Much Ado About Nothing 3








「で、学校のことだけどさ、」

一週間ほど経って、

ニキはほとんど毎日、

アンディに連れられて遊ぶようになり、

言葉も片言ではあるが、話せるようになっていた。

その憶えの速さは岩城と香藤が目を見張るほどだった。

この日、香藤と岩城は昼食の後、

リビングに移って話を始めた。

ニキは、アンディがマーサと買い物に出かけていて、

帰ってきたら遊ぼうと約束をしていたため、

昼食をとると庭へ出ていった。

それを見送った岩城と香藤の、

ここのところの話題は、ニキのことに終始していた。

「この村にも、学校はあるぞ。」

「知ってるよ。

俺が言ってるのは、そういうことじゃなくて、」

「面倒は誰が見るんだ、ってことだろ?」

「そう。俺達じゃ無理なんだからさ。

ねぇ、岩城さん、寄宿舎学校、探そうよ。」

「お前、本気でそれを言ってるのか?」

岩城の眉が寄せられ、

香藤はその不機嫌な顔に、言葉をなくした。

「見損なったな。

だったら、俺はあの子を連れて出ていくが、いいか?」

「じょ、冗談!」

慌てふためく香藤を知り目に、岩城は真顔で見返した。

「私がいるの、忘れてない?」

アビーが、カップを乗せたトレイを持ってリビングに入ってきて、

テーブルにそれを乗せながら、口を開いた。

「私もロビンもおばあちゃんも、

一人くらい子供が増えたって、構わないし。」

「ああ、アビー、ありがとう。」

岩城がにっこりと笑った。

「でも、アビー達にも、出来ないことがあると思うんだ。」

「え?」

「ニキと一緒に住むつもりかい?それは無理だろう?

夜中に熱を出したら?

学校のこともそうだね。

送り迎えは親の義務だし、なにか学校であったら?

それに、アビーにはアビーの家の都合があるだろう?」

「それは・・・そうだけど。」

「アビーには、助けてもらわないといけないことがいっぱいあると思う。

でも、ニキの世話は、基本的に俺達の責任だ。」

そう言いきる岩城に、香藤は眉を寄せた。

「ねぇ、岩城さん、まさか、と思うけどさ。」

「ああ、そのまさか、だな。」

岩城の返事に、香藤は顔をしかめて天井を仰いだ。

「付いて来てくれないんだ?」

「付いていかないんじゃない。いけないだろ?」

むっつりとした顔で、香藤は岩城を見つめ返した。

その尖った唇を上下に指で掴んで、岩城は頷いた。

「お前には世話なんて出来るわけがない。

お前にはお前の仕事があるからな。

なら、俺がやるしかない。」

「仕事、辞める気なの?」

アビーが驚いて目を丸くした。

「いや、辞めるわけじゃないさ。

とりあえず、来年は休む。

その間に、いい方法を考えればいい、と思う。」

唇を挟まれて、喋ることの出来ない香藤が、

うーうーと唸って、腕をばたばたさせた。

「ああ、すまん。」

「あり得ないー!

