捻じれたサーキット  18







それぞれの顔に、ひどく不安の色を浮かべて、

6人の男女は地下室へ降りていった。

一番最後から付いていった男の一人は、

あまりにもその不安が高じたために、

突如、香藤に体当たりを食わせようとしたほどだった。

おそらく、香藤を階段から突き落とそうとしたのだろう。

香藤は、さっと身をかわすと銃の銃身で耳の上を殴りつけ、

男が階段を転がり落ちていくのを、眺めていた。

「そう言えば、岩城さんを襲ったのは、誰だろう?」

残りの5人の男女は、一様に転げ落ちて、

階段の半ばで呻いている男を指差した。

「へぇ・・・。」

香藤は片眉をちらり、と上げると、

ついで、倒れている男の片足を掴んで、

男が頭を打ち付けるのもかまわずに、

そのまま下まで引き摺り降ろした。

別の男の一人が、香藤に向かって叫んだ。

「おい、カトウ!気でも狂ったのか?

そんなことをしたら死んじまうぞ?!」

香藤は引き摺っている男の足を放り出した。

男は、完全に意識を失っていた。

抗議をした男に冷徹な目を向け、香藤は言った。

「それがどうしたんだ?どっちみち、恐らくお前達みんなを、

殺さなきゃならないことになるんだよ。

それに、こいつは、岩城さんを傷付けた。

それだけで十分な理由なんだよ、俺には。

岩城さんが受けた痛みと同じか、

それ以上の痛みを受けたっていいくらいだ。」

香藤は地下の実験室のような部屋へ彼らを送り込むと、

エディの助けを借りて意識を失っている男を引きずり込んだ。

「床に横になれ。エディ、連中の足首を縛り上げるんだ。

うんときつく頼むよ。」

エディは言われた通りにした。

「連中のポケットの中を調べてくれ。

どんな身分証明書を持ってるか調べるんだ。

ヴィリはいい。奴のことは、誰でも知ってるからね。」

エディは、ごっそりと身分証明書の類を持って、

香藤のところへ戻ってきた。

そして、床に横たわっている女をためらいがちに見下ろした。

「この女の人はどうするの、ヨウジ?」

「そいつは、女の人、なんて代物じゃないんだよ。

エディ、ただの人殺しだ。」

香藤は女に目を向けた。

「ハンドバッグはどこにあるんだ?」

「ハンドバッグなんて持ってないのよ。」

香藤は溜息を漏らすと、女の側へ行き膝をついた。

「あのね、さっきも言ったけど、女を殴りたくはないんだよ。

それに、あんたの顔を確認できる警官がいるし、

コップに残ってた指紋を無視するような法廷は、

どこにもないんだよね。」

香藤はどうしようかと考えているかのように女を見ていたが、

やがて、銃を振り上げると、口を開いた。

「ま、女性看守はあんたがどんな顔をしていようが、

気にもしないだろうな。

で、バッグはどこにあるんだい?」

「ベッドルームよ!」

女は、慌てて叫んだ。

「ベッドルームの、どこ?」

「クローゼット!」

「エディ、」

香藤はエディに目を向けた。

「探してきてくれ。」

「どのベッドルームか、わかるかな?」

「ドレッサーの上が、化粧品売り場みたいになってる部屋だ。

そこがこの女の部屋だよ。

それから、居間から例の4丁の銃を持ってきてくれ。」

エディが出て行くと、香藤は立ち上がり、

集めた身分証明書を調べ始めた。

「こいつはいいね。ジョバンニ、ジョバンニ&ジョバンニ。

まるでれっきとした何かの事務所みたいだね。

しかも3人ともコルシカ生まれときてる。

ジョバンニ兄弟ってのは、

何か聞いたことがあるような気がするな。

警察はもちろん知ってるだろうし。

この書類が手に入ったら、大喜びするだろうな。」

香藤は書類をデスクに置くと、セロハンテープを6センチほど切って、

デスクの端に軽く止めた。

エディが4丁の銃と一緒に、旅行鞄といった方がいいほど、

