Crazy Little Thing Called Love 7









「あ!こら、待て、ラルフ!」

チャーリーの大きな声がして、皆が振り返った。

人垣が崩れて、

小さなタキシードを着て蝶ネクタイをした金髪の男の子が、

香藤めがけて走りよった。

「ヨージ!」

「よお、ラルフ!」

両手を広げてしゃがみ込んだ香藤の腕の中へ、

満面の笑顔のラルフが飛びついた。

「きゃい!ヨージ!」

「でっかくなったな、幾つになったんだ?」

「6さい!」

「そっか。」

香藤が、ごしごしとラルフの頭を撫でた。

ラルフは、香藤のジャケットの腕を掴んで引っ張った。

「ねぇねぇ、ヨージのおよめちゃんはどこ?」

香藤は、顔中で笑って頷いた。

立ち上がると、ゲストと話をしていた岩城の手を引いた。

「お、おい、どこへ行くんだ?」

「紹介したい人がいるから。」

そう言って、香藤はラルフの前に膝を折った。

手を引かれるまま岩城は、裾をはたいてしゃがんだ。

「この人が、俺のお嫁さんだよ。」

「auntie・・・?(おばちゃん?)」

首をかしげながら、きょとんと見つめるラルフの顔に、

岩城が言葉につまるのを見て、

香藤は笑ってラルフの頭を撫でた。

「さぁ、どっちかなぁ?

