Much Ado About Nothing 16









「ただいまー!」

「えっ?!」

その声に、あっという間も無く椅子から飛び降り、

バタバタと走り出すニキを 追って、

岩城も玄関へと向かった。

「だでぃー!」

飛びついて来たニキを、香藤は片手で抱き上げた。

「よお、ニキ、いい子にしてたか?」

「うん!」

「ちゃんと学校行ってるな?」

「いってる!」

ニキの髪をくしゃくしゃと撫でていた香藤が、

満面の笑みを岩城に向けた。

「ただいま、岩城さん!」

「お前、なんでっ・・・!」

「やっとヨーロッパラウンドだもん!」

そう答えて、香藤はニキを降ろすと、

岩城の腕を掴んだ。

「おい!」

「いいから、来て。」

「ちょ、ちょっと待て!」

「だめ。待てないって!時間無いんだから!」

そう叫んで、香藤は岩城を横抱きにすると、

ずんずんと廊下を進んだ。

「ヨウジ?!」

リビングから出てきたアビーの声もスルーして、

香藤は奥へ向かった。

唖然とするアビーを他所に、

バタン、と音を立てて寝室のドアが閉じられた。

「だでぃ?!」

『ちょっと待ってろよ!』

香藤の声がドア越しに聞こえてきた。

一拍して、肩で溜息をつくと、

アビーは呆然としたままのニキを、

困った顔で見下ろした。

「・・・部屋で宿題やってようか?」






「香藤!」

「なーに?」

「なに、じゃない!降ろせ!」

「はーい!」

岩城を抱えて寝室へ入った香藤は、

そのままベッドへ上がりこんだ。

「うわっ・・・」

「降ろしたよー。」

起き上がろうとする岩城を押さえ込んで、

香藤は開きかけた唇を塞いだ。

「んんっ」

さっさと舌を絡め取り、

離れていた数か月分の飢えを取り戻すように、

香藤は岩城の咥内を蹂躙した。

思い切り唇を吸い上げるうちに、

岩城の腕が香藤の首に絡みつき、香藤のキスに応えた。

その岩城の両足の間に身体を割り込ませ、

腰を押し付けるように抱き締めた。

「・・・ふっぅ・・・」

岩城の熱い息が、少し外れた唇の隙間から洩れた。

肩で息をする岩城に気付いて、

香藤は一度舐め取るようにしてから、ようやく唇を離した。

「お前、ブダペストに、居るんじゃなかったのか?」

「居たよ。ちょっと時間が出来たから、帰ってきたんだ。」

「ちょっと、って?」

「五時間、ぎりぎりかな。」

「五時間、ね・・・。」

そう呟くと、岩城は香藤の頬に両手を当てた。

ゆっくりと頬に笑みが浮かべ、岩城がそっとその頬を撫でた。

「おかえり。」

「ただいま。」

くすり、と笑って答え、

香藤は岩城のシャツのボタンに手をかけた。

「ほんと、もう限界だよ。」

「しょうがない奴だな。」

「仕方ないでしょ?岩城さんしかだめなんだから。」

シャツを肌蹴け、露になった胸に、香藤は唇を押し付けた。

「うわー、久しぶり、痕付けるの。」

「馬鹿か、お前は。」

嬉しそうにそう言う香藤に、

呆れたように笑って、岩城が起き上がった。

「ちょ、ちょっと岩城さん!」

「待ってろ。」

「なんでー?」

「シャワーくらい、浴びさせろ。」

「いいよ、そんなの。」

「あのな・・・」

「俺、岩城さんの匂い、好きだし。」

「そういう問題か?」

むー、と口を尖らせる香藤に、岩城は手を差し出した。

「準備もあるから、お前も来い。」

へら、と途端に顔を綻ばせる香藤を見て、岩城が笑った。




「ねー、俺がいない間、この身体持て余してたんじゃない?」

「お前がいないのに、そんなわけあるか!」

香藤は、岩城の後孔に指を差し込んだまま、

呆然と岩城の反った後頭部を見つめた。

みるみるうちに、顔を蕩けさせ、

香藤は寝そべっていた身体を起こした。

くすくすと笑う香藤に、岩城が不審気に顔を振り向かせた。

「ほんと、男殺し。」

にやり、と笑うと、香藤は後孔から指を引き抜き、

岩城の腰を両手で掴むと、

ゆっくりとその中へ分け入った。

「あっ・・・んんっ・・・」

充分に解されたそこは、

めり込んでくるペニスに歓喜して震えた。

ぴったりと、尻に香藤の肌が付くのを感じて、

仰け反った岩城が、ほう、と息を吐いた。

「あー、夢にまで見たよー、岩城さんの中。気持ちイ・・・。」

「なに言って・・・。」

見上げた岩城の、染まった顔に煽られて、

香藤のペニスが力を持った。

「うへぇ・・・っ・・・」

「んんっ」

