Much Ado About Nothing 5 「あ、おかえりー。」 香藤が玄関のドアを開けて、岩城とニキを出迎えた。 「なに持ってんだ、ニキ?」 ニキが抱えた花束に、香藤は笑った。 「きょうすけが、かったの。」 「なんで?」 「わかんない。」 きょとんとする香藤に岩城は頷いて、 ニキから花束を受け取ると、 彼に自分の部屋に行っているように伝えた。 素直に返事をして階段を上がっていくニキをしばらく目で追い、 岩城は香藤を促してリビングへ入って行った。 後から付いて行きながら、 香藤は岩城の手にあるボトルを見て首を傾げた。 「ねぇ、岩城さん、それなに?」 「シャンパンだ。」 「なんで?なんかあった?今日、なんの日だっけ?」 「いいから、座れ。」 そう言いながら、岩城は手にした真っ赤な薔薇の花束を、 香藤の胸に押し付けた。 それを抱えてソファに座った香藤の前に、ドン、とボトルを置くと、 岩城はきっぱりと言った。 「おい、香藤。」 「はい?」 「結婚するぞ。」 一瞬、言葉が耳を素通りして、なにを言われたのか判らず、 香藤は目をぱちくりとさせた。 呆然として、見つめる香藤に、岩城は眉を顰めた。 「聞こえなかったのか?」 「今、なんて・・・。」 「結婚するぞ、香藤。」 「・・・はぁあ?!」 思わず立ち上がった香藤の膝から、花束が床へ転げ落ちた。 「そ、それ、どういう意味?俺達、結婚してたんじゃなかたっけ?」 「そうじゃない!法律のことだ。」 「あ、あのさ、それって、シビル・パートナーシップのこと?」 「決まってるだろう、他に何がある。」 「はいー?!まじ?!」 あたふたとする香藤を尻目に、岩城は喋り出した。 「ネットで調べれば、必要書類とかは判るだろ。」 「いや、あの、あのね、」 「その前にHIV検査がをしたほうがいいな。 子供を育てるんだ。親が病気じゃ、誠意もへったくれもないからな。」 「け、検査?!」 「なに言ってんだ。当たり前だろう。大事なことだろうが。」 「そうだけど!ちょ、岩城さん、ちょっ、ちょっと、ま・・・、」 「いつにする?クリスマスが過ぎてからにするか。」 たたみ掛けるように喋る岩城に、香藤は堪りかねて叫んだ。 「岩城さん、ちょっと、たんまー!」 「なんだ?」 遮られてむっとする岩城に、はぁ、と息を吐いて、 香藤はその顔を見つめた。 「あのさ、俺、まだ返事してないんだけど?」 「・・・え・・・。」 一瞬絶句して、岩城は香藤を見返した。 「・・・あ、そうか・・・お前には、 そんな気はないかもしれなかったな・・ ・。」 「違うよ!そうじゃなくて!」 笑いながら香藤は首を振ると、岩城に両手を差し出した。 「ほら、おいで。」 「あ・・・うん。」 テーブルを回ってきた岩城を、 香藤は腕を引いて膝の上に座らせ、腰を抱えた。 「あのね、もう一回、言ってくれないかな?」 「なにを?」 「なにって、プロポーズの言葉。」 「え・・・」 見る見るうちに、岩城の顔が真っ赤になり、 香藤はそれをみてくすくすと笑い出した。 「いや・・・その・・・。」 「言って?返事したいからさ。」 「に、二度も言えるか!」 赤い顔で言い返す岩城に、香藤は吹き出した。 「照れなくてもいいのに。」 「べ、別に照れてるわけじゃ・・・。」 「はい、はい。」 抱きかかえたまま、肩を揺らして笑う香藤を、 岩城は赤い顔で睨んだ。 「笑うな。」 「ご、ごめん、あんまり可愛くって・・・。」 「可愛くない!」 「ごめん、ごめん、怒らないでよ。 でもさ、俺の返事はいらないわけ?」 「い、いや、それは、」 口篭って、そのまま黙りこんだ岩城に、香藤はにっこりと笑った。 「結婚するよ、俺、岩城さんと。ありがと、薔薇とドンペリ。」 「あ・・・。」 耳まで染まって、岩城は香藤を見つめ返した。 「だめだー、可愛すぎ!」 膝の上にいる岩城を、香藤はソファに押し倒すと、 彼が抵抗するまもなく唇を塞いだ。 「・・・んんっ・・・」 思う存分唇を貪ると、息の上がった岩城が顔を顰めた。 「バカッ・・・息が出来ないだろうが!」 「しょうがないでしょ?」 「何がしょうがないんだ?」 「岩城さんが、可愛いのがいけない。」 「理由になってない!」 組み敷かれたまま、岩城は香藤を睨んだ。 