捻じれたサーキット 21







トゥーロンのはずれの、灯りの消えたカフェの前に、

アストン・マーチンが止まった。

ザッキオがひどく震えながら物陰から出てくると、

バック・シートに乗り込んだ。

「ちゃんと保険がかかってるってわけだ。」

と、マギーを見たザッキオは言った。

「ジャンセン、この町を出たら最初の木立かなんかで、止まってくれ。

早く着替えないと、凍え死んじゃうからな。」

「わかったよ。トニーはどこにいるんだ?」

「留置場だよ。」

「なんだって?!」

異常と言ってもいいほど、いつもは冷静なジャンセンが、

動揺した声を上げた。

「一体どうしたんだ?」

「あんたに電話してる間に、トニーをクルーザーへ行かせたんだ。

書類を全部取って来いって言ったんだよ。

あの書類がどんなに重要かは、あんたもわかってるだろ?」

「ああ。」

ジャンセンの声には、緊張が露わになっていた。

「カトウは恐らく、ヴィニョールへ電話したんだって言ったのを、

覚えてるか?

違ったんだ。あの野郎は、警察に電話しやがったんだよ。

俺がまだ電話ボックスにいるうちに、

警官が来たんで、どうしようもなかったんだ。

連中はボートでロイス号に乗り込んで、トニーを捕まえやがったんだよ。」

「で、書類は?」

「警官が大きなアタッシュケースを持ってたよ。」

「じゃ、トゥーロンでぐずぐずしてるのはやばいな。」

ジャンセンは、すでに冷静になっていた。

町の外れまで行くと、それまで黙っていたジャンセンが口を開いた。

「じゃ、もうお終いってわけだな。あの書類とカセットを奪われたんじゃ、

すべてが明るみに出るんだ。」

「で、どうするんだ?」

「ずらかるのさ。もう何ヶ月も前から計画は立ててあるんだよ。

まず、クオネに借りてるアパートまで行くんだ。」

「あそこのことは、誰も知らないのか?」

「ああ、ヴィリ以外はな。奴はしゃべらないよ。

それに、俺達の名前で借りてるわけじゃないからな。」

ジャンセンは、しげみの傍らで車を止めると、

バックシートのザッキオを振り返った。

「トランクを開けたぞ。グレーのスーツケースが入ってる。

今着てる服やなんかは、捨てて来いよ。」

「なぜだ?このスーツはどこも痛んでないし・・・。」

「税関で調べられて、ずぶ濡れの服や下着が出てきたら、

どうなるんだ?」

「そうか、わかった。」

ザッキオは、車を降りた。

2、3分して戻ってくると、ジャンセンはバックシートに移っていた。

「運転して欲しいのか?」

「急いだ方がいいし、私はザッキオじゃないんでね。」

ザッキオは、笑ってギアを入れた。

「タンド峠の税関と警察は心配ないと思う。」

ジャンセンが続けた。

「連絡が行くまでには、まだ何時間もかかるだろう。

マギーがいなくなったことを、

まだ気付いてないってことも、大いにありうる。

それに、我々がどこに向かっているか、

連中には見当もつかないだろう。

でも、スイス国境につくころには、

厄介なことになってるかもしれないな。」

「それで?」

ザッキオは、振り向かずに聞いた。

「クオネで、2時間ばかり時間が必要だな。

車を取り替えて、

別のパスポートと身分証明書を手にいれるんだ。」

ザッキオは、限界ぎりぎりのスピードを出していたので、

大声を上げないと声が聞こえなかった。

「ずいぶん自信があるみたいだな、ジャンセン?」

「みたい、じゃない。あるんだ。」

ザッキオは、傍らの娘にちらっと目を向けた。

「で、マギーはどうするんだ?俺達は天使じゃないが、

マギーだけは無事に帰してやりたいんだ。」

「わかってる。

マギーに女の恨みを買うようなことはしないって言ったんだが、

その約束は守るつもりなんだ。

警察に追われるようなことになったら、

我々の通行証になるってわけだ。」

「あるいは、ヨウジ・カトウが追いかけてきたら、か?」

「そうだ。チューリッヒに着いたら、

どっちかが、マギーを見張ってる間に、

交替で銀行へ行って金を引き出して来るんだ。

それから、文字通り高飛びするってわけだ。」

「チューリッヒは大丈夫か?」

「我々は、逮捕された訳じゃない。

連中もうるさいことは言わないさ。」

「その頃には、手配されてるだろう、俺達は?

