Crazy Little Thing Called Love 6










「イツァーク、久しぶりに君のバイオリンを聞いたよ。」

「自分でもそう思うね。」

「最近は指揮者ッぷりが板についちゃって。」

サイモンがイツァークに笑いかけた。

イツァーク本人も、笑いながら答える。

あちらこちらで人の輪ができ、

広いボールルームに話し声がこだましていた。

その輪の中の一つに、香藤がいた。

岩城をそばに引き寄せ、香藤はいつもよりもなお、

陽の当たる顔で笑っていた。

紹介される岩城の姿を見て茶々をいれる客達に、

香藤が苦笑いをする。

それを、岩城が小声で宥めていた。




その2人を、ことに岩城を、遠目で睨みつけている女がいた。




ゆっくりと、女が岩城に近付いていく。

見事な黒髪が、真っ赤なイブニングドレスの、

大きく開いた背中に流れる。

そのドレスに負けない美貌。

ダナエ・フォン・シュレンジャー。

ソプラノ歌手の彼女は、その美しさでも有名だった。

香藤が友人達に囲まれ、岩城の傍から少し離れた。

そこへ、ダナエが声をかけた。

「はじめまして。」

「あ・・・。」

岩城はダナエの美貌に目を見張った。

「はじめまして、俺は・・・。」

「知ってるわ。」

ダナエが笑った。

「有名だもの、ヨージの妻って。」

その言い方に、含まれるニュアンスに微かに眉を寄せた。

ダナエはしげしげと岩城を眺めていた。

不躾に頭の先から草履をはいた足の先まで見下ろし、

再び顔を上げて岩城ににっこりと笑いかけた。

「美人ね。」

岩城は一瞬黙ると、少し微笑んだ。

「男に美人、って言うのはどうかと思うけど、

みんながそう言うから。」

「そうですか?」

ダナエの真意を測りかねて、岩城があいまいな笑顔を浮かべた。

顎を上げ気味にして、

ダナエはくすりと笑うと岩城の傍へよって、声を落とした。

「遊び人だったのに、良くまぁ、真面目になったわね?」

「・・・え?」

「とっかえひっかえだったのに。」

ダナエは、岩城の着ている着物の袷から見える喉もとの肌に、

岩城がどこを見ているのかわかるように、視線を向けた。

「セックスの相性が良かったのかしら?」

「は・・・?」

岩城が驚いて彼女を見返した。

「あら?大事なことじゃない?」

すましてそう答えるダナエを、岩城は黙って見つめた。

「気をつけなさいね、浮気者だから。」




ダナエが岩城の傍にいることに気づいて、

サイモンが顔を曇らせた。

岩城に出会う以前に、ダナエと香藤が同棲していたことを、

サイモンは知っていた。

2人が上手くいかなくなったのは、

香藤の身持ちの悪さが原因で、

ソプラノ歌手として、そこそこ売れ始め、

年齢も香藤より上だったダナエは、

安定を求めて香藤のアパートから出て行き、

ほどなく他の男と結婚した。

「・・・昔の洋二のこと、よくご存知のようですね。」

ダナエが、昔、という言葉に黙り込んだ。

「俺は知らないんですが、話には聞いていますよ。

昔、あいつが遊んでたってことは。」

岩城が、ゆったりと微笑んだ。

その笑みを見て、

サイモンが安心したように口元だけで笑った。

ダナエが、その岩城の表情に、あからさまに顔色を変えた。

「そう?誰に聞いたのかしら?」

「本人です。

洋二は、俺には隠し事はしないからね。」

そう言って、岩城は首をかしげるように、ダナエを見返した。

うってかわった硬い表情で、

ダナエが口を開こうとした時、香藤が戻ってきた。

「あ、」

香藤がダナエに気づいて、少し固い顔をした。

岩城は香藤を振り返ると、す、と手を伸ばして香藤の腕に絡めた。

「岩城さん・・・。」

「お前、昔世話になったらしいな、彼女に。」

「え?・・・まぁ、うん・・・。」

にっこりと微笑んで、岩城はダナエを見つめた。

「うちの洋二が、お世話になったようで。ご主人も、

今後とも、どうぞよろしくお願いします。」

香藤の手を握ったまま、

