Rhapsody in Jade 3








「大先生?!」

「家元?!」

「誰か、救急車を!」

邸内が、騒然となった。









「なんと言っても、若宗匠はご長男だし。」

「いやいや、若先生はよく茶の道がわかっていらっしゃる。」

「なにを、言ってるのかね。物事には筋ってものが。」

「今時、そんな・・・。」




岩城の父親が倒れ、茶道界に激震が走った。

岩城の家は、江戸の頃からの伝統を守る、

「武家茶道」の本家である。

多くの弟子を抱え、全国各地に支部があり、

教室に通う生徒もかなりの人数を抱えている。

その家元が倒れた。

容態が思わしくない、と噂が流れ、

その途端に吹き出してきた派閥争いに、

岩城は巻き込まれた。

古くからいる父親の高弟たちは兄を推したてようとし、

若い者たちは岩城を、と声を上げる。

日が過ぎて家元が持ち直しても収まらないその騒動に、

当人同士は当惑するばかりで、頭を抱えていた。

「まったく、困ったもんだな。」

「俺は、そんなつもりはないよ。」

岩城は、沈んだ顔で俯いた。

「別に、俺はお前でもいいと思ってるがな。」

「兄さん?!」

「俺より、お前の方が才能がある。」

兄が、淡々と言う。

「な、なに言ってんだよ?!冗談でも、そんなこと・・・。」

「なぜ?誰でも知ってるぞ。」

「やめてくれよ。俺には、無理だよ。」

岩城が、困りきった顔を向けた。

「お前には、なんていうのか、カリスマ的なものがある。

皆を引っ張っていくのには、それが必要だと思うが。」

「兄さん、やめてくれよ・・・。」

「・・・理由はなんなんだ?