蕩けきった顔で、香藤は岩城を見つめると、 彼のシャツをたくし上げ、素肌に手を這わせた。 「やめ・・・こら!」 岩城の抗議を無視して、香藤は乳首に指をのばした。 「香、藤!やめっ・・・ろって!」 忙しなく手を動かして、 香藤は岩城のズボンのボタンを外し、ジッパーを下げた。 その中へ手を差し入れ、岩城のペニスを掴んだ。 「あぁっ・・・」 思わず声を上げて、岩城ははっとして香藤の手を握った。 「だめだ、香藤!」 「なんで?」 「ニキが降りて来たらどうする?!」 「あ、いけね・・・まだ昼だっけ。」 シャツから手を抜いて、香藤は岩城を見下ろし、 潤みかけたその顔を見て、残念そうに肩を竦めた。 岩城は香藤を押しのけると、ソファに身体を起してシャツを下ろした。 「まったく・・・。」 「でもさぁ、」 香藤が隣に座り、岩城を見つめた。 「さっきは、恐かったよ。 まるで、決闘でも申し込まれてるみたいだったな。」 「うるさいな。」 「怒りながらのプロポーズ、って凄いね。」 苦笑を浮かべる岩城に、香藤は笑って片手をのばした。 「で、なんで、いきなり?」 のびてきた腕に、岩城はその中へ腰をずらしながら答えた。 「マージョリーに言われたんだ。 俺はニキとは他人だから、保護者として認められないと。」 香藤は真顔になると、眉を顰めた岩城を見つめた。 「通常は他人が保護者になる場合、 犯罪歴まで調べるものなんだそうだ。」 「犯罪歴・・・。」 オウム返しに呟く香藤に、岩城は頷いた。 「笑えるな。元警官の俺に犯罪歴?」 自嘲気味の笑みを浮かべる岩城に、 香藤は宥めるように背中を撫でた。 「まぁ、それは、彼女は知らないし。 で、結婚しようって、思ったわけ?」 「ああ・・・まぁな。」 少しの間、黙っていた岩城は、香藤の無言に溜息をついた。 「すまん、俺は先走りすぎたか。」 「ううん、違うよ。 なんかね、ニキが来てから、俺達の生活、変わっちゃったじゃない? 邪魔されてるとしか思ってなかったんだ。」 「おい、香藤。」 「ああ、ごめん。 でもね、岩城さんがそんなに真剣に考えて、 俺と結婚してもいい、って、思ってくれたってのはさ、」 「うん?」 「ニキのお陰だよね。 なんか、子供が出来て、いい方に変わるとは思ってなかったな、って。」 「・・・そうか。」 岩城は一瞬目を見開いて、微笑んだ。 「でね、ロビンとアビーに、証人になって欲しいんだけど。」 あと数日でクリスマスということもあって、 岩城と香藤は翌日、ロビンとアビーの家を二人で訪ねた。 香藤がそう切り出すと、ロビンは白い歯を見せて笑った。 「喜んでさせてもらうよ。」 「でも、それって何回目?」 アビーがそう言って、皆が笑い声を上げた。 すると、それまで一人掛けのソファに座って、 黙ってお茶を飲んでいたマーサが、頷いた。 「キョウスケが、そういう男で良かったね。」 「あ、うん。」 「自分に責任があることは、わかってるね?」 「そ、そりゃ・・・。」 「いくら若くても、ちょっと考えりゃ、わかることだ。 自分が何者か、判って女と付き合ってりゃ、こうはならない。」 「・・・はい。」 「いくらでも子供が出来ないように、遊べたはずだ。」 「うん。」 「あんたは、女を見る目は無かったが、 男を見る目はあったってわけだ。」 それを聞いて、アビーがくすりと笑った。 それを横目で見ながら、マーサは言葉を継いだ。 「キョウスケが仕事を休むってことは、 どういうことかも、判ってるね?」 「え・・・?」 「今まで築いてきたキャリアを、捨てる事になるんだよ? 休んで復帰して、今までのように仕事があるかどうか、誰にわかる?」 「それは・・・。」 岩城が口を開きかけて、マーサは視線でそれを止めた。 黙りこんで、見つめ返す香藤に、マーサは少し眉を上げた。 「で、」 初めて気付いた顔で、考え込む香藤を、 マーサは少し顎を上げるようにして見つめた。 「で、って?」 「キョウスケには、謝ったのかい?」 「・・・へ?・・・」 ぎくり、とする香藤を見返して、マーサは呆れたように首を振った。 「まったく、もう、しょうがない子だね、あんたは。」 「あ、ご、ごめ・・・。」 香藤は、思わず唇を噛んで、岩城を振り返った。 「ごめん、岩城さん。