深々とお辞儀をした岩城の項に、赤い痕が見えた。

ダナエが、顔色を変えてそれを見つめた。

「ほら、お前も頭下げろ。」

「あ、うん。」

香藤が岩城の隣で、

頭をかきながら同じように頭を下げた。

うろたえて、口を開こうとした彼女の後から声がした。

「ヨージ、お前尻に敷かれてるなあ。」

「あはは・・・まぁね。」

声をかけてきたのは、ダナエの夫、アロイスだった。

「ま、わかるけどね。」

にこにこと笑いながら、アロイスはダナエの隣に立った。

「岩城さん、俺の友達。

アロイス・フォン・シュレンジャーだよ。

それから、彼の奥さん。ダナエ、って言うんだ。」

「そうか。ダナエさん、ですか・・・。」

岩城はダナエを見返し、意味深げににっこりと笑った。

見透かされそうなその瞳に、ダナエが少し眉を寄せた。

「それにしても、一体どこで見つけたんだ、こんないい奥さん?」

アロイスが、からかうように言った。

「見つけたっていうか、会ったんだよ。」

「で、口説きまくったのか?」

「うん!」

香藤が大きな声で、頷いた。

サイモンが、ダナエと香藤、岩城の顔を見ながら、

いきなり爆笑した。

「なにさ〜〜?」

香藤が、少し遠くにいるサイモンに、声を上げた。

「ああ、ごめん、ごめん。楽しくてさ。」

言いながら近付いてきたサイモンに、アロイスが尋ねた。

「二人のこと、前から知ってるのかい、サイモン?」

「ああ、知ってるよ。付き合い始めたころからね。」

サイモンが、ちらり、とダナエを見て口を開いた。

「こんなに男っぽい人もいないよ。

こう見えて、キョウスケはね。」

「え?そうなんだ?」

アロイスが、慌てて岩城に謝った。

「申し訳ない。てっきり、中身は女性だと・・・。」

「いや、いいですよ。気にしないでください。」

岩城は、にっこりと笑うと香藤の手を握った。

「みんな、誤解してるみたいだけどね。」

くすり、と香藤が笑った。

「それって俺が、嫁さんだの、マダムだのって言うせい?」

「そうだな。」

サイモンと、岩城の声がそろった。




突然、ボールルームの扉が開いた。

皆が振り返ると、そこにプラシドがいた。

どよめきが起こる中、

後から大沢が苦笑を浮かべながら入ってきた。

「ど、どうしたんです?」

イツァークが歩み寄ると、

プラシドは大げさに両手を広げて見せた。

「オオサワに聞いたんだ。

ヨージの奥方に会いに来たんだよ!」

ざわめく周囲をよそに、

プラシドは周囲が開けた道を、まっすぐに岩城に近寄った。

「すまん、捉まっちまって・・・。」

大沢が片手を上げて、香藤に囁いた。

香藤も苦笑を浮かべて首を振った。

プラシドは、岩城の前に立つと、

その左手を取って甲にキスをした。

「実に美しいね。」

そう言いながら、両手で掴んだ岩城の手を撫でた。

「その蟲惑的な瞳が,ヨージを虜にしたんだね。」

香藤が、グ、と奥歯を噛み締めるような顔をして、

サイモンが肩で笑っていた。

「水臭いね、ヨージ、結婚したなら言ってくれ。

お祝いができないだろう?」

「ああ、ごめんなさい。」

「さぁ、君の最愛の人を紹介してくれないか。」

香藤が岩城の名を紹介し、

岩城が照れた苦笑を浮かべながら、頬を染めて頭を下げた。

離してもらえない手に、岩城の腰が引けている。

それを見て、大沢が口を開いた。

「相変わらず、フェミニストだねぇ。」

言いながら、大沢は岩城を振り返った。

「京介君。いやだと思ったら言ってもいいんだよ?」

プラシドが心外だという顔で、大げさに肩を竦めた。

「僕はただ、美しいものが好きなだけだよ?」

岩城が困った顔で、彼らを見つめていた。

クラシックに疎い岩城でさえ知っている、オペラ歌手。

大御所、と言われる彼が、

自分の手を掴んだまま、放そうとしない。

香藤が、こっそりと岩城に囁いた。

「手、放していいよ?」

「無理だろ。」

岩城は少し顔を顰めながら、小さな声で答えた。

「なんでさ?」

「お前が、sirって呼んでる人だぞ?