肩で息をして、岩城が口元を綻ばせた。

「早く、」

「うん!」




「あっ・・・あぁッ・・・」

じっくりと味わうように、

香藤のペニスが岩城の柔襞を擦り上げる。

すこしじれったいくらいの動きに、岩城の腰が揺れた。

「・・・くっ・・・う・・・」

「もっと?」

一緒に聞こえた、クスクスと笑う声に、

岩城が肩越しにじろりと振り返った。

「お前、な、」

「えへへ。」

肩を竦めて、香藤は岩城の腰を両手で掴んだ。

「なんてね。俺ももう限界。」

そう言って、ぎりぎりまでペニスを引き、思い切り突上げた。

「ひィッ・・・いっ・・・」

「最高・・・」

「んあっ・・・はっ・・・」

シーツを握り締めた岩城の身体が、

香藤の動きに翻弄され、跳ね続けた。

「いいよ、岩城さん。すっごく、いいよ・・・」

「・・・あっ・・・うんっ・・・」

ぺろり、と唇を濡らすと、香藤は揺れる岩城の背中を眺めた。

蕩けそうな顔で、その背に浮かぶ汗を舌で掬い取った。

「ふっ・・・ん・・・香藤ォ・・・」

「うあー、もう、その呼び方、たまんないよね。」

そう呟くと、香藤は岩城の身体を抱え起こし、

ぐるり、と正面に廻した。

ペニスに中を擦られて、岩城の声が戦慄いた。

「ひあっ・・・やっ・・・」

「ねぇ、岩城さん、いい?」

「ん・・・」

悶えた身体を抱き締められて、

ようやく体勢に気付いた岩城が、息だけで頷いて、

香藤の背に腕を回した。

巻きついてきた岩城の脚に、

香藤は目を細めて額にキスを落とした。

ぐ、と腰を入れると、岩城の喉が鳴った。

「ひぅ・・・」

「岩城さんの中って、ほんと、天国だよねー。」

「・・・あのな、」

「熱くってさー、」

「だから、」

「なに?」

喋り出す香藤を止めて、

岩城が香藤の唇に、舌を這わした。

「さっさ、と動け。」

一瞬、惚けたように岩城を見つめると、

香藤はごくり、と唾を飲み込み、岩城の腰を抱えた。

「・・・ああっ・・・あっ・・・」

がんがんと両脚の奥に、香藤の腰が当り、

岩城の声が甲高く響いた。

「・・・ひいぃっ・・・あふっ・・・」

「岩城さんがっ・・・悪いんだからねっ・・・」

「ばっ・・・かっ・・・」




何度目か、覚えていないくらい繋がり合って、

ようやく、香藤が満足したのか、

シャワーを浴びて出てきた。

その香藤に、岩城がベッドの中で寝そべったまま、

掠れた声で聞いた。

「迎えが来るまでに、まだ、時間あるのか?」

「うん。ちょっとならあるけど?」

「なら、ニキと遊んでやれ。」

「ああ、うん、そうだね。」

頷いて、岩城の頬にキスをすると、香藤が笑った。

「岩城さんは、寝てていいからね。」

「ああ。出るときには起せよ。」

「了解。」

そう答えて、香藤は寝室を出ていった。








「こら、走るなニキ。危ないぞ。」

木曜日の、モナコ。

関係者用の駐車場にレンタカーを停めて、

岩城はニキの背中に声をかけた。

「早く!早く!」

「わかったから、走るな。」

その場で足踏みをして待っていたニキと手を繋いで、

岩城はパドックに向かった。




「あのなぁ、ヨウジ。」

パドックに設けられたカフェの中を、

うろうろとする香藤に、皆が呆れた顔を向けた。

「なんだよ?」

声をかけたネルソンに、

香藤はやっと立ち止まって振り返った。

「落ち着かねぇから、座ってろよ、ちょっとは。

まるで檻の中の熊だぜ。」

「いいだろ、別に。」

「そんなにキョウスケが来るのが、嬉しいか?」

「当り前!」

大声で答えて、香藤は椅子を引いた。

「毎日だって、一緒に居たいのに、

あり得ないだろ、こんなの。」

「いや、あのな・・・、」

「なに?」

真剣に眉間に皺を寄せる香藤に、

ネルソンは嘆息をついた。

「俺達の仕事じゃ、

家に三ヶ月位帰れないなんて、ざらだろ?」

「そうだけどさ。」

答えて、又、

そわそわと辺りに視線を彷徨わせる香藤に、

カフェの中の全員が肩を竦めた。

「とにかく!待ってりゃ来るから、落ち着けって。」

「わかってるってー!」

「ま、俺も楽しみだけどね。キョウスケと会うの。」

「お前は、楽しまなくてもいいから。」




ニキの手を引いている岩城は、

周囲の視線を集めながら歩いていた。

声をかけようとジャーナリスト達が、

お互いを牽制しあう中、

ジュリアン・ビーチが、

あっさりと両手を広げて岩城に抱きついた。