京介っていうんだよ、ラルフ。綺麗だろ?」

「うん、きれい!」

「なに言ってんだ、お前。」

岩城が香藤を微笑んで睨むと、ラルフに手を差し出した。

ラルフは、恥ずかしげにその手をとると、甲にキスをした。

「はじめまして。ぼく、ラルフ。」

「あ・・・。」

苦笑する香藤の頭を、岩城が軽くはたいた。

「はじめまして、らるふ。」

ぎょっとして、香藤が岩城を振り返った。

「なんだ?」

「や・・・べ、別に。」

「なんなんだ?おかしなやつだな、言えよ。」

「ちょっとキョースケ・・・。」

突然、プラシドが岩城の肩を抱くようにして、

腰をかがめて声をかけた。

「もう一回、言ってみてくれないかな、ラルフって。」

岩城は、発音がおかしかったのかと首を傾げて、繰り返した。

「らるふ?」

プラシドは、片手を胸に当てて、首を振った。

「君の発音の、ら、る、ふ、って、実にセクシーだねぇ・・・。」

それを聞いて、岩城は真っ赤になった。

香藤が、思い切り顔を顰めているのに気づいて、

プラシドはにんまりとした。

「ねぇ、ヨージ、君もそう思うだろう?」

「あは・・・は・・・。」

香藤は、返事に困って乾いた笑いを浮かべた。

「すまん、ヨージ。」

「あ、チャーリー。大きくなったね、ラルフ。」

チャーリーが、頭をかきながら頷いた。

「うん、まぁね。言うこと聞かなくなって困ってるよ。」

「岩城さん、ラルフはね、チャーリーの息子なんだよ。」

香藤が立ち上がり、岩城もその隣に立った。

「はじめまして、キョウスケ。」

チャーリーの隣にいた女性が、にっこりと笑った。

「俺の女房なんだ。アデルだよ。」

「はじめまして、アデル。京介です。」

アデルと挨拶を交わして、

岩城はチャーリーに笑顔で頷いた。

「美人だね、チャーリー。」

「ありがとう。キョウスケに言われると、嬉しいね。」

「アデルに、料理習ったんだ、俺。」

香藤がそう言って、岩城を振り返った。

「そうなのか。

でも、なんでまた料理なんて覚えようとしたんだ?」

「岩城さんのために決まってんでしょ?」

ぱちくり、とアデルが目を見開いて、

チャーリーと顔を見合わせて、笑い出した。

「そっ・・・。」

「岩城さん、料理できないじゃん?俺がやるしかないでしょ?」

「そうだけどな、」

言い合う2人に、金子やラウールまでが笑っている。

「ラウールも、彼女を連れてくれば良かったのに。」

「いや、披露宴だけど、俺の仕事だから。」

「遠慮しなくていいのに。今度、家に連れておいでよ?」

香藤がそう言って、岩城に同意を求めた。

「うん。いつでもいいから、連れて来たらいい。」

「ありがとうございます。」

ふと、岩城は袴を引っ張られるのに気づいた。

見ると、ラルフがじっと見上げていた。

「ママ、綺麗だね。」

「うん!キョウスケもね!」

声を上げて岩城は笑うと、ラルフの視線までしゃがんだ。

「ありがとう。」




ダナエが、うって変わった視線で、

じっと岩城と香藤を見つめていた。

ダナエの知らない、香藤。

かつての彼からは、

想像もつかない表情を浮かべて岩城を見ている。

付き合っている相手に誰が近寄ろうと、

ほとんど嫉妬を露わにすることのなかった香藤が、

誰かが岩城に、ほんの少しでも触れようとすると、

とっさに腕の中へ抱え込み、それを拒否する。

複雑な目を向けるダナエの目の前で、

今も、香藤は岩城を抱え、喚いていた。

「だめだってば、触っちゃ!」

「いいじゃないか、握手もだめなのかよ?」

「ほんとに、握手だけ?」

疑いの目で見る香藤に、相手が苦笑していた。

「まったく、しょうがない奴だな、お前は。」

岩城が溜息混じりに言うと、

香藤は口を尖らせながら、しぶしぶ腕を解いた。

「だって。」

「申し訳ありません。こいつ、我がままで。」

岩城が、そう言って小首をかしげるように頭を下げた。

それを見ていた周囲が、「ほ〜〜」と溜息をつく。

「いや、いいよ。奥方にそう言われると、怒れないな。」

「なんだよ、それ。俺が怒ったら、文句言うくせに・・・。」

香藤の声を遮って、岩城がにっこりと笑って手を差し出した。

「よろしく。」

奥方呼ばわりに、なんの衒いもなく微笑む岩城に、

ダナエは大きく溜息をついた。

年下のわりに大人びていた香藤、のはずだった。

それが、岩城の前では、

まるで駄々っ子のように纏わりつき、顔色を伺う素振りを見せる。

「・・・参ったわね。」

「ん?」

アロイスがダナエの呟きに振り返った。

「あ、いえ、ヨージよ。彼があんな顔、するなんてね。」

「ああ、」

アロイスが、破顔して香藤に視線を向けた。

「そう言えば、昔はけっこう突っ張ってたね、彼は。

我ままだったし。今だから言えるけど。」

「そう思う、アロイス?」

「うん。でも、今の彼は誰に聞いても、評判がいいんだ。」

「ふぅん。」