次男だから、なんてのは、理由にならないぞ。」

岩城は、じっと兄を見つめた。

その辛そうな顔に、兄の方が驚いていた。

「俺には、資格がないよ・・・母さんに、悪い。」

「京介?!」

兄から視線を外し、岩城は自分でも驚くくらい、

淡々と言葉を続けた。

「・・・知ってたよ。もう、ずっと前から。」

「京介・・・。」

溜息をついて、兄は岩城を見返した。

「俺のこと、実の息子のように育ててくれた母さんに、

感謝してるんだ。兄さんにもね。」

「馬鹿。そんなこと当り前だ。お前は俺の弟なんだぞ。」

「うん。わかってる。」

「なぁ、京介。それも理由にならないと思うがな。

母さんだって、反対しないぞ。」

「・・・う・・・ん・・・。」

言いよどんで、俯く岩城を、兄は不審げに眺めた。

兄の前で、初めてつくような嘆息をして、岩城は顔をあげた。

「ごめん、兄さん・・俺は、相応しくないから。だから・・・。」

「だから、なんだと聞いてるんだ。はっきり、理由を言え。」

今にも泣きそうなくらい、顔をゆがめて黙り込む岩城に、

兄の方が嘆息した。

「お前、頑固だよな。昔から。」

「・・・ごめん。」







「厄介なことになっているようだな。」

「笑い事じゃありませんよ、父さん。」

病室のベッドの上で、家元が笑っている。

兄が、その枕元で苦笑いを浮かべていた。

「まぁ、わかってよかったな。」

身内の中にある、対立。

わかった以上は今のうちに手をつけて、

なんとかできる、そう言って家元は笑った。

「俺が、本当に死んじまわないうちに、解決できるだろう。」

「縁起でもないこと、言わないでください。」

「・・・で、京介は、いやだというんだな?」

「そうです。」

兄は、そう言って頷いた。

自分よりも、弟のほうが相応しい。

彼は父にとうの昔にそれを告げていた。

「理由は?」

「言いませんよ。あいつ、いったん思い込むと頑固だから。」

「誰に似たんだか。」

父親の言葉に、兄が笑った。

「父さんでしょう?」

「そうか?・・・まぁ、徐々に説得していけ。」

「ええ。俺は、京介に家元になってもらって、

それを補佐するのが俺の役目だと思ってますよ。」

「ほんとに、いいのか、それで?」

兄は、さばさばとした顔で笑った。

「自分のことは、わかってますから。」






春になって、思わぬところから兄たちのの疑問が解けた。

それは、マスコミからだった。

オーストリアで毎年行われる音楽祭。

世界的に有名なその音楽祭の取材に、

専門誌の記者たちが訪れている。

香藤が出演するためだ。

早熟の天才としてだけではなく、

そのルックスも評判を呼んだ。

精悍な美貌と明るいその性格が女性たちに受け、

ファッション雑誌にも取り上げられるようになっていた。

そのために、今回は、一般新聞の記者たちもやってきている。

そんな中、香藤のバイオリンケースの中の写真に注目が集まった。

クラシック界の中では知らぬもののない香藤の恋人。

初めて知る一般誌の記者たちは、それに飛びつき、

スクープとして、新聞のトップにその文字が載った。






「一体、これはどうゆうことだ、京介?!」

実家の一間で岩城を前に、兄が新聞を握り締め激昂していた。

その一面に踊る文字。


『天才バイオリニスト、香藤洋二の恋人発覚』

『相手は茶道界の次代を担う気鋭、岩城京介』


兄の前で俯く岩城の背を、

高弟たちが後ろからじっと見つめている。

「黙ってちゃわからないだろう?!」

着流しの膝をぎゅっと握り、岩城の肩が小刻みに震えている。

引き締められた唇は、いっかな開こうとはしなかった。

「嘘なんだろう、京介?これは何かの間違いだよな?」

兄が、声を落としてまるで岩城の機嫌をとるような声で言った。

岩城は、その声にやっと顔を上げると、苦しげに答えた。

「・・・それは、本当のことだよ。」

「京介?!」

岩城の言葉に、部屋の中が、シン、と静まり返った。

「・・・なっ・・なにを言ってるんだ?お前っ・・・。」

「嘘でもなければ、間違いでもない。

香藤と俺はそういう関係だよ。」

「お前、自分が言ってることがわかってるのか?!」

「わかってる。」

「京介っ!」

兄の手が上がった。

その手が振り下ろされようとしたとき、廊下に声が響いた。

「あのっ!」

清水が、廊下に控えていた。

兄は振り上げた手を下ろして握り締め、振り返った。

「なんだ?!」

「お客様です。」

「誰だ?」

「香藤様です。」

「なんだとっ?!」

岩城が、さっと立ち上がって廊下へ走り出た。

その後を、兄や部屋に控えていた者たちが、慌てて追いかけた。



「香藤っ?!」

岩城の声に、香藤は振り返った。

今にも泣きだしそうな顔をして廊下を走ってくる岩城を、

香藤は両腕を広げて受け止めた。

「岩城さんっ!」

「香藤っ!・・香藤っ・・・」

縋りついて、名を呼ぶ岩城を香藤は力いっぱい抱きしめた。

その肩に顔を埋め、岩城は泣いた。

「ごめんっ!大変なことになってるって、聞いて・・・。」

「・・・香藤っ・・香藤っ・・かとっ・・・」

玄関の上り框に座り込み、全身で抱きしめあう二人を、

後から駆けつけた誰もが呆然として眺めていた。

・・・清水を除いて。

泣きじゃくる岩城。

・・・兄にとって、子供のとき以来見たことがなかった、その姿。

見ている側が、切なくなるような二人の、言葉。

「会いたかった・・・香藤っ・・・」

「岩城さん、俺もだよ・・・

ごめんね、お父さんが倒れたとき、傍にいてあげられなくて。」

岩城が、首を横に振る。

「ほんとに、ごめんね。」

「いいんだ。そんなことは、もう・・・。」

「泣かないで、岩城さん。ほんとに、ごめん。」

「違うっ・・・違うんだ、香藤・・・嬉しいんだ・・・」

「顔見せて、岩城さん。」

岩城は香藤の肩から顔を上げた。

「・・・少し、やせたね。」

香藤が、自分のことのように顔をゆがめている。

「大丈夫だ。お前、それより、リサイタルは・・・?」

「うん。ちょっとだけ、キャンセルしてきた。

後で、その分やるよ。」

「そんな・・・」

「いいの。それどころじゃないでしょ。」

香藤はそういうと、岩城の頬の涙を指で拭った。

「すまん、俺のせいで・・・。」

「違うよ。岩城さんのせいじゃないよ。俺のせいでしょ?

