Much Ado About Nothing 7








「おはなしってなに?」

ニキが、香藤と岩城に挟まれて座り、二人を見上げた。

香藤は、ニキの肩に手を回して、軽く叩きながら頷いた。

「大事な話があるんだ。わからない言葉があったら、京介に聞いて。」

「うん。」

香藤は、ゆっくりと息を吸い、ゆっくりとそれを吐き出した。

じっとニキを見つめると、彼も香藤を見返した。

「来年、京介の誕生日に、俺と京介は結婚することにしたんだ。」

「けっこん、って?」

「ハイラート(結婚)、だよ、ニキ。」

岩城が答えて、ニキは目を見開いて岩城を見つめた。

ぽかーん、と口を開けたままのニキに、

香藤と岩城は苦笑を交わした。

「あ・・・。」

ニキが、上を向いたまま、そう声を洩らした。

まだ言葉がわからないころ、岩城と買い物に行き、

店の店員達からかけられていた声や言葉。

「今日は旦那は?」

とか、自分を見つめて複雑そうな顔で、

岩城に視線を向ける彼らが言ったこと。

「浮気したのか、あいつ?」

などなど。

今思いだして、やっと意味がわかったニキは、

俯いて黙りこんだ。

「ニキ?」

「きょうすけ、おんなのひと、ちがうよね?」

ニキがそう言いかけて、再び声を上げた。

母親の友人達の中に、男同士のカップルがいた。

不思議に思って尋ねたニキに、

母は男同士でも全然おかしなことじゃない、と答えた。

「そうだな、俺は女じゃないな。」

その声に、ニキは顔を上げた。

「・・・ムッターは?」

「え?」

ぽつりと零れた小さな言葉に、

岩城が上体を折るようにして聞き返した。

「ムッタ・・・まみぃとけっこんしないの?」

実に素朴なその質問に、香藤は一瞬絶句した。

「ああ、しないよ。」

「どして?」

「京介とするから。」

わからない、と素直に顔に出して、ニキは香藤を見返した。

「おとことおとこで、けっこんできるの?」

「できるよ。」

それには即答した香藤を睨むように見上げたニキを、

香藤は溜息をついて見返した。

「ニキは、京介が嫌いか?」

そう言われて、ニキははっとして大きな瞳を、

更に見開いて岩城に目を向けた。

少し哀しげに見えるその顔を見て、ニキは思わず首を振った。

「きらい、ちがう。」

自分がこの家に来てからのことを思い出して、

ニキは泣き出しそうな顔で俯いた。

「・・・ごめなさい。」

「謝らなくていいんだよ、ニキ。」

岩城が微笑してニキの髪を撫でた。

「俺はね、ニキ、」

香藤がニキの肩に腕を回して、とんとんと軽く叩き喋り出した。

「京介を愛してるんだ。誰が反対しても、俺にとっては京介が一番大事。

京介がいるから、仕事も頑張れるし、一番になろうとも思う。

俺を幸せにしてくれるのは、京介だけなんだ。

大好きな人といつも一緒にいたい、一緒に暮らしたい。

そういう気持ちって、ニキにもわかるだろ?」

「ぼくは?」

言い終えて、じっと見つめていたニキが、

今度は何を言うのかと思っていた香藤は、

それを聞いて至極真面目な顔で答えた。

「悪いな、ニキは二番目だ。」

ぷぅ、と頬を膨らませて、ニキは口を尖らせ、岩城を振り返った。

「きょうすけのいちばんは、だでー?」

「ああ、そうだ。」

「ぼく、にばんめ?」

「いや。」

岩城が首を振り、ニキだけではなく、

香藤もその岩城を思わず見返した。

ゆったりとした笑顔を浮かべて、岩城はニキに頷いた。

「ニキは、俺の一番の洋二の子供だから、順番はない。特別だ。」

「とくべつ?」

うっかりと嬉しそうに顔を赤くしたニキを見て、

香藤が苦笑しながら岩城に顔を向けた。

「子供相手に男殺し発揮しなくてもいいじゃん。」

「なっ・・・なに、馬鹿なこと言ってんだ!