ごめんなさい。 俺、一番に、岩城さんに謝らなきゃいけなかったのに。」 「まったくだね。」 マーサがそう言って、カップを手にしてお茶を啜った。 「ああ、いや・・・。」 「おや、キョウスケはそうじゃないらしい。」 マーサがそう言って見返し、岩城はマーサに頷いた。 「いま、マーサに言われるまで、 俺は香藤に謝って欲しいとか、 思ってなかったのに気がついたんだ。」 「岩城さん・・・。」 「うん・・・ニキが来た時、可哀想だと思ったし、 自分に何が出来るかわからないけど、 とにかく何とかしないと、って。」 少しの間黙って、岩城は顔を上げ、香藤を見つめた。 「前に、香藤の子供が見たい、そう思ったこともあってね。」 「おやおや。」 マーサが呟いて笑った。 それに少し肩を竦めて、岩城は微笑んだ。 「キョウスケは、ほんとにヨウジのことを愛してるんだな。」 「うん、あたしもそう思う。」 ロビンとアビーが口を揃えて言った。 「まぁ、そうだな。」 岩城は少し照れくさそうに笑い、 それを聞いて、香藤は岩城の肩に腕を回し、頬にキスをして抱き締めた。 「ごめん、岩城さん。それから、ありがとう。」 「まぁ、なんにせよ、あたしは曾孫が増えて嬉しいよ。」 その二人を見つめていたマーサが、初めてにっこりと笑った。 「ありがとう、マーサ。」 岩城が立ち上がり、身体を屈めてマーサの頬にキスをした。 香藤はそれを見ながら、溜息をついた。 「なんか・・・俺、まだまだだよね。」 「まぁ、なんていうかな。 キョウスケが良い男でよかったってのは本当だな。 でなきゃ、とっくに離婚だ。」 「いや、まだ、結婚してないんだけど?」 「してたのと同じだろ。」 「え、と、そう、だけど、さ。」 「キョウスケは、逆に自分が育てるって、言ってくれたんだぜ? 感謝しないとな。」 「うん・・・そうだね。ほんと、そうだね。」 神妙な顔をして頷く香藤に、マーサが笑った。 「いいじゃないか、女房を褒められたら、 亭主はありがとうって言ってりゃいいんだ。」 「おばあちゃん、いいこと言う!」 アビーがそう言って香藤に視線を向けた。 「で、パーティーはどうするの?」 顔を見合わせた二人に、アビーが呆れて肩を竦めた。 「ニキのこと、ヨウジのご両親は知ってるの? 結婚するのはいいけど、知らせないつもり? 一緒に住んでることは、知ってるんでしょ?」 「あ・・・えと・・・。」 「反対されてるんだ?」 「いや、反対はされてないけど。」 「だったら、」 それを聞いて、ロビンが立ち上がり、 リビングの壁際に置いてあるパソコンの前に座った。 「政府のサイトにあるだろ。見てみよう。」 岩城と香藤をほったらかして、 ロビンとアビーがパソコンの前で、あれやこれやと探し始めた。 「なんていうか・・・。」 それを眺めていた岩城が思わず口を開くと、マーサが肩を竦めた。 「諦めな。あの子達は、あんた達を身内だと思ってるからね。」 「いや、ありがたいと思ってるよ、マーサ。」 香藤と岩城が顔を見合わせ、ふと微笑みあった。 「大好き、岩城さん。」 ゆっくりと香藤が岩城の唇を塞ぎ、 マーサはそれを見て、やれやれと肩を竦めた。 「お楽しみのとこ邪魔して悪いけど、在ったわよ、丁度いいとこ。」 啄ばむようにキスを交わす二人に、アビーがそう言って振り返った。 登記所のサイトによると、この村のメインストリートに面して建つ、 このあたりでは一番格式の高いホテル、 「コッツウォルズ・ハウス」が、 シビル・ウェディングを請け負っていることがわかった。 「役場からホテルへ来てくれるから、わざわざ行くことないぞ。」 「へー、珍しく親切だね。」 「でも、いきなり予約なんて無理だろう? 来週は、クリスマス明けだぞ?」 岩城がそう言うと、マーサが呆れたような顔をした。 「キョウスケ、あんたわかってないね。」 「え?」 「ヨウジがそういう場所を探してるとなったら、 向こうからうちでやってくれって言うだろうよ。 それに、あんた達はそこの常連だろう。」 そう言って、送り出された二人は、コッツウォルズ・ハウスへ向かった。 続く 弓 2008年5月10日 |
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