「久しぶりー!」

「やあ、ジュリアン。」

ニキの手を引いた岩城が、にっこりと笑みを浮かべた。

その姿を、頭の先から足の先まで眺めて、

ジュリアンは呆れたような溜息をついた。

「・・・目立つわねぇ、あんた達。」

「え?」

聞き返そうとした岩城を横目で見ながら、

ジュリアンはニキの前にしゃがんだ。

「こんにちは、ニキ。私のこと、覚えてるかしら?」

「う、うん、こんにちは。」

少々どもりながらニキが頷いた。

「ジュリアン?」

「そーよー!覚えててくれて、嬉しいわ。」

そう言ってニキの頭を撫でると、

ジュリアンは立ち上がり岩城の顔をみて、くすり、と笑った。

「ヨウジなら、カフェよ。早く行ってあげなさい。」

「そうか。」

ジュリアンの面白げな顔に、

岩城は苦笑を浮かべながら歩き出した。




並んで歩きながら、ジュリアンはそろり、と周囲を見回した。

岩城本人はまるで気付いていないが、

香藤そっくりのニキと、

以前とは違うそこはかとない色気を漂わせる岩城は、

否応無しに注目を集めている。

「それにしても、」

「なんだ?」

「ヨウジ、どうしたのかしらね?」

それが、今シーズンの、

香藤にしてみればかつて無かった、

低い成績のことを指していると気付いて、

岩城は少し肩を竦めた。

「さぁな、そういうこともあるだろう。」

「ヨウジも、人間だったってことかしらねぇ。」

「なんだ、それは?」

「なに言ってんの。」

ジュリアンが、大きな身振りで岩城を振り返った。

「ヨウジのこと、精密機械みたいに正確だって書いたの、

あんたじゃない。」

「・・・あー、そうだったか?」

「そーよ。」

ジュリアンがあげる大きな話し声が、

カフェにまで聞こえ、

香藤は外へ飛び出した。

「岩城さん!」

「ああ、香藤。」

にっこりと浮かべる岩城の笑顔に見惚れる連中を、

目の端に入れ、密かに舌打ちしながら、

香藤は岩城を抱き寄せて頬にキスを落とした。

「こっちだよ。」


「よ、キョウスケ。」

「やぁ、ネルソン。」

「ニキも来たのか。」

「うん!」

にこやかに話し始める岩城を置いて、

香藤が飲み物を取りに向かった。

それを眺めていたジュリアンに、

他のジャーナリスト達が、こっそりと近付いた。

「なにを話してたんだ?」

「べっつにー。ネタは無いわよ。」

「そう言うなよ。ケチ臭いな。」

「あら、キョウスケとニキがモナコに来たってことじたい、

ネタになるんじゃない?」

「そうだけどよ。」

それ以上は口を開かず、肩を竦めてみせるジュリアンに、

話し掛けた男は諦めたように、そばを離れた。




「コーヒーで良かったかな?」

「ああ、すまん、香藤。」

「ニキはジュースな。」

「甲斐甲斐しいねぇ。」

ネルソンが、肩肘をテーブルについたまま、口を開いた。

「うっせぇな。」

和やかに話始めた頃には、

岩城がニキを連れてきていることは、

サーキット中に知れ渡り、

記者達が自分が一番にコメントを取ろうと、

岩城の姿を探して、うろうろとし始めた。

そのうちの数人が、パドックのカフェにいる岩城を見つけ、

テーブルの合間を縫うように近付いて来た。

遠慮会釈も無く向けられたカメラに、

顔を顰めかけた岩城の視界を、

白いレーシングスーツが遮った。

驚いて見上げたそれは、香藤の背中だった。

「あのさ、」

「あー、ヨウジ、一枚だけ、頼むよ。」

「ダメって言ったよね?」

「でもさ、ニュースだろ?

キョウスケと息子のツーショットだぜ?」

「俺なんか写して、なんになるんだ?」

思わず、隣に座っているネルソンに、尋ねた声が聞こえ、

香藤はガクリ、と肩を落とし、記者達が吹き出した。

「変ってないな、キョウスケは。

というか、わかってない?」

「まぁ、そういう人だよね、岩城さんは。」

「相変わらずだよな、キョウスケ。」

ネルソンの呆れた声に、

岩城は納得がいかない、と首を傾げた。

「ニキはわかるが、俺は一般人だぞ?」

心底不思議そうに、あっさりと言いきった岩城に、

その場の全員が笑い出した。

「・・・苦労するよな、お前。」

ネルソンの言葉に、香藤が絶句した。








     続く





     弓





   2010年11月14日
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