出来るわけないだろ。」

こそこそと言葉を交わす2人に、ドミンゴが割ってはいった。

「ヨージ、一体どうやってだましたんだ、こんな美人?」

「だ、だましてなんかいませんよ!」

「ほぉ?じゃ、どうやって口説いたんだ?」

「どうやってって・・・。」

口ごもる香藤に、後から声が聞こえた。

「いいじゃないの、やっと落ち着いたんだから。」

「おや、モンティ!久しぶりだ。」

モントセラートが、

にこにこと笑って岩城に視線を向け、頷いて見せた。

「落ち着きすぎたら、いけないな。

芸術家には、潤いが必要だよ。」

「なに言ってんの。

ヨージにはもう足りてるのよ。」

「ま、美しいものを眺めるのは、いいことだが?」

サイモンが茶々を入れた。

それを聞いて、モントセラートが、

腰に手を当てて、香藤と岩城を眺めた。

「たしかにね。

女だって、こういう綺麗な男達を見るのは、楽しいわね。」

「そうだろう?」

わが意を得たり、とプラシドが彼女に両手を出しだした。

「彼らは、飛び切りだしね。」

やっと手を放してもらえた岩城は、

香藤と顔を見合わせて肩を竦めた。

ふと、その岩城の首筋を見て、

プラシドが大げさに驚いて見せた。

「昨夜のあなたは、さぞかし情熱的だったんだろうね?」

「は?」

「おや、おや、知らないんだね。

ほんとに愛されてるんだねぇ、あなたは。

僕にはそれが、見えるようだよ。」

そう言って胸に手を当てて笑うプラシドの視線に、

岩城はそこにあるものに気づいて、

顔を真っ赤にして、首筋を抑えた。

香藤が思わず口元を押さえて、顔をしかめた。

「香藤!だから、あれほど・・・!」

「ごめん!」

笑い声を上げる香藤たちを見ながら、ダナエは嘆息をついた。

「どうしたんだい?」

アロイスが心配げにダナエの顔を覗き込んだ。

「なんでもないわ。」

アロイスの表情に、岩城がふと笑った。

「優しそうなご主人ですね。」

「え・・・そうね。」

「愛されてるのが、よくわかりますよ。」

アロイスが照れたように笑った。




雅彦は、壁際に用意された椅子に座り込んで、

目の前で繰り広げられる光景を、呆然として見つめていた。

元々クラシックの好きだった雅彦にとって、

それはもの凄まじいものだった。

大御所、といわれる歌手や指揮者達が、弟を囲んでいる。

その周囲に居並ぶ面子も、

知らぬもののいないような、演奏家達。

それが、入れ替わり立ち代り、

香藤と岩城に祝いの言葉をかけに、近付いていく。

あの顔もこの顔も知っていると、

雅彦が溜息をついていた。




ベルリン・フィルから、香藤の友人達が呼ばれていた。

彼らが顔を合わせて頷きあい、

楽器を抱えてステージにそろった。

ズービンがその前に立ち、手を上げ、始まったのは、

オペラ「椿姫」の有名な曲、「乾杯の歌(Brindisi)」

それを聞いて、サイモンがプラシドの背を叩いた。

ウインクをして、ゆっくりとプラシドが、胸を張った。




     Libiamo Libiamo ne'lieti calici

     Che la bellezza infiora

     E la fuggevol ora