高飛びったって、どうするんだ?」

「パイロットをやってる男を知ってるんだ。

金をやればいつでも飛んでくれる。

奴としたら、ハイジャックされたと言えばいいんだからな。」

「あんたは、そこまで用意してあったのか。」

ザッキオの声には、心から感心している響きがあった。

いつもの彼には似合わない、

悦に入っているような声で、ジャンセンが答えた。

「そうするようにつとめてるんだ。」





赤いフェラーリは、ヴィニョールのシャレーの外に止まっていた。

マクガバンはしゃくりあげている妻を抱きしめていたが、

その顔はそれほど嬉しそうではなかった。

「気分はどうだ、香藤?」

「くったくただよ。」

「悪い知らせがあるんだ。」

岩城は、香藤を部屋の隅に引っ張ると、眉をしかめて囁いた。

「ジャンセンが消えたんだ。」

「奴のことは後でいいよ。いずれ、とっつかまえてやるからさ。」

「それだけじゃないんだよ。」

「どうしたの?」

「マギーを連れて行ったんだ。」

香藤は身じろぎ一つせずにその言葉を聞いた。

「ジェームズは、それ知ってるの?」

「さっき、話した。今、シーラに話してるところなんじゃないか。」

岩城は香藤に置手紙を渡した。

「これが、マギーの部屋のバスルームにあったんだ。」

香藤はそれに目を落とした。

「ジャンセンは私をクオネに連れて行くつもりです。」

息も継がずに香藤は言った。

「わかった。追いかけるよ。」

「無茶だ、香藤。」

岩城はその腕を掴んだ。

「お前は、疲れ切ってるんだろう?自分でもそう言ったじゃないか。」

「疲れなんか、吹っ飛んじゃったよ。」

香藤はそのまま、しばらく黙り込んだ。

「どうしても行く気か?なら、銃を持っていけ。」

「・・・うん。」

顔を上げて、香藤は岩城を見つめた。

エディからバッグを受け取った香藤は、岩城を彼の部屋へと促した。

「僕も行くよ。」

その香藤の背に、エディが言った。

「君はだめだよ。」

香藤が驚いて振り返った。

「こう言っちゃなんだけどね、ヨウジ。」

エディは少し、食ってかかるように言った。

「僕は、今晩ヨウジの命を2度、救ったんだよ?