ごめんね、まさか、こっちの新聞に載ると思ってなくってさ。」

「いい。気にするな。」

「今まで、載んなかったから。平気だと思ってたよ。」

「いいって。」

そっと、香藤は岩城の頬にキスをした。

立ち上がると、目の前にいる岩城の兄に、頭を下げた。

「はじめまして、香藤洋二といいます。」





「で、一体どうゆうつもりなんだ?!」

元の部屋で、岩城と香藤が並んで座っている。

その前で、兄が苦虫を噛み潰したような顔をして、腕を組んでいた。

高弟たちが居並び、

岩城の傍に清水が座り心配げに見つめていた。

「どういうつもりって、俺は本気ですから。」

「何が、本気なんだ?お前たち、男同士なんだぞ?!」

「それがなんだって言うんですか?大した問題じゃない。」

香藤が、毅然として顔を上げ兄を見つめている。

一点の曇りもない、瞳。

その真剣な顔を、兄は複雑な顔で見返した。

「どうせ、君が京介を・・・」

「違う、兄さん!」

「何が、違う?!・・お前、騙されてるんだっ・・・。」

「違う。香藤はそんな男じゃない。

兄さんにだって、わかるはずだよ、

香藤がいい加減な男じゃないってことは。」

二人は黙り込んだ。

針が落ちても聞こえそうなほどの、静かさ。

香藤が、徐に、口を開きその沈黙を破った。

「俺は、本気です。

俺にとって、岩城さんは俺の命より、大事な存在です。」

「香藤・・・。」

振り向く岩城に、香藤は微笑んで頷いた。

「・・・例えば、腕が動かなくなるとか、

指を一本失っても、俺は生きていける。」

「か・・香藤・・・」

岩城が、驚いてその腕を掴んだ。

バイオリニストにとっては、致命的な腕、指の損傷。

それをこともなげに口にする香藤に、岩城は目を見張った。

「お前・・・。」

「生きていけるよ、岩城さん。そりゃあ、辛いとは思うよ。

バイオリンが弾けなくなったらね。

それでも、俺は生きていける。

何とかして生きていかなきゃいけない、とも思うしね。

でもね、俺は、岩城さんを失ったら、生きていけないんだ。」

じっと、岩城を見つめる。

真っ直ぐな、香藤の想いが岩城の涙腺をまた、壊した。

「・・・っていうか、生きていたいとも思わないね。」

「・・・馬鹿・・・。」

「うん。俺、岩城さんに馬鹿になっちゃってるから・・・。」

顔を片手で覆って、声を殺し、岩城は耐えた。

「泣き虫・・・。」

「・・・うるさい・・・。」

岩城の背に手を当て、

香藤の浮かべるこの上もない優しい表情に、

高弟たちの緊張した態度が緩んだ。

「生きてて良かった、って思うよ。これ言うと、怒ると思うけど。」

「わかってるんなら、言うな。」

「うん。でもさ、だから、岩城さんに出会えたんだ。」

「どういうことだ、それは・・・。」

兄が、岩城の泣き顔を見ながら、呟くように言った。

「俺、まともじゃなかったんです。」

香藤は、岩城の手を握り締めたまま、兄を見つめた。

「デビューしたのが、5歳のときで、その頃はプロって意識もなくて。

ただ、弾くと皆が喜んでくれる、それだけでした。」

「ああ・・・。」

「それから、ずっと、俺は大人の中で育ちました。

甘やかされて、我儘言いたい放題で。

先生が亡くなったとき、落ち込んだけどそれでも、

周りから仕事だといわれてやり続けた。

バイオリンは好きだったし、その頃には、

いっちょ前にプライドなんてものもあったし。だけど、」

「・・・だけど?」

「俺は、ずっと子供のままだったんです。