     S'inebrii a volutt

     Libiam ne' dolci fremiti

     Che suscita I'amore・・・

          (楽しい杯で喜びの酒を飲みほそう

          (儚い時を快楽に委ねよう

          (愛を呼び覚ます時めきのうちに杯を飲みほそう・・・




朗々と歌い上げるプラシドに皆が驚き、そして、楽しそうに微笑んだ。

岩城は、なにを思ったかダナエの手を引いてプラシドに近寄り、

彼女を隣に立たせた。

歌うように身振りで示すと、

ダナエは困ったように肩を竦めた。

プラシドが躊躇するダナエの肩を抱いて、

歌いながら目元で笑いかけた。

ひとつ、深く息をつくと、ダナエは、歌いだした。




     Tra voi sapr dividere

     Il tempo mio giocondo

     Tutto follia nel mondo

     Ci che non piacer

     Godiam,fugace e rapido

     il gaudio dell'amore・・・

          (皆さんと一緒に楽しい時を過ごしましょう

          (喜びでないものは、すべて虚しいもの

          (楽しみましょう、儚い愛の花を・・・




コーラス部分に差し掛かると、オペラ歌手を問わず、

皆が声を出し、一斉に大合唱になった。

岩城は、香藤に肩を抱かれてそれを聞いていた。




     Ah!godiam la tazza e il cantico

     La notte abbella e il riso

     In questo paradiso

     Ne scopra il nuovo d ・・・

          (さあ、楽しみましょう

          (杯と歌が、夜のこの楽園を新しくするのです・・・




ダナエが、嬉しそうにプラシドを見上げた。

その彼女を見ながら、岩城は微笑んだ。

「岩城さん、ダナエのこと、誰かに聞いた?」

香藤が小さな声で、岩城の耳元で囁いた。

「聞かなくてもわかるさ。」

「そっか。」

岩城は微笑んだまま、香藤を見返した。

「俺のことを気に入らない、それはいいけど、

それで余計な神経を苛立たせることはないさ。

彼女は今、幸せなはずなんだから。」

「うん、そうだね。」

香藤はじっと岩城を見つめた。

「ごめんね、岩城さん。気分、悪かったでしょ?」

「は?」

きょとんとする岩城に、香藤はくすっと笑った。

「・・・ありがとね。」

「別に・・・。」

わけがわからない岩城の頬に、香藤がキスをした。

ラストのコーラスは、

みんなの手拍子まで加わって、大合唱は続いた。






ボールルームの扉が、再び開いた。

それに気付かず皆の話声が響く中、

スーツ姿の男性が後から香藤の頭をはたいた。

「いてっ!」

「元気か、坊主。」

「お、親父?!」

振り返った香藤は、驚いて目を見張った。

「どうしたんだよ?仕事でこれないんじゃ・・・。」

「馬鹿。息子の結婚だぞ?