2度あることは3度あるって言うじゃない。

僕には一緒に行く権利があるんだ。」

香藤は、ふ、と笑うと頷いた。

「確かにそうだね。」

マクガバン夫妻は、3人を呆然として見つめていた。

2人の顔には、再会の喜びと、驚きの入り混じった表情が浮んでいた。

マクガバンは、目に涙をためて香藤の腕を掴んだ。

「キョウスケから、すべて聞いたよ、ヨウジ。

どんなに感謝してもしきれないくらいだ。

一生、私は自分を許さないだろう。

死ぬまで君に謝り続けても、まだ足りないよ。

せっかく築いた輝かしい経歴を台無しにして、

すべてを犠牲にして、シーラを奪い返してくれたんだからな。」

「すべてを犠牲にして?」

香藤は穏やかに言った。

「とんでもない。また来シーズンが来るんだから。」

「ヨウジ・・・。」

楽しげなところが、欠片も感じられない微笑を浮かべて、香藤は頷いた。

「マギーを奪い返しに行ってくるよ。」

「ねぇ、僕は?」

「危険だぞ?」

「今までだって、危険だったよ。」

香藤は黙って肩を竦めた。

「エディ、先に、車に乗ってていいよ。」





抱えてきたバッグを岩城の部屋の床に置き、

香藤は彼を見ずに口を開いた。

「岩城さん、ここからクオネに行く道は、一本しかないんだ。

で、電話をかけてタンド峠のフランス側で、

道路を通れないようにさせて欲しいんだけど?」

「ああ、わかった。お前、銃は・・・」

岩城の言葉を待たずに、香藤は背を向けた。

その背に声を掛けられずに、岩城も黙ったまま見つめた。

・・・と、香藤が歩きかけて立ち止まった。

握り締めた拳が震えている。

しばらくして、肩の力ががっくりと抜け

、天井を仰いで嘆息をついた。

突然振り返り、岩城に向かって、

カツカツと靴音を立てて近付いていく。

岩城は、驚くまもなく彼の両腕に抱き込まれた。

「・・・ふっ・・・」

いきなり唇を奪われた岩城は、目を見開いたままそれを受けた。

香藤の胸に手をあてて、押しのけようともがいたが、

香藤の腕がそれを拒んだ。

「・・・んんっ・・・」

目の前の、香藤の眉が苦しげに寄せられている。

キス、と言うにはあまりに深い口付けに、

岩城の呼吸が止まりそうになった。

少し外した唇の隙間から、辛うじて息を継いだ。

ようやく唇を離して、香藤は肩で荒い息をしながら、

岩城を見つめた。

「・・・香藤・・・。」

同じように、喘ぐように息を継いで、

口を開きかけた岩城を、ふたたび香藤は唇で塞いだ。

「・・・んっ・・・んんっ・・・」

香藤の舌が咥内を蹂躙する。

まるで、岩城のすべてを奪い取ろうとでもするかのように、

香藤は深くその唇を吸い上げた。

「・・・んぅっ・・・んふっ・・・」

岩城の身体が震え始め、ガクリ、と膝が崩れた。

ふらつく岩城を抱え椅子に座らせると、

香藤は岩城の顔をじっと見つめた。

ふ、と視線が反らされ、座り込む岩城を残して、

香藤はドアの向こうへ消えた。





言葉もなく呆然としていた岩城は、

慌てて椅子から転げ落ちるように床に膝をつき、

ベッドの下からアタッシュケースを引っ張り出した。

「あいつ・・・っ・・・死ぬ気か・・・!・・・」

抱きしめられた腹に、硬いものが当たっていた。

岩城はそれが銃だと直感した。

ケースから、オートマティックとマガジンを掴んで、

ジャケットのポケットに突っ込み、

ガタガタと音を立てて引出しを開けると、

車のキーを引っ手繰るようにして、部屋を出て行った。

マクガバンの部屋に駆け込むと、殴り書きのメモを渡し、

自分の名を出してここへ電話をかけ、

香藤の言ったことを伝えてくれるように頼むと、

岩城はシャレーを飛び出した。





香藤は、その全神経を運転に集中させていた。

エディは、震え上がっていて、口を閉ざして助手席で固まっていた。

香藤はフェラーリの性能をぎりぎりまで引き出していただけではなく、

エディに言わせれれば、その限界をはるかに超えていると、

感じるほどの走り方だった。

カンヌとニースの間の高速道路では、

スピードメーターは、時速260キロを越えていた。

「ちょっと、喋ってもいい?!」

1秒のほんの何分の一か、香藤はちらっとエディを見た。

「もちろん、いいよ。」

「ヨウジは、確かに世界一のレーサーだけど、だけど!」