大きなバッグを持って戻ってきた。

香藤はそのハンドバッグを開けると、

中に入っているパスポートなどを調べていたが、

やがて、サイドポケットを開けると、銃を取り出した。

「これは、これは、キアーラ・ルイージャは、

ピストルを持ち歩いてるってわけだ。」

香藤は、銃を仕舞うとデスクの上の書類と、

エディが持って来た4丁の銃もバッグに入れた。

そして、救急箱を取り出し、

さらにその中から小さな瓶を取り出して、

白い錠剤を手の平に出した。

「ちょうどいいね。ぴったり6錠ある。

マクガバン夫人がどこに閉じ込められてるのか、知りたいんだけど、

2分足らずでわかるだろうね。

そこにいるナイチンゲール嬢には、

これが何だか、すぐにわかるだろうからね。」

彼女は何も言わなかった。

その顔は、髪のように白く、歪んでいて、

この10分で10歳も老けてしまったようだった。

「それは何なの?」

エディが不思議そうに聞いた。

「青酸カリの糖衣錠だよ。溶けるのに、3分くらいかかるかな。」

「だめだよ!そんなことしちゃ、だめだよ、ヨウジ!」

エディの顔からも、血の気が引いていた。

「それじゃ・・・殺人じゃないか。」

「君だって、お母さんに会いたいだろ?

それに、これは殺人じゃないんだ。

害獣の駆除なんだよ。それに、ここが何だか、わかるかい?」

エディは首を振った。

「ヘロインの製造工場だよ。連中が殺したのは、

何千人、いや、へたしたら、何万人、何十万人かもしれない。

連中は、最低の悪党なんだ。

駆除したら、きっとすきっとするだろうね。」

6人とも震え上がっていた。

縛り上げられ、ぐったりしている6人は、

派手に汗を流し、唇を舐めていた。

香藤の態度には、本気だということをはっきりとわかる、

容赦のない非情さが現れていた。

「どうしてなんだ?」

ヴィリが、震える声で言った。

「どうして?それは、なんでここまで俺がやるんだ、ってことかな?」

「そうだ。」

「・・・確かにね、最初は手伝いだけ、のつもりだった。

でも、義弟が殺されて、俺自身も殺されそうになった。でもね、」

「で、でも?」

「恨むんなら、そこで気絶してる男を恨むんだね。」

「どういう意味なんだ、それは。」

香藤は、ゆっくりと笑った。

「お前・・・。」

ヴィリの言葉の先に、香藤は頷いた。

「奴が、俺を本気で怒らせたんだ。

手を出しちゃいけない人に、奴は手を出したんだよ。」

香藤は片手に錠剤を、片手に銃をもって、

ヴィリの胸の上に膝をついた。

そして、その鳩尾を指で突くと、ヴィリが喘ぎを漏らした。

その開いた口に、サイレンサーを突っ込んで、

歯を食い縛れないようにした。

指の先に錠剤をつまんで、

香藤はそれをサイレンサーの傍らにそえた。

「マクガバン夫人は、どこにいる?」

香藤は銃を引き抜いた。

ヴィリは気でも狂ったかのように、べらべらと喋った。

「トゥーロンだ!トゥーロンだよ!船にいるんだ!」

「どんな船だ?どこに舫ってある?」

「湾内だ。モーター・クルーザーだよ。40フィートくらいの。

ブルーで、上が白いんだ。ロイス号っていうんだ。」

香藤はエディにむかって、

デスクの端に貼ってあるテープを持って来るようにいうと、

再び、ヴィリの鳩尾を突いて、その口にサイレンサーを押し込んだ。

香藤はヴィリの口に錠剤を落とし込んだ。

「お前の言うことなんか、信じられないんだ。」

香藤はヴィリの口をセロハンテープで塞いだ。

「錠剤を吐き出されると、まずいんでね。」

銃を取り出そうとする、無駄なことを試みた男のほうへ、

香藤は移っていった。

そして、錠剤を手に跪くと、

狼狽して香藤が口を開くのよりも早く、男は喚き散らした。

「気でも狂ったのか?ほんとうなんだ!ロイス号なんだよ!