式には間に合わなかったが、披露宴には出ないとな。

これが終わったらとんぼ返りだが。」

「間に合ってよかったわ。」

香藤の母、美江子が笑いながら立っていた。

留袖姿の香藤の母を見て、

大沢がしきりに頷いていた。

サイモンがそれに気づいて、首をかしげた。

「どうしたんだ?」

「香藤君・・・結局、お母さんが好きなんだねえ。」

サイモンが、きょとん、として見返した。

「ほら、ダナエを見て。」

「うん。」

サイモンが大沢に言われたとおりに視線を向ける。

「で、京介君を見て。」

「ふむ。」

「で、お母さんを見て。」

「・・・あ。」

「な?」

サイモンが、ぷ、と噴出した。

「ま、一人息子なんて、そんなもんさ。」

サイモンと大沢が自分を見ながら笑っているのに気づいて、

香藤が近寄った。

「なに?」

「三つ子の魂、百までだなあ、って思ってたのさ。」

「なに、それ?」

「香藤君の好みの相手って、似てるじゃない、お母さんに。」

香藤が目をぱちくりとさせて、大沢を見返した。

「京介君なんて、よく似てるよね。」

「そっ、そんなことないよ!」

「ま、男の子なんて、みんなそうだろ。」

「ち、違うって!」

香藤が慌てて声を上げるのを聞いて、

香藤の父、洋一が振り返った。

「・・・は?京介君が、似てる?」

夫婦で顔を見合わせて、苦笑を浮かべた。




「お忙しいのに、ありがとうございます。」

岩城が丁寧に頭を下げた。

「ああ、京介君、久しぶりだね。」

「元気そうで何より。」

香藤の両親が、嬉しそうに岩城を挟んで話し出した。

「相変わらず、洋二は派手好きだな。」

香藤の頭をガシガシと撫でながら、洋一が笑った。

「まったく、京介君はこんなのの、どこが良かったのかねぇ。」

「こんなのって、なんだよ!」

失礼だな、とぶつぶつと言う香藤を尻目に、

洋一は岩城に視線を向けた。

「どこって言われても・・・。」

「それ、俺も知りたい。

ねえ岩城さん、俺のどこを、好きになってくれたの?」

香藤が、岩城の顔を覗き込んだ。

頬を染めて、香藤を見返す岩城の顔に、

香藤の両親がくすぐったそうに笑った。

雅彦が、岩城と香藤の傍にいる二人連れに気づいて、

ゆっくりと近付いた。

「あ、兄さん。」

雅彦が、頷いて岩城の隣に立った。

「あの、お義母さん、お義父さん、俺の兄です。」

「雅彦です。京介がお世話になっております。」

深々と頭を下げ、雅彦は微笑んだ。

「いや、こちらこそ。」

洋一が、同じように頭を下げ、少し顔を曇らせた。

「申し訳ありません。

こういう場で言うことではありませんが、洋二が無理矢理・・・。」

「ああ、いや・・・。」

岩城が、慌てて首を振った。

「違います。」

香藤が、その岩城の声に、じっと顔を見つめた。

「無理矢理じゃありません。

俺は自分で望んで彼と夫婦になったし、パリにも来ました。」

まっすぐに、香藤の両親を見つめて、岩城は言葉を続けた。

「彼がいなければ、今の俺はありません。

俺は、今、とても幸せだし、

俺を幸せにしてくれるのは、洋二君だけです。」

洋一が、じっと岩城を見つめた。

「でも、茶道を捨てることになってしまったでしょう?」

「いいんです。香藤が俺を、救ってくれた・・・。

一生かけて、それに報いることができればと思います。」

「岩城さん!」

言いかける岩城を、香藤は顔中をくしゃくしゃにして、

両腕に抱きこんだ。

「あ、こら!」

「俺、すっごい嬉しいよ!」

「ばっ・・・。」

香藤の両親と雅彦がいる前で、

香藤は岩城の唇に、思い切り吸い付いた。

「んっ!」

3人は、唖然としてその2人を見つめた。

周囲が、熱い抱擁に気づき、振り返った。

宙に浮いていた岩城の腕が、徐々に上がり、

香藤の首に巻きついた。

「・・・んふ・・・っ・・・」

岩城が息を漏らして、ようやく香藤は唇を離した。

二人の間に糸が引いて、それを香藤が舐め上げた。

真っ赤な顔で、荒い息をつく岩城の重たげな瞼と、

濡れた唇に、雅彦は呆然としていた。

周囲の視線に気付いて、岩城が顔を顰めて声を上げた。

「馬鹿っ・・・なにすんだっ・・・」

取り巻いていた友人達の、

呆れたような囃子声に、香藤が頭をかいた。

「へへ・・・ごめんね。」

匂い立つ岩城の官能に驚き、首を振る多数の男達に、

香藤が慌てて岩城を抱きこんだ。

「だめだよ!俺のだからね!」

「わかってるよ、そんなことは!」

その騒々しさに、香藤の母が、

恥ずかしそうに雅彦に頭を下げた。

「申し訳ありません・・・。」

「いや!とんでもない。」

「少し、自由奔放に育てすぎたような気がしますよ。

明るいだけが取柄というか。」

洋一が、そう言って苦笑した。

「いえ・・・さっき、京介が言っていましたが、

その明るさが京介を救ったんでしょう。

感謝、していますよ、私も。」

雅彦は、まだ岩城を抱きしめたまま、

友人達にからかわれている香藤を見つめながら、微笑んだ。

その視線に誘われるように、香藤の両親も2人を振り返った。

「・・・まったく、しょうがない坊主だ。」

くすくすと雅彦が笑い出し、

3人は顔を見合わせて、一頻り笑った。







     続く



     弓



  2006年6月27日
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