「だけど?」

「いつもこんなに飛ばしてるの?!」

香藤は叫ぶように言うエディに、くすり、と笑った。

「まぁ、そうだね。」

シートベルトを締めたエディが、恐怖にかられて手近にある、

掴まれるところにしがみ付いていると、

香藤はブレーキを踏んでギアを落とし、

悲鳴をあげるタイヤのすべてをスリップさせると、

どんなに腕が良くても、

他のドライバーなら時速70キロでもまず躊躇うようなコーナーを、

100キロをわずかに切るスピードで回った。

「でも、働くよりはまだましだね。」

「呆れた!!」

エディは、恐怖のあまり、

口も聞けなくなってしまったように黙り込んだ。

ニースから出ている204号線は、非常にに曲がりくねっていて、

そこここに、凄まじいヘアピンカーブがあり、

標高が1,000メートルを越すところも何ヶ所かあった。

香藤はまるで、高速道路を走ってでもいるかのように飛ばしていた。

間もなく、エディは目を閉じてしまった。

疲れ果てたためかもしれないが、

とても目を開けて前を見ていられない、

といったほうが当たっていただろう。

道路にはまったく、他の車が走っていなかった。

北へ向かい、タンドの町へ入るまで、一台の車にも出会わなかった。

エディが身体をもそもそと動かし、

目を開けたのはタンドを過ぎて間もなくしてからだった。

「僕達、まだ生きてるの?」

「らしいね。」

エディは、思い切り深く息を吐くと、香藤を見た。

「ねぇ、ヨウジ。」

「なんだ?」

言い憎そうに少し黙ったあと、エディは、ゆっくりと言った。

「キョウスケが、好きなの?姉さんじゃなくて?」

「そうだよ。」

「ふぅん。」

エディは香藤の横顔をじっと見つめた。

「悪かったな。姉さんじゃなくてさ。」

香藤の言葉に、エディは首を振った。

「そういうつもりじゃないよ。ただ、びっくりしたんだ。

だって、ヨウジはそんな風に見えなかったから。」

「そんな風って、ゲイってこと?」

「うん。」

香藤はようやく笑うと、くすくすと声を上げた。

「ひどいなぁ、笑わなくてもいいのに。」

突如、そのエディの声が切迫した響きに変わった。

「僕に見えてるもの、見えてる?」

前方に、タンド峠にかかってすぐのヘアピンカーブを昇っていく、

車のヘッドライトが見えていた。

「もう、だいぶ前から見えてるよ。ザッキオだ。」

エディは香藤に目を向けた。

「なんでわかるの?」

最初のヘアピンカーブに近付くと、香藤はギアを2段落とした。

「二つ理由があるんだよ。あんな風に運転できるのは、

ヨーロッパにはせいぜい、5、6人しかいないんだ。」

香藤はさらにギアを1段落とすと、

穏やかに寛いだまま車をスリップさせて、カーブを曲がった。

「俺には、世界中のグランプリ・ドライバーの、

ドライビングテクニックが見分けられるんだよ。

ザッキオには、少し早めにブレーキをかけて、

すばやく加速しながらコーナーを回るくせがあるんだ。」

香藤は、タイヤを軋ませて次のカーブへ突っ込んでいった。

「あれは、ザッキオだよ。」





確かに、その車の運転席にいるのは、ザッキオだった。

助手席に座って、

ジャンセンは心配そうにリア・ウィンドウ越しに後ろを見ていた。

「後から誰か昇ってくるぞ。」

「公道だから、当然だろ。」

「いや、言っとくがな、あれは只者じゃないぞ。」





フェラーリの車内で、香藤が言った。

「そろそろ準備しといた方がいいね。」

香藤はボタンを押し、窓を開いた。

ジャケットの前を開き、

ベルトに挟んだ銃を取り出すと、傍らに置いた。

「頼むから、二人ともマギーを撃たないでくれよ。

あのトンネルが通れないようになってるといいんだけどな。」

そのトンネルは、見事に通れないようになっていた。

巨大な家具を運ぶ為のトラックが、

斜めに、完全にトンネルを塞ぐように、

入口に突っ込んでいた。

アストン・マーチンは最後のヘアピンを回った。

ザッキオは、口汚く悪態をつくと、ブレーキを踏んで車を止めた。

二人の男は、不安そうにリア・ウィンドウ越しに後を見つめた。

マギーも振り返ったが、その目には恐怖ではなく、希望が浮んでいた。

「あそこにトラックが突っ込んでるのは、

偶然だなんて言わないでくれよ。

車を回すんだ、ザッキオ。」