人の気持ちなんて、知ろうともしてなかった。

人を信じてもいなかった。

自分だけが、大事だったんです・・馬鹿ですよ。」

「そんなことはない・・・。」

岩城が、そう言って香藤を見つめた。

その岩城の気遣わしげな顔に、香藤は微笑んだ。

「いいんだよ、本当のことだから・・・

いやな奴だったと思うよ、自分でも。

自分に近付いてくる人たちを、斜めから見てたしね。

勝手に、人生なんてつまらない、なんて思ってた・・・

岩城さんに会う直前まで、

時々、生きてることさえ、つまらない、と・・・。」

「それが?」

兄が、そう尋ねた。

静かな声だった。

真っ直ぐに香藤を見つめ、

その兄を香藤も真っ直ぐに見つめ返した。

「岩城さんに出会って、自分がわかったんです。」

「京介に会って・・・?」

「ええ・・岩城さんて、物凄く真面目で、正直で・・・

最初に会ったとき、俺のバイオリンを聴いたことがないって、

岩城さん、言ったんですよ。

それが、すごく嬉しかった。」

「え・・・?」

「言ってなかったよね、これ、岩城さんにも。」

「ああ、聞いてない。」

「大体ね、皆、いい加減なことを言うんだよ。

聴いたこともないくせに、

いつも聴いてますとか、CD持ってますとかね。

でも、岩城さんは違った。」

にこっと、香藤が笑った。

そこだけ陽の当たるような笑顔。

岩城の心を、癒してきたその笑顔に、岩城が泣き笑いを返した。

「岩城さんと話しててね、自分の未熟さがよくわかった。

なのに、さ。」

「なのに、ってなんだ?」

「うん、岩城さんて・・繊細で、傷つきやすくて、純粋で。

可愛いなって、思っちゃって。」

照れくさそうに言う香藤に、岩城の顔が真っ赤になった。

「馬鹿っ・・なに言ってんだ・・・。」

岩城の消え入りそうな顔に、兄が、嘆息した。

この十年以上、見たことがなかった岩城の顔。

ほとんど、笑わなくなった岩城の頬に、笑みが戻ったわけ。

兄は、ようやっとその理由が腑に落ちた。

「ごめん、兄さん・・・。」

「・・・ああ。」

「俺が、跡取りになれないのは、こういうわけだから・・・。」

「・・・わかった。」




「まったく・・・。」

兄が、嘆息する。

その彼を岩城が申し訳なさそうに見上げた。

高弟たちが、引き上げた部屋で、

兄と、岩城と香藤が向き合っていた。

清水が、茶を立て3人の前に碗が置かれていた。

「お前の方が、向いてるのに・・・。」

「そうかなぁ・・・。」

香藤が、碗を取り上げ、

岩城に教えられたとおりの作法で、飲み干した。

「そうかなぁって、どういう意味なんだ?」

兄が、香藤の作法に内心感心しながら、口を開いた。

「だって、岩城さんって、

確かに人を引きつける魅力のある人だけど、

跡取りなんてのには繊細すぎて向かないと思うけど・・・。」

兄が目を見開き、清水は微笑んだ。

「きっと、岩城さん、疲れすぎて、ダメだと思うよ。」

岩城は、じっと黙って香藤を見つめていた。

目元に嬉しそうな笑みが浮かんでいる。

「サブの方が、いいじゃない?清水さんもいることだし。」

3人に、注目を浴びて兄が、気まずそうに咳払いをした。

「兄さん、頼むよ。」

「・・・あ・・う〜・・ん・・・。」





後から清水に聞いたところ、

岩城に取材の申し込みが山ほど来ているらしい。

スキャンダラスに扱うわけではなく、

香藤の恋人がどういう人物なのかという、

単純な理由で。

なぜなのか?