俺、岩城さんがいないと駄目なんだってばー!」

「わがまま言うな。」

「わがままって・・・岩城さんがいないとやだよ。」

「あの子は、まだ子供なんだぞ。」

そう言われて、香藤は黙り、しばらくして立ち上がった。

「たしかに、可愛くないってわけじゃ、ないけどさ。」

開け放した窓から、庭でアクセルと遊ぶニキを眺めながら、

香藤がぼそっと呟いた。

その隣に並びながら、岩城は微笑んだ。

「可愛いさ。」

「なんで?」

「お前の子だから。」

「そう言われると、なんだかなぁ・・・。」

窓を閉めて、香藤は岩城を見返し、一つ、溜息をついた。

「十年前か・・・確かに俺、デビューしたばっかでちやほやされて、

舞い上がってたような気がする。馬鹿?」

「いや、馬鹿とは思わないさ。」

「若気の至り?」

アビーがそう言って笑った。

「それはあるかな。」

岩城もそれに笑いながら答え、

香藤一人が憮然としてソファに戻った。

「とにかく、正月が明けたら、ニキを連れて学校へ行ってくる。」

「その前に、校長先生と話してみたら?」

そうアビーに言われて、岩城は気付いたように頷いた。

「ああ、そうか。そうしよう。」






「なんか、岩城さんがそこまでニキに肩入れするなんて、

思わなかったよ。」

夜、ベッドに入って、香藤が口を開いた。

「そうだな・・・。」

岩城は天井を見上げながら、徐に口を開いた。

「・・・俺は、なんだかんだ言っても、

いい家族に恵まれたと思う。

親父は口数少なかったが、

俺のことをちゃんと思っててくれてたし、

お袋にはあれこれ言われたけど、

今思えばそれは当たり前だしな。兄貴は、」

そう言って、岩城はくすり、と笑った。

「お兄さんは?」

「兄貴には、可愛がってもらったよ。

お袋より口煩かったけどね。

それも俺を心配してのことだって、今はわかってる。

俺の家族はお前とのことも含めて、

結局は好きにさせてくれてる。お前もだろう?」

「うん。」

香藤が岩城の肩に腕を回して、頷いた。

「危険な仕事を選んだお前を、

なにも言わずに応援してくれてる。

内心じゃ、心配で仕方ないだろうに。

いいお義父さんとお義母さんだと思う。」

「そうだね。感謝しないといけないよね。」

「ああ。俺もだな。」

少し口を閉ざして、岩城は香藤の肩に額を付けた。

「そういう、ちゃんと親から愛情を貰って育った俺には、

親に捨てられることが、どんな気持ちなのかなんて、

想像も付かない。

大人になって、疎遠になるとか、そういうことならまだしも、

子供のうちにそうなるって、どんなに哀しいか、寂しいか・・・。」

「岩城さん・・・。」

「同情、だと思う。

子供相手に同情ってのも、おかしな話かもしれないが。でも、」

「でも?」

横から抱え込まれた格好で、岩城は香藤の顔を見上げた。

片手を上げて、彼の頬に触れると、岩城は微笑んだ。

「お前の子だから。余計に、そう思うんだろう。」

少し困ったような顔をして、香藤は岩城を見返した。

「俺・・・まだ、岩城さんみたいには思えてないよ。」

「そりゃあ、仕方ないだろうな。」

「うーん。」

溜息のような返事を返して、香藤は岩城の額に唇を当てた。

黙ったまま、香藤はゆっくりと岩城の肌を撫で始めた。

「あのさ、」

「なんだ?」

「それもとっても大事な話題だと思うんだけど、」

「だけど?」

「可哀想なのは、ニキだけじゃないと思うよ?」

「え?」

不思議そうに見返す岩城に、

香藤は、今度こそはっきりと顔をしかめた。

「あのさ、ニキが来てから俺、ずっとお預けくらってるんだけど、

可哀想だとは思わない?」

「ああ・・・。」

香藤の肩に顔を埋めて、岩城が吹き出して笑った。

肩を揺らす彼を、香藤は憮然として岩城の腰に腕を回した。

「笑いごとじゃないじゃん?」

「す、すまん。」

「もう、限界だからね。ニキは眠ってるし、いいよね?」

わざと拗ねた顔をする香藤に、岩城は笑ったまま頷いた。

重なってくる香藤の重みを受け止めて、

岩城は彼の肩に腕を回した。






ゆっくりと、香藤が岩城の頬に唇を当てた。

左右の頬にキスをすると、香藤は漸く彼の唇を捉えた。

上下の唇を、限界と言ったわりに、

甘噛みするように啄ばむ香藤に、

岩城は近付いた彼の唇を舌を差し出して舐めた。

それを、香藤は嬉しそうな顔で岩城を見返した。

薄く開いて迎える岩城の唇を捉えて、

香藤は貪るように舌を絡めた。

濡れた音を立ててキスを繰り返すと、

岩城の喉がくぐもり、鼻から息が洩れた。

香藤が岩城の腰に回した腕に力をいれて、

股間を彼に擦りつけた。

「こっちの息子も、可愛がってよね。」

「・・・そういう親父ギャグはよせ。」

呆れて笑う岩城に、香藤は口を尖らせた。

「親父って言うの、やめてくれる?」

