパーティーになるのやら。」

サイモンの笑顔と裏腹に、雅彦はソファに沈んでいた。

その彼を、ラウールが気の毒そうに見つめていた。






      続く




    2006年6月6日



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