男殺しとはなんだ?いつ俺がそんなことした?」

「してるじゃん。気付いてないだけで。」

「それ、なに?」

ニキが、きょとんとして見上げると、

香藤は頭を掻きながら肩を竦めた。

「大人になったらわかるよ。知らなくても、全然問題ないけど。」

微苦笑を浮かべる香藤に、

ニキは不思議そうな顔で、交互に二人を見上げた。

「とにかくさ、京介と結婚する。それは変わらないよ。」

香藤がそう言ってニキをまっすぐに見つめた。

また、黙りこんだニキに、香藤はきっぱりと続けた。

「ニキが嫌でも、俺はそうする。いいね。」




「もうちょっと、説明の仕方はなかったかな。」

「仕方ないでしょ。嘘付くわけにいかないし。」

ニキが部屋へ戻ったあと、

岩城と香藤はそのままリビングに残っていた。

お茶を入れ、それを岩城の前に置き、香藤は隣に腰を下ろした。

「ニキに、嫌だって言われてもさ、止めるわけにいかないじゃん。」

「うん・・・。」

「それに、俺達が結婚するのって、半分はニキのためだし。」

「そうだな。」

溜息と一緒に答えた岩城の肩を、香藤が抱き寄せた。

「半分以上、かもしれないけど、

残りの半分は、岩城さんのため、

俺のため、ってことにしとこうかな。」

笑ってそう言う香藤を見つめて、岩城は漸くふっと笑った。

「家に連絡しないとね。」

それを聞いて、岩城が天井を見上げるようにして首を振った。

「頭が痛くなりそうだ。」

「なんで?」

「兄貴。」

岩城のうんざりしたような顔に、香藤は笑い声を上げた。






「兄貴、聞こえてるか?」

携帯電話の向こう側で、絶句したまま返事を返してこない雅彦に、

岩城は重ねて声を掛けた。

すると、地を這うような低い声が、岩城の耳に届いた。

『・・・もう一回、言ってくれ。』

「え?」

『いま言ったことを、もう一回、言ってみろ。』

雅彦のあからさまに不機嫌な声に、

岩城は苦笑しながら携帯を握りなおした。

「最初から言った方がいいか?」

『要点だけでいい!』

「了解・・・来年、俺の誕生日に、香藤と正式に、

法的に、ってことだけど、結婚する。」

言った途端に聞こえてきた雅彦の怒鳴り声に、

岩城は耳から携帯電話を放して顔を顰めた。

目の前にいる香藤が、

その洩れ聞こえてきた雅彦の声に、口を塞いで肩で笑っていた。

怒鳴り声が途切れて、岩城は携帯電話を耳に戻すと、静かに話しだした。

「もう一点は、香藤の子供と一緒に暮らしてるってことだ。」

『だから!何なんだ、それは?!そんなこと、聞いてないぞ!』

「そりゃそうだ。初めて言ったんだから。」

『ふざけるな!そんな不誠実な奴と結婚することない!帰ってこい!』

「いやだよ。」

『京介!』

一段と声を上げて喚く雅彦に、

岩城は眉を顰めて携帯電話をテーブルの上に放り出した。

それでも雅彦の声がはっきりと聞こえてきて、

岩城は隣にいる香藤を見ると、肩を竦めた。

「だいぶん、怒ってるね。」

「まぁ、仕方ないな。」

『おい!聞いてるのか?!』

雅彦の声が聞こえて、岩城は携帯電話を取ると、溜息をついた。

「聞いてるよ。怒鳴らないでくれ。鼓膜が破れる。」

少し眉を寄せて返事を返す岩城を見つめながら、

香藤はその腰に腕を回した。

「不誠実って言ったって、十年前のことだならな。

俺はその頃のことは知らないし、

いちいち昔のことで香藤を責めるつもりもない。

それとも、兄貴は行くところのない子供を追い出せって言うのか?」

『そ・・・それはだな、』

「いいから、兄貴、来るのか来ないのかだけを言ってくれ。

予約の都合があるから。」

『お前な、』

それから、二言三言言葉を交わして携帯電話を切った岩城を、

香藤が抱き締めた。

「お兄さん、どうするって?」

「来るそうだ。まったく、来るんだったら、最初にそう言えばいいんだ。

文句ばっかり言って。」

「ごめんね、岩城さん。俺のせいで。」

「謝るのはもうよせ。」

微笑んで見かえす岩城の顔を両手で挟んで、

香藤はゆっくりと顔を近付けた。

「そう言ってくれるのは嬉しいけど・・・。」

「いいから。俺がいいって言ってるんだ。」

「うん・・・。」

鼻先がくっつきそうな距離で、香藤は岩城を見つめた。

「好きだよ、岩城さん。」

「ああ・・・。」

岩城の返事が掠れて、香藤はふっと目元で笑うとその唇を塞いだ。






香藤は、岩城を抱えるようにして、寝室のドアを開けた。