「言われたくなきゃ、言うな。」

くすくすと笑いながら、答える岩城につられて、

香藤も笑い出した。

岩城の、火照りだした肌に手を這わせ、唇を這わせた。

項にキスをしかけて、香藤は消え掛けた痕を見つけた。

「薄くなっちゃってる。」

「別にいいだろう。」

「やだよ。それだけしてなかったってことじゃん。」

「これからするんだろうに。」

「岩城さんは俺のだもん。」

「ばか・・・。」

その痕の上に唇を押し付けて、きつく吸いつくと、

くっきりと赤い痕がついた。

それを見て、満足気に香藤は笑い、岩城の乳首を指で摘んだ。

「・・・ん・・・」

軽く仰け反る岩城を見て、身体をずらし、

もう片方の乳首を舌で嬲ると、岩城の顎が上がった。

「・・・はっ・・・んっ・・・」

香藤はいつも、両手の指と舌、唇で、

岩城の身体を隅々まで愛撫する。

昼間は、穏かな笑みを浮かべる、

精悍と言っていいほどの冴えた美貌が、

香藤の愛撫を受けるにつれて上気し、

切なげに眉を寄せて震える。

そのギャップに眩暈を感じながら、

香藤は薄く開いたまま喘ぐ唇に、喰らいついた。

両脚の間を香藤の手が割り込み、

岩城のペニスを握りこんだ。

「・・・んぅっ・・・」

股間を弄る香藤の手に、塞がれた唇から、声が漏れた。

「・・・あぁ・・・っ・・・」

ペニスを扱く香藤の腕を掴んで、岩城は腰を揺らした。

香藤は、染まっていく岩城の顔を探るように見つめた。

「か・・・香藤・・・っ・・・」

「こっちがいい?」

「んっ・・・」

後孔に触れた指に、びくん、と跳ねる岩城の腰を見て、

香藤は頷いて、指にジェルを塗り、

ゆっくりと指を後孔に沈ませた。

「・・・ふぅっ・・・」

岩城の片脚を膝で押さえ、横抱きにして肩を抱えて、

香藤は岩城の中を探った。

無意識に、岩城は自由になる片方の脚を大きく開き、

香藤の手を迎え入れた。

「・・・ひぁっ・・・あんっ・・・」

閉じられた瞳が震え、岩城は裏返るような声を上げた。

一週間ぶりに探る柔襞は、瞬く間に蕩け、

香藤の指を巻きこんだ。

「・・・んんっ・・・はぅんっ・・・」

指を増やして後孔を慣れさせると、

香藤は柔襞の一点を擦った。

「・・・あっ・・・そこっ・・・」

走った快感に岩城の声が詰まり、

肉壁が香藤の指を締め付けた。

「うん、知ってるよ。」

香藤がそう囁くと、岩城は薄っすらと目を開けた。

「すっごい、えろい顔・・・」

「・・・ばっ・・・バカ・・・んぁっ・・・」

柔襞を引っ掻かれて、

文句を言いかけた岩城の声が、喘ぎに変わった。

くすくすと笑いながら、香藤は身体を移動させ、

岩城の両脚の間に顔を埋めた。

「・・・ふあっ・・・」

後孔を蹂躙する指はそのままに、

香藤は岩城のペニスに舌を這わせた。

「・・・やっ・・・」

先走りで濡れた岩城のペニスを、

香藤は丁寧に拭うように舌でそれを舐めとった。

シーツを握り締め、岩城は仰け反り、嬌声を上げた。

硬く張り詰めた岩城のペニスは、

香藤がそれを口に含んで軽く吸い上げた途端に弾けた。

香藤がそれを銜えたまま、びっくりして喉で笑った。

その香藤より、岩城自身が驚いて肩で息をしたまま目を見開いた。

強い快感のあと、襲ってきた後孔の疼きに、岩城は軽く呻いた。

「どうしたの?」

起き上がって香藤が、岩城の顔を覗きこんだ。

眉を寄せ、岩城が香藤を見上げた。

その顔に浮かんだ、焦燥ともいえる表情に、香藤が首を振った。

「・・・なんて顔してんのさ・・・。」

「か、とう・・・。」

「なに?」

香藤は、入れたままの指に感じる岩城の中の熱さを知りながら、

気付かない振りをした。

「そこ・・・。」

「そこ?」

そう言ってにやりと笑う香藤に、岩城は息を喘がせて睨んだ。

香藤は、岩城のその自覚のない淫らがましい顔に、

下半身を直撃されて、唸った。

「岩城さん、その顔、まじで勘弁して・・・。」

「なに言って・・・。」

「いや、ごめん。意地悪するのやめる。」

そう言って、香藤は入れた指を動かした。

「・・・んぁっ・・・」

途端に、岩城が腰を引いて仰け反り、腰を揺すった。

「ね?飢えてるの俺だけじゃないでしょ?」

「・・・嬉しそうに言うな。」

「だってさー、」

「・・・あふっ・・・」

弄られて声を上げながら、岩城は諦めたように笑った。

「・・・欲しがってるのは、俺の方らしい。」

「へ?」

きょとんとして見つめる香藤に、岩城は片手を延ばした。

その手を握って、掌にキスを落とすと、香藤はにっこりと笑った。

「最高だね、その台詞。」







     続く




     弓




   2008年4月22日
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