ダナエは、岩城に諭されている香藤を見つめていた。

「彼が、ヨージを変えたんだね。これは、凄いことだよ。」

「どうして?」

「芸術家が、自分を変えるって中々しないもんだからね。

僕もそうだし、君もそうだろ?」

アロイスがそう言って、笑った。

ダナエは、くすりと笑いを零すと、頷いた。

「そうね。その中でも飛び切り我ままだったヨージを、

変えることが出来たわけね。」

「そう。偉大だね、キョースケは。」

アロイスの言葉に、ダナエは又、岩城に視線を戻した。

「・・・そうね。」




「大丈夫かい、兄さん?」

岩城が、ずっと壁際の椅子に座っている雅彦に近付いた。

「ああ、気持ちよく飲んで、食ってるよ。」

「そう?ならいいけど。」

袴をさばいて、岩城は雅彦の隣に座った。

「お前こそいいのか、主役がこんなとこに座りこんで。」

「さすがに、立ってばかりだと疲れるよ。ちょっと、休憩。」

給仕係が、トレイに乗せたグラスを岩城の前に差し出した。

黄金色の泡が立つそれを見て、岩城は首を振った。

「ミネラルウォーターを下さい。」

「飲みすぎたか?」

グラスに口をつける岩城を見ながら、雅彦が笑った。

「うん。ちょっとね。」

2人は、しばらく黙ったまま、目の前の光景に目を向けていた。

「・・・なんだか。」

「え?」

雅彦が、グラスを持った手を膝に置いて口を開いた。

「凄い光景だな。」

「うん。」

くす、と笑って岩城は頷いた。

「今日来てくれてる300人近く、

全部香藤の友人で、仕事仲間なんだ。」

「しかも、只者じゃないのばっかりだ。

まぁ、香藤君も只者じゃないが。」

ぼそり、と最後の言葉を言う雅彦に、岩城が軽く吹き出した。

「俺も改めてそう思ったよ。

普段は、馬鹿を言い過ぎるんだ、香藤は。」

「お前にそれだけ惚れてるんだろう。」

雅彦の言葉に、岩城は驚いて振り返った。

「お前の言う馬鹿なことって、惚気ばっかりだからな。」

「そ・・・そうかな。」

「自覚無しか、お前。」

呆れたように岩城を見返して、雅彦はグラスを煽った。

「お前も相当イカれてるな。」

「ひどいな、それ。」

雅彦は声を上げて笑った。

「いや、悪い意味じゃない。お前が幸せだってことだろ?」

「そうだけどさ。」

少しむくれながら、

それでも岩城は嬉しそうな雅彦の笑顔に、ほっとしていた。

「お前、変わったよ。昔のお前と比べたら、まるで別人だ。」

「そうかな?」

雅彦が、笑顔のまま岩城を振り返り、

「そういえば、」

と口を開いた。

「お前のお袋さんに、お前が結婚したことと、

この披露宴のこと伝えてあるから。」

「えっ?!」

絶句して見返す岩城に、雅彦は笑って頷いた。

「写真、持って帰ってあげようと思ってるんだ。

あとで、貰えるか?」

「うん・・・、」

じっと見つめる岩城の目尻に、涙がたまるのを見て、

雅彦が慌てて袂からハンカチを取り出した。

「泣くなって。ほんとに泣き虫になったな、お前。」

「ありがとう、兄さん。」

「わかった、わかったから、泣くな。誤解されるだろうが。」

「うん。」

返事を返して、涙を拭いながら、岩城はくすくすと笑い出した。

「まったく・・・香藤君に見られたら、文句言われるじゃないか。」

「もう、見ました〜。」

あ〜あ、と雅彦が振り返って顔を顰めた。

「言っとくが、俺が泣かしたわけじゃないぞ。」

「わかってます。」

香藤が微笑んで頷いた。

「ありがとうございます。お母さんのこと。」

「いいさ、別に。」

「また、会いに行きますからって、伝えておいて下さい。」

香藤が雅彦を挟んで、座った。

「ああ、伝えとく。喜ぶだろう。」

は、と岩城がハンカチを顔から外して息を吐いた。

「だいじょぶ?」

「うん。」

自分を挟んで顔を覗き込むようにする香藤に、雅彦が笑った。

「席、換わろうか?」

「いいですよ、そんなの。」

「俺がうっとおしいんだ。」

雅彦がそう言って、立ち上がった。

笑いながら、香藤は雅彦が座っていた椅子に腰を下ろして、

岩城の髪を撫でた。

「ほんとに、京介のことが好きなんだな。」

「ええ、大好きですよ。」

太陽のような笑顔で、香藤は返事を返した。

「こんな人、他にはいませんからね。

ほんと、凄い人だから、岩城さんは。」

「凄いか・・・。」

雅彦がぽつり、と言った。

「ええ。こんな風に人を愛せる人はいません。

俺のほうこそ、感謝してます。」

「前にも言ってたな。」

雅彦が香藤を見つめた。

「岩城さんが俺にくれる幸せの、

ほんの何分の一かでも返せたらと思うんです。

でも、岩城さんの懐ってでかすぎて、

俺には到底返せないかもしれないけど。」

「そんなことないぞ。」

岩城が首を振りながら答えた。

「お前の方こそ・・・いつも、俺は守られてると思ってるのに。」

「岩城さん・・・。」

雅彦がそれを聞きながら、咳払いをした。