岩城サイドが首をかしげていることに、香藤が笑っていた。

「だってさ、俺の側は誰も驚いてないから。」

新聞に載っていた、ある人物のインタビューコメント。

大沢という、世界的に有名な指揮者のそれが、

香藤の言葉を肯定していた。

『え?京介さんのこと?香藤君の恋人でしょ?

それがどうかした?』

たったこれだけの、コメント。

それだけで、クラシック界の中での岩城の捉えられ方がわかる。

「べっつにさぁ、俺たちの業界で、男同士で驚く奴はいないよ。」

香藤が、そう言ってケロケロと笑った。





「君かね、京介の相手ってのは・・・。」

「はい。」

ベッドの上から、家元が香藤を見上げている。

臆することなく、香藤はにっこりと微笑んだ。

「新聞を読んだが・・・。」

「事実です。全部。」

「そうかね?新聞の記事なんてのは、当てにならないものだが。

ことにこういった記事は。」

「すみません。今回のは・・・。」

「なるほど・・・。」

そう言って、家元は溜息をついた。

岩城は、香藤の後ろに立ち、俯いている。

「京介。」

「・・・はい。」

顔を上げ、真っ直ぐ見つめる岩城を見返して、家元が笑った。

「後を継げないというのは、これが理由だそうだな。」

「・・・そうです。」

「ま、いいだろう・・・彼のことも、仕方ない。

お前は言い出したら、聞かないからな。」

「すみません。」

「母さんには、私から言っておいてやる。」

「はい、」

「もう一人の母親には、自分で言えよ。」

「・・・えっ・・・父さん?!」

呆然と見つめる岩城に、鷹揚に笑って家元は頷いた。

「わかってたんだろう?