後手でドアを閉めると、

そのままベッドへ倒れこみながら、唇を合わせた。

そのまま貪るように舌を絡ませあい、

一頻り貪りあって唇を離すと、香藤は岩城を見下ろした。

息を上げて、眼元を薄紅色に染めて見上げる岩城に、

香藤は再び開いた唇に舌を差し込み、

舌を捉え、軽く歯を立て甘噛みすると、岩城の喉が鳴った。

歯列をなぞり、岩城の口角を舐めながら、

香藤は抱き締めていた片手を、

岩城のシャツの中へ潜り込ませた。

熱くなった肌を撫で、香藤は岩城の胸に手をのばした。

ぷっくりと立ち上がった乳首に指が当たり、

岩城の身体がびくりと震えた。

「・・・んぅ・・・っ・・・」

塞がれた唇から、喉鳴りが洩れ、岩城の息遣いが荒くなった。

それを聞いて、香藤が乳首を指で転がし、弾いた。

「・・・んっんっ・・・ぅんっ・・・」

唇を放して、香藤は岩城のシャツを脱がせると、

床へ放り投げて岩城に視線を向けた。

すると、岩城が穿いているジーンズのボタンに手を掛けて,

外しかけていた。

「あ、ちょっと待ってよ。自分で脱がないで。」

「・・・なんでだ?」

「俺がやるの、それ。」

香藤がそう言って、ズボンを脱ぎ捨てるのを見ながら、岩城は笑った。

「笑わなくてもいいでしょ?脱がせるのは男の役得ってね。」

「ロマン、って奴か?」

「そゆこと。」

「だったら、俺にもやらせろ。」

岩城がそう言って、香藤を手招きした。

びっくりしたように目を見開くと、

香藤はへら、と顔を崩して岩城ににじり寄った。

穿いていた香藤の下着を、岩城がゆっくりと降ろし、

足から引き抜いた。

「ね、男のロマンでしょ?」

「・・・ばか。」

苦笑する岩城に、笑いながらその手を引いて抱き寄せ、

彼のジーンズのボタンを外した。

岩城が座ったまま両手を後に付いて、ゆっくりと膝を立てて開いた。

その布越しに手をのばして、

香藤は岩城の股間を撫でた。

「・・・ふ・・・」

岩城が息を吐き、背をベッドに付けると、

香藤は岩城のジーンズのジッパーを降ろし始めた。

前が開くと、岩城の下着が見え、

香藤はその膨らみにキスをすると、

両手を岩城の腿から下へ滑らせ、

裾を掴んでそれを引き抜いた。

「うーん、いい光景。」

岩城の両脚の間に座りこんで、香藤は岩城を見つめた。

染まりかけの、息づく身体に、香藤の頬が緩んだ。

「この光景は俺しか知らないんだよね。」

「当り前だ。」

岩城がそう答えて、香藤の顔が一層笑み崩れた。

両手で岩城の脇を撫でると、下着を降ろして投げ捨て、

香藤は岩城の肩を抱きこんだ。

どちらからともなく唇を合わせながら、

香藤の手は岩城の肌を滑った。

「・・・あ・・・んっ・・・」

乳首に手が触れ、岩城が小さく声を上げた。

啄ばむように触れ合っていた唇を放して、

香藤は岩城の項に吸いついた。

「・・・ふぅっ・・・」

乳首を弄る指をそのままに、

香藤は項から鎖骨に舌を這わせた。

「・・・んぁっ・・・あっ・・・」

岩城が顎を反り、香藤の肩を掴んだ。

嬲られる胸から下半身へ刺激が伝わり、その腰が揺れた。

片方を指で愛撫しながら、もう片方の乳首を唇で捕えると、

香藤は舌先でそれを舐め上げた。

「・・・はんっ・・・」

岩城が顔を背けるようにして声を上げた。

ずり、と腰が動いて、揺するようにする岩城に、

香藤はくすくすと笑いながら乳首を舌で転がした。

「・・・やっ・・・あぁっ・・・」

声を上げながら、身体を捩り、

胸を突き出すように反らせる岩城に、香藤が嬉しげに破顔した。

「そのうち胸だけでいけるといいね。」

「・・・それはお前の願望だろ。」

「うん、もちろん。」

赤い顔で苦笑して頭を軽く叩く岩城に、香藤は声を上げて笑った。

肩を抱きこんで、キスをすると岩城の両腕が香藤の首に絡んだ。

香藤の片手が岩城の股間に潜り、ペニスを掴んだ。

ゆっくりと下から撫で擦ると、それはあっという間に勃ち上がった。

「・・・んっ・・・あぁ・・・」

眉を寄せて声を上げる岩城の額に軽く唇を触れると、

香藤は身体をずらして岩城の股間に顔を埋めた。

「・・・はぁっ・・・んんっ・・・」

ペニスの先端から走る疼きに、岩城は声を上げて仰け反った。








     続く




     弓




   2008年7月12日
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