ジャンセンがいったん口を閉じ、また、開いた。

「くそっ、来やがったぞ。」

フェラーリはスリップしながら最後のコーナーを回ると、

スピードを上げてどんどん近付いてきた。

ザッキオは必死になって車を回そうとしたが、

香藤が強くブレーキを踏んで、

フェラーリをアストン・マーチンの側面に突っ込ませると、

それはますます難しくなった。

ジャンセンは銃を取り出し、狙いもしないでぶっ放していた。

香藤が窓から身を乗り出して発砲した。

アストン・マーチンのフロントガラスが割れ、一面にひびが入った。

ジャンセンはさっと身を沈めたが、間に合わなかった。

2発の弾が左の肩に喰いこむと、ジャンセンの悲鳴が響いた。

混乱と騒音にまぎれて、

マギーはドアを開けると、すばやく車から飛び出した。

ジャンセンとザッキオは、マギーがいなくなったことに、

気付きもしなかった。

エディは、後部座席に伏せるように言われて、

シートを握り締めていた。

ザッキオは、首を伸ばしてやっとの所で車を回し、

フェラーリから離れると、

必死になってスピードを上げ、逃げ去って行った。

ほんの数秒後、エディは走ってきたマギーを、

車に引きずり込むように乗せた。

フェラーリは、追跡にかかった。

割れたフロントガラスに拳を突っ込み、

香藤は前が見えるようにした。

「伏せてて!」

香藤が叫び、エディとマギーはバックシートに沈んだ。

香藤がタンド峠のヘアピンカーブを、

凄まじいスピードで降りていくと、

マギーは恐怖のあまり、何度か悲鳴を上げた。

エディは姉の肩に手を回していたが、声こそ出さなかったが、

姉に負けないくらい、怯えていた。

香藤は、片手でハンドルを握りながら、発砲した。

痛めつけられたタイヤの悲鳴と、

低いギアで咆哮をあげているエンジンの轟音をバックに、

香藤は未だかつて誰も降りたことがなかったし、

これからもそういう人が出てくるとは思えないようなスピードで、

峠を下って行った。

そして、6つ目のヘアピンカーブに差し掛かる頃には、

アストン・マーチンとの距離を、数メートルにまで縮めていた。

いまや、僅かに1車身先を行くだけのアストン・マーチンは、

右回りのヘアピンカーブを死に物狂いでスリップしながら回った。

香藤がブレーキを踏む代わりに、アクセルを踏み込み、

ハンドルを右に切ると、フェラーリは4つのタイヤをすべて軋ませて、

スリップしながらコーナーを半ば、回った。

車体が揺らぎ、完全にコントロールを失ったように見えたが、

香藤はすべてを掌握していた。

ザッキオは、歯を食い縛りながらアストン・マーチンの側面を、

フェラーリの側面にまともにぶつけた。

「・・・くそっ・・・」

香藤はとっさに、

コントロールの効かなくなったフェラーリのハンドルから、手を放した。

ある程度まで車体が戻ると、ハンドルに手を戻し、体勢を整えた。

すでに止まりかけていたフェラーリは、カーブの真ん中で止まった。

フェラーリよりもコントロールを失ったアストン・マーチンは、

道路を斜めに横切って突っ走り、崖の方へスリップして行った。





アストン・マーチンが、道路の端から姿を消す直前に、

エディとマギーは止まったフェラーリから降りた。

道路の端から、崖の下を覗き込んだ2人は、

見た目には信じられないほどゆっくりと落ちていく、

アストン・マーチンを見つめた。





香藤は、ゆっくりとドアを開けると車から這い出し、

車体に背を預けて地面に座り込んだ。

身体全体で息を吐き出し、そのまま、遠退いていこうとする意識を、

くい止めようとするかのように自分の身体を両腕で抱きしめた。

崖の縁からフェラーリの側まで戻ってきたマギーとエディは、

ぐったりと蹲る香藤に、慌てて駆け寄った。

「ヨウジ?!」

マギーの声に目を開けた香藤は、霞む視界の中で、

目の前に見慣れた車のフォルムが、止まるのを見た。

「香藤?!」

「・・・ああ・・・岩城さん・・・。」

岩城の叫ぶ顔を見て、香藤は少し微笑んだ。

「香藤!」

香藤の意識がフェードアウトした。





          続く





       2006年4月8日
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