お前が笑わなくなったのは、それが理由だろう。

それを、この人が取り戻してくれたんだな。」

「うん・・・。」







茶道の家には、さまざまな行事がある。

稽古やら、研究会やら、季節ごとの茶会やら。

5月になって初めて開かれる茶会を「初風炉」という、

11月から4月までの炉に代わって、

5月から10月までは風炉(ふろ)を使い、

茶をたてる行事がある。

今年は、それに家元の襲名披露の茶会が加わった。

流派の会合で、退院した家元が披露した。

跡を継ぐのは兄、雅彦。

マスコミを賑わしている岩城の恋人に関しても、

家元は彼らの前で肯定した。

騒ぎが起きはしたが、彼らの前で岩城は、

臆することなく顔をあげ前を見つめていた。

「・・・家元が、構わんというものを、我々がとやかく言うことはない。」

騒ぎの中、高弟の一人がそう、声を上げた。

「私たちすべてが、反対したら、どうなさるおつもりで?」

「別に。私は、茶道から離れても構わない。」

凛として、そういう岩城に誰もが息を飲んだ。

全員を見回し、兄が口を開いた。

「・・・それは、困るな。お前には、いてもらわないと。」

そう言って笑う兄の言葉に、家元が頷いた。

「京介のことが気に入らなければ、

うちにいなければいいだけのことだな。」








岩城の流派は全国に教室があるため、

東京での披露が終わったら、

各地へ家元が出向き披露の献茶会に回らなくてはならない。

「俺も、ついて行こうかなぁ・・・。」

「なにを言ってるんだ、無理に決まってるだろ。」

「なんでさぁ?」

ソファで香藤がクッションを抱えてふくれっ面をする。

兄が家元として地方へ回る。

当然、岩城はそれの補佐として、

一緒に行かなければならないだろう。

「あのな、香藤・・・。」

岩城が、香藤のその口を尖らせた顔にため息をついた。

「だって・・せっかく俺、オフで日本にいるのに・・・。」

「・・・香藤・・・。」

隣に座り、その唇にキスをした。

「仕方ないだろ?お前を連れて行くわけには行かないんだ。」

「ちぇ〜・・・。」







「はぁ〜、疲れちゃったね。」

香藤が、マンションへ戻るなりソファに倒れこんだ。

「いろいろ、あったからな。」

岩城が、上着を脱いでソファの袖にかけ、キッチンへ向かった。

「・・・コーヒーでいいか?」

「俺も手伝うよ。」

結局、香藤は地方の献茶会にまで、くっ付いていった。

自分も、名も顔も売れているのに、

香藤はその間岩城の付き人に徹していた。

黙って、さりげなく岩城のサポートに回る。

行く先々で、香藤のことを聞かれる岩城のフォローをし、

その矢面に立った。

岩城は、それを見越して香藤はついてきたのだと、

あとから気付いた。

香藤の優しさが、心に染みる。

奇異なものでも見るような視線が、

香藤が答える言葉にやわらぐのが、

見ていてわかった。

香藤がいてくれて、どれほど安心できたか知れない。

年下であることを、忘れるくらいに。

「悪かったな、香藤。」

「なにが?」

香藤は、きょとん、として岩城を見つめている。

香藤にとっては、当たり前のこと。

岩城が気に病むようなことなど、思いもしていない。

そのことに、岩城は改めて思いつく。

「・・・お前は、いつも、俺のことを・・・。」

岩城の、その言葉に香藤がにっこりと笑った。

はっとするほどの、明るい温かい笑顔。

「・・・気にしないの。」

「・・・ありがとう。」

ゆっくりと香藤の腕が、岩城の背に廻される。

重なる唇。

そっと、岩城は唇を開いた。





「この時期で、よかったよ。献茶会。」

香藤が、ソファに岩城を横たえ、そう言って笑う。

「・・・俺も、そう思う。」

「そ?」

「ああ・・お前がいてくれる。」

頬を染めて言う岩城に、香藤は嬉しそうに微笑んだ。

慈しむように岩城の肌を撫でる。

岩城の唇から熱い息が漏れるのを見て、

香藤は唇を塞ぎながら岩城を抱きしめた。

「・・・んっ・・・」

奪い合うように唇を喰み、抱きしめあう腕に力をこめる。

「・・・愛してる、岩城さん。」

「香藤・・・俺もだ・・・。」

「いいよね?」

香藤が遠慮がちに言いながら、

シャツを脱がし岩城の胸の飾りを指で弄んでいる。

岩城は上気した顔で、香藤を睨んだ。

「馬鹿・・・わかってるくせに・・・いちいち聞くな・・・」

「だってさ・・・。」

「なら、その手はなんなんだ・・・?」

「え?・・・へへっ・・・。」

顔をくしゃっとさせて笑うと、

香藤は胸の飾りを弄んでいた手を離し、

そこへ唇を落とした。

「・・・あっ・・・」

岩城の胸が、その唇に押し付けるように反らされた。

香藤は執拗なくらいにそれを舌で転がし、吸い上げる。

「・・・はっんっ・・・んんぅ・・・」

少し恥ずかしげに、

それでも素直にその快感に自分を委ねる岩城に、

香藤の胸に感動にも似た愛しさが湧き上がる。

「・・・あふっ・・・」

岩城の身体が揺れ始める。白い肌が上気し匂い立つ。

「・・・ほんと、可愛いよね・・岩城さんて・・・」

「・・・なに・・・言ってんだ・・・」

「だってさ・・・最初の頃は、目一杯、歯を食いしばって

声出さないようにしてたじゃん・・・」

香藤が、そろそろと肌を探りながら、岩城の顔を覗き込んだ。

「でも、今は、ちゃんと声出してくれるでしょ?