200メートル先に停泊してるんだ!」

香藤はしばらくの間、じっと男を見つめていた。

頷いて、立ち上がって壁の電話機に近付き、どこかへ電話をかけた。

「エディット・ピアフ通りの「隠者の里」という家から電話してるんです。

ええ、そうです。地下室の一室に、

ゆうに一財産できるくらいのヘロインがあるんです。

その同じ部屋に、製造装置もあります。

それから、その製造と配布に当たった6人の男女もいます。

抵抗することはないでしょう。その内の3人はジョバンニ兄弟です。

連中の身分証明書は、殺人で手配されている、

キアーラ・ルイージャという女のものと一緒に、俺が取り上げました。

この身分証明書は、今夜遅くに引き渡します。」

受話器からは、早口で捲くし立てる声が聞こえてきたが、

香藤はそれを無視した。

香藤が電話を切ると、エディがその腕を掴んでいた。

エディは、一刻を争う、といった顔をしていた。

「まだ、3分たってないよ!ヴィリはどうするの?」

「ああ、そのことか。」

香藤は錠剤を4つ瓶に戻し、

5つ目の錠剤をエディに見えるように差出した。

「アセチルサリチル酸、アスピリンだよ。

だから、奴の口を塞いだんだ。

口に突っ込まれたのは、

ただのアスピリンだって喚かれたくなかったからね。

西欧社会には、

アスピリンの味を知らない大人なんていないからさ。

奴の顔を見てごらん。もう怯えちゃいないんだ。

頭にきてるだけでね。」

香藤はハンドバッグを取り上げると、女のほうに目を向けた。

「これを借りとく。15年、いや、20年かな。

とにかく判事があんた達をぶち込んでおこうって思う間ね。」

二人は部屋を出ると、差し錠と鍵をかけて、

門の鍵をホールのテーブルから取り上げ、

開いている玄関から出ると、

門まで走っていき、鍵を開けて門を開けた。

香藤は松の木立の暗がりにエディを引っ張りこんだ。

「いつまでここにいるの?」

「しかるべき連中が、ここへ着いたってことを確認するまでさ。」

そのわずか数秒後に、サイレンの音が聞こえてきた。

まもなく、パトロールカーがライトを点滅させて門を入っていった。

香藤はそれを見て、にっこりと笑った。





15分後、香藤はジャン・ポールの前に座っていた。

手に持った書類の束を捲りながら、

ジャン・ポールは長い溜息をついた。

「あんたの人生ってのは、波乱万丈だな。

今夜は本当に素晴らしい働きをしてくれたよ。

この3兄弟ってのは、

もう何年も前から我々のリストのトップに載ってたんだ。

ところで、もう一ついい知らせがあるんだ。ミシェルからの連絡だ。」

ジャン・ポールが書類の束を香藤に差し出しながら言った。

「この暗号を解読したんだ。面白いだろう?」

「ヨーロッパ全土のザッキオとヴィリの得意先のリストだね。」

「そう、まさにそうなんだ。」

「岩城さんに連絡を取るのに、どれくらいかかる?」

ジャン・ポールは肩を竦めた。

「フランス国内なら、30秒以内に連絡が取れるよ。」





警察の入口の部屋には、

ヴィリをはじめとする6人とともに、10人以上の警官がいた。

ヴィリは、デスクの巡査部長に近付いた。

「俺はすでに逮捕されたんだ。弁護士に電話したいんだが?」

「そうだな。」

巡査部長は顎をしゃくった。

「弁護士と依頼人の会話は、秘密にする権利があると思うがね?」

ヴィリは隣にある電話室を指差した。

「使っていいか?」

巡査部長は、頷いた。





警察から5キロと離れていない、

かなり豪奢なアパートの一室で、電話が鳴った。

ザッキオは、居間のソファに横になって寛いでいた。

その傍らには、女がいた。

ザッキオは、顔をしかめると受話器を取り上げた。

「ヴィリか!みんなの顔が見たいよ、

どうしても片付けなきゃならない用事が・・・」

『今、一人か?』

「いや」

『じゃ、一人になれ。』

ザッキオは女に向かってベッドルームで待つように言うと、

女はすねたように立ち上がった。

「もう、誰もいないぞ。」

『どうやら、刑務所行きだ。よく聞けよ。』

ザッキオは、ヴィリがかいつまんで話をするのに、

集中して耳を傾けていたが、

その顔は怒りに歪んでいった。

『ライフルと双眼鏡を持っていけ。奴の方が先だったら、

岸へ着いた時片付けるんだ。

奴がパオロの目を逃れられたら、だがな。

あんたの方が先だったら、

クルーザーに乗り込んで奴を待ち伏せるんだ。

今、ロイス号には誰がのってる?』

「パオロだけだ。もう一人、連れて行くよ。

それからな、ヴィリ、心配するな。明日には釈放されるさ。」

『なんでそんなことが断言できるんだ。

あのくそ忌々しいカトウがかんでるのに、甘く見るとひどい目にあうぞ。』

「大丈夫だ。」





香藤は、ジャン・ポールの部屋で電話をかけていた。

「ってわけなんだ。明日、午前5時に、一斉逮捕だよ。

5時10分過ぎには、ヨーロッパ中に、

浮かない顔をした連中が大勢生まれるってわけだね。

ちょっと急いでるから、詳しいことはジャン・ポールから聞いてよ。

今晩遅くにでも、会えるといいんだけど。

その前に、会わないといけない人がいるんだ。」






       続く




     2006年4月1日
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