同時に振り返った2人に、雅彦はわざと顔を顰めて見せた。

「暑苦しい。」

そう言って笑う雅彦に、岩城が真っ赤になった。

「ごめん。」






香藤が壁際のテーブルに置いてあった、

バイオリンのケースに近付いた。

それに気付いた皆が、ざわざわとし始めた。

グァルネリを取り出し、にこっと笑ってステージに向かった。

友人達が、楽器を片手に用意された椅子に座り、

イツァークが指揮棒を持った。

マイクが立てられ、香藤がその前に立った。

「あの・・・。」

「新郎の挨拶かい?」

そう声がして、香藤は笑った。

「まぁね。お礼を言わせてよ。まず、サイモン。」

香藤は、指揮台を振り返って、頷いた。

「それからイツァーク。それから、大沢さん。

このパーティーを企画してくれた3人。

ほんとに、ありがと。」

サイモンと大沢が、皆からの拍手に微笑み、

イツァークが指揮棒を揺らして笑った。

「それから、来てくれた皆も。

俺とそう変わらないくらい忙しいはずなのに、

無理矢理予定を入れて貰ってありがとね!」

香藤のその言葉に、笑いが起きた。

「それから、お義兄さん。

あ、彼、京介のお兄さんなんだよ。」

黒紋付の雅彦に、皆の拍手が降り注いだ。

雅彦が、軽く笑って皆にお辞儀をする。

その隣で、岩城が嬉しそうに頬を綻ばせていた。

「お義兄さんも、来てくださってありがとうございます。

岩城さんの嬉しそうな顔が見れて、俺も凄く嬉しいです。

あ、ごめん、日本語だから皆には、わかんないね。」

そう言って、香藤は笑った。

周囲からも、笑いが起きる。

「で、親父とお袋。」

香藤が、そう言って時計を見た。

「もう、行かないとやばいんじゃない?仕事、遅れるよ?」

その言葉に、香藤の両親が慌てて顔を見合わせた。

「すまん!今度また、ゆっくりな!」

洋一がそう言って、片手を上げた。

「はいはい。」

洋一と美江子が、岩城に声をかけ、

皆に頭を下げてボールルームを後にした。

「まったく、俺より忙しいんだよな、あの2人。」

そう言う香藤に、皆の笑い声が響いた。

「最後、もちろん、岩城さん。」

香藤が、じっと岩城を見つめた。

「俺が、他の何かに煩わされずに、

好き勝手にバイオリンだけに打ち込めるのは、

岩城さんのお陰だよ。

いつも我儘聞いてくれて、ありがとね。

これからも、我儘言うと思うけどさ、

岩城さんも我儘、言っていいんだよ?

俺たち、夫婦なんだからさ。」

岩城は、微笑んで頷いた。

それに、優しい笑顔で頷き返して、

香藤はイツァークと顔を見合わせ、バイオリンを構えた。

香藤が弾き始めると、

サイモンと岩城が、不思議そうに首をかしげた。

聞いたことのない、曲。

いったい、誰の作曲なのか、

と不思議そうにしていた岩城の元へ、メモが届いた。

そこに、曲名があった。

香藤のオリジナル。

はっとして顔を上げた岩城に、

指揮をするイツァークがウィンクをした。

サイモンが岩城の手の中のメモを見て、なるほどと頷いた。

黙って聞いていた岩城の頬を、つ、と涙が伝った。

「・・・っ・・・く・・・っ・・・」

耐えようとして、岩城は手で口元を覆った。

演奏をしていた香藤がそれに気付いて、目を見開いた。

いきなり演奏をやめて、岩城のところへ飛んでいく香藤に、

皆が唖然としていた。

バイオリンを近くのテーブルに置き、

香藤は優しく岩城を抱き寄せた。

「また、泣く。」

「うるさいっ・・・お前が、俺の涙腺、壊したんだろっ・・・。」

「うん、そうだね。ごめんね。

ほら、岩城さん、泣かないで・・・。」

背中を撫で、耳元であやすように囁く香藤の肩に、

岩城は顔を伏せた。

その2人を、周囲が囃し立てた。

「もう、岩城さんってば、可愛いんだから・・・。」

香藤がそう囁いた。

す、と手をのばして岩城の顎を捉えると、

香藤は唇を塞いだ。

「・・・んっ・・・」

微かに逃げようとした岩城の身体を、香藤が拒んだ。

宙に浮いていた岩城の腕が、

香藤の首に絡みつき、香藤が執拗に貪るのに任せた。

誰かの口笛が岩城の耳に入り、

さすがに恥ずかしくなった岩城が香藤の背を叩いた。

「・・・んんっ・・・ぁ・・・とぅっ・・・」

香藤の口付けに岩城の腰が揺れた。

あまりの突っ走り方に、岩城が香藤の頭を叩いた。

「いたっ!」

「・・・あふっ・・・」

せいせいと肩で息をしながら、

岩城が真っ赤な顔で香藤を睨みつけていた。

その2人に、雅彦も、ダナエも、他のゲスト達からも、爆笑が上がった。

チャーリーとラウール、金子と雅彦が、

呆れたように顔を見合わせ、肩をすくめていた。

「いい加減にしろ!」

「痛いよ、岩城さん!」







     続く




     弓




   2006年7月3日
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