・・・それが、すごく可愛い。」

「・・・香藤・・・。」

「嬉しいよ、俺。」

岩城の頬に唇を触れながら、香藤は手を伸ばし、

岩城の前を寛げると彼の茎を握りこんだ。

「・・・はっんっ・・・。」

擦り上げられ、

あっという間に熱を持ち怒張し始める岩城の茎を、

香藤は下から爪を立てるように撫で上げた。

「・・・あぁっ・・・」

岩城が腰を引き仰け反った。

そこから、全身へ甘い疼きが走る。

「・・・んっ・・か、香藤・・・」

「・・・うん。」

岩城の身につけているものを全て取り去り、

香藤もまた服を脱ぐと、

身体をずらし、岩城の茎に舌を這わせた。

指で刺激を加えながら、零れてくる先走りを舐め取る。

その度に、岩城の声が上がり、両脚がびくびくと震えた。

「・・・あっんっ・・あはっ・・・」

その後ろにある、岩城の蕾が先走りを浴びて、蠢いている。

香藤は、そっとそこに指で触れた。

「・・・はんっ・・・かとっ・・・」

その刺激を求めて岩城が腰を揺する。

無意識にされる岩城の痴態。

眩暈がするような色香が漂う。

ゆっくりと香藤が指を沈めていく。

岩城の柔壁がそれを巻き込むように包んだ。

「・・・ああっ・・んんぅっ・・・」

香藤が指を増やし、中を探り、

岩城の腰が前後に動き、息が切迫していく。

「・・・ぁっ・・・あっ・・・ああぁっ・・・」

岩城の茎が加えられるそれ自体への愛撫と、

蕾を侵される刺激に果てた。

それを見て、香藤は嬉しそうに笑いながら、

蕾に潜らせた指をひねった。

「・・・はぁあっ・・・んんっ・・・香藤っ・・・」

切なげな声を上げて岩城は、香藤の腕を掴んだ。

「・・・欲しい?」

香藤が岩城の中の指をそのままに、岩城の肩を抱いた。

岩城が、眉を寄せて香藤を見上げ、唇を戦慄かせた。

返事が出来ずに頬を染める岩城を見て、

香藤は少し意地悪げな顔をして、

岩城の中のポイントを抉った。

「・・・あっ・・・ひぃっ・・・」

岩城の腰と、声が跳ね上がった。

「ねぇ・・・言ってよ・・・?」

「・・・ぅあんっ・・・かっ・・・香藤ォ・・・」

「岩城さん・・・」

恨めしげに、岩城は香藤を見上げた。

岩城の身体がもっと強い刺激を求め、蕾が蠢く。

堪えきれずに、岩城は香藤の肩に顔を埋めて、囁いた。

「・・・欲しい・・・早く・・・」

「うん。」

香藤は微笑んで岩城の中から指を引き抜くと、

岩城の眦に浮かぶ涙を唇で吸い取って、身体を起こした。

岩城の両脚を、

岩城の身体を二つに折るようにして膝裏を掴んで拡げた。

岩城の蕾が、これから与えられる快感を期待するように、

ひくひくと収縮している。

「・・・うふふ・・・ほんとに欲しがってるよ。ここ・・・。」

「・・・言うなっ・・・そんなこと・・・」

ただでさえ、恥ずかしい姿勢を取らされているのに、

まるで弄るような香藤の言葉に、

岩城は顔を真っ赤にして背けた。

「どうして?俺は、嬉しいよ。」

「・・・香藤・・・」

「俺のこと、欲しがってくれてるんだもん。

嬉しいに決まってるじゃない。」

にっこりと笑う香藤を見上げて、

岩城は自分の思い違いを知って肩をすくめた。

「・・・挿れるよ。」

ゆっくりと香藤が自身を蕾に押し当てて腰を沈めた。

「・・・はぁぁっ・・・」

押し広げられる刺激。

指とは比べ物にならない、質量感。

身体中が蕩けるような疼きが、そこから全身に広がっていく。

「・・・あぁっ・・ぁんっ・・・」

全てを収めきって、香藤は岩城に重なり、

そのままで頬をつけてしっかりと抱き合った。

「・・・あぁ・・・お前を感じる・・・。」

「うん。すごく、幸せ。」

少しして、岩城が身じろいだ。

香藤は、上気した岩城の頬にキスを落として囁いた。

「・・・いい?」

「ああ・・・動いてくれ。」

岩城が熱い息で答えた。

香藤は身体を起こし、

岩城の腰を掴んでぎりぎりまで自身を引くと、

一気に岩城をつき上げた。

「・・・んあぁっ・・・あぁっ・・・」




「ごめんね。大丈夫?」

「・・・馬鹿。」

ぐったりとして岩城はソファに、身体を伸ばしていた。

香藤がその身体を拭きながら、心配そうに見つめる。

「・・・まったく・・・。」

「ごめん・・・。」

何度も求められ、それに応えていた岩城が音を上げ、

やめろという声を無視して香藤は攻めた。

「・・・俺を殺す気か?」

「ち、違うよ!・・・我慢できなかっただけで・・・。」

「・・・よく平気だな、お前。」

「そりゃ・・・。」

「なんだ?」

岩城が、じろりと香藤を睨んだ。

まだ目元に余韻の残るその顔に、

香藤の身体にぞくりとした震えが走る。

「あの・・・いや・・・。」

「言えよ。」

「だって・・・俺、岩城さんより若いし・・・。」

岩城のこめかみに青筋が立つのを見て、

香藤が慌てて岩城に手を伸ばした。

「ごめん、あのね・・・。」

「悪かったな、年上で。」

岩城が香藤の手を払って起き上がった。

「・・・あっ・・!」

途端に、腰から走った痛みにソファの背に身体を預けて顔を顰めた。

「大丈夫、岩城さん?!」

「大丈夫じゃない!」

「うわぁ〜ん、ごめんなさい!」












「おい、香藤。なにやってんだ、早くしろ。」

岩城さんと俺とのことを、お兄さんが認めてくれてから、3年。

新聞にプロフィールが出ちゃって、

岩城さんにテレビ出演の話が来た。

N○Kの、茶道教室なんてのに、かりだされて、

今じゃ、かなりの有名人。

綺麗だしさ、当然だけど。

お兄さんが家元を継いで、その補佐もやってる。

相変わらず、俺は年の半分は日本にいない。

でも、そんな生活にも慣れた。

寂しいのは、変わんないけどね。




「おい、香藤!」

岩城さんのマンション、やっぱり男二人には狭くって。

岩城さんの実家の近くに、二人名義で一軒家を建てた。

今、引越しの荷物を作ってる最中。

片づけしてたら、昔の雑誌が出てきてちょっと、

あの時の騒動を思い出してた。

「なにやってんだ?」

岩城さんに、読んでた雑誌取り上げられた。

・・・前は、たおやかで守ってあげなくちゃって感じだったけど、

今は、ね・・・。

なんだか、強くなっちゃってさ。

俺、尻に敷かれてる?

・・・ま、いいんだけどね。




「ごめん、ごめん。」

「こんなの、取ってあったのか・・・?」

岩城が、取り上げた雑誌の記事を見ながら言った。

「うん、忘れてたけど、あったみたい。」

ふふ、と岩城の頬が綻んだ。

「懐かしい感じ、するね。」

「そうだな。」

すっかり夫婦のようになっている二人には、

その騒動すら笑い話になっていた。

「ほら、早くしないと間に合わないぞ。」

「わかってるよ。」

岩城が、ポン、とその雑誌で香藤の頭を小突いた。









              〜続〜



             2005年4月26日
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